【教官室】
翌日。
サトコ
「失礼します。颯馬教官、課題を提出しに来ました」
颯馬
「ありがとうございます。そちらに置いてください」
颯馬教官の机に課題を置くと、教官室の扉が勢いよく開かれる。
黒澤
「歩さ~ん!聞いてください!」
東雲
「うわっ‥」
突然現れた黒澤さんに泣きつかれ、東雲教官は嫌そうに顔をしかめる。
黒澤
「今年もクリスマスパーティーを開こうと思ったのに、仕事になっちゃったんですよ~」
東雲
「そう。せいぜい頑張れば?」
黒澤
「冷たい!オレは傷心なんですから、もっと優しくしてください!」
東雲
「優しくするメリットがない」
黒澤
「うぅ、ヒドイです‥」
黒澤さんは、がくりと肩を落とす。
黒澤
「クリスマスなのに “仕事が恋人” だなんて、夢がありません!」
「石神さんなんて、ちゃっかり休みなんですよ?ズルいです!」
颯馬
「まあ、石神さんはずっと忙しそうにしていましたから」
颯馬教官の言葉に、ふと昨日のことを思い返す。
【寮 自室】
(チケットの手配をしたし、あとは‥)
携帯を取出し、石神さんにメールを送る。
(軽井沢で連れて行きたいところがあります‥送信、と)
メールを送ってすぐに、返信が来た。
石神
『俺も連れて行きたいところがある』
(もしかして‥)
(石神さんからも、サプライズがある‥とか?)
嬉しくて、何度も短い文面を読み返してしまう。
読み返すたびにワクワクして、彼と過ごす聖夜への期待が高まっていったのだった。
【教官室】
(石神さん、忙しいのに‥色々考えてくれているんだよね)
思い返すだけで、頬が緩みそうになる。
颯馬
「石神さんも、たまにはゆっくり羽を伸ばすのもいいと思います」
「ね、サトコさん?」
サトコ
「えっ?」
(ど、どうして私に話を振るの‥!?)
石神さんのことを考えていただけに、過剰に反応してしまう。
私は咳払いをして、不自然ににならないように笑みを浮かべた。
サトコ
「そうですね。ゆっくり休んでほしいです」
東雲
「ゆっくり、ね‥」
「それで、サトコちゃんは彼氏にプレゼント何貰うの?」
サトコ
「!」
(へ、平常心平常心‥)
サトコ
「お付き合いしている人はいませんが‥」
「もし彼氏がいたとして、貰えたらなんでも嬉しいと思います」
東雲
「ふーん」
「なんかそういう女ウザ」
<選択してください>
サトコ 「う、ウザくないです!」 「好きな人から貰えるんですよ?それだけで、充分じゃないですか」 東雲 「キミさ、結局のところ、自分の事しか考えてないんじゃないの?」 「なんでもいいって、意志がなさすぎでしょ」 サトコ 「それは‥」 東雲教官の指摘が、胸に突き刺さる。 (で、でも、何を貰っても嬉しいっていうのは本心だし!)
