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加賀 Season2 エピローグ 1話

【居酒屋】

鳴子

「それではぁ~全員が無事卒業できたことを祝して!」

訓練生

「かんぱーい!」

卒業が決まった数日後、仲が良かったメンバーで集まり、打ち上げが開かれた。

千葉

「佐々木のテンション、すでに酔っ払ってる感じだな」

鳴子

「だって、嬉しくて‥やっとあの地獄の公安学校を卒業できたんだよ」

「でも、地獄からは解放されたけど、見目麗しい教官たちともお別れかあ‥」

サトコ

「これからは教官たちと同じ “刑事” になるんだから、もっと頑張らないとね」

千葉

「そうだな‥うっかり現場でミスなんてしたら」

「グラウンド200周じゃ済まないだろうし」

みんなで美味しいお酒を飲みながら、思い出すのは入学当時のことだった。

鳴子

「ほんとねぇ‥サトコが、あの加賀教官の専属補佐官になるなんて」

「最初は驚いたけど‥なんだかんだ言いながらも、頑張ってたよね」

サトコ

「命の危険を感じたこともあったからね‥ほんと、必死だったよ」

2年前のことを思い出すと、色々とぞっとすることもある。

(囮にされたり、撃たれたり、事故にあったり‥本当によく、無事に卒業できたな)

鳴子

「ねえねえ、今だから言える、加賀教官のあり得ない捜査‥とかある?」

お酒が入って上機嫌の鳴子に尋ねられて、思い出すのは補佐官になりたての頃のことだった。

サトコ

「うーん‥基本的に、あり得ない捜査ばっかりだったけど」

「驚いたのは、情報を得るために、いきなりラブホに連れていかれて」

「しかも押し倒されて」

千葉

「え!?」

サトコ

「捜査の邪魔するなって脅されたことかな‥あれは本当に怖かった‥」

千葉

「あ、ああ‥そういうことか」

鳴子

「さすが加賀教官、捜査の仕方も群を抜いて異常だね!」

サトコ

「それ、褒めてないよね」

千葉

「でも補佐官になりたての頃は、いつも加賀教官にビクビクしてたけど」

「今では氷川が一番、加賀教官に意見できるんじゃないか?」

サトコ

「そんな、おこがましい‥意見した瞬間にアイアンクローを食らうよ‥」

笑いながらも、私たちの間に漂うのはどこかしんみりした雰囲気だ。

(明日は卒業式‥それが終われば私たちはもう、公安学校の訓練生じゃない)

(なんだか不思議だな‥最初は、つらくて苦しくて早く卒業したいって思ってたのに)

鳴子

「なんか‥卒業するの、ちょっと寂しいね」

同じことを考えていたのか、鳴子がぽつりとこぼす。

私も千葉さんも、そして周りの同期たちも、同じ気持ちのようだった。

千葉

「でもほら、みんなとも教官たちとも、現場で会うこともあるだろうし」

男子訓練生

「だよな。寂しいなんて思てる暇、ないかもな」

鳴子

「現場に出ても、教官たちの影に怯えることになりそう‥」

寂しさと誇らしさが入り混じったその夜は、夜遅くまでみんなと語り合っていた。

【帰り道】

寮への帰り道、鳴子は他の同期たちと盛り上がり、少し前を歩いている。

夜風に吹かれながら酔いを醒まして歩いていると、

千葉さんが私の歩調に合わせて歩き出した。

サトコ

「千葉さん、鳴子に飲まされてたけど、大丈夫?」

千葉

「ああ。佐々木って明るいから、ついつられて飲んじゃうんだよな」

「‥なあ、氷川」

千葉さんが立ち止まり、私も合わせて足を止める。

月明かりの下、少しの間、見つめ合った。

サトコ

「‥千葉さん?どうし‥」

千葉

「好きだよ」

その言葉は、夜の少し冷たい空気にはっきりと響いた。

(えっ、千葉さん、今‥)

