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大人の余裕が尽きるとき 石神2話

Side 石神

【ホテル】

石神

はぁ‥

出勤前に掛けた電話を切り、思わずため息をついた。

(‥まさかそう思われていたとはな‥‥)

『お父さんみたいだなと思って』

電話越しのサトコの声が、いつまでも耳に残っている。

(注意ばかりしてしまったのがいけなかったか‥)

指導のつもりが、気付けば注意ばかりになっていた気がする。

それが口うるさい親のような印象を与えたのかもしれない。

(お父さん‥)

(お父さん‥)

ふとその顔が鏡に映り、ハッとした。

(‥冴えない顔をしてるな)

少し疲れて見える自分の顔に、軽いショックを受ける。

(こんな顔してたらますます父親扱いされそうだ)

気合を入れ直すように、きっちりとネクタイを締め直す。

その手首につけた腕時計が鏡に映った。

(もうこんな時間か。落ち込んでる暇はない)

気持ちを切り替え、俺はホテルを後にした。

【オフィス】

ボビー

「グッモーニン!ヒデキ!」

オフィスに入るなり、現地の同僚のボビーが大きく手を挙げて笑顔を見せる。

(朝から元気だな‥)

いかにもアメリカ人らしい陽気さが、今朝は少し煩わしく感じる。

石神

‥おはようございます

ボビー

「どうした?ヒデキ、なんかテンション低いな~」

さりげなくかわして通り過ぎようとするも、陽気なボビーに行く手を阻まれる。

石神

日本式の挨拶はいつもこんな感じだ

ボビー

「日本人の礼儀正しさは知ってるけどサ、今日はいつもよりゲンキないよ?」

「オレたち仲間だろ?困ったことがあったら何でも言ってヨ!」

(その言葉‥)

『困ったことがあればいつでも連絡しろ』

それは今朝、俺がサトコに言った言葉だった。

(そのあとに言われたんだったな‥お父さんみたいだと‥)

ボビー

「ヒデキ?」

石神

なんでもない

ボビー

「それ、何かあったヤツが言う常套句。それくらいヒデキも知ってるだろ?」

石神

‥‥‥

ボビー

「言っちゃった方がラクになるよ?」

石神

‥まるで犯人扱いだな

ボビー

「罪を犯したらちゃんと告白しなきゃ」

石神

罪など犯してない。ただ‥

ボビー

「うんうん」

石神

‥‥‥

人好きのする笑顔を向けてくるボビーに、ため息を吐いた。

石神

‥今朝のことだ

なんだかんだ憎めないボビーの誘導に、まんまと乗せられてしまう。

観念した俺は、仕方なく今朝の電話のことを話した。

(仕事の場でこんな話をする気はなかったんだが‥)

ボビー

「Like father?恋人に『お父さんみたい』って言われたのかい?」

ジム

「うわー、それキツイね!」

いきなり話に入ってきたジムが、大げさなジェスチャーと共に顔をしかめる。

(やはり国は違えど、そのような反応になるんだな‥)

ジム

「でも、ヒデキも過保護気味なんじゃない?」

石神

過保護?

ボビー

「ヒデキはかなりの慎重派だからネ」

「でも恋と仕事は別ダヨ?」

(合同捜査もまだ日が浅いというのに、随分と分かったようなことを言うな‥)

仕事での様子を指摘されるも、自覚があるだけに反論できない。

ジム

「ちょっと放し飼いするくらいがいいよ~女の子は」

(放し飼い‥か‥)

ボビー

「でも安心したよ!」

「恋人のことで悩んでるなんて、ヒデキも人間なんだな!」

石神

そんなことより昨日の書類、書式に間違いがあったぞ

ボビー

「怖っ!ヒデキはやっぱりサイボーグだ!」

いつまでも終わらないお喋りを断ち切るように淡々と言うと、2人はすごすごと去っていった。

(まったく‥。しかしアイツらの言うことにも一理あるかもしれない‥)

『過保護気味』『放し飼い』

そのふたつの言葉が俺の心に引っかかっていた。

(確かに俺は、教官としてサトコを育てたいという意識がいつもある)

(それゆえ、つい口うるさくなっている点は否めない‥)

それが公私に渡っているとなると、過保護気味と言われても仕方がないのが現状だ。

(俺のそんなところが父親を連想させるのだろうか‥)

同僚たちの言葉を鵜呑みにするわけではないが、思い当たる点は確かにあった。

(この出張はいい機会だし、少し抑えてみるか‥)

