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ふれない夜を過ごすとき 加賀2話

カレ目線

【ホテル】

某国の女スパイに情報を流しているという、ある思想団体の幹部を追ってラブホテルに入る。

今回初めて組んだ新人・アカネは、指示を待たずにテキパキと動き始めた。

アカネ

「盗聴器と妨害電波をチェックします!」

アカネはホテルの入口から部屋に入るまで、監視カメラの死角もすぐに見つけていた。

新人と組まされると聞き、“冗談じゃねぇ” と思ったものだが。

(予想より多少は使えるな‥)

現場での吸収力もそこそこ、こっちがなにも言わなくても勝手に動く。

石神

加賀、ターゲットは予測通りそちらに向かっている。しくじるなよ

加賀

当然だ。テメェこそ俺の足引っ張んじゃねぇ

アカネ

「加賀先輩、チェック完了しました。盗聴器・妨害電波、共にありません」

加賀

向こうの部屋には盗聴器を設置済みだ。動きがあるまで待機

アカネ

「了解です!」

(こういう連中がいつも同じホテルの同じ部屋を選ぶのは、一体どういう心理なんだ)

どうせ自分たちの行いがバレることはないと、高を括っているのだろうか。

(結局こうしてバレてるがな)

(そんなマヌケの分際でスパイに情報を流すとはいい度胸だ)

ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めてソファに座る。

(あとはターゲットが情報を吐くまで‥)

加賀

‥あ゛?

アカネはソファの近くに立ったまま、座ろうとしない。

加賀

いつまで突っ立ってんだ

アカネ

「えっ、もしかして座っていいんですか?」

(仕事は出来るくせに、変なところで指示待ちか)

(‥めんどくせぇ)

加賀

勝手にしろ

アカネ

「じゃあ、お言葉に甘えて‥」

アカネはボスッと俺の隣に座り、期待に満ちた目を向けてくる。

(何でだだっ広い部屋で、わざわざ隣に座ってくんだ‥)

加賀

近寄んな。向こうに座れ

アカネ

「勝手にしろ、と加賀先輩が言われましたので」

加賀

チッ‥何なら床に正座するか?

アカネ

「もう‥分かりましたよ」

渋々と向かい側に移動したアカネは、妙に俺を慕っている。

それは顔合わせの初日がすぐに分かった。

【公安課】

今回の合同捜査チームが編成された初日。

難波

お前のキャリアと実績なら、今回は新人と組んでもらうか

加賀

‥は?新人?

全体のバランスを取るためだと宥められ、引き合わされたのがアカネだった。

アカネ

「加賀先輩、よろしくお願いします!」

加賀

うるせぇ。そのキンキン声を何とかしろ

アカネ

「すみません、つい癖で‥あっ、私のことはアカネと呼んでください!」

(うぜぇ‥)

アカネ

「私、ずっとファンだったんです。先輩みたいな公安刑事になるのが目標で」

「そんな憧れの加賀先輩と組めるなんて、本当に光栄です!」

(だから何だってんだ。少し手加減しろとでも言うつもりか?)

(それなら尚更、ヘマしたら即切ってやる)

無視して背を向けると、背後から恍惚とした声が聞こえてきた。

アカネ

「ああっ、その冷酷な目‥シビれる‥!」

(‥何だコイツ)

加賀

二度とふざけた口きけねぇようにしてやる

アカネ

「暴言は脳内で愛のムチとして変換するので、もっともっと言ってください!!」

難波

お、相性よさそうで何よりだな~

‥頭が痛くなったのは、言うまでもなかった。

【ホテル】

あれから1週間。

俺がどれほど凄んでも、アカネはウザくなる一方だった。

アカネ

「私、加賀先輩と組めて本当に嬉しいんですよ」

「なので最近毎日テンションが上がりっぱなしで‥!!」

加賀

黙れ

下手に余計なことを言えば喜ばせるから、短い言葉で切って捨てる。

毎日こんな会話ばかりで、ハッキリ言って消耗する。

(仕事は多少デキるが、性格は相当難アリだな)

(俺の周りにこんなマゾはいらねぇ‥)

同じマゾでも、サトコとは全く違った。

(あいつは異常に隙だらけで、そのくせ俺のツボを的確に突いてくる)

(尻尾振ったり丸めたり、見てて飽きねぇ)

(‥あと)

(可愛げがある)

アカネ

「‥先輩‥?」

加賀

‥‥

アカネ

「あっ、また無視ですか!これで327回目の無視ですね!?」

アカネは度々ちょっかいを出してきては、勝手に反応に意味づけして喜ぶ。

(自給自足してる奴を罵ったところで、こっちが消耗するだけだ)