言葉が出て来ないまま、千葉さんを見つめる。

千葉さんには、私の戸惑いが伝わったようだった。

千葉

「‥氷川の、刑事としての姿勢が」

それまで真剣な表情だったのが不意に緩み、千葉さんがいつものように優しく笑う。

サトコ

「刑事としての‥?」

千葉

「この2年間‥ずっと見てきたよ、氷川のこと」

「どんなにつらい状況でも、泣きながら立ち向かっていく姿」

「‥オレの憧れだった」

サトコ

「千葉‥さん‥」

千葉

「‥氷川は加賀教官をずっと見てきたもんな」

「あの加賀教官の下で頑張れた氷川なら、きっといい公安刑事になる」

それは私にとって、最高の褒め言葉だった。

サトコ

「ありがとう、千葉さん‥これからもよろしくね」

千葉

「ああ、よろしくな。大変な仕事だけど、頑張ろう」

手を差し出され、それに応じて握手する。

私の手を握ると、千葉さんはしばらく、その手を離さなかった。

【講堂】

翌日、全員が卒業証書をもらい、在校生からの送辞のあと。

(次は、答辞‥なのはいいんだけど)

(なんで私が、卒業生代表に選ばれたんだろう‥!?)

今さらながらに極度の緊張が襲い、めまいすら覚える。

救いを求めるように鳴子の方を見ると、千葉さんと共に口をぱくぱくさせていた。

(『頑張れ!』‥って言ってくれてる)

(そうだ、これが最後なんだから‥)

(みんなや教官たちに情けないところを見せるわけにはいかない)

大きく深呼吸したとき、石神教官の声がマイク越しに聞こえてきた。

石神

答辞。卒業生代表、氷川サトコ

サトコ

「‥はい!」

緊張しながらも、ゆっくりと壇上に上がる。

同期や後輩、そして教官や警察関係者のお偉方の視線が、自分に集中するのがわかった。

(落ち着け‥ここで失敗したら、加賀さんの顔に泥を塗ることになる)

(それに‥これが、この学校での最後の時間なんだから)

それでも不安と緊張は解けず、思わず教官席にいる加賀さんを探す。

加賀

‥‥‥

椅子に座りいつものように腕を組み、加賀さんはじっと私を見つめていた。

(加賀さんが見守ってくれてる)

(それだけで大丈夫だって思えるから、不思議だな‥)

背中を押されたような気持ちで、マイクに向かう。

何日も悩み続けて完成させた答辞の紙を開き、言葉を紡いだ。

サトコ

「桃の節句も過ぎ、いよいよ春を迎えます」

「私たち訓練生が、ここを去る日が来ました」

「期待に満ちて公安学校の校門をくぐったあの日が」

「昨日のことのように思い出されます」

意識して、ゆっくり話すことを心がける。

緊張のあまり手が震えたけど、前だけを見るようにした。

サトコ

「教官の専任補佐官という大役を任されて以来」

「今日までがむしゃらにやってきました」

「厳しい訓練、教官たちからの叱咤激励に、時には落ち込み」

「つらくて大変で、その日を乗り切るので精いっぱいでした」

「でも今となっては」

「それもすべて私を成長させてくれたものだったのだと理解できます」

私の言葉に、同期たちの何人かがうなずいているのが見えた。

(‥いろいろあった)

(一言では表せないほど‥この2年間の思い出は、多すぎて)

サトコ

「ときには公安刑事としての在り方に悩み‥自問自答を繰り返し」

「自分なりの答えを見つけ‥今、私はここに立っています」

あちこちから、鼻をすする音が聞こえてくる。

壇上からは、鳴子が泣いているのが見えた。

(ここを卒業して、これからはみんなと離ればなれになるけど)

(目指してきたもの‥誰かを守りたいっていう “正義” は、同じだ)

