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大人の余裕が尽きるとき 石神1話

【学校 廊下】

後藤

最近頑張ってるな

一日の講義を終え、夕暮れの廊下を後藤教官と歩く。

後藤

石神さんがいなくなって、気が抜けるかと思ったが

サトコ

「そんな!」

「逆ですよ。石神教官がいないからこそ、頑張らないと思って」

後藤

そうか、いい心掛けだな

後藤教官はふっと目を細めた。

(本当は予想以上に寂しさが募ってるんだけど‥)

そう、あれは1週間前‥

【石神マンション】

サトコ

「アメリカ‥ですか?」

石神

ああ。これまでにない長期の出張になる

(そうなんだ‥)

突然聞かされた話に、私はポカンとしてしまう。

石神

日米での合同捜査に参加することになった

サトコ

「合同捜査‥ですか?」

石神

アメリカで頻発しているテロ行為に、日本のテロ組織も関与していることがわかってな

その合同捜査が、ニューヨークで開かれることになったという。

かなり大がかりの捜査らしく、ある程度の期間現地に滞在しなければならないらしい。

サトコ

「長期間って、どのくらいですか?」

石神

最低でも、2ヶ月はかかるだろう

(2ヶ月か‥長いなぁ)

これまでそれほどの長い期間、石神さんと離れたことはない。

石神

寂しいのか

サトコ

「え!?」

(言葉に出してないのに‥)

あっさり言い当てられてしまい、ドキッとする。

石神

‥13時間

サトコ

「?」

石神

日本とニューヨークの時差だ

(そっか‥そうだよね)

時差13時間の距離が、正直どれくらいの感覚かピンとこない。

石神

時差は覚えておけ。電話するときに必要だろう

(電話、くれるんだ‥)

何気なく言ってくれた言葉に、寂しさが少し薄まる。

(そうだよ。離れてたって話せるんだし、2ヶ月くらい‥)

サトコ

「大丈夫です!寂しいなんて思う暇もないくらい、私は日本で頑張ります!」

「だから石神さんも、お仕事頑張ってきてくださいね」

石神

頼もしいな

柔らかく微笑んで石神さんは、ぽんと優しく頭を撫でてくれた。

(仕事なんだもん、我慢できる)

(寂しがってるとか、そんな心配かけないようにしよう!)

【学校 廊下】

(あれからまだ1週間‥宣言通り頑張らないと!)

後藤教官と別れ、そのまま廊下を歩いていると電話の着信音が鳴る。

♪ ~ ♪♪ ~

(石神さん!?)

期待して携帯を見ると‥

(あ、お父さんか)

ほんの少し表紙抜けしつつ、私は元気に電話に出る。

サトコ

「お父さん、どうしたの?」

サトコの父

『サトコ、元気にやってるか』

サトコ

「うん、元気だよ。お父さんは?」

サトコの父

『こっちは心配いらない。母さんも元気だ』

サトコ

「そうみたいだね。お母さんとはこの前も長電話しちゃったよ」

(そっか、それでお父さん電話くれたのかな‥)

最近母にばかり連絡していて、父とはあまり話していなかったことに気付く。

サトコの父

『仕事はどうだ?ちゃんと食べて、ちゃんと寝てるか?』

サトコ

「うん、ちゃんと食べてるし、たっぷり寝てる。仕事も頑張ってるよ」

サトコの父

『困ったことはないか?体調とか‥何かあったらすぐ連絡しなさい』

サトコ

「大丈夫だよ~」

心配ばかりしている父に苦笑いしつつも、そんな気持ちがやっぱり嬉しい。

サトコ

「困ったことはないし、病気もしてないから安心して」

サトコの父

『そうか‥ならいいが』

(こういうとこ、お父さんって私に甘いよね)

(弟には言わないみたいだし‥)

久しぶりに聞いた父の声に親の愛情を感じ、なんだか心がほっこりした。

【寮 自室】

♪ ~ ♪♪

サトコ

「あ!」

(今度こそ石神さん!?)

