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加賀 ふたりの卒業編 GOOD END

【病室】

病室のベッドに横たわる加賀さんの隣で、じっとその顔を見つめる。

ぴくりとも動かないその姿を見ていると、もう二度と目を覚まさないのではないかと思えた。

(ううん‥弱気になっちゃダメだ)

(弾は肩を貫通したけど、幸い命に別状はなかったんだから‥)

テロ組織のボス、そして組織員は全員、石神教官たちが確保した。

加賀さんはすぐに病院へ運ばれて緊急手術を受け、今は麻酔で眠っている。

(あのとき‥突然のことで、一瞬、判断が遅れた)

(でも、加賀さんが覆いかぶさって助けてくれた‥)

思い出すと、自分の不甲斐なさと加賀さんの大きな愛に、涙がこぼれそうになる。

加賀

‥‥‥‥サトコ!

目を閉じると、さっきの加賀さんの声が鮮明に蘇った。

(また、助けてもらった‥私はなにもできなかったのに)

(私のせいで、加賀さんが‥)

ふと、頭に大きくて優しい感触を覚えて目を開ける。

少し眠ってしまっていたらしく、顔を上げると、目を覚ました加賀さんがそこにいた。

加賀

‥何やってんだ

サトコ

「‥加賀さん」

加賀

なんでここにいる‥さっさと帰りゃいいものを

サトコ

「‥加賀さん!」

飛び起きて、加賀さんの手に自分の手を重ねる。

嬉しさと申し訳なさで涙ばかりが頬を伝い、言葉が出てこない。

サトコ

「私‥私っ‥」

加賀

‥無事か

サトコ

「はいっ‥花ちゃんは、無事に美優紀さんのところに帰しました!」

加賀

‥バカが

加賀さんが、珍しく普段よりもどこか弱々しい笑みを浮かべた。

加賀

お前のことだ

サトコ

「え‥?」

加賀

怪我してねぇか

サトコ

「は、はい‥加賀さんがかばってくれたおかげで」

加賀

そうか‥

‥お前が無事でよかった

加賀さんの小さな声が聞こえて、思わず耳を疑った。

(加賀さんが‥そんなふうに言ってくれるなんて)

加賀

無鉄砲な飼い犬を持つと、こっちが苦労する

サトコ

「す、すみません‥」

加賀さんは起き上ろうとしたけど、肩に痛みを覚えたのか顔をしかめた。

サトコ

「ダメですよ。弾、貫通したんですから」

加賀

体内にとどまるよりいい

弾取り出す手間が省けたからな

(加賀さんらしいな‥助けてもらった私が、こんなこと言えた義理じゃないけど)

(目を覚ましてくれて、よかった‥いつもの加賀さんで、本当によかった)

加賀

‥お前が撃たれると思った瞬間、身体が勝手に動いてた

サトコ

「え‥」

加賀

あいつの言った通りだ。お前の前じゃ、俺もただの男ってことだ

知らねぇ間に、飼い犬に支えられてたとはな

(私が‥加賀さんを支えてた)

からかうような表情でも、バカにするような口調でもなかった。

どこか苦笑しながら、加賀さんが私の頬に手を伸ばす。

加賀

主人の許可もなく、いなくなるなよ

怪我をしていないほうの手で私を抱き寄せて、加賀さんが自分の胸に私の顔を押し付けた。

加賀

いなくなりやがったら、探し出して躾のし直しだ

サトコ

「はいっ‥」

(補佐官でも犬でも、なんでもいい‥少しでも、加賀さんの力になれたなら)

(今は、それだけで充分だよ‥)

加賀さんの胸で、うれし涙を流した。

【教官室】

加賀さんは当然入院となり、私はひとり、学校に復帰した。

真っ先に教官室に挨拶へ向かったけど、そこに加賀さんがいないのがなんだか寂しい。

サトコ

「失礼します。氷川、本日より復帰いたします!」

東雲

あれ?キミ、撃たれたんじゃなかった?

颯馬

歩も意地が悪いですね。撃たれたのは加賀さんですよ

東雲

ああ、そうでしたね。なんか、補佐官をかばったとかで

兵吾さんも大変だよねー。全治1ヶ月でしょ?

