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ふれない夜を過ごすとき 加賀4話

カレ目線

【住宅街】

長引いた捜査の帰り道。

ただでさえ疲れているというのに、しつこくアカネがつきまとってくる。

加賀

離れろ。近寄んな

アカネ

「こんなに冷たくされてるんですし」

「罪悪感からそろそろ一緒にご飯行ってくれてもいい頃ですよね?」

(だからテメェはなんでそんなに前向きなんだよ)

加賀

いい加減その口縫い付けんぞ

アカネ

「それも悪くない気が‥」

絡んでくる腕を振り払った瞬間、ふと焦げ臭い匂いを感じた気がした。

アカネ

「なんか‥妙に人通りが多くなってません?」

加賀

‥まさか

男性

「‥火事だーっ!」

加賀

‥!

アカネ

「確認取れました。既に通報はされているようですね」

(‥なら、俺らの出る幕じゃねぇ)

サトコ

「‥どいてください!通して!」

加賀

制止する男を振り切り、家の中に飛び込んで行ったのは‥確かにサトコだった。

(あいつが何でここに‥!)

加賀

‥サトコ!

アカネ

「先輩!?何するつもりですか!?」

アカネの声に構わずサトコを追う。

加賀

‥おいっ、バカ!

引き止めようと伸ばした腕は届かず、サトコの背中が炎の中に消える。

俺の声も聞こえなかったのか、一度も振り返らなかった。

アカネ

「ちょっと先輩、いま入って行った人はお知り合いなんですか!?」

母親

「健太‥健太ぁ‥!!」

その瞬間、サトコが向こう見ずにも飛び込んだのは中にいるガキを助けるためだと理解した。

加賀

チッ‥

頭から水をかぶり、濡らしたジャケットを頭にかぶる。

近所の家から飛び出してきた男が、水に浸したシーツを差し出した。

男性

「これを使いな。死ぬなよ!」

アカネ

「待ってください!」

受け取ろうと伸ばした腕をアカネが掴む。

アカネ

「まさか先輩まで入る気ですか?2人とも死にますよ!?」

加賀

死なせるかよ!

アカネの腕を振り切って炎に飛び込む。

加賀

‥っ

床すれすれの空気を吸いながら進んでいく。

加賀

‥どこだ!

サトコ

「‥加賀さん!?」

わずかな炎の隙間からサトコが姿を現す。

子どもを背負った姿に、一瞬だけ安堵する。

加賀

早くこっちに‥

その時だった。

ミシミシと音を立てながら、燃える梁がサトコの上に落ちてくる。

加賀

っ!!

子どもごと引き寄せて辛うじて避けた。

サトコ

「あ、ありが‥」

加賀

口閉じてガキをこっちに寄越せ

煙を吸わないようサトコを黙らせると、

子どもを濡れたシーツで包んで担ぎ、サトコと手をしっかり繋ぐ。

加賀

脱出するまで息止めてろ。いいな

サトコ

「‥!」

言いつけ通り黙ったまま頷くサトコの手をしっかり掴み、炎の中から脱出した。

男性

「‥2人とも出て来たぞ!子どもは!?」

母親

「‥健太!健太‥!」

健太

「お母さん‥」

野次馬の整理をしていたアカネが駆け寄ってくる。

アカネ

「‥良かった!お二人とも無事で‥」

加賀

無事に決まってんだろ。行くぞ

サトコ

「は、はいっ」

これ以上留まっていたら余計に目立つ。

サトコとアカネを連れ、さりげなくその場を離れた。

【病院】

アカネが運転する車で警察病院に辿り着く。

診察を終えた頃、性悪メガネから連絡が入った。

石神

火事は無事に消し止められた

一般人の前に身を晒すとは‥と言いたいところだが、今回は子どもの命に免じて大目に見てやる

加賀

ああ゛?偉そうな口叩いてんじゃねぇ

乱暴に通話を切りながらアカネを睨む。

加賀

アイツに連絡入れたのはテメェか?余計なことしやがって

アカネ

「何言ってるんですか、不測のトラブルがあれば報告するのは当たり前でしょ!」

加賀

新人の分際で説教すんな。舌縛るぞ

アカネ

「縛れるもんならどうぞ!?」

「大体、加賀先輩もあなたも、火事に飛び込むなんてバカなんですか!」

サトコ

「 “先輩” ‥?じゃあ、やっぱり‥」

アカネ

「警察庁警備局公安課に配属されました、新人刑事のアカネです」

「訓練生の氷川さんだよね?黒澤さんから噂をよく聞いてる」

「何でも加賀先輩のイビリを耐え抜いている、世にも稀なるドMだとか」

加賀

イビってねぇ

サトコ

「ドM‥」

反論したいのか、サトコは複雑そうな顔をしている。

アカネ

「‥加賀先輩直属の訓練生に意見するのは恐縮ですが」

「氷川さんはもうちょっと色々考えられるようにならないと」

「刑事になる前にあの世行きだよ!?」

ガミガミ怒鳴られて小さくなるサトコの肩を、ぐっと抱き寄せる。

加賀

こうして生きてんだからいいだろうが

アカネ

「生きてるからこそ怒ってるんですよ!死んだ人に説教しても何の意味も‥!」

加賀

うるせぇな‥

(コイツ、怒らせるとあの性悪メガネにそっくりじゃねぇか)

と、腕の中でサトコがもぞっと動いた。

サトコ

「‥加賀さん」

「助けに来てくださってありがとうございます‥」

「アカネさんにもご迷惑をおかけしました。でも、お二人のおかげで健太くんを助けられました‥」

加賀

‥‥

(バカだな、こいつも‥)

公安としての正義を多少覚えようが、根っこは変わりゃしねぇ。

加賀

躾け直しだな

俺に無断で死のうとするなんざ駄犬以下のクズだ

サトコ

「い、行きて帰るつもりでしたよ!?」

加賀

どの口が言ってんだ、あ゛ぁ?

