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ふたりの卒業編 石神1話

【射撃場】

公安学校内にある射撃場は、これまでにない緊張感に包まれていた。

(これが最後の一発。これさえ命中させれば‥)

集中する私の頭に思い浮かんでくるのは、静かな石神さんの声。

石神

尾行にしろ射撃にしろ、一呼吸置くことを心掛けろ

右手はまっすぐ。腕を銃身だと思え

左手は添える程度だ

(卒業試験‥ここでしっかりと成長した姿を見せたい)

一呼吸置いてかしっかりと腕の角度を保ち、的に狙いを定めーーー

パンッ!

成田

「氷川サトコ、全弾命中!射撃試験、合格!」

サトコ

「ありがとうございます」

射撃用のヘッドフォンを外すと、鳴子と千葉さんが駆け寄ってくる。

千葉

「全弾命中なんてすごいな!」

鳴子

「教官だって全部命中させるの難しいっていうのに、サトコ、射撃の達人だね!」

サトコ

「今日は特別調子が良かったんだよ」

訓練生A

「とか言いながら、氷川どの項目もかなりの成績出してるよな?」

鳴子

「昔は射撃と尾行が苦手だったのに‥努力の賜物だよ」

訓練生B

「ほんと入学した頃は悪目立ちしてたのに、見間違えたな」

サトコ

「ちょっと、それ褒めてるのかけなしてるのかわかんないって!」

(最初はみんなにも迷惑かけちゃってたから、こうして評価してもらえるのって嬉しい‥)

(いや、もちろんここで気を抜いてる余裕は1ミリもないんだけど!)

認めてくれる声に緩みそうな顔を引き締める。

(裏口入学だったからこそ、卒業する時は誰にも文句言われないくらい優秀でいなくちゃ!)

石神

見事な腕だ

サトコ

「石神教官!ありがとうございます」

石神さんに声を掛けられ、結局頬は少しばかり緩んでしまった。

成田

「氷川がここまで化けるとは誰も思わなかっただろう」

「まあ、これも我々教官の指導の賜物だな」

石神

訓練生のカリキュラムはどの生徒も同じです。本人の努力でしょう

成田

「う‥ま、まあな」

「だが、これで卒業が決まるわけじゃない。気を抜くなよ、氷川」

サトコ

「はい」

(嫌味が多い成田教官にも、ついに認められたのかな)

(裏口入学を責め立てられた頃に比べれば、随分な変わりよう‥)

(これも成長できた証なんだって思えば感慨深いかも)

石神

これで残すところは筆記試験と最終の実地試験だけだな

サトコ

「そこが一番の難関なので頑張ります!」

石神

今のお前なら集中すれば問題ないと言いたいところだが‥

石神さんの瞳が真剣みを帯び、言葉が句切られる。

石神

補佐官としての任務もある。放課後、教官に来てくれ

サトコ

「はい!」

(卒業試験の真っ只中でも、刑事であることに変わりはない)

(ここを突破してこそ一人前の公安刑事‥頑張っていこう!)

【教官室】

放課後、言われた通りに教官室を訪れると、そこには石神さんと後藤教官、黒澤さんの姿があった。

サトコ

「お疲れ様です」

石神

来たか

黒澤

この雰囲気、いいですね~。サトコさんが石神班に配属されたみたいで!

<選択してください>

A: 本当にそうなったら嬉しいです

サトコ

「本当にそうなったら嬉しいです」

黒澤

オレもです!後藤さんもそうですよね?

後藤

まあ、氷川なら慣れている分、やりやすい部分はあるな

黒澤

ここで配属決めちゃいましょうよ、石神さん!

石神

その前に、無駄口ばかりのお前を班から外した方がいいんじゃないか?

黒澤

!‥し、静かにしまーす

B: 代わりに黒澤さんが外れたり‥

サトコ

「そうなったら、代わりに黒澤さんが外されたり‥」

後藤

あり得るな

黒澤

またまた~、そういう愛情の裏返しも好きですけどね

石神

静かにしろ

C: 配属先はまだわからないですよ

サトコ

「配属先はまだわからないですよ」

黒澤

黒澤さんが引っ張ってくれば、石神班になるんじゃないんですか?

