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やさしい嘘を零すとき 後藤3話

【リビング】

(なんか、最近変だなぁ‥)

洗濯ものを干しながら、先日のことを思い返す。

【キッチン】

サトコ

「お弁当はいらない、ですか?」

後藤

ああ。しばらくの間、今の仕事の関係で仕出しが出るんだ

サトコ

「そうですか‥」

「それじゃあ、その分気合入れてお夕飯を作りますね!」

後藤

‥悪い。今日も帰りが遅くなる

途中で食べてくるから、夕飯も大丈夫だ

【リビング】

(あれ以来、遅くなることが多いし‥)

(比較的早く帰ってこられる日も、黒澤さんとご飯を食べてくることが多いんだよね)

(仕事の話しでもしているのかな?)

気にかかることはそれだけじゃない。

(カロリーブロックのゴミもないし、洗濯物は全く回ってこないし‥)

様々なことに違和感を覚えるものの、浮気の心配だけは浮かばない。

(だって‥)

【寝室】

後藤

サトコ

一緒に布団に入ると、誠二さんは私に腕枕をしてくれた。

空いている方の手で私の頭をそっと撫でると、目を細める。

サトコ

「ふふっ、くすぐったいです」

後藤

そうか?

そう言いながらも、誠二さんは頭を撫でる手を止めることはしなかった。

最近仕事が忙しいようで、キス以上のことはないけれど。

今はこうして甘い時間を過ごせるだけで、充分だった。

【リビング】

(ふたりになったら、すごく甘やかしてくれるし‥)

あの時のことを思い出し、顔がニヤけそうになる。

(って、そうじゃなくて)

頭を振り、誠二さんの枕カバーを手に取る。

サトコ

「‥‥‥」

(本当、不思議だな‥)

枕カバーを洗濯ばさみで挟むと、洗濯物が全て干し終わる。

(掃除もしたし、洗濯も終わったし‥)

サトコ

「これからどうしようかな‥」

手持無沙汰になり、なんとなくソファに座った。

思い返せば、前よりは確実に家事の量は少なくなっている。

(楽って言ったら、楽なんだけど‥)

やりがいが減ってしまい、寂しく思っている自分がいた。

(少し外に出て、気分転換でもしよう)

【図書館】

サトコ

「ん~!」

研修で出された自主課題を終えると、図書館を出る。

無事に終わった解放感から大きく伸びをしていると、見知った顔が目に入った。

サトコ

「あっ、黒澤さん。こんにちは」

黒澤

こんにちは。こんなところで、奇遇ですね!

黒澤さんは笑みを浮かべながら、私の元へとやってくる。

黒澤

サトコさんに会うのは久しぶりな気がします

えーっと、最後に会ったのは‥卒業式の時でしたっけ?

サトコ

「そうですね。今は警視庁で研修中です」

黒澤

それはそれはお疲れさまです!無事に石神班に配属になるよう、祈っていますね

サトコ

「その時は、黒澤さんが直属の先輩になるんですね」

黒澤

先輩‥

くぅ~、最高にいい響きです!

遠慮なく『黒澤先輩★』って呼んでくださいね!

(ふふ、相変わらず黒澤さんって明るくておもしろいなぁ)

(誠二さんと一緒の班になりたいのは、もちろんだけど‥)

石神班のメンバーの完璧な連係プレーは、誠二さんのそばでずっと見てきた。

誠二さんだけでなく、そんな尊敬している先輩方と一緒に仕事がしたい‥そう思っていたのだった。

黒澤

あ、そうそう。サトコさんにお願いがあるんです

サトコ

「なんですか?」

黒澤

後藤さん、最近過剰に残業しているみたいなんですよ~

サトコさんからも注意してあげてくださいね

サトコ

「は、はい‥」

(黒澤さん、私たちが一緒に暮らしているの気付いてそう‥)

(‥って、残業?)

(確かに、最近遅いことが多いし‥)

補佐官ではなくなった今、誠二さんが追っている案件も詳しくは分からない。

(黒澤さんが言うように、忙しいのかな)

多少の違和感を覚えつつ、一応納得する。

サトコ

「‥あっ」

携帯が着信を告げてディスプレイを見ると、『誠二さん』と書かれていた。

黒澤さんに断りを入れて、通話をタップする。

サトコ

「もしもし」

後藤

悪い、今いいか?

サトコ

「はい、大丈夫ですよ」

黒澤

‥‥‥

黒澤さんは少し離れたところからジェスチャーで『オレ ここ いません OK?』と伝えてくる。

(えっと‥)

(‥聞かないようにするから、黒澤さんはここに居ないっていうていで喋れってこと?)