定期的な連絡や余計な干渉を減らす『放し飼い』を、俺は実践してみることにした。

【路地】

合同捜査も1ヶ月が過ぎ、同僚たちともだいぶ打ち解けてきた。

ボビー

「今日はここで張り込みだって?」

石神

ああ。あれが重要参考人が出入りするビルだ

裏路地の陰に身を潜め、古い雑居ビルを顎で指す。

ジム

「本当にあそこがアジトなのか?」

石神

それを確かめるための張り込みだ

ボビー

「わかってるけどさぁ、オレ張り込み苦手、退屈なんだよね~」

(お前は黒澤か‥)

その時、甘い香りがツンと鼻を突いた。

ジム

「あ、キャサリンの匂い!」

キャサリン

「あら、分かっちゃった?」

「はい、差し入れ~」

同僚の女性捜査官が現れ、いちいち背中から抱きつくようにして皆に缶コーヒーを渡していく。

(あのボディタッチは彼女のクセなんだな‥)

いつも何かと腕を絡めてきたりするが、周りはまるで気にしていない様子だ。

ボビー

「サンキュー、キャサリン!」

ジム

「やっぱり女性は気が利くね!」

キャサリン

「ヒデキもハイ、ど~ぞ」

不用意に腕を絡めながら、缶コーヒーを渡される。

反射的に避けたくなるものの、グッと堪える。

(これもチームの絆を深めるため‥)

石神

‥悪いな。有り難く頂戴する

キャサリン

「う~ん、なんかステキ!ブシみたい」

ボビー

「サイボーグじゃなくて?」

ジム

「オレは忍者の方が好きだけどネ」

(どいつもこいつも‥黒澤みたいな奴ばっかだな‥)

ため息をつきながら彼らから少し離れたとき、ビルの窓に人影が映った。

一瞬緊張するも、アジトとされる部屋とは別の部屋だ。

窓辺に置かれた熱帯魚の水槽に、女性がエサをあげている。

(俺もサトコに世話を頼んできたが‥余計な仕事を増やしてしまったかもしれないな)

そんなことを思いつつ、喜んで餌をやるサトコの姿を思い出す。

世話を任されたことが嬉しかったのか、無駄に張り切っていた。

(フッ、何やら楽しげに魚と会話してたな‥)

思わず笑みがこぼれたその時‥

石神

背後で気配を感じ、咄嗟に銃を構える。

ボビー

「チェッ、サイボーグがニヤついたかと思えば幻かよ」

(お前か‥)

両手を挙げて苦笑いしている同僚を無視し、俺は何事もなかったかのように張り込みを続けた。

【オフィス】

オフィスに戻り、日本への報告書など大量の書類を作成していると‥

ボビー

「ヒデキ!日本から電話だ、至急頼む」

石神

日本から?

ボビー

「女の子の声だけど」

(!! サトコに何かあったのか!?)

携帯には連絡がないことから、非常事態を察して立ち上がる。

その途端、ボビーの顔がニヤリと歪んだ。

ボビー

「うっそ~」

石神

(こいつ‥)

おどけるボビーに呆れるも、内心ホッとする。

(サトコのことじゃなくてよかった‥)

石神

‥悪ふざけするな

ボビーの分厚い胸板をコツンとグーで小突くと、彼はまたほくそ笑む。

ボビー

「誰のことを思い浮かべたんだい?」

石神

‥何のことだ

ボビー

「とぼけちゃって。今、誰かを思い浮かべただろう?」

「なぁ、誰?」

(‥本当に鬱陶しいヤツだな)

石神

日本にいる教え子だ

しつこさに耐えかねてそれだけ言うと、ボビーはまたしてもニヤリと笑う。

ボビー

「へぇ‥教え子なんだ、ヒデキの “ハニー” 」

教え子と言っただけで恋人と悟られ、一瞬面食らう。

(こいつ‥こういう妙に鋭いところまで黒澤にそっくりだ)

石神

余計な詮索は無用だ。仕事に戻れ

もう一度軽く胸板パンチをお見舞いし、自分も書類作成を再開させる。

(まったく‥調子狂うな)

ぼやきつつも、あっさり心を読まれたことが少なからず恥ずかしい。

(実際、気付けばサトコのことを思い浮かべていたしな‥)

“過保護気味” と言われたことも含め、ニューヨークに来てからの自分を振り返る。

(電話での一言に傷ついたり、熱帯魚を見ただけで彼女の笑顔を思い出したり‥)

(‥本当に俺は気になって仕方がないんだな‥あいつのことが‥)

ふと見えた自分の客観的な姿に、思わず自嘲した。

(この案件が落ち着いたら、電話してみるか‥久々に)

そう思っただけでどこか心が浮つく自分に、改めて苦笑いを浮かべる俺だった。

to  be  continued

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