石神

氷川の配属の前に、お前の異動を掛け合った方がよさそうだな

黒澤

石神さんって、サトコさん関係のことになると厳しいですよね~

わかりました!お口にチャック、チャック!

石神さんの鋭い視線を受けて、黒澤さんが大袈裟に両手で口を覆った。

(石神班か‥卒業後の配属先はまだ決まっていない)

(本当に石神班に行けたら‥)

どんな日々になるのだろうかと考えを膨らませていると、石神さんから書類を手渡された。

石神

これが今回、俺たちで担当する任務になる

サトコ

「A国大使の来日スケジュールと警護スケジュール‥」

石神

この資料にある事項を、この打ち合わせ中に頭に叩き込め

打ち合わせが終了次第、この資料は破棄する

(打ち合わせ終了後、すぐに廃棄‥それだけの極秘事項ってことなんだ)

黒澤

これ‥4ちゃんねるでテロ予告されてる件ですよね

サトコ

「テロ予告‥ですか?」

ざっと資料に目を通しながら、黒澤さんがいつもと変わらない口調でサラッと話し始める。

後藤

A国大使の殺害予告だったな

サトコ

「ここまで警戒するということは信憑性の高い話なんですか?」

石神

まだ完全に洗い出しきれていないが、ある左翼団体との関連が噂されている

こちらの情報が漏れていることを踏まえて、極秘に警護計画を変更することになった

サトコ

「この詳細が、この資料に‥」

石神

そういうことだ。現状では、これまで通りの警護計画で動いている者がほとんどだ

その中で限られた者だけが周囲には気づかれず、その任務を遂行することになる

後藤

警護担当は?

石神

桂木班だ

(桂木班といえば、あの一柳さんやそらさん)

(瑞貴さん、海司さんたちがいるSPチームの中でもトップクラスの班‥)

(その桂木班と石神さんたちが組むってころは、それだけ大きな事態なんだ)

黒澤

桂木班ならやりやすいですね

後藤

そうか?

黒澤

後藤さんと一柳さんなんて阿吽の呼吸ですし

サトコ

「噂は伺ってます!お二人の連係プレーは目にも留まらぬ早さだとか」

石神

期待に応えなければな、後藤

後藤

‥任務には全力を尽くします

石神

まずは大使館周辺の配置についてだ。現在の警護計画と変わっている点は‥

(この打ち合わせ中に全てを頭に入れて覚えないと‥!)

石神さんの話を聞きながら、資料を暗記するのは容易なことではない。

(でも、やるしかない‥!)

石神

字で覚えるよりも図として把握した方が早い

サトコ

「はい!」

任務の説明をしながらも助言をくれる石神さんは確かに私の教官でもあって。

(訓練生として石神さんに指導をしてもらえるのも、あと少し‥)

(何ひとつ無駄にすることのないようにしないと!)

【車内】

A国の大使が来日し、大使館で行われる晩餐会のため警備態勢が敷かれた。

大使の到着まで、あと数十分ーー私たちは大型車の中で最後の打ち合わせの真っ最中だ。

桂木

「4ちゃんねるでは依然としてA国大使の殺害を匂わせる書き込みが続いている」

海司

「犯人、特定できないんですか?」

石神

調べは進めているが、向こうも単独犯でない可能性が高い

今回、現場に姿を見せる実行犯は別にいると考えた方がいいだろう

そら

「書き込みしてる犯人を先に押さえられれば、こんなややこしい警備態勢敷く必要もないのにね」

石神

こちらも最善は尽くしている

瑞貴

「ほとんどの警備人員が変更前の警備計画で動くってところが肝ですよね」

「仲間に怪しまれることも許さねぇってことだ。お前らはそういうの得意だろうけどな」

後藤

考えがすぐに顔に出るお前らには難しいか?

