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ふれない夜を過ごすとき 颯馬3話

【学校 廊下】

後藤

氷川、頑張ったな

後藤教官に返された先日の刑法の小テストは、満点だった。

後藤

颯馬教官にもいい報告ができるな

サトコ

「はい!」

思わず笑顔でテストを受け取ると、ふと視線を感じた。

岩田

「‥‥‥」

(うわ‥すっごい睨んでる)

岩田さんが、褒められた私をじっととした目で見ている。

(岩田さんはテストの結果よくなかったのかな‥)

千葉さんに勉強を教えてもらっていたりして、岩田さんも努力しているようだった。

でも、なかなか成果が出ていないらしい。

(次の査定で脱落しそうって噂を聞いたけど、大丈夫かな)

3ヶ月ごとに行われる査定で、前回もギリギリ生き延びたと聞いている。

(同期としてできれば一緒に合格したいけど、なんか敵意を持たれちゃってるんだよね‥)

査定で結果を残せなければ脱落という、シビアな公安学校。

応援したい気持ちはあるものの、どう接していいのか困る今日この頃だった。

【教場】

岩田

「氷川」

授業が終わって教場を出ようとすると、岩田さんに呼び止められた。

(また嫌味を言われるのかも‥)

警戒していると、岩田さんはなぜか照れ臭そうな顔をした。

岩田

「あのさ、今度の土曜にでも俺に勉強教えてくれないか」

(わ、私に勉強を‥?)

岩田

「休みの日にこんなこと頼むのも悪いとは思うんだけど、同期のよしみで頼むよ」

(土曜日は颯馬さんが帰って来る日だけど‥)

サトコ

「うん、夕方から用事があるけど、それまでなら大丈夫!」

敵意を持たれていると思っていただけに、頼ってもらえて嬉しい。

サトコ

「私で力になれるなら、喜んで協力するよ」

岩田

「じゃあ、土曜の午後に図書館で」

サトコ

「うん、わかった」

(よかった‥もしかして、認めてくれたのかも)

(颯馬さんの贔屓疑惑も払拭できるといいな‥!)

笑顔で立ち去る岩田さんを見送りながら、ホッと胸を撫で下ろした。

【図書館】

土曜日、約束の時間に図書館へ向かう。

サトコ

「あ、岩田さん!」

図書館近くの階段にその姿を見つけ、手を振りながら駆け寄った。

振り返った岩田さんの顔が、心なしか曇って見える。

(あれ、この前は笑顔だったのにどうしたんだろ‥)

岩田

「‥悪いな、休みなのに」

サトコ

「ううん」

岩田

「まあ、これくらいしてもらわないとこっちは割に合わないんだ」

「‥颯馬教官に贔屓にされてるだからな」

サトコ

「え‥」

岩田

「お前だけズルいだろ」

「なんで俺は‥っ」

サトコ

「‥っ!」

いきなり肩を掴まれそうになり、驚いて避けようとしたその時ー

千葉

「おい!」

岩田

「!?」

突然千葉さんが割って入り、驚いた岩田さんは咄嗟に千葉さんを払いのけた。

千葉

「っ‥!」

千葉さんの身体は大きくバランスを崩し、そのまま階段を転げ落ちていく。

サトコ

「千葉さん!」

慌てて駆け寄るも、千葉さんは頭部から血を流して意識を失っている。

サトコ

「救急車‥岩田さん、早く救急車呼んで!!」

応急処置をしながら叫ぶも、岩田さんは階段の上で蒼白になって固まっている。

サトコ

「岩田さん、早く!」

岩田

「お、俺は‥何もしてない‥」

呟いたと思ったら、岩田さんはそのまま逃げだした。

サトコ

「ちょ、待って!」

追いかけたくても千葉さんを放っておくわけにもいかず、見送るしかない。

サトコ

「千葉さん、聞こえる!?千葉さん!!」

必死に千葉さんに話しかけながら、私は急いで自分で救急車を呼んだ。

【病院】

(大事に至らなくて良かった‥)

千葉さんが搬送された病院の待合室で、ホッと胸を撫で下ろす。

(あまりに出血するからつい焦ったけど‥)

