【学校 廊下】
鳴子
「街はすっかりクリスマスモードだっていうのに、ここは本当に季節感ないよね」
講義を終えて千葉さんと3人で並んで歩きながら、
鳴子は無機質な校内を面白くなさそうに見回した。
サトコ
「そっか、もうすぐクリスマスか‥」
(講義と訓練に追われて何の計画も立ててないな‥)
公安学校一年目のクリスマス。
それは、室長と恋人になって、初めて過ごす大切なクリスマスだった。
(まさか室長、その日もうっかり仕事なんてことは‥)
千葉
「そういえばイブは、成田教官主催の納会だって噂だよね」
サトコ
「え?」
鳴子
「なにそれ‥!」
私と鳴子が一斉に振り返り、千葉さんは気圧されたようにちょっと後ずさった。
千葉
「あくまでも噂だけど、全校集会を兼ねてそういう企画があるらしいって聞いたよ」
鳴子
「そんなぁ」
???
「その話、無くなりましたからご安心を」
突然背中越しに声がかかり振り向くと、黒澤さんが立っていた。
サトコ
「黒澤さん!」
鳴子
「それ、確かな情報ですか?」
黒澤
「ええ。よりによってイブに納会はないだろうと、かなりみんなから責められていましたから」
「さすがの成田教官も諦めたようです」
鳴子
「よかった‥!」
(それだけ話題になってたなら、室長も少しは意識してくれてるかな?)
2人で過ごすクリスマスが一歩近づいた気がして、自然と足取りも軽くなった。
【教官室】
講義終了後、私は集めた提出課題を届けに教官室に来ていた。
サトコ
「後藤教官、課題はどこに置けば‥」
後藤
「その書類の上にでも置いてくれ」
サトコ
「え、この上に更に積み上げたら大変なことに‥」
後藤
「大丈夫だ」
私は書類の山の上に注意深く課題を置くと、それが崩れる前にその場を離れた。
黒澤
「室長、これはご提案なのですが」
「イブにみんなでクリスマスパーティーをするというのはいかがでしょうか」
サトコ
「!?」
部屋を出て行こうとした瞬間、室内に響いた黒澤さんの声に、私は驚いて立ち止まった。
他の教官たちも、唖然とした表情で黒澤さんを見つめている。
(せっかく納会がなくなったのに、なんでそんな提案するんですか、黒澤さん!)
私はのど元まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、室長の反応を待った。
難波
「‥無理だな」
「悪いが、その日はダメだ」
黒澤
「そうですか‥」
教官たちが一斉にホッとしたのがわかった。
私も心からホッとして、室長に期待の視線を投げる。
(断ってくれたってことは、2人のクリスマス、期待していいのかな‥?)
難波
「‥‥‥」
顔を上げた室長と目が合ったが、室長の表情からは何の感情も読み取れない。
(室長は忙しいから、イブも仕事が入ってるってだけなのかも‥?)
結局どっちなのか分からず、私はモヤモヤしたまま部屋を後にした。
【廊下】
ヴーッヴーッ
お辞儀をして教官室のドアを閉めたのと、ポケットの中でスマホが震えたのはほぼ同時だった。
サトコ
「?」
見てみると、室長からLIDEのメッセージが届いている。
『今日、ウチで一緒に飯食うか?』
サトコ
「もちろんです‥!」
ウキウキと返信をしながら、心の片隅で小さな決心をした。
(その時にちゃんと確かめよう、クリスマスのこと‥!)
