カテゴリー

ハニートラップ 【東雲】

【デパート】

(か、買っちゃった‥!)

デパートを出た私はコスメブランドの紙袋を握りしめた。
中には新商品のグロスが入っている。

(『キスで見返せ』っていうCMのコピーがカッコイイんだよね)
(人気の色にしたし、これで間違いない‥はず!)

普段は化粧品をあまり買い足さない私が、なぜこんな物を購入したかというと‥

【東雲マンション リビング】

あれは教官の部屋で過ごした夜のこと。

サトコ
「教官‥」

抱き寄せられて目を閉じる。
柔らかな感触にうっとりと酔いしれ‥
‥る前に、教官は顔を離して私の唇を指で冷ややかになぞった。

東雲
‥また荒れてる

サトコ
「えっ」

東雲
もうちょっと手入れしたら?
キスして欲しいなら

サトコ
「すみません‥」

(でもそれはつまり、プルプルの唇ならもっとキッスしてもらえるということ‥)
(これは本気出して手入れしなきゃ‥!)

【デパート】

‥という次第で、デパートのコスメコーナーにやってきたのだった。

(このグロスは鳴子のオススメだし、目指せ、くちびる美人!)
(それで教官を見返して‥)
(じゃなかった、キスしたくなる唇になってドキドキさせてやるんだ)
(今回は天ぷら食べたって言われないようにナチュラルなのを選んだし、大丈夫‥だよね!?)

教官を甘い罠に掛けてやろうと、私は決心を新たにしたのだった。

【街】

数日後。
買ったばかりのグロスをつけてデートの待ち合わせ場所へと走る。
すると、見慣れた後ろ姿がもうそこにはあった。

サトコ
「教官!遅くなってすみません!」

東雲
謝る必要ないんじゃない
時間ピッタリだし

教官は私の唇に目を留めた。

東雲
何、その口

(うわ、気付くの早っ!)

サトコ
「これ、この間出たばかりの新色なんです」

東雲
また流行りに流されて‥

サトコ
「お、お気に召しませんか‥」

東雲
当たり前でしょ。キミに全然合ってないし、その色

サトコ
「え、でも」

(アドバイザーさんに選んでもらったんだけどな‥)

東雲
カモにされたんじゃない?店員に
オススメっていうのは、キミへのオススメってわけじゃなくて
ただ店がその商品を売りたいがためにそうやって言うこともあるでしょ
そもそも人にはパーソナルカラーってものがあって
更にその日の天候や服によっても似合う色が左右されるから‥

サトコ
「分かりました、分かりましたから!それ以上私より女子力高い発言は止めてくださいっ!」

(やっぱりそう簡単に上手くいかないか‥)

それにしたって、会った途端にダメ出しされるとは。

(『今日こそは!』って思ったんだけどなあ‥)

がっくり肩を落としたとき、街頭の大型ディスプレイから華やかなメロディーが流れ始めた。

『キスで見返せ スイート・トラップ』

東雲
もしかして、キミのグロスってあれ?

サトコ
「はい‥そうです」

東雲
ふーん‥
見返す、ね
この調子じゃ一生ムリじゃない?

(く、悔しい‥!でも言い返せない!)

【公園】

それでも一日を楽しく過ごし、
他愛のない話をしながら公園を通り過ぎた時だった。

ガササッ

サトコ
「!?」

茂みから飛び出した何かが足元をすり抜けて飛び上がる。
その瞬間、ぐっと教官が引き寄せてくれて‥

サトコ
「ぶっ」

勢い余った私は、顔が教官の胸に衝突する形になってしまった。

東雲
なんだ、猫か

サトコ
「‥教官‥あの‥」

東雲
‥すごく嫌な予感がするけど、何?

