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潜入捜査は蜜の味 東雲2話

【東雲マンション キッチン】

合コンがお開きになった後。

東雲

‥怠

ほんと怠‥

サトコ

「ちょっとだけ待っててくださいね~」

リビングでぐったりと身体を投げ出す教官の声を聞きながら、張り切ってキッチンに立っていると

教官がひょっこりキッチンに顔を出す。

東雲

ブラックタイガーってそんなにすぐ出来るの?

サトコ

「エ・ビ・フ・ラ・イです」

東雲

‥の、黒く焦げたヤツね

サトコ

「いやいや、今日こそ美味しく作ってみせますよ!?」

どうして私がこんな夜遅くに、教官の部屋でエビフライを作っているのかというと‥

【改札】

二次会が解散になった私たちは、会場最寄りの1つ隣の駅で待ち合わせた。

そして私の顔を見た途端、教官は口を開き‥

東雲

手相で相性診断とか、くだらない

あんな話の何が面白いんだか

(そう言えば教官、二次会でずっと手相見られてたっけ)

その場では楽しそうにしてたけれども、実は心の底からバカにしていたらしい。

(まあ、そこも予想通りではあるけど‥)

東雲

結局あの団体は情報持ってなかったし、料理もまずいし

そもそもオレが就活失敗するわけないし

ほんとサイアク‥

サトコ

「‥‥‥」

(ここで私が『私もボディタッチ辛かったです』なんて言ったら)

(きっと『キミの話の持って行き方が下手なだけでしょ』って言われるよね‥)

東雲

どうかした?

サトコ

「えっ、いえ。何でもないです」

東雲

そう?ふーん‥

少しして、教官がポツリと呟いた。

東雲

‥お腹減った

サトコ

「!」

「それじゃあ私、ご飯作ります!」

(そうすれば教官の部屋に行けるし)

(上手くいけばキッスのチャンスもあるよね!?)

東雲

これから?ウチで?

サトコ

「はい。あっ、ご迷惑じゃなければ、ですけど」

東雲

別に‥迷惑じゃないけど

まあ、いいんじゃない?来ても

【キッチン】

(「いいんじゃない?来ても」だってー!)

そんな言葉だけで舞い上がる私は、確かに教官の言う通り、単純な女なんだろう。

ニヤニヤしっぱなしの顔を見て、教官は何度も『キモ‥』と目を逸らしていたっけ。

(でも嬉しいものは嬉しいし)

(教官に美味しいエビフライを食べてもらいたい気持ちも本当だし!)

下ごしらえをしている間、教官はリビングで報告書を作っているらしかった。

時折、地球よりも重いのでは‥と思うようなため息が聞こえる。

東雲

はぁ‥

ほんとつまんなかった、今日の合コン

(でもボディタッチでアピールされたり、結構楽しそうだったよね‥?)

心の隅をチリッと焼く感情を隠して、明るい声で答える。

サトコ

「そうですか?教官すごくモテたじゃないですか!」

東雲

は?

サトコ

「つまんない割には女の子にニコニコしてましたし」

東雲

‥ウザ

サトコ

「とか言っちゃって、内心嬉しかったんじゃないですか?」

言葉を重ねるうちに、つい皮肉が滲む。

(そう、嬉しそうだった)

(『20点』なんて言われちゃう私といる時よりも‥)

サトコ

「きっと女子トイレ会議で議題になってたはずですよ、教官」

東雲

いや、仕事だし

教官の冷めた声で我に返った。

(‥あーダメダメ!)

(仕事でやってることに、ちょっとでもヤキモチ妬くなんて‥!)

卵液にエビをくぐらせながら次の言葉を探す。

と、急に何かが腰に巻きついた。

サトコ

「!?」

東雲

ま、あの子たちよりは面白いかもね、キミの方が

サトコ

「‥っ」

背後から柔らかく抱きしめられて、身体の力が抜けていく。

落ちた菜箸がシンクに黄色い線を引いた。

東雲

わかりやす‥

ふっと耳に息がかかる。

サトコ

「っ!ダメです、今料理中‥」

東雲

へぇ‥ホントにやめていいの?

低い囁きが鼓膜を揺らし、思わず身体がビクッと震える。

東雲

好きなんでしょ、コレ

意地悪な言葉とは裏腹に優しい、教官の腕。

ほんのり香るユーカリが鼻をくすぐった。

(教官の香りだ‥)

そんな些細なことにすら、つい流されそうになる。

サトコ

「で、でも‥」

(まだ料理中ですから!)

(それに面白いとか、恋人に対する褒め言葉じゃないような‥)

言葉を選びかねて立ち尽くす私の頬を、教官はムギュっとつまんだ。

サトコ

「い、いひゃい!いひゃいえふ‥!」

東雲

そういうキミこそ隙ありすぎじゃない

サトコ

「へ‥」

東雲

『筋肉すごいですね』?『この肩でスクラム組んでるの』?

あんな話題振って、しかも無防備に触らせて

ちょっと油断したら、キミなんて簡単に連れてかれるよ?

ましてや普段は男の前で電気ブランなんて飲んじゃうし?

サトコ

「‥ひょうひゃん‥」

東雲

今だって、オレの気配に全然気付いてなかったし

頬から離した手で、もう一度私の腰をギュッと引き寄せる。

どこか余裕のない仕草が、私の胸を苦しくさせた。

(これは‥情報の聞き出し方を注意されてる、のかな?)

(でもそれにしては何だか‥)

こうして抱きしめながら言われてるから、余計に‥

(『キミはオレのでしょ』って言われてる気がする‥!)

サトコ

「教官‥もしかしてそれ、ヤキモチですか!?」

思わず満面の笑みで振り返った途端、噛みつくようなキスが襲った。

サトコ

「んんんん!」

思わず口が開くのを待っていたかのように舌が滑り込み、私を甘く溶かしていく。

首裏に手を回してしがみつく私を、教官は時間をかけてじりじりと翻弄した。

サトコ

「‥‥‥」

東雲

‥‥‥

唇を離すと、ゆっくりと焦点が合う。

教官の瞳には僅かな苛立ちの色が浮かんでいたけれど‥

東雲

‥バカ

ほんとバカ‥

そう言いながら、足早にリビングに戻ってしまった。

タイプ音と共に、いつも通りの声が聞こえる。

東雲

‥お腹ペコペコなんだけど

早くしてくれない、ブラックタイガー

サトコ

「は‥はいっ!」

「って、ブラックタイガーじゃなくてエビフライです」

東雲

この際ブラックタイガーでもいいから。早くして

(私も大概、不器用だけど‥)

教官だって、実は全然器用じゃない。

(『そういう所が可愛いんですよね』なんて、死んでも言えないけど‥)

さっきの行動は本当にヤキモチだったのか、すぐに問いただしたい。

けれども空腹と不機嫌のままでは、重い口を開いてくれそうにないから。

(これは絶対、何があっても美味しく仕上げないと‥!)

私は油の中で色づいていく衣を見つめる。

このエビフライが教官の心を開けるカギになってくれるようにと、ひそかに祈りながら‥

Happy  End

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