(うう‥戻ってきて早々、東雲教官の洗礼を浴びることになるとは‥)

でも返す言葉もないので、うなだれるしかない。

(だけど、あのタイミングで教官たちが来てくれたのは、東雲教官のおかげだ)

(それに‥)

教官たちに、深々と頭を下げる。

サトコ

「今回は、私の身勝手な行動のため」

「教官たちにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

東雲

ほんとだよね。あれから、オレたちがどれだけ大変だったか知ってる?

オレは室長に、石神さんは本庁に掛け合って人員を集めて

颯馬

まあまあ。そのおかげで、国際テロ組織のメンバーを逮捕できたんですから

石神

確かに、お前の行動は褒められたものではない

だが‥『身勝手な行動のため』という謝罪は、お前の上官から聞きたいものだがな

(それって、加賀さんのことだよね‥)

サトコ

「加賀教官ならきっと、『手柄を挙げたんだからいいだろう』って言うんじゃないかと」

石神

‥だろうな

黒澤

おやあー!?そこにいるのはサトコさんじゃありませんか!

教官室のドアが開くなり、黒澤さんの声が聞こえる。

サトコ

「黒澤さん‥相変わらず、学校に入り浸って」

黒澤

あっ、なんですかまた邪魔者扱いして!

サトコさん、最近ますます加賀さんに似てきましたね

サトコ

「それはちょっと、複雑なんですけど‥」

黒澤

ああっ、その蔑むような目がたまらな‥

ゴン!

後藤

うるさい

黒澤

後藤さん!もっと優しく殴ってください!

サトコ

「黒澤さんは、会うたびにどんどん残念な人になっていきますね‥」

東雲

まあ、否定はしないけど

黒澤

もー、今日は、この前逮捕したCrowの奴らの情報を持ってきたのに

黒澤さんの言葉に、一転して全員の目に真剣な色が宿った。

同じように、黒澤さんも真面目な顔になる。

黒澤

主犯格の男は、未だに口を割らないそうです

あの事件の黒幕を知ってるのは、あの男なんですけどね

サトコ

「5年前‥」

(浜口さんたちが関わってる、“あの事件” のことだ)

(その黒幕を、あの男が知ってる‥)

黒澤

ただ、それ以外の長官や大臣襲撃については

他のメンバーが、少しずつ口を割ってますよ

颯馬

加賀さんがいれば、全員、一発で落ちるでしょうけどね

サトコ

「確かに‥あの取り調べに耐えられる人はそうそういないですよね‥」

東雲

黒幕は、意外と近くにいる

ぽつりと、東雲教官がこぼした。

サトコ

「えっ?」

東雲

逮捕時のデータ、主犯格の男が話した一言一句を逃さず全部解析したんだけど

確かにあいつ、一瞬だけどそう言ったんだよな

後藤

意外と近くにいる‥?

石神

どういうことだ?我々が知ってる人間ということか?

難波

おーい

話を中断させるように、教官室に室長が入ってきた。

難波

氷川、こんなところにいていいのか?卒業発表に遅れるぞ

サトコ

「あっ、忘れてた!」

東雲

それを忘れるって、どういう神経してんの?

サトコ

「すみません、お先に失礼します!」

教官たちに頭を下げると、急いでホールへ向かった。

【ホール】

ホールに駆け込むと、すでに私以外の訓練生たちは整列していた。

鳴子

「サトコ!どこ行ってたの!」

サトコ

「ご、ごめん‥!復帰の挨拶をしに、教官室に」

千葉

「まさか今日も捜査かと思って、焦ったよ」

サトコ

「心配かけてごめんね」

私から少し遅れて、石神教官たちがホールに入ってくる。

壇上に上がると、石神教官がマイクの前に立った。

石神

ではこれより、卒業認定者の発表を行う

鳴子

「あれ?発表って、室長からじゃなかったっけ?」

サトコ

「え?でもさっき、教官室にいたよ」

(そういえば‥確かに室長、いつもこういう行事に間に合うように来たことないのに)

(あの時間にルーズな室長がちゃんと来てて、しかも私、『遅れるぞ』って急かされた!)

それだけのことなのに、なんだかとても新鮮だ。

過去の室長の記憶から、自然と公安学校での思い出を思い返していると、

石神教官が卒業認定者の名前をひとりひとり呼び始めた。

(そういえば‥冷静に考えて、私‥卒業できないんじゃ‥?)

(大事な演習でミスったし、卒業がかかった実践もすっぽかした‥!)