(うっ)

サトコ
「教官の服にグロス、付けちゃいました‥すみません‥!」

教官は呆れたように眉を寄せた。

東雲
‥別にいいよ
てか、もう落としちゃえば?ソレ

サトコ
「そ、そうですよね‥」

(私が慣れないことしたばっかりに‥)
(教官に褒めてもらいたくて、キッスしてもらいたくて)
(頑張ったつもりだったけど‥)

これでは完全に空回りだ。
それどころか服を汚すという害まで与えてしまっている。

(しかも見返すどころか、似合わないって言われちゃったし)
(家に帰ったらすぐ落として、もうあのグロスは封印しよう)
(そうだ‥せめて神棚にでも飾ろう、女子力の神として‥)

そんなとき、教官が私の手をぐっと引いた。

東雲
ほら、行くよ

サトコ
「えっ?」

状況が飲み込めないまま連れて行かれた先は‥

【東雲マンション 洗面所】

教官の部屋で洗面所を借り、以前置いて行ったクレンジングでグロスだけ落とす。

東雲
ついでにこの服も洗ってよ。言っとくけど手洗いね

石けんと教官の服を押し付けられ、空回りした不甲斐なさから半ばヤケクソで洗う。

(あれ、すぐ汚れが落ちた‥!アワマロってすごい!)

【リビング】

サトコ
「お、落としました‥」

東雲
服の汚れもちゃんと落ちた?

サトコ
「はい。あっ、洗った後はハンガーにかけてお風呂場に吊るしておきました」

東雲
おつかれ

ソファで雑誌を読んでいた教官が視線だけこちらに寄越した。

サトコ
「本当に大変な失礼を‥」

東雲
もういいから。座れば?

サトコ
「は、はい!」

教官の隣に座った私は、昼の教訓を活かして、ポーチから薬用リップを取り出した。

東雲
塗るの?貸して

手からリップを取り上げられて瞬きをする。

サトコ
「教官が使うんですか!?」

東雲
んなわけないでしょ

(ですよね!)

じゃあなんだろうと思っていたら、顎に手を添えられてドキッとする。
真剣な目でリップを唇に当てられ、さらに胸が高鳴ったのも束の間、
グリグリと強い力でリップを塗りつけられた。

サトコ
「あだだだ!痛い!強いです!」

東雲
痛くしてんの

(えっ、やっぱり服を汚した罰?)
(にしたってこれはちょっと塗りすぎじゃ‥)

東雲
あ、塗りすぎた

(やっぱり!)
(うう、口がべたべたする‥絶対わざとだ‥)

サトコ
「ちょっと洗ってきます‥」

口で押えて立ち上がろうとすると、腕を引かれて教官のほうへよろける。

サトコ
「え?」

顔が近づいたかと思ったら柔らかく唇を割られ、そのまま深く口づけられた。

サトコ
「ん‥っ」

(教官‥っ)

甘い感触と苦しい息に意識が揺れ、思わず胸元にしがみつく。
そんな私に、教官は覆いかぶさるようにしてさらに翻弄する。
逃げ出したいようなずっとこうしていたいような、長い時間の後。

東雲
‥‥

サトコ
「ふ‥っ」

ようやく解放された私は、ふらっと教官にもたれかかる。

(唇、食べられちゃうかと思った‥)

東雲
‥やっぱり塗りすぎたね

サトコ
「え‥んんっ」

もう一度唇が重なって、ゆっくりと追い詰められていく。

サトコ
「教官‥っ」

苦しさに開いた唇を、教官は焦らすようになぞる。

東雲
‥これで満足?
オレとキスしたくないなら、付けてもいいよ。あのグロス

教官は荒い息をこぼす私に目を据えたまま、唇をぬぐった親指をペロッと舐めた。

東雲
ほんと、いつになったら見返してくれるんだろうね

サトコ
「‥!」

甘い罠にかかるのは、いつだって私の方かもしれない。
だけど素直に負けを認めるのも悔しい。
軽く睨む私を見て、教官は愉快そうに笑った。

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする