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逆転バレンタイン カレ目線 石神1話

【教官室】

石神

失礼します

放課後になり、課題を提出しに教官室を訪れた。

部屋を見回すも、氷川教官の姿はどこにもない。

(個別教官室か?)

そう思った、瞬間ーー

サトコ

「わっ!」

バサバサと何かが落ちる音と共に、氷川教官の声が上がる。

(書類を崩したようだな‥)

氷川教官の個別教官室はいつも書類が山積みで、酷い時には足の踏み場もないほどだった。

たまに片づけを手伝ってはいたが、最近は課題も多く、荒れる一方だ。

(‥いつか崩すと思ったんだ)

ため息をつきながら、個別教官室の扉をノックする。

【個別教官室】

石神

失礼します。課題を提出しに来ました

サトコ

「あっ‥」

石神

‥‥‥

教官室の扉を開けると、氷川教官が書類を拾い上げていた。

部屋の惨状はなかなかのもので、これを綺麗に片付けるにはかなりの時間を要するだろう。

(あいつの部屋も、かなり散らかっていたな‥)

俺の後輩である、とある人物の顔が思い浮かぶ。

石神

‥あなたは後藤ですか

サトコ

「えっ?後藤くん‥?」

石神

なんでもありません

息を吐くように言って、書類を拾い始める。

氷川教官は申し訳なさそうにしながら、手を動かした。

(こういうところがあるから、目が離せないのかもしれない)

実際、今までにも同じようなことが度々あった。

彼女の補佐官としては放っておけず、つい助けの手を貸してしまう。

(まあ、こうして手を貸すのは嫌ではない)

そして氷川教官は、持ち前の明るさと前向きさから生徒たちに人気があった。

そんな彼女に、俺は少なからず好感を抱いている。

(補佐官になって、彼女の力量は肌で感じた)

(仕事は出来る人だし、尊敬しているが‥)

サトコ

「あっ‥」

手が触れてしまい、氷川教官の顔がほんのり赤くなる。

サトコ

「っ‥」

顔を上げた氷川教官と、視線が絡む。

(‥そんな顔されると、どうすればいいのか分からなくなる)

きっと彼女は、俺に好意を寄せているだろう。

今までのことを思い返せば、そう受け取れる節が何度もあった。

サトコ

「あの‥」

石神

‥このくらいでセクハラなんて言いませんから、安心してください

サトコ

「え?」

ポカンとしている彼女を気にせず、集めた書類をデスクに置く。

そして持参した課題を、書類の隣に置いた。

石神

課題はこちらに置いておきますので、よろしくお願いします

それでは、失礼します

【廊下】

石神

‥‥‥

教官室を後にして、小さく息を吐く。

そっと胸に手を当てれば、その奥で疼いている何かを感じ取った。

(なんだ、これは‥?)

正体不明のその気持ちに、見てみないフリをする。

(余計なことを考えるくらいなら、訓練をするか)

俺は頭を切り替えて、射撃場に向かった。

【資料室】

数日後。

石神

‥ん?

レポートの参考資料を探すものの、目当てのモノがどこにもなかった。

賃借履歴をシステムで確認すると、最新欄に氷川教官の名前が書かれている。

(貸出期限が、数日ほど切れているな)

(まったく‥そもそも、机が汚いからだ)

あの部屋のどこかにはあるだろうが、探すのには骨が折れるだろう。

石神

仕方ない、か‥

ため息をこぼしながら、教官室へ向かった。

【個別教官室】

ハタキを持参して、個別教官室を訪れる。

石神

氷川教官にお借りしたい本があります

逮捕術の専門書ですが、資料室のシステムで確認をしたところ

氷川教官が一か月前に借りられていました

ここに来た経緯を説明すると、氷川教官はハッとした表情をする。

(やはり、忘れていたか‥)

サトコ

「ちょっと待って、この腐海のどこかにあるはずだから!」

慌てて探し始めるも、目当ての本はなかなか見つからない。

(こういう時は、闇雲に探しても意味がない)

石神

借りた日付が一か月前でしたので、階層が浅めのところでは?

サトコ

「か、階層‥?」

石神

そこの講義要綱あたりは、古すぎます

デスクの奥の‥ああ、そこです。ひとまず、その辺りを探してみてください

サトコ

「は、はい!」

俺の指示に従いながら、氷川教官は手を動かしていく。

(本を探すのも大事だが‥)

石神

このあたり、片付けてもいいですか

サトコ

「えっ?」

石神

機密事項などないですか?手伝うので指示をお願いします

サトコ

「‥訓練生に見せられないものはここにおいてないから大丈夫、ありがとう!」

教官が探している間、俺はデスク周りを片付け始める。

(こんなになるまで、何もしなかったとは‥)

(それだけ、忙しかったのか)

つい最近も警視庁に赴いたり、捜査に出る姿を何度か見かけた。

(今後は、許可をもらってこうなる前に掃除をして‥)

サトコ

「い、石神くん!」

石神

見つかりましたか?

