【宿泊所】
難波室長と加賀教官、そして東雲教官とともに一週間の出張に来た私は‥
昼間、教官たちが捜査に出かけている間はひとりで宿泊所に待機となっていた。
(でも、その間にやることは山積みなんだよね)
(掃除洗濯、晩ご飯の下ごしらえ‥)
サトコ
「何かひとつでもミスしたら、海のもずくになる未来が待っている‥」
「一週間しかないんだし、少しでも教官たちの役に立てるように頑張ろう」
意気込んでいると、玄関のドアが開く音がした。
出迎える間もなく、室長がリビングに入ってくる。
難波
「いやー、疲れた疲れた」
サトコ
「室長?おかえりなさい。早いですね」
難波
「ああ、実は予定が変更になってな」
「あとは加賀と歩に任せて、俺は本庁に戻らなきゃならなくなった」
サトコ
「えっ、これからですか?」
難波
「まあ、今から出れば夜中には向こうに着くだろ」
「お前に全部任せて悪いが、そいうわけであとはよろしく頼む」
<選択してください>
サトコ 「それは、無理かもしれません‥」 難波 「どういうことだ?」 サトコ 「室長‥もし私ひとりだけ学校に戻らなかったら、そのときは必ず捜索してください」 難波 「おいおい、大げさだな。お前は現場に出ないんだから、そんな心配ないだろ」 (敵は現場じゃなくて、味方‥いや、教官の中にいるかもしれない‥)
サトコ 「そうですね‥私も、命が惜しいので頑張ります」 難波 「命?お前、誰かに狙われてんのか?」 サトコ 「ある意味、そうかも‥」 (私がミスしないか、今か今かと狙ってるふたりの教官がいる‥)
サトコ 「私も、もう帰りた‥」 言いかけて、思わず弱気になりかけていたことにハッとなる。 サトコ 「あ、いえ‥なんでもないです!頑張ります!」 難波 「いつもお前に甘えて悪いなー。なんか色々頼みやすくてな」 (室長、優しいな‥でも、私が室長の笑顔を見るのは、これが最後となるのだった‥) (‥ってならないように、海のもくずだけは避けないと‥)
難波
「それにしても、腹減ったな~なんか昼飯作ってくれるか?」
サトコ
「はい!すみません。まだ買い物に行ってないので、簡単なものになっちゃいますけど」
難波
「ああ、任せる」
(室長、今から出ても向こうに着くのは深夜って言ってたっけ)
(あまり時間もないし、本当にありあわせのものになりそう‥)
冷蔵庫に入っている材料で、パパッと簡単にお昼ごはんを作る。
室長はそれを、美味しそうに食べてくれた。
難波
「うん、美味い。氷川は料理上手だなぁ」
サトコ
「そんな‥時間がなくて、凝ったものが作れなくてすみません」
難波
「いや、充分だ」
満足そうな室長の様子に、ホッと胸を撫で下ろす。
(よかった‥普段はのんびりしてるし、仕事なんてしてないように見えるけど)
(でもやっぱり、室長ってかなり忙しいんだろうな‥)
難波
「ごちそうさん」
サトコ
「お粗末様でした」
難波
「加賀と歩が帰ってくるのは、夜か‥」
「俺だけこんな美味いもんが食えるなんて、ラッキーだな」
その笑顔に、胸の鼓動が速くなる。
難波
「今度、俺の家にも作りに来てくれ」
サトコ
「‥え!?」
難波
「さっき戻った時の、『おかえりなさい』ってのもよかったな~」
「うん、お前はいい嫁にになる」
サトコ
「よ、嫁‥!?」
(って、別に深い意味はないよね‥!?)
(でも、室長の家にこっそり食事を作りに‥!?)
冗談なのか本気なのかわからないその言葉に、完全に踊らされる私だった。
夜になり3人で晩ご飯が済むと、東雲教官が何やらぶつぶつ言っているのが聞こえた。
サトコ
「どうしたんですか?」
東雲
「はあ‥サイアク」
よく見ると、東雲教官がいじっているのは小型の加湿器だ。
サトコ
「もしかして、壊れたんですか?」
東雲
「環境の問題かな‥これで風邪でも引いたらサイアクなんだけど」
(そういえば東雲教官って、泊まりがけの行事ではいつも加湿器持参してるよね)
(‥そうだ!)
