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大人の余裕が尽きるとき 石神3話

【寮 自室】

(石神さん、忙しいのかなぁ‥)

近頃電話がなく、寂しさがかなり募っていたそんな時‥

♪ ~ ♪♪

サトコ

「石神さん!?」

日付が変わる頃に鳴った電話に、私は飛びついた。

石神

久しぶりだな

サトコ

「石神さん!はい、お久しぶりです!」

久しぶりに聞く声に、思わずテンションが上がる。

石神

元気か

サトコ

「‥はい!もちろん元気ですよ!」

(すごく寂しかったけど、声を聞いたら本当に元気になっちゃった)

サトコ

「石神さんは?お忙しそうですね」

石神

現場に出ることが多く、そうなると電話することもままならなくてな

サトコ

「そうでしたか。大変そうですね‥」

(盗聴とかにも気を付けなきゃいけないもんね、きっと‥)

そんな中こうしてわずかな時間を見つけて電話をくれたことが、とても嬉しい。

サトコ

「こちらは今日、刑法の抜き打ちテストがあったんです」

石神

そうか

サトコ

「加賀教官に叱られてしまったんですけど、耐えました」

「思いのほか苦戦したのは油断もあったと思うので、今復習中なんですけどね」

石神

加賀の檄はいつものことだ。油断せず、そのまま励め

サトコ

「はい」

(‥今日は具体的なアドバイスとかはないんだな)

いつもならどんな問題で躓いたか聞いたうえで、その対策方法を示唆してくれる。

でも今日は、そんな踏み込んだ話はしてこない。

(石神さん忙しそうだし、疲れてるのかな?)

石神

もうそっちは深夜だな

サトコ

「あ、はい‥今、日付が変わりました」

石神

お前も明日があるだろう。そろそろ‥

サトコ

「そうですね。石神さんはまだお仕事中ですしね」

(それに今日はちょっと疲れてるみたいだし、そろそろ切らなきゃな)

サトコ

「じゃあ‥」

早めに切り上げようと言いかけた時だった‥

(えっ‥?)

電話の向こうから外国人女性の甘えるような声が聞こえてきた。

同時に抱きつくような音がする。

石神

お、おい‥

サトコ

「い、石神さん‥?」

石神さんの焦るような声がして、思わず呼びかける。

だが返事はなく、ふたりが話す英語だけが聞こえてくる。

(俺に触るな?)

(意地悪ね‥抱きしめるくらいいいでしょ?‥そう言った!?)

石神

CATHERINE!Stop it ‥

プツッ‥

サトコ

「あっ」

石神さんの『やめろ』という声を最後に、電話は切れてしまった。

(い、今のは何‥?)

ツー、ツー‥

空しいビジートーンが響く電話を手にしたまま呆然とする。

( “キャサリン” って誰?)

( “やめろ” って何?)

足元に転がるクッションを拾い上げ、思わずぎゅっと抱きしめる。

(さっきの声、『抱きしめるくらいいいでしょ?』って言ったよね?)

耳に残る甘えた外国人女性の声を思い出す。

(抱きしめるって、あの抱きしめるだよね‥)

頭の中に、見知らぬセクシーなアメリカ女性に抱きしめられる石神さんの姿が思い浮かぶ。

(石神さんがなんとなくいつもと違ったのは、仕事で疲れていたからじゃなくて‥)

そんなことを思い、ふと不安な気持ちが押し寄せる。

その時、LIDEの着信音が響いた。

(あ、石神さんから‥)

『途中で切れてしまい悪かった。おやすみ』

(これだけ‥)

今のは何かと問いただしたい気持ちになる。

でも、聞くのが怖い気もする。

(面倒なやつだって思われたくないし‥)

『おやすみなさい。お仕事頑張ってくださいね』

結局いつもと変わらない返信をした。

もちろん気持ちは晴れない。

(やっぱり聞けばよかったかな‥今の女性は誰?って‥)

気になってしかたないものの、その思いを振り払うように首を横に振る。

サトコ

「ううん、石神さんだし。そんな心配することないよね」

「大丈夫、大丈夫‥」

晴れない気持ちを誤魔化すように、声を出して言う。

(わざわざ悪い想像して嫉妬するなんて‥)

(そんな子どもじみた独占欲で、困らせたくない‥)

