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やさしい嘘を零すとき 後藤 4話

カレ目線

【リビング】

後藤

ただいま

急ぎの仕事が終わり家に帰ると、いつもは点いているリビングの灯りが消えていた。

(先に寝たのか)

ほっとしながら電気を点けると、机の上に何かが置いていることに気付いた。

後藤

手紙‥?

不思議に思いながら手に取った手紙には、『誠二さんへ』と書かれている。

サトコ

『突然ごめんなさい』

『配属先が決まるまでの約束でしたが、ホテルが取れたので家を出ることにしました』

『ご飯は作り置きしているので、温めて食べてくださいね』

『今まで本当にありがとうございました。お世話になりました』

『サトコより』

後藤

‥‥‥

丁寧な字で書かれているそれに、違和感を感じる。

後藤

なんでいきなり、こんなこと‥

(昨日も今朝家を出るときも、あいつはいつもと変わらなかった)

ホテルが取れたと手紙には書いてあるが‥

直感が、それはウソだと告げている。

(こんな夜中に、寒い中ホテルを探してるとしたら‥)

(早く捜さないと‥!)

【外】

(くそっ、どこにいるんだ?)

あれからすぐにサトコがいそうなところを捜し回るも、見つけられずにいた。

もちろん携帯も繋がらない。

(あいつは佐々木と仲が良かったが‥)

前にサトコが、佐々木はホテルで暮らしていると言っていた。

(ホテル暮らしなら、佐々木のところにいる可能性は低いか‥)

後藤

あと捜していないところは‥

(‥ん?)

携帯が鳴って取り出すと、一柳から着信が来ていた。

(こんな時に‥)

後藤

なんだ?

冷静を装って応答したつもりが、隠しきれず苛立った声が出てしまう。

『ずいぶんと切羽詰まってんな』

後藤

用がないなら切るぞ

『待てよ。お前、サトコを捜してるんだろ?』

後藤

は?なんでお前がそれを‥

『アイツは今‥』

一柳から事情を聞くと、乱暴に通話を切る。

(サトコ‥!)

俺は携帯をしまうと、すぐに走り出した。

※昴目線

【街】

「‥家、来るか?」

サトコ

「え‥?」

サトコは目を瞬かせたかと思えば、次の瞬間には笑みを見せる。

サトコ

「あはは、行きませんよ」

「!」

即答するサトコに、苦笑する。

サトコ

「だってそんなの、誠二さん絶対イヤじゃないですか」

「‥‥‥」

「お前も一応、考えてんだな」

サトコ

「一応ってなんですか!」

これでも色々考えて‥確かに空回りは多いけど‥と、ぶつぶつ呟くサトコの肩を、ぽんと叩く。

「‥大丈夫だ、お前は良く頑張ってるよ」

「でもな、オレに何気に失礼なこと言ったの気付いてたか?」

サトコ

「!?」

「す、すみません!そんなつもりはなくて、ですね‥!」

「はいはい、今日は特別にホテルを手配してやるから。ちょっとそこのコンビニで待ってろ」

サトコ

「へ?でも‥」

「身体、冷えてんだろ?温かいもんでも買って飲んでろよ」

サトコ

「すみません‥ありがとうございます。すぐ戻ってきますね!」

「急がなくていいから、こけるぞ」

サトコがコンビニに行ったことを見届けると、携帯を取り出す。

呼び出し音の後、電話の向こうから苛立たしげな声が聞こえ、やれやれと肩をすくめた。

【外】

(チッ‥なんで一柳が)

夜の街を全力で駆け抜けながらも、一柳から電話で聞いた内容がぐるぐると脳内を廻る。

その度に言い表しようのない苦い気持ちが、心の奥からせり上がってくる。

(‥待っててくれ。あと少し)

【コンビニ】

指定されたコンビニに行くと、サトコの姿が見えた。

後藤

サトコ!

サトコ

「えっ‥!?」

「ど、どうして」

後藤

この‥バカ!なんであんなウソを‥!

サトコ

「!」

サトコの顔を見ると、溜まっていた心配や想いが思わず溢れ出してしまった。

つい声を張り上げてしまい、サトコは大きく目を見開く。

(しまった‥)

(こいつはただ、俺のことを思ってくれてただけなのに‥)

後藤

‥悪い

サトコ

「‥‥」

後藤

一柳も悪かったな。帰るぞ、サトコ

そう言いながら、サトコの腕を掴んだ瞬間‥

サトコ

「‥っ!」

勢いよく振り払われてしまった。

サトコ

「誠二さんだって、ウソついてたじゃないですか!」

後藤

気付かれていたことに驚きながらも、サトコの興奮を抑えるように語りかける。

後藤

‥悪い。確かにそうだ

あとできちんと説明する。だから、帰ろう

サトコ

「‥私がここであの家に帰って、何が解決するんですか?」

「それにホテルだってもう見つけたって‥」

後藤

ウソなんだろ?