部屋に戻り、自分の加湿器を持ってくる。
それを、東雲教官に差し出した。
サトコ
「私の、使ってください。あと数日だし、私は大丈夫ですから」
東雲
「キミの‥?」
サトコ
「き、汚くないですよ。ちゃんといつも、使ったあとは洗ってます!」
東雲
「へぇ‥」
サトコ
「今、風邪引いたら大変ですよ」
「学校に戻ったらまたすぐ、講義も演習もあるし」
私の言葉に少し思案して、東雲教官が小さくため息をつく。
東雲
「そこまで言うなら」
サトコ
「はい!ぜひ」
東雲
「‥キミに借りを作るのはなんか癪」
心の底から嫌そうに顔をしかめた東雲教官が、自分の部屋に戻る。
持ってきたのは、小さな容器に入ったシャンプーだった。
サトコ
「これ‥」
東雲
「貸してあげる」
「言っとくけど、特別だからね」
(このシャンプー、かなりレアなやつだ‥!確か、サロンでお得意様にしか売らないっていう‥)
サトコ
「こ、これ‥使わせていただいていいんですか?」
東雲
「言ったでしょ。借りは作りたくないって」
「そのかわり、綺麗に使ってよね。汚すとかありえないから」
サトコ
「は、はい!ありがとうございます!」
借りたシャンプーを持って、うきうきでバスルームへ向かった。
お風呂に入った後、サラサラになった髪をなびかせながら灯りを消すためにリビングを覗く。
するとベランダから、庭に誰かがいるのが見えた。
加賀
「‥‥‥」
(加賀教官‥?もしかして、トレーニング?)
どうやらひとりで身体を鍛えているらしく、普段の姿からは考えられない光景だ。
(いつも余裕で、『訓練なんてくだらねぇ』なんて言ってるのに‥)
(捜査で忙しい出張中でも、トレーニングは欠かさないんだ)
サトコ
「‥私も、もっともっと頑張ろう」
決意を新たに、自分の部屋へと戻った。
そして、出張最終日。
先に戻っていた室長が、車で迎えに来てくれた。
加賀
「室長、わざわざすみません」
難波
「いや、向こうの用事が早く済んだからな」
「迎えに行くって名目で、飲みに来ただけだ」
東雲
「言っとくけど、キミは飲まないでね」
サトコ
「えっ?どうしてですか?」
加賀
「テメェが飲んだら、誰が運転すんだ」
東雲
「まさか、オレたちに運転させて自分は優雅に助手席に座ってる‥」
「なんて命知らずなこと、しないよね?」
サトコ
「しません!もちろん運転させていただきます!」
(はあ‥でも室長や教官たちと飲んでも、緊張で酔えないだろうし)
(むしろ、運転役でよかったのかも‥)
捜査も無事に今日で終わり、明日は本庁に戻るだけだ。
ずっと気を張っていた加賀教官と東雲教官も、ようやく肩の荷が下りたような表情だった。
サトコ
「みなさん、お疲れさまでした。お酒もおつまみも、たくさんありますから」
難波
「おっ、このつまみ、お前の手作りか?」
「やっぱり、氷川の手料理は美味いな~この前の昼飯も、絶品だったぞ」
東雲
「昼‥?」
加賀
「‥‥‥」
(あ‥そういえばあの日のお昼、室長にだけご飯を作ったの、ふたりには言ってなかった)
サトコ
「実はですね‥」
加賀
「‥誰にでも尻尾振りやがって」
室長に聞こえないように、加賀教官がグラスを傾けながらチッと舌打ちする。
サトコ
「え?」
加賀
「テメェには、まだまだ教育が必要だな」
「たっぷり躾けてやるから、あとで部屋に来い」
サトコ
「し、躾‥!?」
(一体、何が加賀教官のお怒りに触れたの‥!?)
(加賀教官に限って、室長にだけお昼ご飯を作ってあげたことなんて気にしてないだろうし)
震える私をチラリと見て、東雲教官が小さくため息をつく。
東雲
「ねえ‥キミってほんと、色気ないよね」
サトコ
「へ!?なんですか急に」
東雲
「肩」
サトコ
「肩?」
言われるまま肩を確認すると、服から下着の紐が見えていた。
サトコ
「!!!???」
東雲
「わざと見せてんの?」
意地悪に笑いながら、東雲教官がふたりに聞こえないように私の耳に顔を寄せる。
サトコ
「ち、ちがっ‥」
東雲
「どうせ見せるなら、もっと色気のあるのにしてよ」
(東雲教官が、私に色気を求めている‥!?)
(普段なら、下着なんて見えようものならすっごく嫌そうな顔するのに)
サトコ
「‥東雲教官、もしかして酔ってます?」
東雲
「何言ってんの、キミの目、節穴?」
「このザルふたり相手に、本気で飲むわけないでしょ」
ボソッと、室長たちに聞こえないように東雲教官が呟いた。
東雲
「この人たち、酒があればある分だけ飲むから」
「毎回潰されるこっちの身にもなってよ」
サトコ
「確かに、室長たちと飲むのは危険かもしれませんね‥」
幸い、私たちの声は聞こえてなかったらしい室長たちはまるで水のようにお酒を飲んでいる。
難波
「いやあ、一週間、どうなることかと思ったが‥」
「やっぱり、氷川を連れて来て正解だったな。おかげで、快適に過ごせた」
室長の優しい言葉に、一週間の苦労が報われたような気がした。
(色々大変だったけど‥こういう共同生活も、意外と悪くないかも)
(教官たちも、なんだかんだ言って優しいところもあったし)
この一週間の出来事を微笑ましく思っていると、室長が上機嫌で声を掛けてきた。
難波
「おーい氷川、悪いんだが、あとでマッサージしてくれないか」
「この歳になると、長期の出張は身体に堪えてな~」
サトコ
「は、はい!じゃあ、あとでそこのソファで‥」
加賀
「ほう‥」
心なしか、加賀教官の目が光ったように見えた。
加賀
「俺を無視して、他の男のところに行くとはな」
サトコ
「ええ!?だって加賀教官、『躾』なんて恐ろしいことを言うから‥」
加賀
「命令に逆らったらどうなるか、あとでじっくり教えてやる」
東雲
「ねえ、当然オレの部屋に来るよね?」
「そういえばキミに借りた加湿器、まだ返してないし」
サトコ
「い、いえ‥あれは、あとでも」
東雲
「ふーん?せっかくお礼してあげようと思ったのに」
(お礼‥!?あの東雲教官が!?)
(これは絶対、裏がある‥!でも、行かないと何されるかわからないし)
難波
「ん~?やっぱりひよっこも、若い男がいいのか‥」
「おっさんの相手は嫌か?傷付くな~」
サトコ
「いや、あのっ‥そうじゃなくて」
東雲
「ふーん、キミはおっさ‥年上好きなんだ?」
(東雲教官、今うっかり室長のこと『おっさん』って言いかけた‥)
加賀
「テメェが夜、どの部屋に行くのか楽しみだな」
サトコ
「そ、そんな‥!」
からかわれているわりにはみんなどこか、目に本気の色をにじませている。
何故か嬉しいような困るような複雑な気持ちで、最後の夜を教官たちに囲まれて過ごしたのだった。
【学校 廊下】
ようやく出張が終わると、学校で早速、鳴子と千葉さんにつかまった。
鳴子
「ねえ、どうだった?教官たちとの出張は!」
千葉
「大変だっただろ‥?ただでさえ、教官たちってみんな、癖があるし」
サトコ
「うん‥生きた心地がしなかったこともあったけど」
「でもみんなの新しい一面を見れたし、少しは役に立てたと思うと、自信になったよ」
東雲
「へぇ‥」
加賀
「役に立てた、か」
低い声が後ろから聞こえてきて、ビクッと身体が震える。
(振り返らなくてもわかる‥)
(後ろに‥いる‥!)
東雲
「あれで役に立てたとか、自分で言っちゃうんだ」
加賀
「どうやら、甘くし過ぎたみてぇだな」
東雲
「そうですね。次は手加減なしでいきましょうか」
サトコ
「いや、待ってください!もう充分ですから‥!」
(やっぱりもう、教官たちとの共同生活なんて無理だ‥!)
(次に同じようなことがあったら、無事に帰って来れる保証はない!)
ふたりの不吉な微笑みに委縮しながら、改めてそう感じた私だった‥
Happy End