頭部は血流が多いから、少しの傷でも大量の血が出る。

そんな当たり前のことも冷静になればわかるものの、突然のことにやはり少し動揺してしまった。

縫合処置を終えた千葉さんは、今は病室で休んでいる。

(颯馬さんに連絡入れなきゃ)

もう約束の時間は過ぎていた。

でも、庇ってくれた千葉さんをこのまま一人にはできない。

(申し訳ないけど、今日はキャンセルさせてもらおう‥)

つい先日は勉強に熱中しすぎてLIDEをしばらく開かないなど、迷惑をかけっぱなしだ。

(でも緊急事態だし、仕方ないよね‥)

サトコ

「もしもし‥」

颯馬

電話を掛けると、颯馬さんの息を呑むような声が聞こえた。

(かなり待たせたし、心配かけちゃったな‥)

サトコ

「颯馬さん、ごめんなさい。今日行けなくなってしまって」

颯馬

何があったんですか?

優しく包み込むような颯馬さんの声に、張り詰めていた緊張がふっと解れた。

(‥話したいことは、たくさんあるけど)

(今はただ、早く颯馬さんに会いたい‥)

今すぐ飛んでいきたい気持ちになるものの、グッと堪える。

まずは事態の説明をしようとすると、後ろからぽんと肩を叩かれた。

千葉

「氷川ありがとな、一緒にいてくれて」

振り向くと、包帯を巻いた千葉さんが申し訳なさそうに微笑んでいた。

(ごめん、電話中)

声に出さずに携帯を指差して言うと、

気付いていなかったらしい千葉さんは『ゴメン』という顔をした。

サトコ

「あ、あの‥」

プツッ

(え‥?)

颯馬さんに続きを話そうとした瞬間、電話が切れてしまった。

慌てて携帯を見ると、画面が真っ黒になっている。

サトコ

「嘘‥」

千葉

「電池切れ?」

サトコ

「‥そうみたい」

(あとでかけ直さなきゃ)

そこへ看護師さんがやってきた。

看護師

「千葉さん、先生から説明がありますので病室にお戻りください」

千葉

「あ、はい」

「氷川はもういいよ。用事があるんだろ」

「待たせて悪かっ‥」

サトコ

「ううん、大丈夫。私も行くよ」

(あとで直接謝りに行こう‥颯馬さんならきっとわかってくれる)

そう思いながら、千葉さんに付き添って病室へ戻った。

【病室】

サトコ

「特に問題なさそうでよかった」

説明が終わって先生たちが出て行き、私はホッとして笑顔を見せた。

でも、千葉さんの表情は硬い。

千葉

「あのさ‥」

「氷川‥今回のことだけど、オレたちだけで留めておけないかな」

サトコ

「え?」

千葉

「大した怪我じゃなかったし、あいつも本当は悪いヤツじゃないんだ」

「ただ、切羽詰まってるだけで‥」

「だから‥黙っててやってほしい。勝手なこと言ってるって、分かってるけど」

(あいつって、岩田さんのことだよね‥?)

千葉

「代わりに謝らせてほしい、本当にごめん」

サトコ

「怪我した千葉さんが謝ることじゃないよ」

千葉

「いや、仲間なのにあいつがあんなに追い詰められて」

「氷川を妬んでるって気付けなかったことに、悪いと思ってる」

サトコ

「そんなこと‥」

千葉

「成果が出なくて余裕がない‥なんて、それが免罪符になるとも思ってない」

「時間はかかるかもしれないけど‥氷川にきちんとした形で謝らせるから」

岩田さんは、最近家族が病気で入院したこともあり、精神的にだいぶ不安定だったという。

千葉さんは公私において色々と相談に乗っていたらしい。

千葉

「‥次の査定で取り返すチャンス、奪ってやりたくないんだ」

「だから‥」

「この怪我に岩田は関与していない‥そういうことにしてほしい」

サトコ

「‥わかった、誰にも言わない」

私を庇ったうえに自分が怪我をしてまで岩田さんを思いやる千葉さんに、

そう答えずにはいられなかった。

(でも、本当にこれでいいのかな‥)

岩田さんへの同情の思いもあるし、千葉さんなりの優しさも理解はできる。

でもやはり、真実を隠すということに、何とも言えないモヤモヤとした気持ちが残った。

【颯馬マンション】

病院を出て急いで颯馬さんの家に向かうも、もう0時を過ぎていた。

直接謝りたくて、深夜にも関わらず押しかけてしまった。

サトコ

「今日は本当にすみませんでした」

事情を説明した私は、真摯に頭を下げた。

颯馬

色々と大変だったんですね。無事で何よりです

サトコ

「‥心配をかけてしまってごめんなさい」

柔らかで落ち着いた声を聞いた途端、心がホッとした。

颯馬さんの顔を見ただけで、つい先程まで感じていたモヤモヤがほんの少し和らいだ気がした。

颯馬

大事に至らなかったものの、千葉はなぜそのような怪我をしたのですか

(それは、誰にも言わないって約束したから‥)

サトコ

「図書館前の階段で足を踏み外してしまって、そのまま転げ落ちちゃったんです」

颯馬

‥そうでしたか。貴女がそばにいて迅速な対応を取れたことが幸いしましたね

サトコ

「同期の人たちと図書館で自習する予定だったので、私もその場に居合わせていて」

約束通り、岩田さんのことには一切触れなかった。

颯馬

大変でしたね。疲れたでしょう

お風呂で身体を温めて、今夜はうちで休んで行ってください

サトコ

「はい‥」

私の話を疑う様子も、ドタキャンを責めることもなく、颯馬さんは優しく微笑んだ。

【寝室】

お風呂を借りたあと、颯馬さんと一緒にベッドに入った。

颯馬

少しは疲れが取れましたか?

サトコ

「はい。お風呂でリラックスさせてもらいました」

そう答えるも、やはり起こってしまった事態の深刻さは変わらず心に圧し掛かっている。

(一緒にベッドに入って、いつもなら一番ホッとできる瞬間なんだけど‥)

嘘の説明をしてしまったことに、やはり胸が痛む。

同時に、そうすることが本当に岩田さんのためになるのかという疑念もちらつく。

(今夜は眠れそうにないな‥)

そんな私の気持ちを察するかのように、颯馬さんは何も言わずに頭を撫でてくれる。

その優しさが身に染みて、かえって辛くなる。

無理にでも寝ようと目を閉じた瞬間、颯馬さんの手が肩に触れた。

(このまま彼の優しさに包まれて全てを忘れたい‥)

そんな思いが一瞬頭を過るも、私はそっと身を離した。

(全ては贔屓の件から怒ったこと‥忘れるなんて許されない)

サトコ

「‥すみません。今日は‥」

「甘えてしまいそうなので」

颯馬

‥‥

少し驚いた様子で、颯馬さんはスッと手を引いた。

その手を所在なさげに軽く握りしめ、じっと私を見つめる颯馬さん。

颯馬

‥今日はゆっくり寝ましょうか

私の様子を察してやはり何も聞かず、気にしないようにと微笑んでくれた。

そのどこか切なさを含んだ眼差しに、胸が締め付けられる。

(わがままでごめんなさい‥)

(でも、今日は優しさに甘えられない)

自分に言い聞かせるように心の中で呟き、彼の優しさに応えるようにそっと微笑む。

サトコ

「はい‥おやすみなさい」

静かにそう言うと、私はそっと背中を向けた。

颯馬

‥おやすみ

背後からの柔らかな声を聞き留めて目を閉じる。

(心配してくれてるのに‥ごめんなさい)

(でも‥)

千葉さんに岩田さん、それぞれの心情を思うと胸が痛む。

そして、真実を隠すことの意味を、是非を改めて考える。

(私ばっかり楽になっちゃダメだ‥もっとちゃんと自分で考えなきゃ)

再び目を開けると、暗闇に慣れた目に颯馬さんの姿は映らない。

(背を向けて眠るなんて、初めてだな‥)

颯馬さんがいない側のシーツが、とても冷たく感じる夜だった。

to  be  continued

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