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ふれない夜を過ごすとき 颯馬1話

【颯馬マンション 寝室】

週末の夜、颯馬さんの温かな腕に包まれて眠る。

(あぁ、ここが一番安らぐなぁ‥)

広い胸に頬を寄せ、そっと目を閉じる。

トクトクと規則正しい颯馬さんの鼓動が、耳に心地いい。

颯馬

ゆっくりおやすみ

柔らかな声と共に、優しく頭を撫でてくれる。

大きくしなやかな手の温もりが、心にまで沁みてくる。

(しあわせ‥)

しみじみと思いながら、つい先ほどのことを思い返す。

サトコ

「今日はとっても楽しかったです」

颯馬

久しぶりのデートでしたね

ベッドに入って微笑むと、颯馬さんも穏やかに微笑み返してくれた。

(こういう時間、本当に久しぶりだな‥)

それが嬉しくて、なんだかとても甘えたい気分になる。

(少しくらい、いいかな)

サトコ

「‥また2人でどこか行きたいです」

そう言いながら、そっと自分から抱きついた。

颯馬

もちろん、また行きましょう

優しさのこもった力でギュッと抱きしめ返され、そっとキスを落とされる。

キスは唇だけでなく、頬や耳、首筋から肩先と、あちこちに降り注ぐ。

(颯馬さん‥)

大切なものを愛おしむように、優しいキスをたくさん落としてくれた。

(意地悪だったり、翻弄したり、お仕置きだってされるけど)

(いつだって颯馬さんは大きな愛で私を包んでくれてる‥)

甘い時を振り返りながら、改めて思う。

(本当にしあわせだな)

そう実感できる喜びを噛みしめながら、いつしか深い眠りに落ちていった。

【資料室】

月曜日の放課後ー

(今日習ったところ、早速復習しておこう!)

週末のデートで充電できたおかげか、やる気満々で資料室へとやってきた。

するとそこには、千葉さんともう一人、同期の訓練生の岩田さんがいた。

千葉

「そうじゃなくて、車内では対象者の後方にいた方がいい」

岩田

「そっか、前にいたら振り返って相手を確認したくなるもんな‥」

千葉

「そう。それを避けるためにも、同じバスに乗り込んだら後方へ」

(尾行訓練のことかな?)

どうやら千葉さんが岩田さんに勉強を教えているらしい。

(邪魔しないようにしよう‥)

千葉

「氷川」

サトコ

「あ、お疲れさま」

そっと通り過ぎようとすると、千葉さんが気付いて声を掛けてきた。

岩田

「お前も勉強?」

サトコ

「うん、今日の講義の復習をしようと思って」

岩田

「こんな所で自習しなくても、お前は颯馬教官に個別指導してもらえるだろ」

サトコ

「え‥」

岩田

「同期の中でも、お前って特別恵まれてるよな」

(そんな風に思われてるんだ‥)

嫌味っぽく言われて驚いた。

同時に、大切なことにも改めて気づく。

(ダメだ、最近意識が薄れちゃってるけど‥)

(颯馬さんの補佐官であることはとても貴重なことなんだよね)

(講義外の時間に指導してもらえることも、他の人にはそうそうないことで‥)

改めて実感するも、やはり嫌味な言い方をされたことが引っかかる。

(私、颯馬さんに贔屓にされてると思われてるってことだよね‥)

千葉

「そうかな?」

「氷川だってただ指導してもらってるんじゃなくて」

「補佐官の本業の手伝いとか誰よりも率先して頑張ってるもんな」

(‥千葉さん)

サトコ

「うん、微力ながらも少しでも力になれるようにって心がけてはいるよ」

場の空気を和ませるようにフォローしてくれた千葉さんに、私は笑顔で応えた。

(でも、教官に贔屓にされてズルいっていう印象を持たれてるようじゃダメだ!)

それは、颯馬さんの評判を下げていることにもなる。

そんな印象を与えることで、同期を不快にさせていることもつらい。

(颯馬さんのためにも、自分のためにも)

(それに岩田さんのためにも、その印象を払拭させなきゃ‥!)

【教場】

金曜日ー

颯馬

氷川さん、この件については以前にも注意しましたよね

協力者獲得演習の時間、みんなの前で颯馬さんに怒られた。

協力者候補に金銭を渡す際、証拠写真としてその現場を隠し撮りすることを私は見送ったのだ。

サトコ

「確かに以前にも指摘された部分ですが」

「この段階での隠し撮りは相手の信頼を裏切る行為だと思い、見送った次第です」

颯馬

裏切る以前に、貴女はその信頼を利用するために動いているのではないのですか?

サトコ

「それは‥」

颯馬

変なところで “いい人気取り” は命取りになりますよ

淡々とした言葉が、グサリに胸に突き刺さる。

岩田さんをはじめ、同期の視線も痛い。

颯馬

協力者獲得の為に必要なことは、信頼を得ることだけではありません

いざという場面で相手が協力を拒んだ時の為に

大事な “ネタ” を握っておくことも大切なのです

(金銭を受け取った証拠を残しておけば “脅し” にも使えるってことだよね‥でも‥)

サトコ

「今はそのタイミングではないと判断しただけです」

颯馬

‥考えがまだ甘いようですね

ネタを押さえるのに抵抗がないというのならば

相手に見つからずして撮影する方法を工夫することもできたはず

無意識下で、どうしても裏切り行為に思えて実行できなかったのではありませんか?