(石神さんはなんて思うんだろう) (さすがにウザいだなんて、思わないだろうけど‥) 考えようによっては、どっちつかずな発言だったかもしれない。 自分の意志がない、はっきりしない女ともとれる。 黒澤 「ちょっと、歩さん。サトコさんが落ち込んじゃったじゃないですか」 東雲 「オレは事実を言っただけ」 颯馬 「ふふ、サトコさんは分かりやすいですね」 東雲 「分かりやすいとか、公安として致命的すぎ」 サトコ 「うっ‥」 (耳が痛い‥)
(う、ウザって言われた) (でも、石神さんはそんなこと言わないよね‥) サトコ 「‥ウザくてもいいです」 「好きな人から貰えるだけで嬉しいし、幸せですから」 黒澤 「おおっ、さすがサトコさんです!」 颯馬 「サトコさんにここまで想われるなんて、その人は幸せ者ですね」 サトコ 「‥ハッ!」 (いけない、石神さんと付き合ってることは秘密だから‥) サトコ 「そんな風に思える人に出会えたらなって思います!」
(でも、そういえば‥)
石神さんからやりたいことを聞かれた時の事が、脳裏を過る。
(あの時、微妙に間があったよね)
小さな不安が、胸の内に芽生える。
颯馬
「まあ、考え方は人それぞれですから」
サトコ
「そうですよね‥」
颯馬
「‥まあ、男も好きな女性の希望をかなえたいと思いますけど」
サトコ
「え?」
颯馬
「いえ‥なんでもありません」
聞き返した私に、颯馬教官はいつもの笑顔を浮かべていた。
【寮 自室】
クリスマスイブ当日。
出かける準備をしていると、携帯に石神さんからメールが来た。
石神
『予定通り仕事が終わりそうだ。楽しみにしている』
(今年は本当に、ちゃんとふたりで過ごせるんだ‥)
胸を弾ませながら、石神さんに『私も楽しみにしています』と返信をする。
(今日のために、新しい服も買ったし‥)
鳴子
「サトコ、ちょっといい?」
扉がノックする音と、鳴子の声が耳に届く。
サトコ
「はーい」
上機嫌に返事をしながら扉を開けると、切羽詰まったような表情をしている鳴子がいた。
サトコ
「どうしたの?」
鳴子
「加賀教官が、訓練生は大至急教場に集まれだって」
「かなりお怒りみたい‥」
サトコ
「えっ!?」
(これから出掛ける予定だったけど‥)
加賀教官からの呼び出しを断るわけにはいかなかった。
サトコ
「分かった。すぐに行こう」
鳴子
「うん!」
【教場】
加賀
「遅い」
サトコ
「す、すみません!」
教場に着くなり、加賀教官は私たちにジロリと睨みを利かせる。
加賀
「全員集まったようだな」
(あれ‥?)
加賀教官の隣には、青ざめている訓練生がいた。
加賀
「このクズが機密書類を紛失した」
男子訓練生A
「も、申し訳ありません!」
加賀
「謝って済む問題じゃねぇぞ!」
男子訓練生A
「わっ!」
加賀教官は、拳を勢いよく教壇に叩きつける。
加賀
「補習をパスしたかどうかなんて関係ねぇ」
「連帯責任だ。見つかるまで帰れると思うな」
サトコ
「えっ!?」
思わず声が漏れてしまい、加賀教官の鋭い視線に射抜かれる。
加賀
「文句でもあんのか?」
サトコ
「い、いえ‥」
(この状況、抜けられるわけないよね‥)
私は気付かれないように、小さく肩を落とした。
私たちは手分けして、書類を探し始める。
(いつ終わるか分からないし、連絡しておいた方がいいよね‥)
私たちは石神さんの仕事が終わり次第、現地で合流することになっていた。
携帯を取り出し、石神さんに電話を掛ける。
石神
『どうした?』
サトコ
「突然すみません。実は‥」
状況を説明すると、石神さんは『分かった』と返事をくれる。
石神
『気にするな。サトコのせいじゃない』
『先にコテージに行くから、終わり次第ゆっくり新幹線で来るといい』
サトコ
「はい‥ありがとうございます」
通話を切ると、そっとため息をつく。
(石神さんを待たせちゃうなんて‥)
ひとりで待つことの悲しさは、去年のクリスマスで身をもって知っている。
(同じことをして申し訳ないけど‥)
(今はとにかく、機密書類を見つけなきゃ)
青ざめている仲間のためにも、私は気合を入れ直して書類の捜索にあたった。
【廊下】
鳴子
「サトコ、あった?」
サトコ
「ううん、全然見当たらない‥」
鳴子
「そっか‥」
あれから数時間探し続けるも、いまだに見つけられずにいた。
鳴子
「これだけ探してもないなんて、どこにいっちゃったんだろう」
男子訓練生A
「みんな、ごめん‥」
サトコ
「大丈夫。頑張って探そう!」
そうやって励ますも、他の皆が苛立っているのも分かった。
(どうにかして見つけたいところだけど‥)
サトコ
「あっ‥」
ふと思いつき、書類を失くした訓練生に話しかける。
サトコ
「ねぇ、失くした時のことって覚えてる?」
男子訓練生A
「ああ。あの時は教場に忘れ物を取りに行ったんだ」
「忘れ物は課題だったんだけど‥その時には、確かにあったと思う」
サトコ
「それじゃあ、もう一度カバンとかファイルを確認してみて」
「もしかしたら、どこかに紛れ込んじゃってるのかもしれないし」
男子訓練生A
「わかった。ちょっと待っててくれ」
訓練生が教場に戻って、しばらくすると‥
男子訓練生A
「あっ、あった!」
機密書類を持って、戻ってきた。
サトコ
「ホント!?」
無事に書類が見つかり、皆は安堵のため息を漏らす。
男子訓練生A
「皆ありがとう‥加賀教官のとこ行ってくるわ!」
鳴子
「どういたしまして。今度ランチ奢ってよね!」
男子訓練生A
「分かってる!」
サトコ
「よかったぁ‥」
(これで石神さんのところへ向かえる‥!)
私は断りを入れて、急いでその場を後にした。
【タクシー】
(ど、どうして!?)
タクシーに飛び乗ったのはいいものの、渋滞をしていて一向に動く気配がない。
(クリスマスイブだから、混んでいるのかな)
(この状態だと、いつ動くか分からないし‥)
サトコ
「あの、すみません。ここで降ろしてもらってもいいですか?」
運転手さんにお金を払うと、私はそのまま走って駅へ急いだ。
【駅】
サトコ
「石神さん!」
ようやく軽井沢の駅に着いた頃には、完全に日が沈んでいた。
サトコ
「すみません。遅くなってしまって‥」
石神
「気にするなと言っただろう?」
私を安心させるかのように、石神さんは優しく微笑む。
(今からじゃ、アートアクアリウムにも間に合わないし‥)
何より石神さんにはゆっくりしてもらうはずが、迎えに来させてしまった。
<選択してください>
(落ち込んでばかりいたら、ダメだよね) サトコ 「石神さん、迎えに来てくれてありがとうございます」 石神 「‥ああ」 精一杯の笑みを浮かべると、石神さんは頭を撫ででくれた。 罪悪感を覚えつつも、石神さんの優しさに癒される。
申し訳なく思いつつ、石神さんに会えてうれしい気持ちもあった。 サトコ 「やっと石神さんと会えました」 石神 「そうだな」 石神さんは、私の頬をそっと撫でる。 石神 「俺もお前に会いたいと思っていた」 サトコ 「石神さん‥」 私は笑みをこぼすものの、心の片隅で申し訳なく思っている自分がいた。
サトコ 「本当にすみません‥」 石神 「謝らなくていい」 サトコ 「でも‥」 石神 「‥サトコ」 サトコ 「!」 石神さんは静かに身を屈めると、私の唇にキスを落とす。 石神 「埋め合わせはこれでいい」 サトコ 「は、はい‥」 突然のキスに、頭が真っ白になった。
石神
「‥安心しろ」
石神さんが、ぽつりと言葉を漏らす。
石神
「クリスマスは、まだまだこれからだ」
サトコ
「はい‥」
小さく頷くと、石神さんは口元に笑みを浮かべた。
石神
「サトコ」
コテージ近くの駐車場に、車を停める。
車から降りると、石神さんは私の手を取った。
石神
「目を閉じてくれ」
サトコ
「え?」
石神
「大丈夫だ。ちゃんとエスコートするから」
サトコ
「は、はい‥」
不思議に思いながら、目を閉じる。
(どうしたんだろう‥)
少しの緊張と期待が、胸を支配する。
私は石神さんに導かれるように、ゆっくりと歩みを進めた。
to be continued