【学校 廊下】
気付けば今日もすでに夕暮れ。
最近は、こうして講義と訓練だけで一日が終わってしまう毎日が続いていた。
(室長はまだ警察庁に籠りきりなのかな‥)
(任務で忙しいとは思うけど、ちょっとでいいから会いたいなぁ)
室長が学校に顔を見せなくなって1週間。
そろそろ寂しさも限界まで高まろうとしていた。
(でも連絡なんてしたら、迷惑だよね‥)
サトコ
「はぁ‥」
深いため息をついたその時、ポケットの中でスマホが揺れた。
サトコ
「また石神教官からの呼び出しかな‥」
「って、ウソ‥室長!?」
届いていたのは室長からのLIDEのメッセージだった。
『今、室長室。ちょっと顔出せるか?』
サトコ
「やった‥!」
(ようやく室長に会える!)
【室長室】
サトコ
「氷川です。失礼します!」
勢い込んでドアを開けると、室長はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
難波
「おう、ご無沙汰」
サトコ
「ようやく戻って来れたんですね」
難波
「さすがに我慢も限界でな」
サトコ
「!」
(そ、それってもしかして、室長も私に会いたくてしょうがなかったってこと‥?)
サトコ
「ふふっ、あるんですね。室長でもそんなこと」
嬉しくて思わず笑みをこぼすと、室長は辛そうに顔をしかめた。
難波
「さすがの俺でも、この痛みにはお手上げだ」
サトコ
「へ?」
怪訝な表情になる私に、室長はペロンと湿布を一枚差し出した。
難波
「悪いが、貼ってもらえるか」
サトコ
「え?あ、あの‥我慢の限界って‥」
難波
「よろしく」
室長はシャツをまくり上げると、さっさと私に背中を向ける。
(ですよね‥会えなくて寂しいと思ってたのは私だけか‥)
(でもこういういつでも変わらない感じ、すごく室長らしいかも)
微笑ましい気持ちになりながら、丁寧にいつもの場所に湿布に貼りつけた。
難波
「おお、そこそこ」
「やっぱりお前はわかってるよな」
「その腕を求めて、わざわざ戻って来た甲斐があった」
サトコ
「そ、そうですか?」
(なんか、頼られてるって感じ‥ちょっと嬉しいかも)
難波
「助かったよ。ありがとう」
振り向きざまに頭を撫でられ、一気に幸福感が膨れ上がった。
サトコ
「こんなことでよければ、いつでも呼び出してください!」
難波
「いや~心強いねぇ」
「また頼むわ」
室長は笑みを浮かべるが、心なしか疲れているようにも見える。
(室長、疲れてるみたい‥やっぱり毎日、激務続きなのかな)
サトコ
「あの、室長‥?」
難波
「ん?」
サトコ
「他には、何かありませんか?私にして欲しいこととか」
難波
「お前にして欲しいこと?」
「ないぞ。他には別に」
サトコ
「そ、そうですか‥」
「でももしあったら、いつでも遠慮なく言ってくださいね」
「私、室長のためなら何でも‥」
難波
「それを言うなら‥」
室長は私の言葉を遮るように言うと、いきなり私を抱きしめた。
サトコ
「!」
難波
「お前こそ、少しは遠慮なく言ったらどうだ?」
サトコ
「え‥?」
難波
「顔に書いてあるぞ。『寂しかった』って」
(室長‥分かってたんだ‥)
正直な気持ちを読まれてしまったのが恥ずかしくて、私は顔を俯けた。
難波
「我慢してたのか?」
サトコ
「‥はい」
難波
「バカだな」
室長は笑いながら、私の頭に頬を寄せた。
室長に全身を包まれる懐かしい感覚が広がっていく。
(やっぱりいいな、この感じ‥)
久々の感触を手放したくなくて、私は室長をギュッと抱きしめた。
(会えないと寂しかったり不安になったり‥)
(そういうのって、室長は大人だからきっとないんだろうな)
室長の大人の余裕を感じると同時に、自分の幼さや至らなさを改めて思い知らされる。
(仕事でも私生活でも、室長くらい余裕が持てるようになれたらいいんだけど‥)
ぼんやり考えていると、室長が私の耳元でささやいた。
難波
「今週末、休みが取れそうだ」
「久しぶりにどっか行くか?」
サトコ
「ほ、本当ですか!」
(嬉しい‥久々のお出かけ!でも‥)
ふと、さっきの室長の疲れた表情を思い出した。
(ようやく取れたお休みだし、室長だって少しはゆっくり休みたいよね)
(私のために無理させて、身体でも壊したら大変だし‥)
サトコ
「今回は、室長のお家にしませんか?」
難波
「え、ウチ?」
サトコ
「私、ブリの照り焼きを作りますから」
難波
「それは嬉しいが‥いいのか、お前はそんなんで」
サトコ
「もちろん。最近腕を上げたので、ぜひ室長に披露したいんです」
難波
「そうか。それは楽しみだな」
(お出かけは、いつまた時間が取れた時まで我慢、我慢‥)
【街】
待ちに待った週末。
駅で待ち合わせをした私と室長は、買い出しをしながら手を繋いで街を歩いていた。
サトコ
「あとはお魚と‥」
難波
「みりんもないな」
サトコ
「あ、そうでしたっけ?」
???
