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逆転バレンタイン 加賀1話







【学校 廊下】

サトコ

「加賀くん!待って!」

いくら呼びかけてもさっさと歩いて行ってしまう加賀くんを、必死に追いかける。

それでも前を行くその人は、私を無視して歩き続けた。

サトコ

「もう!加賀くんってば‥わっ!?」

急ぎ過ぎたせいか、何もないところでつまずいて転びそうになる。

壁に手をついてなんとか体勢を立て直したけど、

それを見た加賀くんが、ようやく立ち止まってくれた。

(‥今つかまえないと、また逃げられる!)

咄嗟に走りだし、加賀くんの腕を掴んで引き止めた。

加賀

‥なんですか?

サトコ

「うわぁ、ものすごく嫌そうな顔‥」

「さっきから呼んでるのに、全然止まってくれないから!」

加賀

犬みたいにキャンキャン鳴いてましたね

サトコ

「犬!?キャンキャン!?」

(こ、これが教官に対する態度‥!?)

(いや、でも‥加賀くんには、専属補佐官としていつも助けてもらってるんだけど)

加賀くんのこうした態度は、今に始まったことではない。

この公安学校に入学してきた直後から、ずっとこの横柄な態度を貫いている。

(きっともう、生まれつきなんだろうな‥)

(成績が良くて実力もあるから、他の教官たちも何も言えないし)

加賀

で?

サトコ

「え?」

加賀

何の用ですか

サトコ

「あ、さっきお願いしたファイルの整理なんだけど」

「追加が出たから、それもお願いしようと思って‥まだ終わってないよね?」

加賀

とっくに終わって、教官室のデスクに置いておきましたよ

サトコ

「え!?もう!?」

加賀

あんなもん、10分もありゃできるでしょうが

サトコ

「いや、普通の人なら2時間はかかるよ‥!」

「さすが加賀くんだね。あんな複雑な資料整理を‥」

私の言葉を最後まで聞かず、加賀くんはこちらに背を向けてさっさと歩き出した。

サトコ

「もう!まだ話は終わってないのに!」

加賀

俺は待ちませんよ

サトコ

「え?」

加賀

教官が追いついて来てください

チラリと振り向き、加賀くんが口の端を持ち上げる。

不覚にも、そのしぐさと表情に小さく胸が鳴った。

(‥ち、違う、今のは違う!)

(別にドキドキしたり、ときめいたりしたわけじゃない!)

サトコ

「っていうか、何で私の方がついて行くの!?」

加賀

鈍くさいからでしょう

サトコ

「それはっ‥」

私の反論を聞く様子もなく、今度こそ加賀くんは廊下の向こうへと消えた。

結局、加賀くんとはいつもこんな感じになってしまう。

(‥やっぱり、嫌われてるのかな)

(加賀くんみたいにデキる人から見れば、私なんて頼りない教官だよね)

でもいつかきっと、打ち解けられる日が来るはずだ。

そう信じて、毎日を頑張るのだった。







【個別教官室】

数日後、個別教官室でこの間の試験の採点をしていた。

見事に満点を叩き出したのは、石神くんと‥加賀くん。

サトコ

「私が学生だった頃と、全然違う‥いつかふたりが上司になってたらどうしよう」

「あり得そうで怖い‥私も頑張ろう‥」

(加賀くんと石神くん、得意分野は違うけど、基本的にふたりともオールマイティーなんだよね)

(さすがだな‥いつも首位争いしてるけど、この試験、かなり難しかったのに)

でもそれだけに、お互い気に障るのか、顔を合わせるとよく言い争いをしている。

(確か、今日のお昼休みも‥)

【食堂】

加賀

テメェ‥もういっぺん言ってみろ

石神

記憶力が悪いのか?理解力がないのか?

何度も同じミスをするなと言っているだけだ。今日の実地訓練でも‥

加賀

ありゃ、テメェの配置ミスだろうが

石神

ならばなぜ、敵の目の前に人員を置いた?あれでは見方を見殺しにするようなものだ

加賀

目くらましにはちょうどいいだろうが。捨て駒は必要だ

(ああ、またやってる‥)

(やり方も考え方も違うから、お互い、どうしても目の上のタンコブなんだろうな)

でも、それだけ刑事という仕事に真剣な証拠だ。

正解が必ずしも一つとは限らないこの仕事で生きていくためには、

議論は欠かせないことだし、ここを卒業して刑事になってからも続けて欲しい。

石神

‥おい。なぜ野菜ばかり残す?

刑事を目指しているのなら、バランスのいい栄養を心がけろ

加賀

テメェに指図される覚えはねぇ

石神

お前はいつもそうだ。体調管理は、刑事の基本だろう

そういう態度が、捜査にも現れてくる

加賀

‥チッ

食堂に、加賀くんの盛大な舌打ちが響き渡る。

(‥仕事とは関係ないことで議論したりもするけど)

(まあ、意外と仲が良いってことなのかも)

そう自分を納得させて、おばちゃんに定食を頼んだ。







【個別教官室】

(毎回あんな感じだけど、ライバルがいるのはいいことだよね)

(さてと、採点も終わったし、このあとは‥)

加賀

失礼します

ノックと同時にドアが開き、加賀くんがファイルを持って現れた。

加賀

頼まれてたファイリング、終わりました

サトコ

「ありがとう。早いね」

加賀

こんなもんに時間をかけるなんざ、クズの仕事でしょう

(うっ‥それって遠回しに、私のこと言ってる‥!)