サトコ

「もがっ!」

アカネ

「‥あのねぇ‥羨ま‥じゃなくて」

「二人の世界を楽しんでる場合ですか!」

バサッ!

サトコ

「あ‥落ちましたよ」

アカネ

「あ、ごめん。ありがと」

アカネの警察手帳を拾い上げたサトコが凍りつく。

サトコ

「『茜山』‥」

アカネ

「そうそう、そこからアカネ」

サトコ

「『駿介』‥‥‥?」

アカネ

「そうそう、シュンスケ」

サトコ

「お、おとっ、男‥!?」

俺とアカネを交互に見て、パクパクと口を開いては閉じる。

加賀

性別くらい見て分かれ

サトコ

「だ、だってこんなに可愛くて髪もツヤツヤで!分かるわけないですよ!」

アカネ

「可愛い?だよね?ありがと!」

「信じられないなら確認しとく?」

サトコ

「だだだ大丈夫です!」

「男‥」

「じゃ、じゃあ、あの日のラブホも‥そっか‥」

サトコは勝手に何か納得したように頷く。

(ずっとアカネを見て浮かねぇ顔してると思えば‥)

大方俺とアカネ‥女装した茜山が一緒にラブホに入ったところでも見たんだろう。

(あの夜、拒んだのはそれでか)

あの夜のことが腑に落ちたと同時に、アカネへの苛立ちが増してくる。

思わず横目で睨むと、アカネは身を捩らせて喜んだ。

アカネ

「ああっ、その目‥!」

「今夜は憧れの先輩が意外とヌルいって分かってガッカリだけど」

「それでも睨んでもらえて嬉しいです!」

加賀

テメェ‥

サトコ

「私、アカネさんだけはドMって言われるとモヤモヤします‥」

全てに得心がいったらしいサトコにアカネが笑顔ですり寄った。

アカネ

「そんなこと言わないで、ね?」

「今度一緒にヘアメイクの練習会とかしようよ」

サトコ

「あ、それいいですね。捜査にも役立ちそうだし」

加賀

‥チッ

おいグズ‥帰るぞ

サトコ

「は‥はいっ」

アカネ

「あっ、2人とも冷たい‥!!」

暗いロビーで悶えるアカネを放置し、サトコの腕を引いて家路についた。

【加賀マンション 寝室】

家に連れ帰った後も、サトコはまだ呆然としている。

サトコ

「あんなに可愛いのに男の人だなんて、一周回ってズルい気がしてきました‥」

「念のために聞いておきたいんですけど、加賀さんのジャケットについてたファンデーションは‥」

加賀

あいつのに決まってんだろ

公安刑事には女手が少ねぇ

あの見た目なら、それなりに使える

サトコ

「なるほど‥」

「あの女装は自発的に始めたんですか?それとも‥」

加賀

‥もういいだろ、他の男の話は

(いい加減、目の前にいる俺だけ見ろ)

顔を近づけると、サトコは焦った様子で押し戻そうとする。

サトコ

「話はまだ終わってな‥」

加賀

俺の話は終わった。これ以上付き合わせんな、クズ

サトコ

「で、でも!これはお互いの仕事に関わることで‥っ」

(‥つくづく面倒な女だな)

サトコの肩を引き寄せて耳に唇を近づける。

加賀

‥もう拒むな

サトコ

「‥!」

抵抗していた手がゆっくりと落ちる。

(どんな理由であれ、俺を拒むんじゃねぇ)

服を奪い、あらわになった肌を隅々まで可愛がる。

サトコ

「んんっ、そこは‥っ加賀さ‥」

加賀

うるせぇ。大人しく見せろ

どこにも怪我がないことを確かめてから、ふっと上半身を起こした。

サトコ

「かが、さん‥?」

加賀

‥‥

それまで頑なに抗っていたくせに、見つめるだけでサトコの顔がとろけていく。

(‥もっと)

(もっと俺を欲しがれ)

( “抱いてくれ” って縋ってみろ)

サトコ

「‥いっ」

加賀

 “い” ?

サトコ

「意地悪、しないでください‥」

加賀

いつ意地悪した?

素直に言えば、その通りにしてやる

サトコ

「‥‥」

加賀

言ってみろ。‥‥どうしてほしい?

眉を寄せたサトコの目が潤んだ。

サトコ

「‥だ‥」

「抱いて、ください‥」

(‥ふん)

ようやく従順になったサトコを組み敷く。

加賀

よく覚えとけ

テメェで間に合ってんだよ、女は

サトコ

「加賀さ‥あっ」

素直な啼き声と甘い肌に沈んで、相手を求めているのは俺だけじゃないと確かめる。

心も身体も満たされる程に、もっと攻めてやりたくなる。

(俺の女が泣くような真似、今さらする訳ねぇだろ)

ふるえる身体をしつこく翻弄しながら、心の中でそう呟く。

持てあます情熱をぶつける夜は、まだ始まったばかりだった。

Happy  End

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