サトコ

「まだ、だけど‥放課後までに、絶対に探しておくから‥!」

「やっぱり、手伝わせるのは悪いし!」

石神

しかし、この惨状では‥

サトコ

「いいから、いいから!ほら、午後の授業が始まっちゃうよ?」

石神

‥‥‥

時計を見ると、そろそろチャイムが鳴る時間だった。

石神

‥それもそうですね

俺はハタキを持ったまま、教官室を後にした。

【廊下】

(慌てていたな)

俺を送り出した氷川教官の様子を、思い返す。

(‥そういえば女性だったな、教官も)

もしかしたら、俺が片付けを始めたことに罪悪感や羞恥心があったのかもしれない。

(いくら汚かったとはいえ、不躾に手を掛けるべきではなかったか‥)

ほんの少し反省しかけるも、すぐに思い直す。

(そもそも、彼女のデスク周りが汚いのが問題だろう)

(俺は気にならないが、一般論としてあんなんじゃ嫁の貰い手に困‥)

石神

‥‥‥

そこまで考えて、はたと足を止める。

石神

‥何を考えているんだ

氷川教官は、公安の刑事として最前線で必死に頑張っている。

(その姿を、何度も見てきたというのに‥)

早く彼女に追いつきたい、隣に並びたいという気持ちが常にあった。

だから彼女は目指すべき刑事の先輩であり、

嫁の貰い手がどうとか干渉する対象ではないはずだった。

石神

‥気持ちが逸ったのかもしれないな

ポツリと呟き、再び歩みを進める。

心の中で彼女に申し訳ないと思いながら、今は自分に出来ることをしようと心に誓った。

【資料室】

放課後になり、資料室で課題を始める。

石神

‥‥‥

意識を集中させて黙々と進めていると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。

サトコ

「石神くん」

顔を上げると、そこには紙袋を抱えた氷川教官がいた。

サトコ

「本、持ってきたよ」

石神

わざわざ持ってきてくれたんですか?

(確かに、放課後は資料室にいるとは言ったが‥)

(わざわざ持って来てくれるなんて、律儀だな)

紙袋を受け取り、本が入っていることを確認する。

石神

ありがとうございます

サトコ

「ううん、私こそ待たせちゃってごめんね」

石神

いえ

サトコ

「‥‥‥」

氷川教官が、チラリと紙袋に視線を向けた。

(どうしたんだ?)

口を開きかけようとすると、後藤と東雲がこちらにやってくる。

後藤

氷川教官、お疲れ様です

サトコ

「!」

話しかけられ、氷川教官の肩がビクッと跳ねる。

そんな教官の様子を見つつ、東雲は俺の持つ紙袋に目を留めた。

東雲

あれー?

わざとらしく声を上げて、ニヤリと微笑む。

東雲

氷川教官、それチョコですか?

サトコ

「!」

(チョコ‥?)

ニヤニヤしている東雲に、ふと今日が2月14日であることを思い出す。

(そうか、今日はバレンタインだったか‥)

あまり行事というものに興味がないせいか、今の今まで忘れていた。

(そもそも、公安を目指す身としてバレンタインなどのイベント商戦に浮かれている場合ではない)

石神

そんなわけないだろう。バレンタインなんてくだらない

そんなことにうつつを抜かしている暇があるなら、訓練でもしていろ

東雲

ま、それもそうか

後藤

‥石神さんの言う通りですね。歩、行くぞ

東雲

はーい

東雲は後藤に連れられ、去っていった。

それから再び、課題を始める。

サトコ

「‥‥‥」

石神

‥‥‥

氷川教官は一定の距離を保ったまま、俺と紙袋を交互に見ていた。

時折何か言いたげにするも、すぐに口をつぐむ。

(どうしたんだ‥?)

心なしか焦っている様子を見せている彼女に、手を動かしながら思考を巡らせた。

(教官の様子がおかしくなったのは、東雲たちがやってきた後だな)

その上、さっきからチョコという言葉にいちいち反応を示しているようにも見える。

(まさか、な‥)

そう思いながらも、もし俺が考えていることが本当だったらーー。

(氷川教官を、傷つけてしまったかもしれない‥)

心の片隅で、罪悪感が芽生える。

石神

‥‥‥

サトコ

「!」

不意に顔を上げると、視界の片隅で彼女が一歩引く姿をとらえた。

氷川教官は資料を探しながら、こちらに意識を向けているようにも見える。

(こういうことは、本人に直接聞いてみるのが一番、か‥)

石神

‥氷川教官

疑問を確信に変えるためにも、俺は口火を切った。

to  be  continued

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