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聖夜 難波3話

サトコ

「室長は何かありますか?子どもの頃のクリスマスの思い出」

難波

思い出なぁ‥

それだけ言うと、室長は黙り込んだ。

サトコ

「?」

(そういえば室長、前に言ってたっけ‥)

「もう家族いない」と言った室長の言葉を思い出した。

(いけない‥つい踏み込み過ぎたかも‥)

わずかなはずの沈黙が、やけに長く感じられた。

(せっかく楽しい時間が過ごせてたのに、どうして余計なこと言っちゃったんだろう)

(何か、他の話題を‥)

<選択してください>

A: 学生時代の話

サトコ

「別に子どもの時じゃなくて‥そうだ、学生時代とかどうでした?」

難波

学生の時もクリスマスくらいは家族と一緒だったな

そういやウチのお袋も、誕生日の次にごちそうを作ってくれてたよ

B: サンタの話

サトコ

「サンタさんとか、いくつまで信じてました?」

難波

サンタ?さあ‥

結構早く気付いたけど、家族サービスのために黙ってたんだよな

ウチのお袋も、誕生日の次にごちそうを作ってくれてたし、水を差すのもなと思って

C: 思いつけずに黙り込む

あれこれ考えるが、急に話題を変えるのもかえって不自然な気がして黙り込んだ。

難波

そういやウチのお袋も、誕生日の次にごちそうを作ってくれてたな

サトコ

「え‥?」

(室長‥家族の話‥)

難波

いつも和風な食卓が、この日ばっかりは洋風になって‥

それが妙に嬉しかった

室長の口調はあくまでも穏やかだ。

(室長もごく普通の家庭で、ちゃんと愛されて育ったんだな)

(それなのにどうして、家族はいないなんて言ったんだろう‥?)

(室長の家族に、一体何があったのかな‥)

詳しいことは分からないけれど、切なさが募った。

(愛されていたなら尚更、縁を絶つのはつらいことのはずだよね)

難波

でもウチはさすがに、鳥を丸焼きにしようっていう話にはならなかったな

いくらなんでも、10年以上前の日本でやるにはハードル高すぎだろ

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サトコ

「ですよね」

室長は屈託なく笑った。

その姿に、さっき感じも私の戸惑いも影を潜める。

(今までしたがらなかった家族の話をこんな風にするなんて)

(私に心を許してくれてるってことかな‥)

2人の関係がまた一歩進んだような気がして、嬉しくなった。

(室長のこの笑顔の裏にどんな真実が隠されているとしても)

(私だけは何があっても室長の傍にいよう‥)

(二度と室長が、一人になってしまわないように‥)

食事を終えた後は、いつも通りに2人で並んで洗い物を済ませた。

(クリスマスの飾りがなかったら、本当にいつものお家デートだな)

ふと思うが、そんないつも通りのデートをいつも以上に楽しんでいる自分がいる。

サトコ

「次は、ゲーム大会ですよ!」

難波

ゲームって‥そんなもんまで買ってきたのか?

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サトコ

「もちろんです。ジェジェンガに、オッセロもあります」

難波

よし、それじゃジェジェンガから行くか

サトコ

「倒したら罰ゲームですからね?」

難波

いいだろう

私たちはいそいそとブロックを積み上げ始めた。

(勝ったら、罰ゲームに何してもらおうかな)

ガラガラガラ‥ッ!

サトコ

「ええっ‥そんな‥」

あっという間の敗戦に、思わず唖然となった。

難波

それじゃ、罰ゲームを発表するぞ

(室長、何をさせるつもりだろう?)

ドキドキしながらチラリと上目遣いで室長を見た。

室長がニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。

難波

今日一日、俺のことをちゃんと名前で呼ぶように

サトコ

「はい‥仁さん‥」

難波

よし。それじゃ、もう一回戦行ってみるか

サトコ

「次こそは負けませんからね!」

ガラガラガラ‥

サトコ

「ウソ‥また‥?」

気合を入れて臨んだ割に、再びあっさりと負けてしまった。

難波

おいおい、もしかしてわざと負けてんのか?