今さらながらハラハラしていると、私以外の全員の名前が呼ばれ‥

石神

最後に‥氷川サトコ!

サトコ

「!」

石神

訓練でのミスや、最後の実践も途中で離脱するという前代未聞の行動だったが

それ以外の試験の結果‥そして今回のテログループ確保、人質救出

様々な功績を評価し、卒業を認めるものとする

その瞬間、鳴子や千葉さん、周りの訓練生たちから肩を叩かれた。

鳴子

「サトコ、おめでとう!」

千葉

「よかったな。これで、一緒に卒業できる」

男子訓練生A

「ほんと、一時はどうなることかと思ったよー」

男子訓練生B

「あの加賀教官に2年もついていけただけでも、立派だよ」

サトコ

「みんな‥ありがとう!」

その日のホールは、この学校に入学して以来初めて、全員の笑顔に包まれた。

【校門】

発表が済み、すがすがしい気持ちで学校を出る。

(加賀さんに報告しなきゃ‥今ならまだ、面会時間に間に合うよね)

病院へ向かおうとする私の前に、一台の車が停まった。

運転席から顔を出したのは‥‥

サトコ

「か、加賀さん!?」

加賀

乗れ

サトコ

「いや、その前に‥病院は!?」

加賀

喚くな。一時退院だ

卒業の報告をする間もなく、半ば強引に助手席に乗せられた。

【花の家】

加賀さんの車が到着したのは、美優紀さんの家だった。

リビングに入った私たちに気付いた花ちゃんが、ソファから降りて走ってくる。

「ひょーご!サトコ!」

サトコ

「花ちゃん‥!元気だった?」

「あのねー。はな、しらないひとにほいくえんからつれていかれたの」

「でもすぐねちゃって、おきたら、じぶんのへやにいたー」

サトコ

「そっか‥」

どうやら、薬のおかげで誘拐されたときのことは覚えていないらしい。

ホッとしながら加賀さんを見ると、黙ってうなずいてくれた。

(よかった‥花ちゃんのトラウマになったら‥って心配してたけど)

花ちゃんを抱っこしていると、少し涙ぐんだ美優紀さんが歩いてきた。

美優紀

「サトコちゃん、本当にありがとう」

「花が無事に帰ってきたのも、サトコちゃんのおかげよ」

サトコ

「私は何も‥花ちゃんと自分の命を引き換えに助けようとしたのは、加賀さんですから」

美優紀

「それはいいのよ。むしろこのバカのせいで花が危険な目にあったんだから」

加賀

‥‥‥

バン!と美優紀さんが加賀さんの背中を叩くと、加賀さんはどこかバツが悪そうだ。

(でもきっと、美優紀さんもそれが刑事の仕事だって理解してるんだろうな)

(じゃなきゃ、花ちゃんの面倒を加賀さんにお願いしたりしない‥)

私の携帯が鳴り、花ちゃんを床に降ろす。

画面に表示されていたのは、お母さんの名前だった。

サトコ

「すみません。ちょっと失礼します‥」

美優紀

「気にしないでどうぞ」

加賀

‥‥‥

サトコ

「もしもし、お母さん?」

部屋の隅で電話に出ると、元気そうなお母さんの声が聞こえてきた。

サトコの母

『サトコ?心配かけてごめんね。さっき、退院したから』

『それより、なんだか大きな事件があったんでしょ?大丈夫だった?』

サトコ

「うん‥人質も無事だったし、心配しないで」

「それより、本当に大丈夫?もう無理しちゃダメだよ」

サトコの母

『翔真の進路のことも落ち着いたし、平気だってば』

『サトコこそ‥ただでさえ色気がないのに、刑事なんて危険な仕事を選んで』

『恋人ができないとか、一生結婚できないとか‥』

サトコ

「いや、それは‥」

痛いところを突かれて、言葉に詰まる。

(これはまずい展開だ‥いつの間にか、話が私のことにすり替わってる!)

