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逆転バレンタイン カレ目線 難波2話

【教官室】

成田

「これで結果が思わしくなかったら、その時こそ責任を取ってもらうからな!」

成田が捨て台詞を残して去っていくと、俺は心の中でホッとため息をついた。

(もっと長引くかと思ったが、こんくらいで助かった‥)

「なんとかなったな」と声を掛けようとして氷川教官を見ると、

目を潤ませてじっと涙を堪えている。

(おいおい、勘弁しろよ‥女が仕事で泣くのは反則だろ)

いつもならそのまま白けてしまうのに、なぜだか氷川教官の姿が胸に迫った。

(でもまあ、あれだけ頑張ってたのに全否定されちゃ、悔しくもなるよな‥)

なんとなく見ては悪い気がして、そのまま背を向ける。

サトコ

「難波さん、あの‥ありが‥」

背中越しに声がかかるが、そのまま聞こえないフリをしてドアを開けた。

難波

ちょっと一服してくるかな~

【屋上】

一人でタバコの煙を燻らせていると、自然と氷川教官のことが心に浮かんできた。

(いつもピヨピヨうるさくて、強がりではねっ返りだが、いつも誰よりも一生懸命なんだよな)

(あんだけ頑張られると、ついつい応援してやりたくなっちまう)

(次の考査で、なんとか成田の鼻を明かしてやりたいもんだ。あいつのためにも‥)

難波

アチッ!

短くなったタバコに指を焼かれて、ハッとなった。

(なんだ、俺‥どんだけ長いことアイツのことを考えてたんだ?)

(いくらなんでも気に掛け過ぎだろ)

我ながら、呆れて苦笑してしまう。

(こういうの、親心っていうのかねぇ‥)

(でも、親心にしては、なんかちょっと‥)

【教場】

翌日から。

難波

ふぁぁ~

サトコ

「‥‥‥」

氷川教官を目が合い、慌ててアクビを堪える。

(あ、やべ‥また氷川教官に見られた)

【屋上】

難波

お、ウチのクラスじゃねぇか

グラウンドを呑気に見ていると、またもや氷川教官とバッチリ目が合った。

難波

サトコ

「‥‥‥」

(なんか最近、アイツとやたら目が合わねぇか?)

(前よりも見られてるような気がするのは、まさか‥)

難波

なんてな。オッサンのうぬぼれとか、性質悪いねぇ

我ながら笑っちまうぞ‥

言いながら笑い飛ばそうとして、いまいち笑えない自分に気付く。

(一体どうしたんだ?なんか、調子狂っちまうな‥)

【個別教官室】

サトコ

「この度はお力をお貸し頂き、本当にありがとうござい‥」

難波

あ~固い、固い

考査の結果が出たその夜、氷川教官が俺を訪ねてきた。

担当クラスの訓練生たちのあまりの見事な結果に、俺もかなりご機嫌だ。

難波

ほら

準備しておいたチョコレートの箱を無造作に渡すと、

氷川教官は豆鉄砲を食らった鳩のような目になった。

サトコ

「‥これは?」

難波

ごほうびだ

頑張った氷川教官のために用意したのは、ちょっと高級なチョコレート。

(いつも安い板チョコで疲れを癒してたから、たまにはな)

難波

逆チョコってやつだ。流行ってんだろ?

サトコ

「そっか、今日、バレンタイン‥!」

愕然となる氷川教官の表情が楽しくて、俺は思わず心の中でほくそ笑む。

(こりゃ、作戦成功みたいだな)

難波

ほら、食え。激務の後は、糖分摂取しないとな

サトコ

「すみません!本当は私の方が用意しなきゃいけなかったのに‥」

難波

いいから、いいから

サトコ

「でも私、この機会にこれまでのお礼をって思ってたんです」

「それなのに、すっかり査定に気を取られて‥」

あまりの必死さがかわいくて、俺は思わず言ってしまった。

難波

そう言ってくれるなら‥お前の2時間、俺にもらえるか

【バー】

連れて来たのは、おしゃれなバー。

(さすがに女の子を連れていくのに、いつもの赤ちょうちんじゃな‥)

久しぶりの雰囲気だが、馴染のマスターの存在が緊張を解いてくれる、

難波

ところでチョコ、嫌いだったか?