無理やり心を落ち着かせて、そのままベッドに潜り込んだ。

【学校 階段】

鳴子

「それって浮気じゃない?」

あれから悶々とした1週間を過ごした私に、鳴子はあっさりと言った。

一人では抱えきれないほどの不安が大きくなり、意を決して鳴子に相談したのだ。

(友だちの話としてだけど‥)

サトコ

「でもその人、浮気するタイプじゃないらしくて‥」

鳴子

「遠距離恋愛で彼がよそよそしくなって、他の女に抱きつかれてたんでしょ?」

「状況だけ見れば、どう考えても浮気でしょ!」

サトコ

「うーん‥」

鳴子

「だいたいさ、浮気するのにタイプも何もないと思うよ?」

サトコ

「え?」

鳴子

「男と女なんて、いつどこでどうなるかなんてわからないしね」

サトコ

「それはそうかもしれないけど‥」

鳴子

「それに、やっぱり距離は大事。近くにいる人に惹かれてしまうのは仕方ない部分もあるよ」

(距離‥)

時差13時間の距離が、今まで以上に遠く感じて胸が苦しくなる。

鳴子

「励ましてあげなよ、その友だち。ここは女友だちの出番だよ」

サトコ

「う、うん、そうだね」

「聞いてくれてありがとね。じゃあ私、ちょっと教官室に寄っていくから」

なんとか笑顔で誤魔化しつつ、鳴子と別れた。

【教官室】

(はぁ‥相談したら余計に落ち込んできた‥)

サトコ

「失礼します‥」

重たい気持ちのまま教官室に入ると、他の教官や黒澤さんが揃っていた。

加賀

クソメガネなら渡米中だ

サトコ

「存じ上げてます‥」

黒澤

ハァ~、羨ましいなぁ

向こうのオフィス、美人で有名なセクシー捜査官がいるそうですよ

(え‥)

(まさかあの電話の甘えた声の女性って‥)

黒澤

オレも行きたかったな~。今頃石神さん、金髪美女と楽しく過ごしてるんでしょうね

後藤

石神さんはそんな人じゃない

黒澤

それはわかってますけど~!

(そうだよ、石神さんはそんな人じゃ‥)

難波

まあ、石神も男だからな

(し、室長!?)

怪しい含み笑いを残し、室長は出て行った。

(うぅ‥鳴子のパンチより効いたかも‥)

室長のひと言に撃沈した私は、更に心を重くして教官室の奥へ向かった。

【個別教官室】

石神さんの個別教官室に入室し、頼まれていた書類を机の上に置く。

サトコ

「はぁ‥」

誰もいない静かな部屋で、小さなため息がやけに響く。

いつもそこにいてくれる石神さんがいないことを、明確にするように。

(でも、石神さんの匂いがする‥)

目を閉じて、石神さんを感じようとする。

いつもの場所に、いつものように座っている姿を想像しながら。

(そう‥ちょっと難しい顔をして、眼鏡に指を添えて‥)

そんな顔を思い浮かべながら、目を開けた。

でもそこには、もちろんその姿はない。

(‥寂しく思っちゃ、ダメだ)

そう自分に言い聞かせた時、ふと思う。

(そっか‥私の気持ちを一番重くしているのは、石神さんが近くにいないことなんだ‥)

どこかよそよそしくされたことも悲しい。

見知らぬ女性に抱きつかれたことも悲しい。

浮気を疑ってしまうことも悲しい。

(でも、何より本当に悲しいのは‥)

(石神さんのそばにいられないこと‥)

そのことに気付いた私は、改めて自分に言い聞かせる。

(待てる女にならなくちゃ‥)

(刑事である以上、卒業したらこんなこと日常茶飯事なんだから)

心を強く持とうと、背筋を伸ばす。

そのまま少し視線を落とし、机に置いた書類を見る。

(よく頑張った‥って、褒めてくれるかな?)

(‥そんなに簡単には褒めてくれないか)

そう思ってフッと頬を緩めた時、不意に我慢していた想いが溢れてきた。

(‥早く会いたい‥‥)

閉じ込めようとしていた寂しさに襲われ、ぎゅっと制服の胸元を掴んだ時だった‥

♪ ♪ ~

サトコ

「!」

LIDEの着信音が鳴り、携帯を手に取る。

『来週の帰国が決まった』

サトコ

「えっ‥」

それは、石神さんからのメッセージだった。

(‥石神さんが帰ってくる!!)

一人きりの教官室で、私はギュッと携帯を抱きしめた。

窓の外に広がる、オレンジ色の夕日に目を潤ませながら‥

to  be  continued

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