帰宅してお風呂も済ませた頃、電話が鳴った。

私は飛びつくように携帯を手に取る。

サトコ

「もしもし、サトコです!」

石神

‥随分と元気だな

サトコ

「私はいつでも元気です!」

石神

そっちはそろそろ寝る時間だろう

寝る間際にそんなに興奮していては、寝付けなくなるぞ

サトコ

「大丈夫です。石神さんの声を聞いたあとは安心して良く眠れるんです」

(なんて‥本当はドキドキしちゃって、ますます眠れなくなるんだけど)

石神

まあ、元気に越したことはないが

明日は確か学校長による通常点検の日だろう。寝不足は失敗を招く

通常点検は、警察手帳や手錠などの出し入れ動作や手入れ状況などを確認するため、

定期的に行われる。

サトコ

「失敗しないためにも、この電話のあとはぐっすり眠ります」

石神

お前は拳銃の出し入れの時に、もたつくことがあるから、そこは特に気を付けろ

サトコ

「は、はい‥!」

(石神さん、遠くにいてもいつもと変わらない‥)

的確なアドバイスをもらい、身が引き締まる思いだ。

サトコ

「そちらはどんな感じですか?」

石神

合同捜査は滞りなく進捗している

文化の違いはあれど、捜査に置いては万国共通の認識で取り組める

サトコ

「そういうものですか?」

石神

捜査官の個性が強いのも日本と同じだ

サトコ

「ふふ、そうなんですね」

(石神さん、慣れない環境でも余裕だな‥こうして私にも定期的に連絡くれるし)

(その上アドバイスまで‥)

(きっと私が寂しがってることとかも、全部お見通しなんだろうな)

落ち着いた石神さんの声に、大人の余裕を感じる。

(でも、石神さんだって時には寂しさを感じることもあるんじゃ‥?)

サトコ

「そろそろホームシックになったりしてませんか?」

石神

誰に言ってる

(‥ですよね)

小さく笑い飛ばした声が、なんだかとてもスマートに聞こえた。

(やっぱり大人だな。石神さん)

石神

後藤からお前の頑張りを聞いた

サトコ

「え‥」

石神

講義では積極的に質問し、訓練にも意欲的に取り組んでるらしいな

サトコ

「はい‥!頑張ってます」

不意に褒められ、嬉しくて思いっきり笑顔になる。

(時差13時間の距離があっても、ちゃんと私のこと見ててくれてるんだな)

もちろん実際に見ているわけではない。

でも、こうして気に留めてくれていることがとても嬉しい。

石神

お前は少し頑張りすぎるところがあるからな‥困ったことがあればいつでも連絡しろ

(‥お父さんと同じこと言ってる!)

サトコの父

『困ったことはないか?体調とか‥何かあったらすぐ連絡しなさい』

夕方かかってきた父からの電話を思い出し、再びほっこりした気持ちになる。

(石神さんも、自分の子どもをあんな感じに心配する父親になるのかな?)

石神さんの将来の姿を想像してしまい、思わず頬が緩む。

サトコ

「ふふふ‥」

石神

‥何だ?

サトコ

「え?あ、いえ、お父さんみたいだなと思って‥」

石神

‥‥‥

石神さんのリアクションを待つでもなく、ふと時計を見た。

サトコ

「あ、もう出かける時間ですよね!」

時計の針は、もうすぐ午後10時を指そうとしている。

石神さんのいるニューヨークは、朝の9時だ。

サトコ

「じゃあ、今日もお仕事頑張ってくださいね」

石神

‥ああ。おやすみ

サトコ

「いってらっしゃい」

朝晩逆転した挨拶を交わし、電話を切った。

(なんか、こういうのもいいな)

遠距離恋愛気分を味わいつつ、再び時計を見つめた。

そっと目を閉じると、耳に残る石神さんの声が蘇ってくる。

『お前は少し頑張りすぎるところがあるからな‥困ったことがあればいつでも連絡しろ』

(距離が離れている分、届く声はより近くに感じられるっていうか‥)

サトコ

「寂しさもまぎれそう‥」

電話の余韻に幸せを感じながら、安らいだ気持ちでベッドに入る。

(色々心配してくれて‥遠くから見守られてるみたいで嬉しいな)

自分も遠くから石神さんを支えられるような存在になりたいと思う。

(石神さんのお仕事が、うまくいきますように‥)

そう心の中で祈ると、私は穏やかな気持ちで眠りについた。

to  be  continued

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