「‥サトコ?」
女の子二人組にすれ違いざまに声を掛けられ、驚いて立ち止まった。
(もしかしてこの2人、長野の小中学校の‥)
サトコ
「‥ヒロヨとミチル?」
ヒロヨ
「そう!すごい偶然だね」
サトコ
「本当に‥10年以上ぶり?でも2人とも、全然変わってない!」
ミチル
「サトコこそ!あ、でも、ちょっと逞しくなったかも?」
サトコ
「それはまあ、警察官だからね」
ミチル
「え~サトコが!?」
久々の再会にすっかり盛り上がっていると、ミチルがふと室長に視線を送った。
ヒロヨ
「ところでそちらの方は‥彼氏?」
サトコ
「あ、えっと‥」
(どうしよう‥そうだって言ってもいいのかな)
返答に困って室長を見ると、室長は笑顔で一歩前に出た。
難波
「サトコさんとお付き合いしてる難波です」
「あ、今時は彼氏です、とか言うのかな?」
室長は微笑みながら私を見た。
(堂々の交際宣言‥なんか嬉しい‥!)
【カフェ】
せっかくだから少しお茶でも飲もうということになり、私たちは近くのカフェに落ち着いた。
室長は、もうすっかり私たちの女子トークに馴染んでしまっている。
ヒロヨ
「それでね、私たちが隣町のいじわる男子に囲まれると」
「いつでもサトコが助けに来てくれるんですよ」
ミチル
「私の友だちに手を出したら許さないってね。勇ましかったわ~」
難波
「じゃあ結局、サトコはその頃から何も変わってないってことか」
サトコ
「そ、そんなことないですよ!ちゃんと成長してます」
難波
「そうか?俺の中のサトコ像は、今聞いたまんまだけどな」
サトコ
「ええっ、そんな~」
おおげさにショックを受けてみつつも、
室長の彼女扱いがくすぐったくてどうしても笑顔になってしまう。
(こんな風に人前で名前を呼ばれたりするの、照れるけど嬉しいな‥)
ヒロヨ
「ふふ、サトコすごく幸せそう」
ミチル
「本当にね」
サトコ
「そ、そうかな?」
普段はできるだけ知られないようにしている関係だけに、
こんな風にあけっぴろげでいられる瞬間が新鮮で堪らなかった。
【難波マンション キッチン】
あの後、2人とは連絡先を交換して別れた。
(人前であんな風に堂々と恋人同士でいられて楽しかったな‥)
その瞬間思い出しては、思わず顔がにやけてしまいそうになる。
難波
「おーい、まだか~?」
サトコ
「わっ」
突然背後から抱きつかれ、私はハッと我に返った。
難波
「サトコのブリの照り焼き、早く食いてぇな」
室長は言いながら、後ろから私の顔を覗き込んだ。
(こういうとこ、少年みたい‥)
サトコ
「ふふっ、ちょうど焼けたとこです。味見してみます?」
グリルを開けてブリをちょっと箸でつまむ。
難波
「ん」
室長は私の肩越しに口を開いた。
サトコ
「はい、あ~ん」
ちょっとおどけて言ってみるが、すぐ近くにある室長の顔にドキドキが止まらない。
難波
「うん、うまい。絶妙な火加減だ」
「でもひよっこは、完全に茹で上がっちまってるぞ?」
サトコ
「え‥」
室長に頬を触られ、ますます顔が熱くなった。
そんな私を面白そうに見ながら、室長は待ちきれなさそうに食卓へ戻っていく。
(また室長のペースに転がされちゃった‥)
(可愛かったり大人だったり、ズルいなぁ)
(たまには室長の余裕のないとこも見てみたいんだけどな)
【リビング】
食事を終えて片づけをしていると、私のスマホに着信が入った。
♪ ~
難波
「なんか鳴ってるぞ?」
サトコ
「はーい」
急いでキッチンから戻って見ると、着信はヒロヨからだった。
サトコ
「もしもし、ヒロヨ?」
ヒロヨ
『今日はありがとね。早速なんだけどさ、来週末、暇?』
サトコ
「うん、別に何もないけど‥」
ヒロヨ
『それじゃ、空けといてよ。東京組で同窓会しようってことになったから』
サトコ
「え、本当に?」
ヒロヨ
『今度は彼氏のこと、いろいろ詳しく聞かせてもらうからね~』
サトコ
「いろいろって、そんな‥」
ヒロヨ
『そういえば、望くんも来るよ。サトコの初恋の相手!』
サトコ
「そ、そうなんだ‥」
(望くんなんてすっかり忘れてたけど、そういえばあの頃は夢中だったっけ‥)
(他にも懐かしい顔ぶれが揃うみたいだし、楽しみだな)
【ベランダ】
電話を終えてふと見ると、室長はいつの間にかベランダで煙草を吸ていた。
サトコ
「すみません。ヒロヨからでした」
難波
「ああ、今日の子か~」
サトコ
「さっそく声掛けてもらっちゃいました」
思わず弾んだ声が出て、室長が私を振り返った。
難波
「俺も考えてたんだけどな‥」
「来週末、久しぶりにまた温泉でも行かないか?」
サトコ
「え、来週末‥?」
to be continued