とりあえず頷いていると、誠二さんの声が耳に届いた。

後藤

サトコ?

サトコ

「あ、ああ、ごめんなさい。それで、なんですか?」

後藤

ちょっと今から黒澤と出てくるから、今日も遅くなる

先に寝てていいから、ゆっくり休めよ

(黒澤さんって‥)

後藤

じゃあな

急いでいる様子で、誠二さんはすぐに通話を切った。

黒澤

いや~、サボって‥じゃなくて、ここにいるのが後藤さんにバレたらどうしようかと思いました

サトコ

「‥‥‥」

おどけるように言う黒澤さんを、まじまじと見てしまう。

黒澤

あの‥サトコさん?どうかしましたか?

サトコ

「‥今から、黒澤さんと出てくるって言われて‥」

黒澤

えっ!?

黒澤さんは驚きの声を上げて、すぐに顔を覆う。

黒澤

まさか、このタイミングとは‥

サトコ

「‥黒澤さん」

「私‥今、ウソつかれたんですか‥?」

黒澤

えー、それはですね‥

少し迷うように視線を泳がせ、口を開く。

黒澤

言おうか言わまいか、迷ってたんですけど‥

【街】

あれから数時間後。

私はキャリーケースを引きながら、夜の街を歩いていた。

(‥これからどうしよう)

(どこかホテルが空いていたらいいんだけど)

とぼとぼと歩きながら思い出すのは、黒澤さんとの会話だった。

【図書館】

黒澤

後藤さんがあんまりにも残業するんで、ふざけて言ったんですよ

『家で待つサトコさんが寂しがってますよ~』って

そしたら『俺がいたら、あいつは頑張りすぎる』って呟いてたんですよね

サトコ

「‥‥‥」

(誠二さんがそんな風に思ってたなんて‥)

もちろん、私のことを考えてくれているというのは分かる。

現にこの前リビングで寝てしまった時も、誠二さんは私のことを心配してくれていた。

(頑張れば頑張るだけ誠二さんが喜んでくれるから、つい張り切り過ぎちゃったんだ)

黒澤

そんなに落ち込まないでください

後藤さんはサトコさんに負担を掛けたくないだけなんですよ

もちろんそれは、サトコさんを大事に思う故に、です

サトコ

「そうですね‥」

私は無理やり笑顔を作って、黒澤さんにお礼を言う。

サトコ

「教えてくださって、ありがとうございました」

【街】

自分が未熟なせいで、誠二さんに心配をかけてしまったと反省した私は、

置手紙をして家を出てきた。

(作り置きのおかずとか、味噌汁玉もたくさん作ったし‥)

(しばらくは誠二さんの食生活も問題ないよね)

(私を気にせず、早く帰って休んでもらわなきゃ)

サトコ

「よし!」

私は一度立ち止まって、パンッと両頬を叩いて気合を入れ直す。

(とにかく今はホテルを探さなきゃ。シティホテルならこの時間でも入れてくれるだろうし)

再び歩き始めるも、しばらくすると自然と足取りが重くなる。

(確かに、ちょっと無理はしたかもしれないけど‥)

(気づかないうちに、誠二さんの重荷になっていたのかな)

サトコ

「‥‥‥」

(誠二さんの為に何かすることは、すごく楽しかった)

(でも‥)

気持ちを奮い立たせたばかりなのに、心にぽっかり穴が開いたような感覚に陥る。

(‥‥うまくいかないな)

サトコ

「はぁ‥」

深いため息が漏れた、その時。

「‥サトコ?」

私の横に車が停車し、運転席から一柳さんが顔を見せた。

「こんな時間に何してんだよ」

サトコ

「一柳さん‥」

(あっ‥)

思っていた以上にか細い声が出てしまい、自分でも驚く。

「‥‥‥」

一柳さんは私の顔をじっと見て、運転席から出てきた。

「どした」

サトコ

「その‥」

(な、何て言おう。家出しました‥なんて言ったら、心配掛けちゃうだろうし)

(だからと言って、下手にウソついてもバレそうな気がするし‥)

説明に迷っていると、一柳さんが口を開く。

「‥家、来るか?」

サトコ

「え‥?」

射抜くように私を見つめる一柳さんと、固まってしまった私。

私の周りだけ時が止まったように、夜の街には走り抜ける車のエンジン音が響いていた‥

to  be  continued

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