(それにしても、本当に仕事が早いな‥石神くんといい、今年は優秀な生徒が多いかも)

サトコ

「加賀くんって、私よりも要領いいよね」

加賀

教官が鈍くさいだけじゃないですか

サトコ

「ごもっともです‥」

「でも今から、加賀くんは絶対に欲しい、って声もいろんな部署から聞こえて来るし」

「卒業したら、きっと引っ張りだこだろうね」

加賀

‥‥‥

サトコ

「どうしたの?」

加賀

‥別に

いつものようにぶっきらぼうに、加賀くんが目を逸らす。

(教え子が成長するのは嬉しいけど、ここを巣立っていかれるのは寂しいな‥)

(特に加賀くんは、ずっと一緒にいたし‥なんだかんだ言って助けてくれることが多いし)

でも私も、加賀くんを頼ってばかりはいられない。

サトコ

「卒業したら、配属先の希望とかある?」

「加賀くんなら、きっと希望が通ると思うよ」

加賀

‥別に、どこでも

デキの悪い上司の下でなきゃ、わがままは言いませんよ

サトコ

「デキの悪い上司‥?」

加賀

それじゃ

ファイルを置いて、加賀くんが教官室を出て行く。

(‥もしかして、今の‥私のこと!?)

(鈍くさいとかデキが悪いとか‥その通りかもしれないけど、散々な言われよう!)

サトコ

「はあ‥いつか、加賀くんと心を通わせられる日が来るのかな‥」

「卒業までには、もう少しあの態度が緩和されますように‥」

そう願わずにはいられない私だった。







【食堂】

(それにしても、デキが悪い上司、か‥)

(確かに、加賀くんに比べたらもともとの出来が違うだろうけど‥!)

翌日、食堂で大盛定食を頼みながら、ため息がこぼれる。

おばちゃん

「あらあらサトコちゃん、どうしたの?疲れてるみたいね」

サトコ

「めちゃくちゃ成績のいい訓練生に、『デキが悪い』って言われました‥」

おばちゃん

「もしかして、加賀くんのこと?いいじゃないの、あんなイケメンが補佐官なんて!」

「ほら、これあげるから元気出して頑張って!」

大盛定食のトレイにおばちゃんが乗せてくれたのは、小さなチロリチョコ。

おばちゃん

「もうすぐバレンタインでしょ。イケメンにしか配らないんだけど、サトコちゃんは特別!」

「甘いものでも食べて、午後からも頑張りなさいよ」

サトコ

「ありがとうございます」

(バレンタインかあ‥もうそんな時期なんだ)

(悲しきかな、今年も渡す相手がいない‥)

加賀

教官が追いついてきてください

(‥って、なんでここで加賀くんが出て来るの!?)

(だいたい、うっかり加賀くんにチョコをあげた日には‥す、捨てられる!)

サトコ

「やっぱり今年も、恋愛には縁がないな‥」

肩を落としながら、チロリチョコをポケットに入れたのだった。







【個別教官室】

バレンタインも迫ってきた深夜、私はまだ教官室にいた。

(ようやくこれから、今日提出された課題を確認できる‥)

(刑事の仕事を終えてから教官の仕事‥二足のわらじってこんなに大変なんだな)

他の教官たちはすでに仕事を終えて帰宅しており、教官室には私しかいない。

(私って本当に、要領悪いな)

(みんな、休める時に休めって言ってくれるけど‥)

サトコ

「わかってるんだけど、なかなかタイミングが難しいんだよね」

「うう‥昨日もほぼ徹夜で張り込みしてたし、眠い‥」

課題を確認しながらも、油断するとカクンと身体が傾く。

(ダメだ‥5分だけで仮眠を取ろう)

(5分経ったら、課題を確認して‥明日の、講義の準備‥)

よほど疲れていたのか、あっという間に眠りの世界へと引きずり込まれそうになる。

でも、遠くでドアが開いた音がした気がして、なんとか意識をとどめた。

(誰か来た‥?もしかして、課題を遅れて提出しに来た子‥?)

(そこに置いて‥って、言わなきゃ‥)

加賀

‥寝てんのか

聞こえたのは、加賀くんの声だった。

どこか呆れたような響きが含まれていて、心の中で焦る。

(また、『デキが悪い』って言われる‥)

(私、加賀くんには‥そう、思われたくない‥)

でも、いくら目を開けようと頑張っても睡魔に勝てない。

そのうち、加賀くんがゆっくりと、こちらに歩いてくる気配がした。

加賀

‥‥‥

(今、起きるから‥だから‥)

微かに口を開けようとした瞬間、唇に柔らかいものが触れた。

その感触はすぐになくなり、加賀くんの気配とともに教官室から消える。

サトコ

「‥え?」

ようやく目が開いて、身体を起こす。

でも、すぐには今の状況を理解することができなかった。

(今の‥何?)

(‥キス?)

サトコ

「‥いやいやいや!あ、あり得ないでしょ‥!」

必死に首を振って、さっきの感触を振り払う。

でもいくら否定しても、唇には確かに、加賀くんからの熱が残っているのだった‥

to  be  continued


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