【難波 マンション】
サトコ
「それにしても今日の黒澤さん、突然びっくりしましたよねー」
簡単ながらも手作りした料理を食べながら、私は何気なく話題をクリスマスに向けた。
難波
「ああ、あれな‥」
サトコ
「東雲教官、露骨に『何言ってんの』って顔してましたね」
難波
「まあ、年末だし、みんな忙しい時期だからな」
<選択してください>
サトコ 「そうですよね‥」 難波 「普段はプライベートも休みもねぇし、たまにはそういうのもいいとは思うが」 「何しろ年内最後の週末だし」 「年末年始に実家に帰りたいヤツにとっては、帳尻合わせのラストチャンスだ」 サトコ 「確かに‥」 (って、私が言いたいのはそういうことじゃないんだけどな‥) 難波 「そういえば去年の年末もな‥」
(いや‥そういうことではなくて‥) サトコ 「やっぱり、室長もお忙しいんですよね?」 難波 「少なくとも、アイツとパーティーをしてるほど暇じゃないな」 「だいたい黒澤は、いつも言うことが突拍子すぎだ」 サトコ 「それは、まあ‥」 難波 「去年の年末もな‥」
サトコ 「忙しくなくても、みんなではちょっと‥」 難波 「ん、そうか?」 「みんなでといえば、この間、教官みんなで集まったんだが‥」
いつの間にか話題はクリスマスから離れていってしまった。
(調査失敗‥刑事なのに、この調査能力のなさって‥)
【キッチン】
結局なごやかに食事は終わってしまい、私たちはいつも通り、並んで食器の片づけを始めた。
私が洗ったお皿を、室長が隣で次々と拭いていく。
(一緒にご飯を食べて片付けて‥‥)
(何でもないことばかりだけど、こういう普通な感じ、幸せだよね)
室長と一緒に、普通のことを普通にできる幸せ。
恋人同士だからこそ味わえるこの幸せな時間が、時々たまらなく愛おしく感じられる。
(特別なことなんて、望まなくていいのかな‥)
難波
「‥そういえば24日だけどな」
サトコ
「に、24日ですか!?」
難波
「なんだ、何か用事あるのか?」
サトコ
「いえ!ないですけど‥」
難波
「じゃあ、空けとけよ?」
(それってつまり‥クリスマスデート!?)
サトコ
「はい!」
思いがけない展開に、思わず顔がほころぶ。
難波
「でもどこ行くかは、直前まで秘密だ」
サトコ
「それは‥室長がプランを考えてくれるってことですか?」
(私のために‥)
最後の言葉を飲み込んで室長を見上げると、室長は私の頭に手を置いて微笑んだ。
難波
「その日は、お前にとっては特別な日なんだろ?」
サトコ
「室長‥」
(嬉しい!室長、ちゃんとクリスマスのこと気にしてくれてたんだ‥)
【学校 教場】
サトコ
「おはよう!」
鳴子
「あれ~?なんか今朝は、いつにも増して元気じゃない?」
翌朝、さっそく何かを察知したらしい鳴子が聞いてきた。
サトコ
「そ、そうかな‥?」
(さすがは鳴子‥勘が鋭い‥)
(というより、私が分かりやすく喜び過ぎ?)
鳴子
「昨日もイブの納会がなくなってやけに喜んでたし、もしかしてクリスマスはデート?」
<選択してください>
サトコ 「ま、まさか!」 思わず否定すると、鳴子は私の顔をじっと見つめた。 鳴子 「‥まあ、いいけど。よければサトコも来る?クリスマス合コン」 サトコ 「その日は、友だちと久しぶりに会う約束があって」 鳴子 「そっか‥じゃあ今週末、買い物だけ付き合ってくれない?勝負服買いたいんだ」
サトコ 「そ、その前に恋人募集中だって」 慌てて誤魔化すと、鳴子は疑わしい目を向けた。 鳴子 「どうだかねぇ」 サトコ 「‥‥‥」 鳴子 「だったらサトコも来る?クリスマス合コン」 サトコ 「でも、その日は友だちと久しぶりに会う約束があって」 鳴子 「そっか‥じゃあ今週末、買い物だけ付き合ってくれない?勝負服買いたいんだ」
サトコ 「そ、そういう鳴子はどうなの。鳴子だって、相当喜んでたよ?」 慌てて話題を鳴子に振ると、鳴子は満更でもなさそうに微笑んだ。 鳴子 「だってその日は、勝負のクリスマス合コンだからね」 サトコ 「そうなんだ!」 鳴子 「というわけで、今週末、買い物に付き合ってくれない?勝負服買いたいんだ」
(勝負服か‥私も室長とのデート用に、何か買っておいた方がいいかな)
サトコ
「‥いいよ。ついでに、私の服も選んでくれる?」
鳴子
「任せといて!」
「ってサトコ、服を買うってことは、やっぱりデートなんじゃ‥」
鳴子に顔を覗き込まれた瞬間、タイミングよくチャイムが鳴った。
サトコ
「あ、授業、授業‥」
私が席に着くと、鳴子も仕方なさそうに席に着いた。
(ここからは、気を引き締めて頑張らないと‥!)