疲れた。

あいつの顔が見たい。

その気持ちは日に日に大きくなる一方だった。

(このヤマが終わったら、メシでも誘うか)

と、じりじりと近づいてくるアカネに気付いた。

加賀

寄るなっつっただろ、クズ

アカネ

「後輩と親交を深める気ゼロですか?」

加賀

それ以上こっちに来たら、永遠に “新人刑事” のままにしてやる

アカネ

「‥もう、先輩ってば冷たいな」

(テメェが暑苦しくて馴れ馴れしいだけだ)

舌打ちしたとき、盗聴器からターゲットの声が流れてきた。

加賀

来たか

アカネ

「はい。‥例の女も一緒ですね」

アカネは途端に切り替えて捜査に集中する。

(ったく、普段からそうしてろ)

【裏路地】

それから数日後のこと。

日に日に距離を詰めてくるアカネを追い払い、怒鳴りつけ、

時には引きはがしつつ取り組んだ事件が、ようやく一段落ついた。

(解決への手がかりを掴んだだけでも上々か)

(そもそもあんなヤツと組ませるなら、ドM対応の特別手当でも寄越せってんだ)

これでようやくサトコを呼びつけられる。

『1時間以内にウチに来い』

帰り道にメールを送ると、1分と経たずに返事が来た。

『すぐに行きます』

振っている尻尾が見えるような文面に口の端が緩む。

(アホ面を久しぶりに拝んでやるか)

【加賀マンション】

一足先に自宅に戻り、やって来たサトコを出迎える。

ガチャッ

サトコ

「加賀さん、お疲れさ‥」

最後まで言わせず壁に追い詰めて抱きしめる。

サトコは最初こそ抵抗したが、じきに背中に腕を回してきた。

(しばらく目ぇ離してたわりには、ちゃんと躾けたこと覚えてるじゃねぇか)

久々のサトコの匂いと温もりを全身で味わう。

ささくれ立っていた心が一気に落ち着いていくのが分かった。

(あー‥たまんねぇ)

サトコ

「‥おかえりなさい。捜査お疲れ様でした」

俺とは裏腹に、サトコはどこか元気がない。

(‥久しぶりに会えたってのに、辛気くせぇツラしやがって)

加賀

どうした

サトコ

「別に、何もないですよ」

そう言いつつ、俺の胸に額を押し付けてくる。

( “寂しかった” って顔に書いてあるだろうが)

(‥今夜はしっかり抱いてやるか)

加賀

先に風呂に行ってくる。適当に待ってろ

サトコ

「‥はい。ゆっくり温まってくださいね」

脱いだジャケットをぼすっとサトコの頭にかぶせてバスルームに向かった。

風呂に入り、サトコが作ってくれた夕飯を食べる。

ずっと口数の少なかったサトコは、片づけを終えると寝室に向かった。

【寝室】

サトコ

「ん‥」

久しぶりにサトコへキスを落とし、身体のラインをなぞるように撫でる。

誘うように、その細い腰に触れた瞬間。

サトコ

「あ、あの‥加賀さん」

加賀

あ‥?

サトコ

「今日は‥その‥ええと」

言いにくそうな様子から、拒んでいる理由にピンとくる。

(‥今日に限ってか)

そういうことなら無理強いはできない。

だが、頑なに目を合わせようとしない様子に、何かが引っかかった。

(‥‥嘘じゃねぇだろうが、何か隠してんな)

(‥萎えた)

加賀

‥寝るか

サトコ

「は、はい‥」

そう言うサトコは明らかにホッとしていて、そのくせどこか寂しそうだ。

ベッドの中でも少し距離を置こうとするサトコを、遠慮せず抱き寄せる。

サトコ

「‥‥っ」

加賀

不満か

サトコ

「いえ‥おやすみなさい」

ほんの少し力の入った身体は、やはり俺を拒んでいる気がする。

それが無性に腹が立った。

自分ばかりが、サトコを求めているような気がして。

(‥何をぐちゃぐちゃ考えてやがる)

これまでの自分なら、こっちから突き放すところだ。

‥だが。

(サトコが相手となると、1ミリ離れてるのも我慢ならねぇ‥)

身を捩るように腕の中で動くサトコを無理にも抱きしめて目を閉じる。

ようやくアカネを遠ざけられたと思ったら、今度はサトコに避けられるとは。

一番通じ合いたい相手に背を向けられる、長い夜が更けていった。

to  be  continued

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