カテゴリー

総選挙2016 ご褒美ストーリー 難波

【車内】

難波

ふぅ~

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-001

タクシーに乗り込むなり、室長は大きなため息をついた。

サトコ

「お疲れさまでした。でも、楽しかったですね」

難波

ん?そうか‥?

サトコ

「だってあんな華やかな席、任務以外で行くのは初めてでしたから」

「食べたこともないようなお料理もたくさんあって‥」

目移りしてしまうほどの料理の数々を思い出し、思わずうっとりとなった。

そんな私を見て、室長は微笑ましげな笑みを浮かべる。

難波

まぁな。でも俺は、あんなんよりもお前の料理の方がいいけどな

サトコ

「え‥?」

思いがけない言葉にハッとなって室長を見た。

難波

ん?どうした?

室長は私の反応を不思議そうに見て、フォーマルスーツに覆われた窮屈な肩をほぐし始める。

(ハッとするようなことを無意識に言っちゃうからズルいよね、室長は‥)

(それにしても、パーティーではかっこよかったな‥)

すぐにでもスーツを脱いでしまいたそうな室長の様子を見つめながら、

私の想いはふたりで参加した映画祭の受賞パーティー会場へと飛んだ。

【パーティー会場】

難波

えー、本日は10位ということでこのような賞を頂きまして‥

身に余る光栄‥というか、何で俺なんだ?という気もしないでもないわけですが‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-002

ステージ上でちょっとおどける余裕すら見せる室長に、会場から笑いが沸き起こる。

難波

とにかく、ありがとうございました

恐らく、人生最初で最後の栄冠。大切にしたいと思います

記念の盾と花束を掲げて微笑んだ室長が、万雷の拍手に包まれた。

(なんて堂々として、かっこいいんだろう‥!)

(それに適度にユーモアもあって、すごく室長らしかったし‥)

誇らしい想いが湧きあがり、自然と顔がほころんでしまう。

難波

なに、ニヤニヤしてんだ‥?

サトコ

「し、室長!?」

いつの間にかステージを降りてきていた室長が、呆れたように私の顔を覗き込んでいた。

難波

ほい、これ

サトコ

「わっ!」

無造作に花束を押し付けられ、思わず受け取ってしまう。

サトコ

「こ、これは室長が頂いたお花なんですから‥!自分で持っててくださいよ」

難波

豚に真珠‥おっさんに花‥

お前が持ってる方が絵になるだろ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-003

サトコ

「!」

(それって‥似合うってことかな‥)

室長の言葉を嬉しく感じながら、言われるままに花を抱えた。

かぐわしい香りが鼻孔をくすぐり、夢のような気持ちになる。

(ああ、私‥幸せだな‥)

(こんな素敵な人の彼女でいられるなんて、なんて誇らしいんだろう‥)

周囲の人々の羨望の視線を感じる度、満たされた思いが湧きあがる。

私の顔は、さっきからずっとニヤけっぱなしだった。

難波

そうだ、サトコ

これの使い道も考えといてくれ

室長は、今度はスーツの胸ポケットから封筒を取り出し、それも私に押し付けてきた。

サトコ

「ん?こ、これは‥!」

(賞金の10万円!?)

サトコ

「だ、ダメですよ!こんな大切なもの、お預かりできません」

難波

固いこと言うなよ。俺が持ってるより安心だろ?

サトコ

「いえいえ、これはいくらなんでも責任重大すぎます‥!」

「それに使い道なんて言われても‥そもそも私が使えるお金じゃないんですから」

難波

なんでだよ。これは2人で手に入れたもんだろ?

サトコ

「え?」

室長は当然だと言うように微笑むと、挨拶に来た関係者と話し始めてしまった。

(2人で‥って思ってくれてるんだ‥)

私も何かしら室長の支えになれていたのかもしれないと、

さっきまでとはまた別の喜びに満たされた。

それと同時に、賞金の重みもぐっと増したような気がする。

(どうしよう‥こんな大金の使い道を任されても~‥!)

嬉しい悲鳴と共に、楽しいパーティータイムはあっという間に過ぎて行った。

【難波 マンション】

難波

いや~、ようやく帰って来たな

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-004

室長は嬉しそうに言いながら、さっさとスーツを脱ぎ始めた。

難波

ホッとしたら、腹減ってきた‥

(そういえば室長、色々な人からの挨拶攻めで、ほとんど何も食べてなかったよね)

サトコ

「何か作りましょうか?」

難波

お、いいのか?

サトコ

「すぐに支度します」

難波

頼んだ

室長が笑顔を残して寝室に着替えに入るのを見届け、私は早速キッチンに立った。

【キッチン】

サトコ

「とりあえずお味噌汁と‥」

ブツブツ言いながら、冷蔵庫を開ける。

サトコ

「!?」

(こ、これはまさか‥)

サトコ

「し、室長‥大変です‥!」

思わず叫ぶと、室長が部屋から顔を覗かせた。

難波

どうした?

すでにラフな室内着に着替えた室長は、のんびりと言いながらキッチンに来て、

私を後ろから抱きしめる。

サトコ

「冷蔵庫がっ‥!」

難波

冷蔵庫?

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-005

私の様子を怪訝そうに見ながら、室長はおもむろに冷蔵庫を開いた。

難波

‥ん?これは‥

サトコ

「壊れちゃってるみたいです‥」

難波

‥‥‥

【家電量販店】

数日後。

私は室長と一緒に、近所の家電量販店にやって来た。

サトコ

「まさか、こんなタイムリーに壊れてくれるなんて‥」

難波

まあ、しょうがねぇよな

あれももう、かなり長いこと使ってたし

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-006

あの夜、私たちは話し合いの結果、賞金の10万円で新しい冷蔵庫を買うことに決めた。

決めたまではよかったのだが‥‥‥

サトコ

「こんなにも色々種類があるなんて‥」

難波

だな‥

壁面にずらっと並べられた冷蔵庫たちにいきなり愕然となる。

室長も、早くもその多さに圧倒されているようだった。

難波

でもこれから先、2人でずっと使うもんだし、気合い入れて選ばねぇとな

サトコ

「‥はい!」

(室長の未来に当たり前のように私がいるの、やっぱり嬉しい‥)

室長は意を決したように大きく深呼吸すると、ポケットからスマホを取り出した。

難波

まずはここにある、桂木イチオシ商品から見てみるか

室長が開いたLIDEのページには、たくさんの製品情報が記されている。

サトコ

「桂木さんて‥SPのですか?」

難波

ああ、アイツは家電マスターだからな

(そういえば室長、前にも桂木さんから電気製品について色々教えてもらってたっけ)

サトコ

「すごいですね、こんなにたくさん‥しかもスペックも結構詳しく書いてあって‥」

「さすが家電マスター」

難波

しっかし、あいつもマメだよな~

呆れたように言った室長を見て、私は思わずクスッと笑った。

サトコ

「室長が大雑把だからちょうどいいんじゃないですか?」

難波

‥‥‥

室長は一瞬、驚いたように私を見た。

サトコ

「?」

難波

お前も言うようになったなぁ‥

サトコ

「あ‥」

室長にしみじみと言われ、ハッとして口元を覆う。

サトコ

「すみません、つい‥」

あまりに自然にツッコミを入れてしまった自分がおかしくて、

室長と顔を見合わせて笑ってしまった。

店員

「お客様、冷蔵庫をお探しですか?」

店員さんに声を掛けられ、私たちは慌てて笑顔を引っ込めた。

サトコ

「そ、そうなんですけど‥ちょっと種類が多すぎて‥」

店員

「ご要望をお聞かせくだされば、いくつかオススメをご紹介しますが‥?」

サトコ

「ご要望‥」

(室長は2人で使うものとは言ってくれたけど、室長のお家に置くものだし‥)

返答に困って室長を見た。

室長は「俺か?」と言いたげに自分を指さしてから、迷いなく店員さんにスマホの画面を見せた。

難波

すでに候補はあります

店員

「これは‥すごいですね」

難波

まずはこれを上から順に見せて頂きたい

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-007

室長はまるで自分で候補を決めたかのようにビシッと言うと、

店員の後ろについて冷蔵庫を吟味し始めた。

店員

「こちらは冷凍庫が大きいタイプでして、冷凍食品をよく使われる共働きの方などに人気です」

難波

なるほど‥どうだ?

サトコ

「うーん、私は冷凍食品はあまり使わないので‥冷蔵スペースが広い方が」

「そうすれば、作り置きしたものを鍋のまま入れたりもできますし」

難波

作り置きか‥それは確かに重要だな

というわけで、冷蔵スペースが広いものを

サトコ

「あと、野菜室に新鮮保存機能みたいなのもあるといいですよね!」

難波

あれか‥最近テレビCMでやってた

サトコ

「そうそう、あれです!」

店員

「でしたら、こちらがよろしいかと。お客様の候補リストにも入っていた商品です」

難波

おお~

次々に商品を見せてもらい、2時間くらいかけてようやく納得の冷蔵庫が見つかった。

難波

じゃあ、ちょっくら会計してくる

適当にこの辺を見ててくれ

サトコ

「はい」

室長を見送ってから、買うことになった冷蔵庫をもう一度しみじみ見つめた。

その冷蔵庫が、室長の部屋に収まった様子を想像してみる。

(こうやってひとつずつ、2人で選んだものが増えていくのかな‥)

そしていずれは、家中すべてが『私たち2人で選んだもの』で埋め尽くされる。

そんな日を想像するだけで、幸せな気持ちになれた。

店員

「旦那様はもうすぐ戻って来られますので、もう少々お待ちください」

さっき室長を会計に案内して行った店員さんが戻ってきて、私に微笑みかけた。

サトコ

「だ、旦那様‥?」

思わず、驚いて店員さんの顔を見る。

店員

「新婚さんですか?こちら、とてもいい商品ですから、ぜひ長く使ってくださいね」

(新婚さん‥)

去っていく店員さんの背を見送りながら、その言葉を心の中で反芻した。

甘美な響きが、私に何とも言えない恥ずかしさと喜びを運んでくれる。

(私たち、夫婦に見えたんだ‥!)

(ってことは、傍目にも結構お似合いってことだよね?)

いつの間にか、歳の差も感じさせないほどに2人の心が寄り添い合っている証のような気がして、

ついつい表情が緩んでしまう。

それを誰かに見られまいと、私は目の前の冷蔵庫の扉を開け、顔を突っ込んだ。

(嬉しい‥!)

【難波 マンション】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-008

難波

届けは来週なんて、結構かかるもんなんだな

買えばすぐに持ってきてもらえるのかと思ってたが‥

サトコ

「しょうがないですよ。大きいんですから」

私はキッチンで買ってきたお惣菜をお皿に移し替えながら、リビングの室長に諭すように言った。

でも室長は、まだ不満そうだ。

難波

冷蔵庫がないと、結構不便なんだよな

サトコ

「そうですね‥買い置きも保存もできませんし」

難波

無くなって、改めて分かる大切さってヤツだな

室長はブツブツ言いながら、キッチンを覗き込む。

難波

何か手伝うことあるか?

サトコ

「いえいえ、もう終わりますから。ソファでゆっくりしててください」

(とは言ったものの‥?)

いつまでも室長がこちらを見ているような気がして、恐る恐る振り返った。

(や、やっぱり見てる‥!)

室長は私の背後の壁に寄り掛かり、じっと私を見つめている。

サトコ

「あの‥?」

難波

気にすんな

サトコ

「そう言われましても‥」

難波

ただの定期的なひよっこ観察の時間だ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-009

室長は冗談とも本気ともつかない口調で言ってから、ニカッと笑った。

サトコ

「はあ‥」

言われた通りに気にせず作業に戻ろうとするが、やはり室長の視線が気になってならない。

(見られてると思うと、それだけで緊張するよね‥)

ぎこちない動きでお惣菜のケースをゴミ箱に捨て、

脇にあった食器棚からお皿をもう一枚取り出そうとした。

食器棚の扉を開けた瞬間、中で雑に積み重ねられていたお皿が一枚、滑り落ちる。

サトコ

「あっ!」

難波

慌ててお皿に手を伸ばすが、身体の動きが思った以上にぎこちなかった。

ガチャンッ!

指先を掠めて床に落ちたお皿は、激しい音と共に粉々に砕け散る。

サトコ

「あぁぁ‥」

(いつもなら絶対キャッチできたのに‥!)

我ながら一歩遅れた感のある動き出しに、切ない声が漏れてしまった。

難波

大丈夫か?

サトコ

「ごめんなさい‥」

慌ててしゃがんで破片を拾おうとする私を、背後から室長が抑え込んだ。

難波

あーこらこら、危ないから触るな

一時停止しろ

サトコ

「でも‥」

難波

こんなんで怪我でもしたら大変だろ

だいたい、その皿積んだの俺だしな

室長は手早く大きな破片を拾い集めると、キッチンを出ながらもう一度私に念を押した。

難波

絶対に、そこから動くなよ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-010

サトコ

「‥はい」

(あんな風に見つめられている前でお皿を割るなんて‥しっかりしないと‥)

ため息をついていると、室長が掃除機を抱えて戻ってきた。

サトコ

「室長、私がやりますから」

言いつけを破ってその場を動き、掃除機に手を伸ばす。

難波

おいおい‥今度は掃除機が壊れるって

サトコ

「けど‥っ!」

しばらく押し引きを繰り返す内、気付けばキッチンから追い出されていた。

【リビング】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-011

サトコ

「もうこの先は私でも大丈夫ですってば‥」

難波

バカ言え。破片踏んで怪我でもしたら大変だろ

サトコ

「‥‥‥」

(心配してくれるのは嬉しいけど、でもこれじゃ私の罪悪感が‥)

掃除機をセットする室長の背中をしょんぼりと見つめた。

難波

‥あれ?これ、動かねぇぞ

まさか、これまで壊れたのか‥?

室長はスイッチを何度もカチャカチャやりながら悪戦苦闘していた。

その足元に、電源プラグが転がっている。

サトコ

「あの、室長‥プラグが刺さってないみたいですけど‥?」

難波

ん?

おお、本当だ

ウィーン

プラグを差し込むなり、掃除機が元気な音を立て始めた。

難波

さすがはサトコ

いや~、お前がいないとダメだな、俺は

慣れない手つきで掃除機を掛けながら、室長が呟いた。

サトコ

「そんな、これくらいのことで‥」

難波

今回の受賞も含めてな

サトコ

「え‥?」

掃除機の音に紛れてはいたけれど、その言葉はハッキリ聞こえた。

でもとっさに聞き返した私に、室長は掃除機を止めて改めて言う。

難波

いつもありがとうなって言ったんだよ

室長は微笑むと、私の額にそっとキスを落とした。

サトコ

「一緒に頑張った甲斐がありましたね、映画祭も‥」

私もくすぐったく微笑み返す。

難波

なんだ、聞こえてたのか‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-012

ちょっと照れくさそうに言った室長の手から、掃除機が滑り落ちる。

室長はその手で私の両肩をそっと抱くと、

今度は私の唇に、愛しさと感謝の籠ったキスを落とした。

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする