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加賀 ふたりの卒業編 HAPPY END

【病室】

静まり返った、深夜の病室。

ベッドに横たわる加賀さんはぴくりとも動かず、私はずっと、手を握って傍についていた。

(加賀さん、目を覚まして‥お願い‥)

握る手に力を込めながら、思い出すのはあの瞬間‥

「鬼だ悪魔だと恐れられる加賀も、結局女の前じゃただの男だ」

石神

銃を下ろせ!

加賀

‥‥‥サトコ!

向けられてた銃口を見た瞬間、咄嗟の判断が遅れた。

男の銃が火を噴いたその瞬間、加賀さんが私に覆いかぶさった。

(えっ‥)

私を抱きしめる加賀さんの身体が、何かの衝撃に揺れる。

でもそれが銃によるものだと認識する前に、加賀さんの身体はズルりと私から落ちた。

石神

加賀!

颯馬

医療班を呼べ!

後藤

主犯格の男を確保!

加賀さんを抱きしめ返しながら、教官たちの声を遠くに聞く。

でもそれはまるで現実味がなく、力なく床に転がった加賀さんだけが視界を満たした。

サトコ

「加賀‥さん‥」

加賀

っ‥‥無事、か‥‥

サトコ

「加賀、さ‥」

すぐに医療班が駆けつけ、加賀さんを私から引きはがして応急処置を施す。

銃弾に貫かれた肩から、血が溢れ出し‥私はそれを、呆然と見つめることしかできなかった。

【病室】

病院に搬送され、緊急手術を行い‥

病室に戻ってきてからも、加賀さんは昏睡状態のままだ。

(もし、このまま目を覚まさなかったら‥)

悪い方ばかりに思考が向き、必死に首を振る。

永遠かと思うほど長い時間が過ぎたころ‥微かに、加賀さんの指が動いた気がした。

加賀

‥‥‥

ゆっくりとまぶたが開き、加賀さんの眼が光を宿した。

サトコ

「加賀‥さん‥」

加賀

‥‥‥

少しの間私を見ていた加賀さんは、すぐに身体を起こそうとした。

サトコ

「だ、ダメです!まだ動かないでください!」

加賀

うるせぇ‥

サトコ

「すみません‥っ」

(加賀さんが、目を覚ました‥無事だった)

(よかった‥本当によかった)

お礼や謝罪、傷口は痛むか、聞きたいことはたくさんあった。

でもどれも言葉にはならなくて、かわりに涙がにじむ。

加賀

‥‥‥

私の様子を見ていた加賀さんが、痛みに眉をしかめながらも身体を起こす。

そして、痛めていないほうの手で私の腕を引っ張ると、きつく抱きしめた。

サトコ

「っ‥‥加賀さんっ‥‥」

加賀

無事か

サトコ

「はい‥加賀さんのおかげで‥」

加賀

そうか‥

‥撃たれたのが、お前じゃなくてよかった

耳元で聞こえてきたのは、切ない加賀さんの声だった。

咄嗟に顔を上げようとしたけど、加賀さんの腕がそれを許してくれない。

(怪我してるのに、こんなに力入れたら‥!)

顔が見えないのはもどかしかったけど、怪我が心配で、抵抗するのを止めた。

加賀

あいつが、お前を狙った瞬間

お前がいなくなると思ったら‥体が勝手に動いてた

(そんな‥感情で動くことなんてない加賀さんが)

(取り調べのときだって‥相手を脅しながらも、いつもどこか冷静だった‥)

加賀

くだらねぇ‥わかってんのに、止められなかった

結局‥あの男の言う通りだ

サトコ

「あの男‥?」

加賀

俺も、テメェの前じゃただの男ってことだ

‥知らねぇ間に、お前に支えられてたとはな

(支えられてた‥私が、加賀さんを)

その言葉が嬉しくて、そして信じられなくて、加賀さんの背中に腕を回す。

サトコ

「肩‥痛みますか?」

加賀

少しな

弾、貫通しただろ。取り出す手間が省けた

サトコ

「か、貫通したかどうか、覚えてるんですか‥」

(あの状況でそこまで冷静でいられるなんて、すごすぎる‥)

サトコ

「花ちゃんも無事です。美優紀さんのところに帰りました」

加賀

‥そうか

お前がいなきゃ、花は救えなかった

サトコ

「私なんて‥加賀さんが私を助けてくれたことに比べたら、何もできませんでした」

加賀

お前のおかげで、花を守ることに集中できた

それはテロリストたちに囲まれたとき、私が先陣を切って突破したことを言っているらしい。

加賀

‥絶対、勝手にいなくなるんじゃねぇ

サトコ

「いなくなりません‥ずっとずっと、ここにいます」

「罵られても蔑まれても、加賀さんのそばに‥」

加賀

それでこそ、俺の女だ

腕が緩み、至近距離で見つめ合う。

薄暗い病室で、ゆっくりと唇が重なる‥

(犬でも駒でもなく、“女” って言ってくれた)

(私でも、加賀さんの役に立ててた‥支えられてた)

優しい口づけは、いつものような言葉を遮る強引なキスとは違う。

加賀さんが無事だったこと、心が通じ合えたことが嬉しくて、頬に涙が伝った‥‥‥

【教官室】

加賀さんは当然入院となり、私はひとり、学校に復帰した。

真っ先に教官室に挨拶へ向かったけど、そこに加賀さんがいないのがなんだか寂しい。

サトコ

「失礼します。氷川、本日より復帰いたします!」

東雲

あれ?キミ、撃たれたんじゃなかった?

颯馬

歩も意地が悪いですね。撃たれたのは加賀さんですよ

東雲

ああ、そうでしたね。なんか、補佐官をかばったとかで

兵吾さんも大変だよねー。全治1ヶ月でしょ?

(うう‥戻ってきて早々、東雲教官の洗礼を浴びることになるとは‥)

でも返す言葉もないので、うなだれるしかない。

(だけど、あのタイミングで教官たちが来てくれたのは、東雲教官のおかげだ)

(それに‥)

教官たちに、深々と頭を下げる。

サトコ

「今回は、私の身勝手な行動のため」

「教官たちにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

東雲

ほんとだよね。あれから、オレたちがどれだけ大変だったか知ってる?

オレは室長に、石神さんは本庁に掛け合って人員を集めて

颯馬

まあまあ。そのおかげで、国際テロ組織のメンバーを逮捕できたんですから

石神

確かに、お前の行動は褒められたものではない

だが‥『身勝手な行動のため』という謝罪は、お前の上官から聞きたいものだがな

(それって、加賀さんのことだよね‥)

サトコ

「加賀教官ならきっと、『手柄を挙げたんだからいいだろう』って言うんじゃないかと」

石神

‥だろうな

黒澤

おやあー!?そこにいるのはサトコさんじゃありませんか!

教官室のドアが開くなり、黒澤さんの声が聞こえる。

サトコ

「黒澤さん‥相変わらず、学校に入り浸って」

黒澤

あっ、なんですかまた邪魔者扱いして!

サトコさん、最近ますます加賀さんに似てきましたね

サトコ

「それはちょっと、複雑なんですけど‥」

黒澤

ああっ、その蔑むような目がたまらな‥

ゴン!

後藤

うるさい

黒澤

後藤さん!もっと優しく殴ってください!

サトコ

「黒澤さんは、会うたびにどんどん残念な人になっていきますね‥」

東雲

まあ、否定はしないけど

黒澤

もー、今日は、この前逮捕したCrowの奴らの情報を持ってきたのに

黒澤さんの言葉に、一転して全員の目に真剣な色が宿った。

同じように、黒澤さんも真面目な顔になる。

黒澤

主犯格の男は、未だに口を割らないそうです

あの事件の黒幕を知ってるのは、あの男なんですけどね

サトコ

「5年前‥」

(浜口さんたちが関わってる、“あの事件” のことだ)

(その黒幕を、あの男が知ってる‥)

黒澤

ただ、それ以外の長官や大臣襲撃については

他のメンバーが、少しずつ口を割ってますよ

颯馬

加賀さんがいれば、全員、一発で落ちるでしょうけどね

サトコ

「確かに‥あの取り調べに耐えられる人はそうそういないですよね‥」

東雲

黒幕は、意外と近くにいる

ぽつりと、東雲教官がこぼした。

サトコ

「えっ?」

東雲

逮捕時のデータ、主犯格の男が話した一言一句を逃さず全部解析したんだけど

確かにあいつ、一瞬だけどそう言ったんだよな

後藤

意外と近くにいる‥?

石神

どういうことだ?我々が知ってる人間ということか?

難波

おーい

話を中断させるように、教官室に室長が入ってきた。

難波

氷川、こんなところにいていいのか?卒業発表に遅れるぞ

サトコ

「あっ、忘れてた!」

東雲

それを忘れるって、どういう神経してんの?

サトコ

「すみません、お先に失礼します!」

教官たちに頭を下げると、急いでホールへ向かった。

【廊下】

廊下に飛び出すと、ちょうど鳴子たちがこちらに来るところだった。

鳴子

「いたいた、サトコ。遅いよ」

サトコ

「ご、ごめん!すっかり忘れてて‥」

千葉

「卒業発表を忘れるって‥すごいな」

鳴子

「ほら、遅れる前にホールに急ごう」

サトコ

「そうだね」

「っていうか、私‥卒業できると思う‥?」

鳴子

「‥‥‥」

千葉

「‥‥‥」

鳴子

「‥できるよ!」

サトコ

「できれば、間髪入れずに答えて欲しかった‥」

千葉

「だ、大丈夫だって。氷川はずっと、加賀教官の補佐官として頑張ってきたんだから」

鳴子

「筆記とか、他の試験は結構順調にこなしてたしね!」

千葉

「今回の実践を離脱したのも、ちゃんとした理由があったんだし」

サトコ

「それを、あの教官たちが少しでも汲んでくれる‥と、いいな」

不安と心配を抱えながら、ふたりと一緒にホールへと急いだ。

【加賀マンション】

それから1ヶ月余りが経った、ある晴れた日。

無事に私も卒業できることが決まり、加賀さんも怪我を治して退院した。

しばらく家を空けていたせいで、部屋には少し埃が溜まっている。

(掃除して、病院で洗濯しきれなかった分を終わらせて‥)

(食事は豪華にしたいけど、退院したばかりだし)

オムライスを作り、野菜を細かく刻んでご飯やソースに混ぜる。

(これならきっと、野菜が入ってるってバレないはず‥!)

サトコ

「加賀さん、ごはんできましたよ」

加賀

ああ

退院したばかりだというのに、加賀さんからは今日も捜査してきたかのような生命力を感じる。

(さすがだな‥でも注意してないと、明日から無理して仕事に復帰しそう‥)

サトコ

「大丈夫ですか?食べれますか?」

加賀

病院食は物足りなかったところだ

(よしよし‥ごはんやソースに野菜が入ってることに気付いてないっぽい‥)

(言うと食べなくなりそうだから、黙っていよう)

加賀

‥気持ち悪ぃ

サトコ

「えっ!?野菜が!?」

加賀

テメェの面だ

どうやら、ニヤニヤしてることに気付かれたらしい。

うっかり『野菜が!?』と言ってしまったので、それを追及される前に慌ててキッチンに逃げ込んだ。

食事を終えてリビングに戻ると、加賀さんが手招きしている。

そちらに向かうと、突然、加賀さんが電気のスイッチに手を掛けた。

サトコ

「暗い!」

加賀

そろそろだな

サトコ

「そろそろ‥?」

ドーン!と大きな音とともに、リビングの窓の向こうで大輪の光の花が咲いた。

サトコ

「‥花火!」

加賀

毎年、ここからよく見える

(そういえば今日は、花火大会だっけ‥)

(もしかしてそのために、電気を‥?)

窓の前で加賀さんの隣に座り、見事な花火を眺める。

しばらくお互い無言だったけど、ぽつりと、加賀さんがこぼした。

加賀

‥あのスナイパー野郎

サトコ

「えっ?」

加賀

浜口がなんで殺されたか‥あいつは、知ってやがった

浜口は‥国家機密を松田に流したから消されたんじゃねぇ

‥公安が隠してやがる情報を知ったせいだ

(公安が隠してる情報‥?)

(それで殺された‥って、じゃあ‥)

サトコ

「‥公安が、浜口さんを殺したってことですか?」

加賀

‥‥‥

サトコ

「つまり、警察が浜口さんを‥」

加賀

‥そういうことになる

(そんな‥!警察が、人の命よりも情報が重要だと判断したってこと?)

(だから加賀さんは、あんなに必死に‥浜口さんや仲間の無念を晴らすために‥)

驚きと怒りがごちゃ混ぜになって、言葉が出てこない。

でもそれと同時に、加賀さんがそんな大事なことを話してくれたのが嬉しかった。

サトコ

「もしそれが本当なら、私だって‥殺した人を許せません」

床に置かれた加賀さんの手に、自分からそっと手を重ねた。

サトコ

「絶対、絶対許せない‥人の命よりも大事なものなんてない」

「加賀さんのパートナーとして、“あの事件” の黒幕を、一緒に捕まえます」

加賀

‥‥‥

サトコ

「そのためにも‥早く、一人前になりますから」

私の言葉のあと、加賀さんは何も言わなかった。

しばらく、花火が空で弾ける音だけが、薄暗い室内に響く。

加賀

‥いつになることだかな

サトコ

「う‥で、できるだけ早めに‥」

「あの‥それまで、待っていただけます‥よね?」

加賀

待たねぇ

(やっぱり‥)

加賀

俺は待たねぇ。お前が追いついて来い

サトコ

「え‥」

(その言葉‥前にも聞いた)

驚いていると、加賀さんが苦笑気味に笑った。

加賀

すぐに音を上げるかと思ったが

あれから‥意外としぶとく、ついてくるじゃねぇか

サトコ

「‥だって、あのときに誓ったんです」

「なにがあっても‥私は絶対、加賀さんについていくって」

(厳しくても怖くても、ときには加賀さんの “正義” が自分の考えてるものと違ったとしても)

(公安の闇が、本質が‥それらが分かるのはまだまだこれからだとしても)

(それでも‥私は加賀さんのように、事件を未然に防げる刑事になりたい)

サトコ

「だから‥これからも、隣で頑張らせてください」

加賀

上等だ

肩を抱き寄せられて、噛みつくような甘いキスが落ちてくる。

花火の灯りなど見えなくなるほど、激しいキスに酔いしれる‥

加賀

‥‥‥

しばらくは私の唇を食むように楽しんでいた加賀さんだけど、キスを中断して私を抱き上げた。

サトコ

「えっ!?」

加賀

黙れ

サトコ

「だって‥け、怪我が!」

加賀

治ったから退院したんだろ

慌てる私にお構いなしで、加賀さんは寝室のドアを開けた。

【寝室】

部屋に入ると、私は抵抗して下りようと試みた。

加賀

暴れるな

サトコ

「じ、自分で歩けますから‥!傷口が開いたら大変です!」

加賀

そんなにヤワじゃねぇ

私をベッドに降ろすと、加賀さんが服の裾から手を差し入れる。

私の肌の感触を味わい、満足そうに笑った。

加賀

俺が入院してる間、柔らかさをキープしてたか

サトコ

「だって、ちょっとでも痩せると怒るじゃないですか‥」

加賀

当然だ

再びキスを落としながら、その手は服の中でうごめく。

首筋を加賀さんの唇が這うと、久しぶりの甘い刺激に身体が震えた。

加賀

他の男に尻尾振ってねぇだろうな

サトコ

「振ってません‥!学校が終わったら、まっすぐ病院に直行してました!」

乱されるように服を脱がされて、その唇と指が私に快感を与える。

あっという間にとろけてしまった私の身体を、加賀さんが笑いながら見下ろした。

加賀

さっさと追いついて来い

サトコ

「え‥」

加賀

でなきゃ、いつまで経っても相棒不在だ

サトコ

「‥‥‥!」

(私を、未来の相棒だって認めてくれた‥)

加賀

俺は、使えない駒はいらねぇ

捨て駒から始まった、公安学校での加賀さんとの日々。

加賀

もう、“駒” は卒業しろ

お前は今日から、俺の “女” だ

加賀さんの “女” として認められたあの日。

加賀

目の前の事件を未然に防げる可能性がある

その可能性をてめぇの感情が潰すなら、公安なんざ辞めちまえ

突き放されて、また抱きしめられて‥‥‥

加賀

俺は必ず、どっちも守り通してやる

テメェも‥仕事も、だ

不器用で乱暴で、痛いくらいに伝わる愛の形を知った夜‥

思い返すと、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

加賀

‥クズが

サトコ

「加賀さん‥私‥」

加賀

てめぇは‥いつまで経っても、グズでどうしようもねぇ駄犬だな

言葉とは裏腹に優しく目尻に唇が触れる。

『必ず、加賀さんに追いついてみせる‥‥‥』

加賀さんの温もりを身体の奥に感じながら、強く強く、そう誓った。

Happy   End

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