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サトコ

「これでもかなり真剣なんですけど‥」

恨みがましい目を向けると、仁さんは余裕の笑みで頷いた。

難波

よし、分かった。ハンデ代わりに今回の罰ゲームは免除してやる

ついでにジェジェンガは苦手そうだから、オッセロに変えてみるか

サトコ

「そうしましょう!」

ところが‥‥‥

パチッパチッパチッ

あっという間に盤面は仁さんの黒石で埋め尽くされた。

サトコ

「つ、強い‥強すぎる‥」

難波

おかしいな‥これでも手加減してやったんだが‥

サトコ

「これでですか?」

(頭の出来が違い過ぎるってこと?)

難波

仕方がない。次の罰ゲームを発表するぞ

サトコ

「あの、もう一度だけチャンスを‥!」

難波

ダメダメ、さっきもオマケしてやったろ?

刑事に情けは無用だ

だいたい負けたら罰ゲームって言い出したのはお前だし

サトコ

「それはそうなんですが‥」

(うう‥余計なことを提案するんじゃなかった)

難波

というわけで、今回はキスをしてもらおう

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サトコ

「‥はい」

(こうやって宣言されてからっていうのも、変に緊張するな‥)

ドキドキしながら目を閉じるが、いくら待っても仁さんからのキスが落ちて来ない。

サトコ

「あの‥?」

難波

あのな、罰ゲームなんだから、お前からだろ?

サトコ

「え‥わ、私からですか!?」

(そんなの、恥ずかしすぎる‥!)

真っ赤になった私に、仁さんは嬉しそうに顔を寄せてきた。

難波

ほら

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照れながらもそっとキスをすると、仁さんの顔に満足げな笑みが広がった。

難波

よくできました

サトコ

「‥‥‥」

難波

言いだしっぺが負けるってよく言うけど、本当なんだな

サトコ

「次こそは勝ってみせます!」

難波

もうやめとけ、やめとけ。お前と俺じゃ、生きてきた年輪が違う

サトコ

「ゲームの勝敗に年輪なんて関係あります?」

難波

ん?ないか‥

サトコ

「もう、適当ですねぇ、本当に」

2人で顔を見合わせて笑いあった。

難波

お前といると、本当に笑いが絶えないな

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サトコ

「室長が変なことを言うからですよ」

冗談めかして言い返しながらも、室長の言葉が嬉しく心に染み渡る。

難波

おいおい、室長じゃなくて、仁さんだろ?

サトコ

「あ、仁さん‥」

難波

いいねぇ、その呼び方

そんな風に言われると、何でもしてやりたくなっちまうな

サトコ

「え~本当ですか?」

ちょっといたずらっぽく覗き込むと、仁さんは何かを振り払おうとでもするように、

慌てて頭を振った。

難波

‥いかん、いかん。室長としてのケジメが‥

サトコ

「そうやって都合の悪い時だけ室長になるんですね?」

難波

しょうがないだろ。俺にだって色んな葛藤があるんだよ

そろそろ、ケーキでも食うか

仁さんは照れを隠すように立ち上がると、キッチンに行ってしまった。

(こんな楽しそうな姿、見てるだけで嬉しくなるな‥)

仁さんはケーキを切り分けると、あっという間にペロリと平らげた。

難波

うん、うまかった

サトコ

「大成功でしたね」

頷きながら、仁さんはごそごそと紙包みを取り出す。

難波

これ‥クリスマスプレゼント

サトコ

「!‥ありがとうございます。開けてもいいですか?」

さっそく包みを開けると、中から出てきたのは綺麗なクリスタルのペアグラスだった。

サトコ

「わあ‥お揃いなんて、嬉しいです」

難波

そうか?なら、よかった‥

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私の反応に、仁さんはホッとしたような笑みを浮かべる。

そんな仁さんに、私もとっておきのプレゼントを差し出した。

サトコ

「それじゃ、今度は私から」

難波

これ‥俺にか?