サトコ

「っ‥‥‥」

図星を指されたのか、サトコの目がわずかに泳ぐ。

サトコ

「‥これから見つけるんで大丈夫です!」

後藤

あのな‥!いいから帰‥

「お前らいい加減にしろ」

サトコ・後藤

「!」

「犬も食わねぇ痴話喧嘩見せてんじゃねーよ」

後藤

サトコ

「きゃっ!」

一柳は俺とサトコの腕を掴むと、無理やり車へと押し込んだ。

「帰ってお揃いのパジャマでも着てやってろ」

【後藤マンション】

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

一柳に強制送還された俺たちの間には、気まずい空気が流れていた。

俺たちはいつもより間を空けて、ソファに座っている。

その距離が今の俺たちを表しているようで‥胸が締め付けられた。

後藤

‥ウソついてて、悪かった

サトコ

「‥‥‥」

サトコはチラリと俺を見て、重い口を開いてぽつりと呟いた。

サトコ

「‥ここ最近、洗濯はどこでしていたんですか?」

後藤

‥コインランドリーだ

‥俺の帰りが遅い時、何時まで起きてた?

サトコ

「1時‥」

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥3時です‥ごめんなさい」

「それじゃあ、黒澤さんとご飯を食べに行くって言ってたのは?」

後藤

それは‥

俺たちは、ひとつひとつ事実確認をしていく。

確かにウソをついてはいたが、どのウソにも互いへの気遣いが隠れていた。

(サトコは、こんなにも俺のことを思ってくれていたのか)

(それに、俺も‥)

ある答えに行きつき、苦笑する。

それは、俺たちはお互いを思いやりすぎてすれ違っていたということだ。

(こんなケンカ‥不器用にも程があるな)

(俺も、こいつも)

サトコ

「誠二さん‥」

サトコは俺の瞳を真っ直ぐ見て、言葉を紡ぐ。

サトコ

「確かに頑張りすぎて‥無意識に無理をしてしまったのかもしれません」

「だけど私、誠二さんの為に何かをするのは好きなんです」

後藤

そうか‥

俺たちの間にあった距離を縮め、サトコの肩をそっと抱く。

後藤

そうやってアンタが頑張ってくれるのは素直に嬉しい

でも‥どんな暮らしであれ、サトコがいなければ意味がないんだ

だから‥アンタがいなくなって、本気で焦った

サトコ

「‥誠二さん」

見上げるサトコの瞳が、潤むように揺れる。

後藤

今回はふたりとも反省しないと、だな

サトコ

「はい‥」

泣くのを堪えながらもはにかむサトコ。

愛おしいという感情が溢れ出し、唇にそっとキスを落とす。

引き寄せあうような、緩やかなキスが続き‥

お互いの視線が甘く絡み合って、少しずつキスが深みを増してゆく。

(今すぐ、抱きたい‥)

すると、サトコも同じことを考えていたらしく‥

サトコ

「せ、誠二さん」

後藤

‥ん?

サトコ

「疲れているんじゃ‥」

後藤

多少な。‥アンタは?

サトコ

「私も、多少‥」

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

それ以上は、俺たちの間には言葉はいらない。

お互いがどれだけ愛し合いたいと思っているかを知るには、見つめ合うだけで充分だった。

【寝室】

サトコ

「ん‥」

ベッドの上でキスをして、額を合わせる。

(サトコも疲れているだろうと思って、最近キス以上のことはしていなかったが‥)

もしかするとサトコも、俺が疲れていると察してそれ以上求めなかったのかもしれない。

後藤

‥久しぶり、だな

サトコ

「‥誠二さんが帰ってこないから」

後藤

アンタが疲れてると思ったんだ

俺たちは顔を見合わせ、笑い合う。

サトコ

「私たち、気を遣い過ぎだったんでしょうか?」

後藤

だな

ふわりと微笑むサトコに、ふと口にする。

後藤

‥ひとつまだ気になるとすれば

アンタからようやく聞けた名前呼びが、怒らせた時だったってことだな

サトコ

「え?」

俺の言葉に、サトコはきょとんとする。

サトコ

「もっと前から呼んでいませんでしたっけ‥?」

後藤

呼ばれてない

するとサトコはしばらく考える素振りを見せ、照れ臭そうに頬を染める。

サトコ

「心の中でたくさん呼んでたから、気付きませんでした」

後藤

‥‥

アンタな‥

(またそうやって可愛いことを‥)

後藤

ほんと、敵わない‥

サトコ

「んっ‥」

サトコの頬をそっと撫で、唇を重ねる。

いつも以上に優しく丁寧に、サトコを絡め取っていく。

サトコ

「誠二、さん‥」

キスの合間に漏れ聞こえる声に、感情が揺さぶられた。

サトコ

「あっ‥」

サトコを押し倒すと、肌に指を滑らせる。

後藤

なあ、もう一回呼んでくれるか?

サトコ

「せい、じさん‥」

後藤

‥もう一回

サトコ

「わ、私ばかりズルいです」

「‥‥誠二さんも、呼んで‥」

後藤

‥‥

サトコ

恥ずかしそうに瞳を潤ませているサトコに向けて、優しい声音で名前を呼ぶ。

するとサトコも『誠二さん』と嬉しそうに返してくれた。

(名前を呼ばれるだけで、こんなに幸せな気持ちになるなんて‥)

俺たちの歯車を少しだけ狂わせてしまった、「嘘」。

恋人でいれば、俺たちは何度もすれ違ってしまうのかもしれない。

何度も間違えてしまうのかもしれない。

でも、その度にきっと、俺はサトコへの想いを強く自覚するのだ。

サトコ

「誠二さん‥?」

「‥‥」

核心に至った時、不意に呼ばれた名前。

俺の熱が残るその唇を指でなぞり、ふたり溶け合うほどのキスを再び重ねた瞬間から

“誠二” と呼んでくれる声を聞いてやる余裕なんて、もうなかった。

Happy  End

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