(恋人がいるなんて言えば、絶対『紹介しなさい』って迫られるし)

加賀

‥貸せ

小さく言うと、加賀さんが私から電話を取った。

サトコ

「か、加賀さん!?」

加賀

初めまして。氷川さんの指導教官の加賀です

『恋人』と名乗ってくれるのかと思ったけど、なんとなく肩透かしを食う。

(でも、上官が恋人だなんて言ったら、心配かけるよね)

それに、私も加賀さんも、親にはよくは思われないだろう。

それを考えて、『上官』として挨拶してくれたのかもしれない。

加賀

氷川さんは、公安学校卒業が決定しました

サトコの母

『えっ!?本当ですか?』

加賀

ええ。私の補佐官ということで、危険な現場へ行くこともありましたが‥

立派に任務を終えて、その功績が認められました

サトコ

「加賀さん‥」

(加賀さんがお母さんと話してる‥私を褒めてくれてる)

(お母さんを不安にさせないように、ちょっと話を盛ってくれてるし)

加賀さんらしくない気遣いが嬉しくて、こっそり隣で笑う。

すると、空いてるほうの手で私の顔面をガッとつかんだ。

(で、電話中ですらアイアンクロー!?)

電話を切ると、携帯を私に投げてよこした。

サトコ

「ひどい‥何も今アイアンクローしなくても」

加賀

テメェが気色悪ぃ顔するからだ

「ねー。いまの、なんのあそびー?」

サトコ

「花ちゃん、あれはね、遊びじゃないんだよ。命懸けなんだよ」

「いのちがけー?」

加賀

花に変なこと吹き込んでんじゃねぇ

ヒリヒリする顔を押さえながら、加賀さんを上目遣いで見る。

サトコ

「加賀さん、私の卒業が決まったの、知ってたんですね」

加賀

黒澤の野郎が、わざわざ連絡してきたからな

落第しなくてよかったじゃねぇか

サトコ

「それは、私も心底ホッとしました‥」

「あの‥私もいつか、加賀さんのご両親にご挨拶したいです」

加賀

‥‥‥

サトコ

「で、できれば、その‥部下としてじゃなくて」

加賀

必要ねぇ

必死の私の言葉を、加賀さんがさえぎる。

サトコ

「え‥?」

加賀

挨拶なんざいらねぇ

サトコ

「でも‥」

美優紀

「兵吾‥」

美優紀さんが、困った様子で口を開きかける。

でも花ちゃんが加賀さんの手を引っ張り、自分の部屋へと促した。

「ねーひょーご。あそぼー」

加賀

‥ああ

私たちを置いて、加賀さんは花ちゃんとともに奥の部屋へと消える。

(ご両親のこと、話したくないのかな‥)

美優紀さんも気まずそうで、それ以上聞くことができなかった。

その夜、美優紀さんと花ちゃんがお風呂に入っている間、加賀さんとふたりきりになった。

沈黙が流れ、話題は自然と、今回の事件のことになる。

サトコ

「私‥絶対一人前になって」

「加賀さんのパートナーとして、“あの事件” の黒幕を捕まえますから」

加賀

‥チッ

サトコ

「し、舌打ち!?」

加賀

足引っ張るんじゃねぇ

サトコ

「うっ‥が、頑張ります」

ソファでコーヒーを飲みながら、加賀さんがクッと笑う。

加賀

相棒か‥1000年早ぇ

サトコ

「あれ!?この前まで、100年だったはずじゃ」

加賀

喚くな

私の口をふさぐように、加賀さんが唇を合わせる。

次第に深くなっていくキスには、優しさが溢れている気がした。

(それに‥前だったら、パートナーを名乗ることも許してもらえなかった)

(でも今は、目指してもいいって言ってくれた‥いや、言われてはいないけど)

サトコ

「あの‥は、花ちゃんたちがお風呂から上がってきちゃいますから」

加賀

黙れ

サトコ

「でもっ‥」

キスの合間に抵抗してみても、加賀さんはお構いなしだ。

いつしか、なだめるようなキスに夢中になっていく。

(刑事になるってことは、この間みたいな危険な事件がいつだって身近にあるってことだ)

(だけど‥それでも私は、加賀さんと一緒に事件を未然に防ぎたい)

卒業は決まったけど、刑事としては公安学校を卒業してからが本番だ。

(早く、加賀さんに認めてもらえるように‥パートナーだって胸を張れるように)

(これからも加賀さんについていく‥絶対に、弱音を吐いたりしない)

そう誓い、加賀さんのキスを受け止める。

もうすぐ、2年間耐え抜いた公安学校を卒業し‥

私たちは、教官たちと同じ “刑事” になる‥‥‥

Good  End

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