サトコ

「開けてみてください!」

仁さんは大切そうに包みを開き、中から銀色のオイルライターを取り出した。

難波

おお、『JIN』って彫ってあるぞ

サトコ

「‥気に入ってもらえましたか?」

難波

もちろん。ありがとな

これなら、いつでも肌身離さず持っていられる

仁さんは嬉しそうに言いながら、ライターに火を点けた。

独特のオイルの香りが広がり、仁さんはその香りを楽しむようにそっと目を瞑る。

難波

うん、いいな‥

サトコ

「それじゃ、このグラスも早速‥」

グラスを箱から取り出すと、仁さんが思いついたように立ち上がった。

難波

このグラスで飲もうと思って買ってきた酒もあるんだ

注がれたのは、ちょっとピンクのお酒だった。

乾杯して互いにひとくち口に含み、そのままじっと見つめ合う。

難波

お揃いってどうかとも思ったが‥

結構いいもんだな。夫婦みたいで

サトコ

「なんかその発言、こたつで日本茶飲んでるみたいですよ?」

思わず笑いそうになりながら言うと、仁さんも笑った。

難波

それもそうか

こんなクリスマス一色の部屋で、窓の外には雪まで降ってるロマンチックナイトなのにな

おどけたように言いながら、仁さんはグラスを持ったまま窓辺へと近づいていった。

窓辺に並んで、ベランダの外の雪をジッと見つめる。

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サトコ

「思いがけず、ホワイトクリスマスになりましたね」

難波

お陰で計画台無しだけどな

サトコ

「でもこの雪のお陰で、こうしてずっと仁さんと2人きりで幸せでした」

仁さんは驚いたように私を見て、それから温かな笑みを浮かべた。

難波

俺も今日、しみじみ気づかされたよ

お前となら、普通の日常が一番幸せだって

サトコ

「仁さん‥」

仁さんは私を見つめたまま、ゆっくりと傍らのソファに沈み込んだ。

つられるように座り込んだ私の身体を、柔らかく仁さんが包み込む。

温かな体温が伝わってきて、私は目を閉じた。

唇に、そっと仁さんのキスが落ちてくる。

サトコ

「お酒の味‥」

軽く触れただけの唇から、さっきのお酒の香りが伝わってきた。

お酒のせいか仁さんのせいか、気持ちが少しフワッとなる。

サトコ

「酔っちゃいそうです‥」

難波

明日の予定は?

(明日は講義はお休みだし‥)

サトコ

「何もありません」

難波

‥それじゃ、一緒にもっと酔ってみようか

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大人の笑みを浮かべると、仁さんは私の手にグラスを握らせた。

ふたりで一緒に、ペアグラスに残ったピンクの液体を口に含む。

お酒の香りのする吐息が交じり合い、熱をはらんでいく。

雪の降る音さえ聞こえそうな静かな夜の中。

ふたりだけの聖夜が更けていった‥‥‥

【学校 廊下】

数日後。

年末を前にざわめきを増した学校の廊下で、久しぶりに室長とすれ違った。

サトコ

「お疲れ様です!」

難波

おお、ご苦労さん

クリスマスの夜の、ちょっとお酒の味のするキスを思い出し、思わず顔が赤くなる。

そんな私を見て、室長はニヤリと笑った。

難波

なんだ、まだ酔ってんのか?

<選択してください>

A: 酔ってません!

サトコ

「よ、酔ってません!」

(室長!よりによってこんなところでなんてことを‥)

難波

知ってるよ。そんなに力強く否定しなくても

B: 何のことでしょう

(室長!よりによってこんなところでなんてことを‥)

サトコ

「な、何のことでしょうか」

あくまでも真顔で言うと、室長は面白そうに吹き出した。

難波

冗談だよ

C: なんてことを‥!

サトコ

「な、なんてことを‥!」

慌てて周囲を見回した私を見て、室長は面白そうに噴き出した。

難波

やっぱり、ひよっこだな、お前は‥

室長は笑いながら数歩歩いて、思い直したように振り返った。

難波

そうだ、これ

差し出されたのは、クリスマス柄の入った封筒だった。

サトコ

「これ‥」

(もしかして、室長からの手紙!?)

難波

帰って読めよ

室長は表情を変えずにそれだけ言うと、そのまま歩いて行ってしまう。

(嬉しい‥!室長は絶対にこういうことしない人だと思ってたのに‥)

(室長はもう行っちゃったし、いいよね、ここでも)

我慢できずに、その場で封筒を開こうとした。

難波

おい、帰 っ て か ら 

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いつの間にか振り返っていた室長が、廊下の奥から小声で呼びかける。

その様子が少し恥ずかしそうで、なんとも言えず初々しい。

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(まだまだ知らない室長の顔がいっぱいあるな‥)

初めての手紙を胸に抱きしめて。

待ちきれない思いと共に、私は寮へ向けて走り出した。

Happy  End

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