【室長室】
難波
「クリスマスか‥」
成田から12月24日のスケジュール確認が入って初めて、そのイベントの存在に気付いた。
(すっかり忘れてたな‥)
この歳になるともう、クリスマスなんてものにイチイチ反応しない癖がついている。
結婚中はまだしも、離婚してからは特に、この日は俺にとってただの師走の1日だ。
(でもサトコはきっと好きだろうな。クリスマスとか、初めての〇〇とか‥)
(普通の女の子にはやっぱり、クリスマスは恋人たちの日ってことになるんだろうし‥)
大切なサトコには、世界中のどの女の子より幸せなクリスマスを過ごさせてやりたいと思う。
(しかも俺たちにとって初めてのクリスマス‥)
(思いきり特別な夜にして、最高の笑顔にしてやりたいよな)
難波
「こうなったら、何としてでも身体を空けるか」
年末の仕事をすべて前倒しで行う予定を立て直す。
(こうしておけば、万一突発的に何か起こっても問題なし‥)
難波
「それにしてもこんな日に納会をやろうとするとは‥」
「どいつもこいつも情緒のない奴ばかりだな」
去年までの自分がそうであったことなど棚に上げて、俺はため息をついた。
【教官室】
翌日。
教官室に顔を出すと、黒澤が待ってましたとばかりに近付いてきた。
黒澤
「室長、これはご提案なのですが」
「イブにみんなでクリスマスパーティーをするというのは、いかがでしょうか」
難波
「は?」
(いきなり何を言い出すんだ、こいつは‥)
たまたま教官室に来ていたサトコが、ギョッとしたように立ち止まった。
他の教官たちも、迷惑そうな顔でこっちを見ている。
(あのな)
(そういう物議を醸すようなことを、普段の飲み会と同じレベルで俺に持ちかけてくるなよ)
難波
「‥無理だな」
「悪いが、その日はダメだ」
黒澤
「そうですか‥」
黒澤は面白くなさそうに席に戻っていった。
(悪いが黒澤、その日ばかりはお前に関わってる暇はねぇんだ)
年末作業前倒し計画のために、今日もやるべきことは満載だ。
【室長室】
昨夜、サトコに「24日は空けておけ」とは言ったものの、
当日のプランはまだ真っ白の状態だった。
難波
「どうするかなぁ‥」
仕事がひと段落して、自分なりのクリスマスデートのイメージを思い描いてみる。
でもあらゆる想像がバブルな感じで、イマイチしっくりこない。
(あの頃はまさにバブル期だったからな‥)
(今時の若者はどんなデートしてんだ?)
あまりの想像のつかなさに、仕方なく慣れないスマホを取り出した。
以前サトコに教えてもらったやり方を思い出し、
検索欄に、『クリスマス デート』と入れてみる。
難波
「『外さないデートプラン10選』か‥」
細かい字に悩まされながらも、全部の記事を真剣に読み込んだ。
凝った首を何度も回しながら読み終えると、ようやく頭がバブルから現代になり、
自分が過ごすべきクリスマスのイメージが見えてきた気がする。
難波
「とりあえず、場所は横浜だな」
横浜なら、多少は勝手知ったる場所だ。
どこかのサイトに『若い女の子はイルミネーションが好き』と書いてあったのを思い出し、
今度はイルミネーションが綺麗に見えるレストランを検索した。
レストランのクリスマスプランはどこも魅力的で、サトコの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
(これならそこそこリッチ感もありつつ、ロマンチックさも演出できそうだよな‥)
難波
「よし、完璧だ」
すべての手配を済ませ、改めてプランを見返してみる。
我ながら最高のプランが出来た気がして、徐々に気持ちが乗ってきた。
難波
「次は『クリスマスプレゼント 彼女』と‥」
再びスマホで検索を試みる。
難波
「『彼女が絶対喜ぶ鉄板クリスマスプレゼント』‥これにするか」
記事を読みながら、自分の中のプレゼントのイメージを整理した。
(特別な物より、普段使える物がいいよな)
(サトコはウチで飯を食べることが多いし、食器なんてどうだ?)
プレゼントのおススメサイトによると、女子は “お揃い” が好きということだ。
難波
「なるほど‥」
(じゃあ、ペアグラスなんていいかもしれねぇな)
大体の方針が決まったところでサイトを閉じようとすると、最後にこんなことが書いてあった。
『女子は手紙に弱い!プレゼントには必ず手書きメッセージを添えましょう』
難波
「手紙‥?」
(今時はメールが主流だからなぁ。そりゃ、手紙っていいもんだとは思うが‥)
(こんなおっさんが手紙って‥遺言か‥?)