【街】
週末。
約束通り、鳴子と勝負服を探して街に出た。
鳴子
「よかった‥おかげでかわいい服を買えたよ」
サトコ
「私も。選ぶの手伝ってくれてありがとね」
鳴子
「サトコ、すっごく似合ってたよ」
サトコ
「本当に?」
鳴子
「きっと喜んでもらえるね」
サトコ
「え‥」
(今のって‥?)
戸惑う私ににっこりとほほ笑むと、鳴子は目の前のお店のショーケースに駆け寄った。
鳴子
「あ、このお店かわいい!ちょっと見てもいい?」
(鳴子にはやっぱり敵わないなぁ)
【雑貨店】
おしゃれな雑貨店の中は、クリスマスグッズで溢れていた。
鳴子
「わあ、本当にかわいいね」
サトコ
「クリスマスカードもいっぱいある!」
(そうだ、室長へのプレゼントにカードをつけよう)
室長の顔を思い浮かべながらカードを選んでいると、それだけで心がウキウキした。
(どれがいいかな。室長にカードを書くなんてちょっと照れくさいけど‥)
(室長は絶対にそういうの書かなそう)
思わずニヤけてしまいそうになり、ハッとなって隣の鳴子を見た。
でも鳴子は、深刻な表情でスマホを見ている。
サトコ
「どうかした?」
鳴子
「‥学校から呼び出し。ごめん、先に戻るね!」
サトコ
「うん」
鳴子を見送ってから、カードを買って店を出た。
サトコ
「あとは室長へのプレゼント、どうしようかな‥」
【本屋】
迷った末に、とりあえず本屋の男性誌コーナーで雑誌を広げた。
『クリスマスにもらって嬉しいプレゼント特集』のページを読んでいると、
すぐ脇を不穏な空気が通り抜ける。
サトコ
「!?」
(今のは‥もしや加賀教官!?)
見覚えのある姿に、思わず柱の陰に隠れてしまった。
(こんな姿を見られたら、なんて罵られるか‥!)
柱の陰からそっと辺りの様子をうかがう。
どうやら、加賀教官の姿はもうないようだ。
(危ない、危ない‥)
ゴツッ!
サトコ
「いたっ!」
いきなり後ろから頭を小突かれた。
慌てて雑誌を後ろ手に隠し、振り返る。
サトコ
「か、加賀教官‥!」
加賀
「初めて気づいたような声出してんじゃねぇ」
「挨拶くらいしろ。クズ」
サトコ
「す、すみません‥」
そのまま立ち去るかと思いきや、教官の視線がちらりと動いた。
加賀
「くだらねぇもん読みやがって」
「‥少しはテメェの足りねぇ頭で考えろ」
サトコ
「いたっ‥はい!」
もう一度ダメ押しで頭を小突くと、加賀教官は去って行った。
(完全に何を読んでたかバレてた‥でも確かに、加賀教官の言う通りだよね‥)
(知らない誰かの意見を聞くんじゃなくて、私が考えないといけないのは‥)
【寮 自室】
イブの前夜。
室長から待ちに待った電話が掛かってきた。
難波
『どうやら明後日、大雪らしいぞ。明日じゃなくてよかったな』
サトコ
「ですね。でも、お天気を気にするってことは‥」
(室内じゃなくて、どこかにお出かけってことだよね?)
私の期待が伝わったように、室長はクッと笑った。
難波
『横浜だよ。明日は、横浜に行こうと思ってる』
サトコ
「わぁ、楽しみです!」
思わず華やいだ声が出て、室長は満足げに電話を切った。
(横浜なら、イルミネーションも綺麗だろうな‥すごくロマンチックな夜になりそう)
(ホワイトクリスマスもいいかもなんてちょっと思ったけど)
(お出かけデートならやっぱりお天気がいいよね!)
ところが、翌朝。
サトコ
「なんで‥?」
「雪が降るのは明日のはずじゃ‥」
窓の外には、一面の銀世界が広がっていた。
サトコ
「‥結構積もってる」
雪空を見上げていると、室長から電話が掛かってきた。
難波
『もしもし、サトコ?』
『参った。道も電車も全部不通だ』
to be continued