サトコ

「‥もしかすると私は、公安刑事に向いていないかもしれません」

加賀

‥‥‥

サトコ

「公安刑事は、ときには確固たる厳しさ、信念を持って行動しますが」

「私のような、まだ未熟な人間はまた悩み、泣き」

「その中で答えを見つけていくしかありません」

鳴子

「‥‥‥」

サトコ

「ですが‥そこで得られるものを大切にして」

「長い時間をかけて、公安の正義と向き合っていきたいと思っています」

千葉

「‥‥‥」

それは、私の決意表明だった。

この壇上でそう宣言することで、また一歩、前に進める気がしたから。

サトコ

「これまでご指導いただいた難波室長、関係者のみなさま、教官たち‥」

「そして‥私をここまで育ててくれた、加賀教官」

加賀

‥‥‥

サトコ

「2年間、お世話になりました。本当に、ありがとうございました」

涙を堪えて、頭を下げる。

会場からは温かい拍手が惜しみなく贈られて、泣き笑いしながら壇上を降りた。

加賀

駄犬にしては上出来だ

私と入れ替わりで、今度は加賀さんが壇上へ向かう。

すれ違いざまに、私にだけ聞こえるように耳打ちした。

サトコ

「加賀さん‥」

加賀

テメェらに、俺からの最後の言葉をくれてやる

石神

次に、教官からの祝辞。加賀兵吾

力強い言葉を私に残し、加賀さんが壇上へ上がる。

マイクの前に立つと、ぐるりと訓練生を見渡した。

加賀

卒業おめでとう

マイクを通じて、予想外に優しい加賀さんの声が響き渡る‥‥

加賀

‥なんて言うと思ったか?

壇上でいつもの睨みを利かせる加賀さんに、訓練生たちはそれまでの涙も引っ込み‥

一気に姿勢を正し、まるで実践の前のような雰囲気になった。

警察関係者

「おい‥祝辞じゃなかったのか」

難波

そのはずだったんですがねぇ

まあ、これが奴なりの祝辞なんですよ

東雲

あーあ、卒業式だからおとなしくしてろって、石神さんに言われてたのに

後藤

おとなしい加賀さんなんて、想像もつきませんからね

颯馬

いいんじゃないですか?これがこの学校の持ち味ですよ

(嫌な持ち味だ‥)

ざわつく会場などまったく気にせず、加賀さんは言葉を続ける。

加賀

俺から見りゃ、テメェら全員まだまだクズだ

入学や卒業なんざ、犬でもできる。問題は、実践で使えるかどうかだ

(犬って、私のこと‥!?)

(この2年間、何度みんなの前で『駄犬』って呼ばれたことか‥)

心なしか、卒業生たちの視線が再び自分に集中したような気がした。

加賀

現場に出りゃ、泣き言なんざ言ってられねぇ

ここで少しでも無理だと思った奴は、今すぐ尻尾巻いて帰れ

ダメ出しの嵐に、希望に満ちていたはずの卒業式がまるでお通夜のようになる。

教官たちが苦笑したとき、加賀さんが一拍置いて口を開いた。

加賀

だが‥テメェらは、どうすりゃいいか、もうわかってるはずだ

わかんねぇなら、一生、その足りねぇ頭で考えろ

公安刑事として、自分がどうあるべきか‥どうするべきか

この2年で、その考えも固まったはずだ

東雲

‥珍しい。兵吾さんがまともなこと言ってる

東雲教官の言葉に、表情には出さないものの、内心、私も頷いた。

(てっきり、『クズが』『さっさと辞めちまえ』なんて言って終わるかと思ったのに)

加賀

ここにいんのは、多少なりとも根性のある奴らだ

クズだが、ゴミじゃねぇ。2年前とは違う

進むべき道に迷ったらいつでも来い。吐くまでしごいてやる

訓練生全員がゾッとした表情になったのを、加賀さんが満足げに眺める。

その笑みを私たちに残して、壇上をあとにした。

(‥最初は、訓練生なんてどうでもよさそうだったのに)

(この2年間で変わったのは、私たちだけじゃないのかもしれない)

自分の中で誰よりも大きくて、かけがえのない存在であるその人を眺めながら‥

この2年間に想いを馳せるように、そんなことを考えていた。

【裏庭】

無事に式も終わり、みんな記念撮影をしたり抱き合って泣いたりと、

思い思いの時間を過ごした。

(私は、改めて教官たちに挨拶して来よう)

鳴子や千葉さんと別れた後、教官たちを探して裏庭を歩く。

すると、まるで私を待っていたかのように教官たちが揃ってこちらを見ていた。

(どうして‥)

サトコ

「もしかして‥待っててくださったんですか」

黒澤

そりゃそうですよ~

サトコさんはあのむさ苦しい教官室の、唯一の癒しでしたから!