さすがに自分でも笑いそうになり、手紙の件は却下することにした。
【ショップ】
その週末。
仕事前にデパートに寄った俺は、居並ぶペアグラスの前に心を決めかねていた。
難波
「あの、可愛らしい雰囲気の若い女の子なんですけど、この中だとどれがいいですかね?」
女性の店員に声をかけると、店員は俺を見て当然のように言った。
店員
「娘さんですか?」
難波
「え‥いや‥」
(おいおい、娘はないだろ‥)
難波
「やっぱり、大丈夫です」
まだ何か言いたそうな店員に背を向け、もう一度候補のグラスを順番に見回した。
(さすがに娘はショックだが、これはちゃんと自分で選んで決めろってことだよな)
【学校 カフェテラス】
週明け。
カフェテリアの前を通りかかると、サトコと佐々木が昼飯を食べていた。
鳴子
「サトコが買った服にぴったりの小物を見つけたんだけど、今度見に行かない?」
サトコ
「あの服、あのままでも十分かわいいよ?」
鳴子
「でも絶対、あった方が可愛いって。デート用にも重宝すると思うよ?」
サトコ
「デ、デートって‥」
(サトコのヤツ、服を新調したのか‥)
佐々木と話すサトコの表情が、ウキウキと弾んで見えた。
(楽しみにしてくれてるんだな、俺とのクリスマス‥)
(期待以上の、最高の一日にしてやりたいが‥)
今考えているプランを更に特別にできないかと考えるうち、手紙のことが頭をよぎった。
(手紙‥やってみるか‥)
(でも、何を書くんだ?)
自分がそんなものを書いている姿が想像できず、気の利いた言葉も思い浮かばない。
(やっぱり俺には、ムリだろ‥)
【ドソキホーラ】
クリスマスイブの日は、まさかの大雪だった。
(あんなに期待させておいて、悪いことしちまったな‥)
デートはホームパーティーに変更。
その準備のために、俺たちはドソキホーラにやってきた。
難波
「へえ、こんな物まであるのか‥」
サトコ
「何でも揃いますよ。あ、これなんかどうですか?」
カートを押しながらゆっくり歩く俺を、サトコが右に左にと引っ張り回す。
難波
「ん?どれどれ‥俺はこっちの方がいいな」
サトコ
「じゃあ、そっちにします」
まるで家族みたいな、何気ない普通のやり取り。
(家族か‥)
我知らず、心の中でため息が出た。
(仕事のために家族を捨てた俺が、今さら家族を感じてるなんてな‥)
雑念を振り払おうと、俺はサトコから離れて酒コーナーへと移動した。
その途中、枝ぶりの見事なクリスマスツリーに目が留まる。
難波
「これ、いいな‥」
思わず手に取るが、値段は3万円。
(別にいいか‥どうせ来年もまた飾るだろうし)
サトコとはなぜか、この先もずっと一緒にいられるような気がする。
そんな風に自然に思ってしまった自分が不思議だった。
【難波 マンション】
サトコ
「室長は何かありますか?子どもの頃のクリスマスの思い出」
夕食中、サトコに突然聞かれて、思わず口ごもった。
難波
「思い出なぁ‥」
サトコが話してくれた家族との思い出は、温かなものばかりだった。
それを聞いているうちに、俺の心がほぐれたのだろうか。
いつもなら絶対に口にしないような家族との思い出を、気付けば話し出していた。
(ちょっと思い出すくらい、許されるか‥)
難波
「いつも和風な食卓が、この日ばっかりは洋風になって‥」
「それが妙に嬉しかった」
その時の感覚が蘇り、思わず笑顔になった。
(俺にもごく普通に温かい、幸せな時代があったんだよな‥)
こうして思い出してみると、やはり大切な記憶だ。
これまではそこから意識的に目を背けてきたけれど、サトコになら、
そんなことも打ち明けてしまっていい気がした。
【ベランダ】
サトコが眠ったのを確認して、俺はベランダに出た。
もう雪はやみ、月が顔を出している
サトコに貰ったライターで煙草に火を点け、ゆっくりと静まり返った室内を振り返った。
リビングのテーブルには、ペアグラスが寄り添うように立っている。
(結局普通な一日になっちまったけど‥普通の日常って、こんなに温かいもんだったか‥?)
今日の一日を思い出すだけで、心がホカホカしてくる。
難波
「書いてみるか‥」
今なら、手紙を書けそうな気がした。
【リビング】
『俺にとって普通の一日と変わらなかったクリスマスに、今年からは楽しみにする理由ができた』
『サトコといれば、普通の事すら特別に思えるから不思議だ。ありがとうな』
『普通で特別な幸せを、これからもずっと続けていこう』
難波
「ちょっと‥かっこよすぎるか?」
一瞬躊躇するが、これこそが俺の本音だ。
俺はもう後戻りできないように、封筒を念入りに糊付けした。
難波
「でもこれ‥どうやって渡すんだよ‥」
こんなものを目の前で読まれた日には、恥ずかしさの極みだ。
かといって、こっそりどこかに忍ばせるのも子どもじみている。
難波
「あ~どうするか‥」
考えあぐねて、頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
(こうなったら、渡すのを忘れたことにして、あとで学校でさり気なく渡すか‥)
サトコといると、いつも年甲斐のないことで悩まされる。
でも俺は、そんな自分が満更嫌じゃないようだ。
Happy End