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加賀 ふたりの卒業編 5話

【教場】

加賀さんに、スナイパーの男が国際テロ組織・Crowと関わりがあると告げた夜以降‥

加賀さんは私を置いて早く捜査を切り上げることも、

無理をし過ぎる様子も少し減ったように思えた。

(それに、久しぶりにふたりきりで過ごしたおかげか、前よりは距離が縮まったような)

私の尾行技術が以前よりマシになってるとはいえ、加賀さんに気付かれないはずがない。

私に尾行を許してしまえるほど、最近の加賀さんは “あの事件” に没頭していたのだろう。

(まだ、長官や大臣狙撃事件は解決していない)

(次の事件を防ぐためにも、それに加賀さんのためにも‥今自分ができることをしよう)

決心を新たにして、目の前の講義に集中した。

【ビル】

そんな矢先、加賀さんと一緒にスナイパーがよく出入りしていたという雑居ビルにやって来た。

サトコ

「ここで、自分の雇い主と落ち合ってたんでしょうか」

加賀

かもな。拠点にしていた可能性もある

サトコ

「だとしたら、どこかに手がかりが‥」

唯一、店舗も事務所も入っていない階の廊下をぐるりと見渡す。

壁や床を叩いて注意深く調べたけど、特に反応はない。

(犯人はずっと黙秘を続けてるし、なんの証拠も出て来ない)

(松田さんも何も知らないし‥このままじゃ、手詰まりになる)

ふと、違和感を覚えて振り返る。

加賀さんはそれよりも先に何か感じ取っていたらしく、突然、私の頭を押さえて床に伏せた。

加賀

ここにいろ

サトコ

「えっ‥」

加賀

煙だ

加賀さんの言葉通り、煙が流れ込んでくる。

さっきまではそんな気配もなかったのに、あっという間に室内が熱くなった。

(火事‥!?でも、どうして急に)

加賀

チッ‥面倒だな

サトコ

「火の回りが早すぎます!まさか‥」

加賀

やっと、あちらさんが行動を起こしてきたらしいな

(あちらさん‥って、まさかあのスナイパーの仲間?)

(じゃあ、私たちを狙って‥!?)

加賀

サトコ!

加賀さんが、私を抱きしめて後ろに身を引く。

火の勢いに負けた古いドアが目の前で弾け、その直前、加賀さんが私に覆いかぶさった。

サトコ

「加賀さっ‥」

加賀

口閉じてろ

サトコ

「っ‥‥‥!」

私を抱きかかえて、加賀さんが窓へと走る。

そして躊躇うことなく、2階の窓か外へと飛び出した。

【外】

すぐに消防車が駆けつけ、消防隊員に状況を説明する。

その間、加賀さんは東雲教官と連絡をっているようだった。

加賀

ああ、無事だ。だが、あいつが拠点にしてた部屋はダメだな

どっちにしろ、ロクなもんはなかったが

(そうだ‥あの部屋には、手掛かりらしきものはひとつもなかった)

(なのにどうして、犯人はわざわざ火を点けてまで証拠を隠滅したの‥?)

電話を終えて戻ってくる加賀さんの表情は、どこか暗く曇っている。

サトコ

「ビルには、私たちしかいなかったそうです」

「どこも、夜に営業する店ばかりだったみたいで」

加賀

そうか

サトコ

「あの‥加賀さん」

加賀

今日はもう帰れ

サトコ

「えっ?」

加賀

報告書は明日でいい

<選択してください>

A: そういうわけにいきません

サトコ

「そういうわけには‥報告書は極力、その日のうちにって」

加賀

なら、それだけ書いて寮に戻れ

こんなことがあった日まで連れ回しちゃ、クソ眼鏡がうるせぇからな

(そんな‥いつもは石神教官に何を言われようと、気にしないのに‥)

B: 加賀さんも帰りましょう

サトコ

「じゃあ、加賀さんも一緒に帰りましょう」

加賀

俺はやることがある。テメェは先に戻れ

サトコ

「そんな‥」

私に背を向けて、加賀さんはさっさと行ってしまった。

C: 犯人を追わないと

サトコ

「それより、早く犯人を追わないと‥!」

加賀

もうこの辺にはいねぇ

捕まえたとしても、足がつかねぇような奴を雇ってるはずだ

サトコ

「でも、このままにしておくなんて‥」

加賀

これは命令だ。テメェはさっさと、寮に戻れ

(これじゃ、この前と同じだ‥あの男のアジトを調べたとき)

(学校に戻って報告書を書けって‥早めに捜査を切り上げて)

そして私の心配通り、加賀さんは翌日から再び、早い時間に捜査を終わらせるようになった。

【橋】

加賀さんが何を考えているのかわからないまま、数日が過ぎた。

(何を聞いても答えてくれない‥だけど、“あの事件” を追ってるのは確かだ)

(加賀さんは、何を焦ってるんだろう‥?私じゃ、力になれない‥?)

(だけど、このままでいるのは嫌だし‥今の私にできることがあればいいのに)

とぼとぼと歩き、気が付けば “あの事件” が起きた橋の上にやってきていた。

なんとそこに、加賀さんの姿を見つける。

加賀

‥なんでお前がここにいる

私に気付き、加賀さんがため息をつく。

でもその表情はどこか切なげで、ここで亡くなった仲間を思っているのだと伝わってきた。

サトコ

「偶然‥歩いてたら、知らない間にここに」

加賀

嗅覚も犬並みか

フッと笑う加賀さんの足元にはビールとどら焼き、そして梅干しが置いてある。

(あれって、確か‥浜口さんたちが好きだったものだ)

(加賀さんは今も、“あの事件” をずっとひとりで背負って‥)

本当の意味で事件が解決するまで、加賀さんの心はここに縛られたままなのかもしれない。

そう思った時には、後ろから加賀さんに抱きついていた。

加賀

‥なんの真似だ

サトコ

「わかりません。でも‥」

加賀

‥テメェは本当に、あいつに似てるな

(あいつ‥?それって、もしかして)

加賀

‥お前はあいつらに似てる

クソ真面目で、刑事に向いてねぇ

特に浜口は、そういうタイプだった

いつか、この場所で聞いた加賀さんの言葉を思い出す。

加賀

お人好しで、クソ真面目

サトコ

「それ‥前にも言われました」

加賀

いつも矢面に立って、貧乏くじ引くところまで似てやがる

‥だから、俺を助けようなんてくだらねぇこと考えるんだろうな

加賀

あいつには借りがある

一度、命を助けられたことがある

何より‥死ぬ寸前まで、俺の心配をしていたお人好し野郎だ

サトコ

「私は‥浜口さんの気持ちが分かります」

加賀

あ?

サトコ

「浜口さんはきっと、誰よりも加賀さんを尊敬していたんです」

「だから、命を懸けることだってできた」

加賀

‥‥‥

‥あいつから何度、家族の話を聞かされたかわからねぇな

嫁の話、子どもの話し‥付き合わされるこっちが迷惑だった

サトコ

「信用してない人、尊敬できない人に自分の家族の話なんてしません」

「浜口さんは‥加賀さんにすべてを託したんじゃないでしょうか」

私の言葉が、加賀さんに届いているかはわからない。

でも加賀さんが話してくれる “仲間” の話は、私たちの距離を縮めてくれる気がした。

(加賀さんにとって浜口さんたち “仲間” は、すごく大切な思い出なのに)

(普段は口数が少ない加賀さんが、それを私に話してくれた‥)

サトコ

「私も、加賀さんと同じ気持ちです」

「事件を未然に防ぎたい‥それができるのは、公安刑事だけですよね」

加賀

‥‥‥

加賀

刑事ってのは、基本的に事件が起きてからしか動けねぇ

だが公安は、危険思想の人間がいればマークして、未然に防ぐことができる

それは以前、加賀さんに『なぜ公安刑事になったのか』と聞いた時の返事だった。

加賀さんもそれを思い出したのか、私に抱きしめられたまま何も言わない。

サトコ

「私も‥加賀さんが背負っているものを、一緒に背負いたいんです」

加賀

死んだ人間の想いなんざ背負う気はねぇ

ただ‥あいつらがあげるはずだった事件も手柄も、俺が引き受けてやるだけだ

(加賀さんは、“あの事件” と今回の事件の繋がりが見えてるのかもしれない)

(だから、しっかり手柄を立てて、仲間に報いようとしてるんじゃ‥)

ようやく、加賀さんがここまで “あの事件” にこだわる意味が、少しわかった気がした。

サトコ

「私‥加賀さんのパートナーになれるように頑張りますから」

加賀

100年早ぇ

間髪入れず、加賀さんが言い切る。

サトコ

「せめて、もうちょっと悩んでくれても‥」

加賀

飼い犬に頼るほど、落ちぶれちゃいねぇ

不意に見えた加賀さんの横顔は、心なしか、ほんの少し微笑んでいるように見える。

でもその笑顔には、やはりまだどこか影があった。

加賀

フラフラしてねぇで、さっさと帰れ

サトコ

「あ‥」

腰に巻きついている私の手を解くと、加賀さんが橋の向こう側へと歩き出す。

<選択してください>

A: もう少し一緒にいたいです

サトコ

「あの‥も、もう少しだけ、一緒にいたいです」

加賀

聞こえなかったのか

それはつまり、『帰れ』ということだ。

(いつもなら、送ってくれるけど‥)

なんとなく、加賀さんは私と距離を置こうとしている気がした。

B: 無理しないでくださいね

サトコ

「あの‥無理はしないでくださいね」

加賀

何言ってやがる

サトコ

「だって‥最近の加賀さん、疲れた顔してるから」

加賀

駄犬に心配されるとは、落ちぶれたもんだな

C: これから捜査ですか?

サトコ

「もしかして、これから捜査ですか?」

「それなら、私も連れて行ってください!」

加賀

テメェは明日の講義のことでも考えてろ

他のヤツらに弱みを見せたら、ただじゃおかねぇ

(うっ‥それってもしかして、この間の颯馬教官の講義のこと‥?)

(さっきは、昔のことを話してくれたのに‥)

少し心に近づけたと思えば、ひらりとかわされてしまう。

私を割けるような加賀さんの行動に、どんな意味があるのか‥

今の私には、わからないことだらけだった。

その後、教官たちの捜査のおかげで、少しずつ今回の事件の全体像が見えてきた。

あのスナイパーのバックに絡んでいるテロ組織は、

松田さんが起こした事件にも関与しているらしい。

(松田さんのときは、加賀さんが狙われた‥“あの事件” を追う加賀さんが邪魔だったから)

(だとすると、この間の雑居ビルの火事も‥)

テロ組織の狙いに近づきすぎた加賀さんへの、警告だったのかもしれない。

でなければ、何の証拠が出ないようなビルにわざわざ火を放ったりしないだろう。

(こんなこと、前にもあった‥加賀さんと一緒に事件を追ってるとき、車のブレーキを壊されて)

(あれは松田さんの仕業だったけど、今回絡んでいるのは国際的なテロ組織‥)

その重大さにゾクリと背筋が冷たくなった瞬間、小さくてかわいい女の子が私の顔を覗き込んだ。

「サトコ、おなかいたい?」

花ちゃんの言葉に、今自分が置かれている状況を思い出す。

加賀さんから連絡が来て、花ちゃんの子守りを任されたのだった。

(そうだった‥花ちゃんを保育園まで迎えに行った帰りだった)

サトコ

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね」

「はなもねー。たまにおなかいたくなるから、ひょーごになでなでしてもらうの」

サトコ

「ふふ、そっか。いいなー」

(あれから、ほとんど加賀さんに会ってない‥)

(大丈夫かな‥ひとりで無茶してないといいけど)

???

「‥‥‥」

花ちゃんと手をつないで歩いていると、斜め後ろに人影を見た気がした。

物音ひとつなくそこに誰かがいたことに驚き、咄嗟に花ちゃんの手を引っ張って隠す。

「なにー?」

サトコ

「‥‥‥」

振り返ってみたけど、誰もいない。

(今のは‥?でも確かに、誰かいた)

(気のせい‥?一応、加賀さんに連絡したほうがいいかな‥)

「サトコ、かくれんぼ?」

サトコ

「えっ?あ、そうそう!花ちゃんとかくれんぼしたいなー」

「加賀さんは普段、花ちゃんとどんなことして遊んでくれるの?」

「ひょーごはねー、なんでもしてくれるよ!おにごっこも、ままごとも」

「‥でもねー」

何かを思い出したように、花ちゃんがうつむく。

「‥ひょーご、もうこないかもって」

サトコ

「え?」

「はながワガママばっかりいうから、キライになったのかな‥」

(加賀さんがもう来ない‥?あんなに花ちゃんが大好きなのに)

(どういうこと‥?加賀さん、一体‥)

「ねーサトコ、ひょーご、ほんとうにもう、きてくれないとおもう?」

サトコ

「そ、そんなことないよ。きっと今は、お仕事が忙しいから」

「お仕事が終わったら、きっとまた会いに来てくれるよ」

「うん‥」

必死に花ちゃんを励ましながら、さっきの言葉が引っかかる。

(加賀さん、花ちゃんを遠ざけようとしてる‥?)

(最近私を避けてることと、何か関係あるの‥?)

【教官室】

数日後、テストが迫ったある日。

サトコ

「‥捜査を休む?」

東雲

テストが終わるまでそうしろって、兵吾さんからのお達し

よかったね。キミの成績、下の中くらいでしょ?

サトコ

「中の下くらいです‥」

東雲教官経由で、捜査を休むよう指示が来た。

普段なら直接言われるはずなのに、加賀さんの行動にやはり違和感を覚える。

サトコ

「だけどその間、誰が加賀教官の補佐を‥」

東雲

ほんとにね。結局、しわ寄せがこっちに来るんだから

どうやら、東雲教官が私の代わりに捜査に出かけるらしい。

サトコ

「あの‥なんだかすみません」

東雲

これで落第なんかしたら、どうなるかわかってるよね?

まあ、せいぜい頑張りなよ、テスト。下の下から這い上がれるように

サトコ

「せめて、下の上くらいにしてください‥」

教官室を出ようとすると、東雲教官がパソコンで報告書を作成し始めていた。

なんのメモも資料も見ずに、高速でキーボードを叩いている。

サトコ

「東雲教官、今日の捜査はもう終わったんですか?」

東雲

そんなわけないでしょ。これからだよ

サトコ

「だったらどうして、報告書を‥」

こっそり見ると、確かに今日の日付が記されている。

捜査の前に報告書を書く意味くらい、私にも理解できた。

(虚偽の報告‥つまり、うその報告書を書いてるんだ)

(まさかそれも、加賀さんの指示‥?)

きっと加賀さんは、また単独で捜査をしているのだろう。

私を休ませたのも、これ以上深入りさせないようにしているのかもしれない。

東雲

分かってるだろうけど、兵吾さんは考えなしにこんなことしないから

報告書から目を逸らさないまま、東雲教官がつぶやく。

東雲

兵吾さんがすることには、必ず意味がある

そのくらい、キミにだって理解できるよね?

(加賀さんがすることには、意味がある‥)

(私を遠ざけてるのも、花ちゃんに会いに行かないのも)

確かに、理由がなければ、加賀さんが花ちゃんに『もう来ない』なんて言うはずがない。

(あの火事‥犯人から、加賀さんへの警告だとしたら)

(私たちを守るために、ひとりで行動してる‥?)

しかし、その答えに返事をくれる人は、どこにもいなかった‥

to  be  continued

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