難波

卒業おめでとう。もう、ひよっことは呼べねーか

これでお前も、俺たちと同じ、“刑事” だ

サトコ

「室長‥ありがとうございます」

東雲

この2年、よく兵吾さんの下で生きてこられたね

音を上げてすぐ辞めるか、知らない間に存在を消されるか

どっちが早いかと思ったけど

サトコ

「こんなおめでたい日に、不吉なこと言うのやめてください‥」

颯馬

そうですよ。サトコさんは本当によく頑張りました

おめでとうございます。これからの貴女に期待します

後藤

2年間、よくやったな

石神

これからは、しっかり現場で励め

サトコ

「はい。2年間、本当にお世話になりました」

教官たちらしい激励の言葉に、涙がこぼれそうになる。

そこに加賀さんがいないのも、なんとなくそれらしい気がした。

(ここを卒業したら、教官たちとも合うことは少なくなるんだろうな‥)

(って、しんみりしてる場合じゃない。長野の上司にも報告しよう)

長野で交番勤務していた頃、私をこの公安学校に推薦してくれた恩人だ。

教官たちから離れて連絡すると、電話の向こうから喜びの声が聞こえてきた。

長野の元上司

『おめでとう!お前ならきっとやり遂げられると思ってたぞ』

『もう、配属先は決まってるのか?』

サトコ

「いえ、そういうのはまだ‥なので、忙しくなる前に一度実家に帰ろうかと」

長野の元上司

『ああ、それならこっちにも顔見せに寄れ』

快諾して、上司との電話を切った。

【加賀マンション】

その夜、加賀さんに腕枕されて広いベッドに並んで横になった。

加賀

この2年、柔らかさを保ったのは上出来だ

サトコ

「だって加賀さん、ちょっとでも体型が変わると怒るじゃないですか‥」

いつものように私の反応を愉しみながら抱いた後、加賀さんはさりげなく腕枕してくれた。

空いた方の手で私の二の腕や胸元に触れ、その柔らかさを確認している。

(くすぐったい‥けど、思えばこの2年間、こうして加賀さんに触れてもらってきた)

(それが嬉しくて、体型を維持するために必死で頑張ったっけ‥)

サトコ

「ふふ‥」

加賀

気色悪ぃ

サトコ

「すみません‥でも、なんだか嬉しくて」

「加賀さんと付き合ってこと、もう誰にも隠さなくていいんですね」

加賀さんの胸に顔を埋めると、これからのことが楽しみになってくる。

(これでもう、誰かに見られても焦らなくていいんだ)

(それに、鳴子に『親戚の友だち』とか誤魔化して相談しなくてもよくなるかも‥)

加賀

‥‥‥

サトコ

「‥どうしたんですか?」

顔を上げると、加賀さんはどこか理解不能、という顔をしている。

加賀

隠す必要はねぇが、わざわざ他人に言う必要もねぇだろ

サトコ

「え‥」

加賀

宣伝して歩くなんざ、くだらねぇ

サトコ

「せ、宣伝というか‥その」

「今までバレないように気を張ってきたので」

「ようやくそれがなくなるというか」

加賀

同じことだ

ぴしゃりと言われて、何も言い返せない。

(もしなんの障害もなくても、加賀さんはみんなに言いふらしたりしないだろうし)

(やっぱり私も、あまり言わない方がいいのかな‥?)

加賀

そういや、そのうち実家に帰んのか

サトコ

「あ、はい!配属先が決まったらゆっくりする時間もなさそうなので」

「前の上司に卒業報告しがてら、しばらく帰省しようかと」

加賀

いつだ

サトコ

「えっと、来週の月曜日から‥」

予定を伝えると、加賀さんが少し考える様子を見せる。

サトコ

「どうしたんですか?」

加賀

お前がこっちに戻って来る日、長野県警に出向に行く

サトコ

「えっ、そうなんですか!?」

加賀

ああ‥

(じゃあもしかして、どこかで待ち合わせしてちょっとだけでも一緒に過ごせるとか‥)

私の淡い期待は、加賀さんの意外な言葉にかき消された。

加賀

‥ついでに、テメェの家に行く

サトコ

「はい?」

加賀

挨拶しなきゃなんねぇと思ってたところだ

サトコ

「‥誰にですか?」

加賀

テメェの家族に決まってんだろ

(かっ、家族!?って‥)

(お父さんとお母さんに、加賀さんが挨拶しに来るってこと!?)

to  be  continued

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