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やさしい嘘を零すとき 東雲1話

【コンビニ】

店員

「ありがとうございましたー」

サトコ

「教官‥」

東雲

なに?

サトコ

「こんなに買って、本当に大丈夫なんですか‥?」

教官たちに頼まれて夕飯を買いに来たのだけど‥

手に提げたレジ袋はずっしりと重い。

東雲

何買ってもいいって言ってたでしょ

オレじゃなくて、兵吾さんの財布だからね

(いやいや、絶対いいはずない‥)

(うっかり買い過ぎたら後でどんな目にあうか‥)

東雲

キミはこっち持って

教官は、飲み物が入っているレジ袋を私の手から取り上げた。

代わりに渡された袋はぐっと軽い。

サトコ

「ありがとうございます‥」

東雲

これくらいでニヤニヤするな。キモいから

(優しいと思った途端にこれだもんな‥)

サトコ

「すみません、条件反射でつい‥ん?」

(か細い声がする‥これって‥)

サトコ

「いま、猫の鳴き声がしませんでした?」

(しかも、この声だとまだ子猫だよね‥)

東雲

猫?‥ああ

咄嗟に教官の視線をたどると、段ボールの中で震える子猫がいた。

(うっ‥)

東雲

目、合わせないで

足早に歩き出す教官を慌てて追いかける。

サトコ

「待ってくださいよー」

そう言いつつ、つい後ろを振り返ると‥

サトコ

「あれ、キミ‥」

子猫

「ニャー」

いつの間に段ボールから出たのか、子猫は私たちを‥

というより、教官の後を追って走ってくる。

サトコ

「教官、ついて来てますよ」

東雲

‥‥

サトコ

「ああっ、フラフラしてます‥!」

東雲

実況するな

キミも少しは空気読んで

(‥‥そうだよね)

(飼えないのに期待を持たせるような素振りを見せたらダメだ)

子猫

「ニャー‥」

サトコ

「ごめんね、私たちは拾ってあげられないんだ‥」

後ろ髪を引かれながら、私も歩くペースを上げた。

【学校 校門】

東雲

撒いた

サトコ

「はい。多分」

東雲

多分?

サトコ

「訂正します、確実に撒けましたっ!」

東雲

あっそ

またネチネチ言われるかと思ったけれど、

珍しく、教官はそれっきり口をつぐんだ。

(あの子、これからどうなるんだろう)

(何とかしてあげたいけど、私は飼えないし‥)

【裏庭】

裏庭を横切った時。

野太い猫の鳴き声が辺りに響き渡った。

サトコ

「教官、あれって‥!」

裏庭の隅で、ブサ猫が背中の毛を逆立てている。

その前には、あの子猫の姿が‥

サトコ

「危ない!」

追い詰められた子猫がブサ猫に噛みつこうとする。

間一髪で、私は子猫を抱き上げた。

サトコ

「いやいや、無謀すぎるでしょ‥!」

「ブサ猫、こんなちっちゃな子に大人げないよ!」

ブサ猫

「ギニャ~‥」

子猫

「ニャー!」

サトコ

「外にいるとまたケンカになっちゃいそうだし、とりあえず中に‥」

東雲

‥はぁ

【教官室】

加賀

最近のコンビニは猫も売ってんのか?

子猫を抱えた東雲教官に、加賀教官は呆れた声をかけた。

東雲

誰かさんがお人好しだったせいで

サトコ

「う‥」

難波

あー、さては拾っちまったのか

石神

気軽に生き物を敷地内に入れるんじゃない

敵対する組織が何らかの仕掛けをする可能性を考慮し‥

東雲

今のマイクロチップにGPS機能はありませんから大丈夫ですよ

それに、敷地内には後藤さんの猫だっているじゃないですか

後藤

アレは野良だ。俺が飼ってるわけじゃない

颯馬

それはともかく、どうするんですか?その猫

難波

半端に関わるのはどうかと思うぞ~。情が移ると後が辛いだろ

(でも私は寮だから、飼ってあげられないんだよね‥)

(それに‥)

教官の手の中でにごにごと動く子猫が、ある記憶を呼び覚ます。

(やっぱりこの子、昔飼ってた猫にそっくりだ)

懐かしい家族にお別れした時のことを思い出して、少し呼吸が浅くなる。

(あれから生き物を飼うのが怖くなっちゃって)

(何とかしてあげたいけど、飼います!とは軽々しく言えないな‥)

東雲

‥‥

とりあえず、オレが面倒見ますよ

サトコ

「えっ!?」

東雲

いま実家でも飼ってるんで、いろいろ聞けますし

(うそ‥実家の猫ともバトルしてたのに!?)