サトコ

「‥‥‥」

颯馬

相手を思いやれることや正義感は長所ではありますが、紙一重で短所にもなるということを

これを機に改めて胸に刻んでください

サトコ

「‥はい」

もっともなことを言われ、反論のしようがなかった。

【寮 自室】

サトコ

「はぁ‥」

帰宅後、電気も点けずに膝を抱えてため息を漏らした。

(これまで色々と経験を積んで)

(公安という仕事への理解も深まっていたつもりだったけど‥まだまだ甘いんだな)

颯馬さんの言う通りであることを痛感し、落ち込みつつ反省をする。

サトコ

「もっとしっかりしなきゃ‥」

自分を鼓舞しようとするも、言葉に力が入らない。

再びため息がこぼれそうになったその時、暗い部屋で携帯が光を放った。

♪ ~ ♪♪

LIDEの着信を告げる音に、そっと携帯を手に取る。

『今ちょっと外に出られますか?』

(外‥?)

颯馬さんからのメールに、もしやと思ってカーテンを少し捲る。

サトコ

「颯馬さん‥!」

寮の前に、颯馬さんの車が停まっていた。

『今行きます』

その場で返事を打ちつつも、少し気が重い。

(合わせる顔がないけど‥今日のこと、ちゃんと謝ろう)

少し重い足取りのまま、部屋を出た。

【車】

サトコ

「‥颯馬教官、今日は本当に申し訳ありませんでした」

言われるままに車に乗り込んだ私は、まず最初に謝った。

颯馬

今はプライベートですよ。 “教官” はなしです、サトコ

あえて私を『サトコ』と呼び捨てにして、颯馬さんは柔らかに微笑む。

サトコ

「颯馬さん‥ごめんなさい」

もう一度言葉を和らげて謝ると、颯馬さんは何も言わずにただ優しく頭をぽんぽんとしてくれた。

颯馬

電気も点けずに一人反省会ですか

すべてお見通しという顔で微笑まれ、私は何も言い返せない。

颯馬

気持ちの切り替えも、公安刑事には必要な能力です

そう言って車のエンジンをかけると、颯馬さんは静かにアクセルを踏み込んだ。

ネオンが光る夜の街を、車はあてもなく走っていく。

颯馬

夜のドライブもいいものですね

サトコ

「‥はい。街がキラキラしていて綺麗です」

流れる風景を見ながら、徐々に気持ちが落ち着いてくる。

(颯馬さんのおかげだな‥)

教官として厳しい態度で叱ってくれもすれば、プライベートでは恋人として優しく励ましてくれる。

(こんな風に気分転換のドライブまでしてくれて)

自分のことで精いっぱいの私に対し、颯馬さんは全てを与えてくれる。

(私は颯馬さんに何も与えられてないどころか)

(贔屓されてるなんて言われて颯馬さんの株を下げてる‥)

その現実から目を背けることはできない。

(そういえば、前に『貴女は私がいると油断してしまう』って言われたっけ)

『信頼と甘えは別のもの』と言われたことを思い出し、今の自分を改めて振り返る。

(私、最近また颯馬さんの優しさに甘えてしまっていたのかも‥)

そう思いながら、そっと颯馬さんの横顔を見つめる。

颯馬

どうしました?

視線に気付いた颯馬さんが、前を見たまま微笑んだ。

私は、甘えた心を隠すように笑顔を作る。

サトコ

「夜のドライブって、やっぱりいいですね!」

颯馬

元気が出てきたようですね

安心したように微笑む颯馬さんに向かって心の中で誓う。

(私も颯馬さんに何かを与えられる存在になります‥)

その為にも、一旦颯馬さんに頼ることを控えてみようと決めた。

(学校でも、プライベートでも、独り立ちしなくちゃ)

(私は、一人前の公安刑事を目指してるんだから)

そして颯馬さんの名を汚さぬ候補生でありたいと、強く思った。

【剣道場】

翌日の土曜日ー

サトコ

「やーっ!」

付き合う前から日課になっている二人の朝稽古。

でも、今日は一人剣道場で汗を流す。

サトコ

「ふぅ‥」

防具を外し、剣道場の外で汗を拭っているとー

???

「はい」

横からスッとスポーツドリンクを差し出す手が伸びてきた。

千葉

「お疲れさま」

サトコ

「千葉さん?どうしたの、休日なのに」

千葉

「それはお互い様だろ」

サトコ

「‥そっか、そうだよね」

千葉

「もう1時間半はやってるぞ」

サトコ

「え‥本当だ!そんなに経ってたんだ‥」

千葉

「やっぱり気付いてなかったんだな」

千葉さんに笑われた瞬間、ふっと肩から力が抜けた。

(ちょっとがむしゃらにやりすぎてたかな‥)

もっと柔軟に効率よく取り組むべきだったと反省する。

同時に張りつめていた気持ちが程よくほぐれ、自然に笑みがこぼれた。

(こうやって鼓舞し合えるのって、同期ならではだよね)

千葉

「休日の朝から精が出るな」

サトコ

「この前岩田さんに言われたこと、その通りなところもあるから悔しくてさ」

千葉

「そっか‥偉いな、氷川は」

「氷川のそういう頑張り屋のところ、俺、好きだよ」

to  be  continued

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