席に着くなり聞くと、氷川教官はブンブンと首を振った。

サトコ

「いえ、とんでもない!」

難波

ならいいけど。さっきから全然食おうとしないから

サトコ

「そ、それは‥難波さんからもらったチョコなんて、レアすぎて食べられないというか‥」

難波

だったら、一緒に食わないか

サトコ

「いいですけど‥」

難波

マスター、チョコに合う酒お願い

酒を待つ間のしばしの沈黙。

サトコ

「そういえばずっと言えてなかったんですけど」

「先日は成田教官にあんな風に言ってくださってありがとうございました」

「難波さんは私の仕事、ちゃんと見てくれてたんだなって、すごく嬉しかったです」

氷川教官はちょっと照れた笑みを浮かべて俺を見る。

(ずいぶんと素直になっちゃって‥こういう一面もあるんだな)

(なかなか、かわいいじゃねぇか)

まっすぐなその瞳には、俺に対する信頼と好意が浮かんでいるように思えた。

そう思った途端、心臓が早鐘を打ち始める。

俺の心の中のドキドキを隠しつつチョコを手に取ると、そっと氷川教官の口元に近づけた、

難波

ほら

サトコ

「‥ん、おいひい‥!」

難波

うん、うまいな

サトコ

「私もちゃんと用意してたら、2種類楽しめたのに‥残念」

ますますかわいい一言に、理性が揺らぐ。

俺はもう、今しかないと決意した。

恋愛も捜査も、一番に重視すべきはタイミングだ。

難波

‥じゃあ、これで

氷川教官の手を取ると、俺は、チョコ味のキスを落とした。

サトコ

「な‥?」

驚きで身を硬くし、赤面する氷川教官。

満更悪くない反応に満足し、その頬にもう一度手を伸ばす‥‥‥

【難波マンション 寝室】

難波

‥ん?

(サトコ、どこだ?)

伸ばした手が空を切り、ハッとなって目が覚めた。

(なんだ、夢か‥)

ピンポーン!

鳴り響くインターホンの音に、フラフラと立ち上がる。

【リビング】

ガチャッ

難波

おお、氷川教官‥

サトコ

「氷川教官って‥なんですか、それ?」

ポカンとなりつつ笑うサトコが愛おしくて、思わずその場で抱きしめた。

サトコ

「し、室長?どうしたんですか?」

難波

んー?

(サトコが教官で、俺がそれを補佐する夢を見てたなんて言ったら、驚くだろうな)

サトコ

「もしかして、寝惚けてます?」

難波

今朝帰って、さっきまでちょっと仮眠してた

サトコ

「ちょっとって、もう夕方の5時ですけどね」

難波

え、もうそんな時間か‥

この歳で朝帰りはこたえるよな‥

ぼやいていたら、腹がグゥっと鳴り出した。

サトコ

「ふふっ、ご飯、すぐに作りますね」

難波

うん、やっぱりうまいな。サトコの手料理は

サトコ

「喜んでもらえてよかったです」

俺があっという間に料理を平らげると、サトコは袋からチョコと酒の箱を取り出した。

サトコ

「これ、室長に」

難波

おお、もしかしてバレンタインか~

サトコ

「チョコに合うお酒も探してきましたよ」

難波

嬉しいねぇ

やっぱり、せっかく男として生まれたからには、もらう方がいいよな

サトコ

「ん、もらう方って‥?」

難波

いやいや、こっちの話‥

笑って誤魔化しながら箱を開ける。

出ていたのは、カカオ含有率高めの本格チョコレートと辛口の日本酒だ。

難波

日本酒?ウィスキーとかじゃないのか?

サトコ

「それが、結構合うらしいんですよ。室長、日本酒好きだし、ちょうどいいかなって」

難波

へえ‥じゃあ、さっそく

二人で一緒に、チョコと日本酒を味わった。

口の中で、チョコの甘さと日本酒の辛さが交じり合い、心地よく溶けていく。

難波

うん、確かに合うかもな

サトコ

「本当に‥ビックリです」

難波

でも、あんまり無理しなくていいぞ

大して飲めないんだから、あとはチョコだけで食ったらどうだ?

サトコ

「でもせっかくだし、私も室長と同じ味を味わいたいんです」

そう言ってまた日本酒をちょっと口に含んだサトコの頬は、もう赤くなり始めている。

(気持ちは嬉しいが‥無理しちゃって‥)

そっと触れると、頬の火照りが一気に増した。

難波

もう酒、回ったか?

サトコ

「室長の意地悪‥」

思った通り、サトコは拗ねたようにちょっと睨みながらむくれている。

そういう表情がますますかわいくて、もっともっと意地悪したくなってしまう。

(悪い大人だよな、俺も‥)

(でも、もっともっと色んなサトコを見ていたいんだからしょうがない)

笑みの残る瞳でじっとサトコを見つめたまま、静かに唇を重ねた。

サトコ

「!」

難波

‥‥‥

最初は照れていたサトコも、二度、三度とキスを落とすうちに、

だんだんと自分から俺を求め始める。

そんなサトコが嬉しくて、俺も愛撫を止められなくなっていく‥‥

サトコ

「チョコの味‥」

キスをしながら、吐息と共にサトコが呟いた。

難波

普通にチョコを食うより、うまいだろ?

照れつつも頷くサトコを、ゆっくりとソファに横たえた。

(教官でも訓練生でも、結局俺は、コイツが堪らなく好きなんだよな‥)

サトコの細い身体を抱きしめながら、一人微笑む。

サトコへの自分の想いを改めて噛みしめながら、

二人でチョコレートの甘い香りの中に溺れていった。

Happy  End

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