石神

しかし、東雲も忙しい身だろう

難波

まだ子猫だし、あまり目を離せないぞ

東雲

その時のための補佐官じゃないですか

サトコ

「わ、私ですか!?」

思いがけない指名に驚いていると、

教官はそっと子猫の頭を撫でた。

東雲

まぁ、里親見つけるまでってことで

(教官‥)

その優しい手つきに、私までじーんと感動する。

(いや、感動してる場合じゃないけど‥)

(教官のかわりに、私がメインで面倒見るんだろうし‥!)

(‥ん?)

見れば他の教官たちは、露骨に心配そうな視線を東雲教官に向けている。

(聞こえる‥『東雲に動物を育てられるのか‥?』って声が‥)

【東雲 マンション】

その夜。

私と教官は子猫を動物病院で軽く診てもらってから、教官の部屋に帰ってきた。

サトコ

「病気とか無くて、よかったですね」

東雲

そうだね

オレは猫にトイレ教えるから、キミは食事作って

猫と人間用の両方ね

サトコ

「はい!」

キッチンで料理しながら様子を窺う。

教官は根気よく猫にトイレトレーニングをしていた。

(ああいうのも全部押し付けられるかと思ったけど)

(意外にやってくれるんだな‥)

サトコ

「それにしても、ちょっと驚きでした」

東雲

何が?

サトコ

「教官のことだから、猫相手でもてっきり折れないかと‥」

言外の意味をくみ取って、教官が小さく肩をすくめた。

東雲

まぁ、いつもならそうだろうね

(何か特別な理由があったってこと‥?)

と、顔を上げた教官と目が合った。

東雲

だって、似てたし

サトコ

「‥似てたって、何がですか?」

東雲

これ以上は教えない

サトコ

「えーっ!教官のケチ!悪魔!」

東雲

ふーん、ケチで悪魔、オレが

じゃあさっき買ってきたケーキ、キミの分は没収ね

サトコ

「前言撤回します!教官はすごく優しいです!」

東雲

そこまで言うとウソくさい

サトコ

「う‥」

東雲

ごはんまだ?お腹空いたんだけど

私が作ったごはんを食べた後も、教官は子猫にかかりきり。

床に座って猫じゃらしで遊んだり、指先で撫でたり。

(か、かわいい‥)

(猫と遊ぶ教官ってレアすぎるよね)

(‥ただ、少しは私も構ってくれないかなーなんて)

今日なら私にも優しく相手してくれたりして‥と小さな期待が湧いてくる。

しかし、そっと隣に行ったものの、教官は猫を見つめたまま。

東雲

サトコ

「‥‥」

「何でもありません‥」

(‥そうだよね)

(こんな可愛い子猫に、私が勝てるはずがなかった‥!)

子猫

「ニャ」

項垂れた私の膝に、ぴょんと猫が乗ってきた。

(か、かわいい‥)

(ひょっとして、励ましてくれてるのかな)

思わずニコニコしていると、柔らかなものが頬をサワサワとくすぐった。

サトコ

「な、何ですか‥?」

東雲

遊んでるだけ

サトコ

「私は猫じゃありません!」

東雲

へえ?

教官の指が肩をすっとなぞり、たどり着いた耳をくすぐる。

サトコ

「ひゃっ‥」

東雲

猫って、ここ撫でると喜ぶんだよね

こことか、こことか‥

首の後ろや口元を撫でる感覚がくすぐったい。

サトコ

「や、やめてください‥!」

東雲

いや?

サトコ

「いや‥じゃないですかど‥っ」

東雲

じゃあ、やっぱり猫なんじゃない?

サトコ

「ちが‥ん‥」

久しぶりのキスを交わしながら、いたずらな指にきゅっと眉が寄る。

のんきな子猫は小さく丸まり、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。

to  be  continued

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