「味方も信用出来ねぇ状況に慣れたくねーな」

黒澤

まあまあ‥

サトコ

「お二人とも‥」

険悪な視線を交わした二人に、私と黒澤さんが同時に間に入る。

サトコ

「そういえば私、桂木班以外のSPって、ほとんど見たことがないんですが‥」

「そりゃ光栄だな」

そら

「石神班と組むって話になると、断るチームが多いからじゃない?」

サトコ

「そ、そうなんですか?」

桂木

「公安と組まなければならない時は、それだけ事件が複雑化している場合が多いからな」

瑞貴

「関わるチームの方にも、それなりの力が必要というわけです」

海司

「そういうわけで桂木班が抜擢されるって聞けば納得だろ?」

サトコ

「はい!」

「とはいえ、公安をやたら敵視してる連中がいるのも確かだからな。油断はできねぇ」

黒澤

敵は外側ばかりではない‥ということですね

(限られた人数で完璧な警備をしなければいけない)

(私ももう一度会場周辺を確認した方がいいかも)

そう考え、車の窓から外に視線を投げると‥黒塗りの先導車が大使館の門をくぐるのが見えた。

サトコ

「今、先導車が‥開門まで、まだ時間があるはずじゃ‥!」

石神

桂木

「どういうことだ!」

車のドアを開けて石神さんと桂木さんが外に飛び出す。

【大使館】

石神

予定より10分早い

桂木

「今、確認する!」

私たちも急いであとを追うと、桂木さんがインカムに手を当てている。

桂木

「到着が早まったから、タイムスケジュールを繰り上げた?連絡もせずにか!?」

黒澤

不安は的中したようですね

サトコ

「え‥」

後藤

大方、警備の主導をとりたい警備課が独断で予定を変えたんだろう

サトコ

「そんな‥じゃあ、私たちの任務は‥!」

石神

落ち着け。今からでも立て直せる

「‥だといいがな」

石神

何?

「大使の車が到着した」

桂木・石神

「各自、所定の配置につけ!」

全員

「了解!」

石神さんの指示に従い、私は持ち場まで走る。

(始まりは想定外だったとしても、ここからカバーしていけば‥)

雨で足が滑らないように注意しながら駆けていると、

私の視界の隅に影が横切った。

(あの人‥?どうして、あんな所に人が‥あんな場所に警備以外の人がいるはずない!)

突然飛び出してきた男が、A国大使が乗る車に真っ直ぐに向かっていく。

その手には黒い塊が見え、私は急きょ方向転換をかけた。

「その車、止まれえぇぇ!!」

(あの男、発砲する気‥!?)

(‥でも、石神さんに指示を仰いでいる暇はない!)

男がA国大使の車に銃を向け、私の手も自分の拳銃に伸びる。

(走っても追いつけない!‥撃つしかない!)

(この距離なら‥!)

迷っている時間はなかった。

男が引き金を引くより早く、こちらが引かなければならない。

(集中して、脚を狙う‥!)

パンッ!

霧雨の中に発砲音が響く。

訓練の時とは違う空気の震わせ方に、私も一瞬息を呑んだ。

石神

氷川!?

インカム越しに石神さんの声が聞こえてくる。

「あはっ!?ははははははっ!」

サトコ

「撃たれたのに効いてない!?」

男は奇声を上げながら、今度はあらぬ方向へ走り始めた。

(とにかく男の確保を最優先にしないと!)

【橋】

サトコ

「こちら氷川。大使を狙った男を発砲し抑制」

「男の確保に向かいます!」

インカムで話しながら男を追いかけると、男は近くにある橋の上に飛び乗っていた。

サトコ

「止まりなさい!」

「ひゃはははっ!」

男は橋の上に立ち、周囲の音など全く耳に入っていない様子で笑い続けている。

(クスリでもやってるの!?でも、この高さから落ちたら‥)

橋から川までの高さはそれなりにあり、雨が降って流れも荒れていた。

(もう一度脚を撃つ!?いや、それは危険すぎる‥)

(後ろから男の身体に飛びつくしかない!)

全力で走り、男まであと数歩‥という時。

「ダーイブ!!」

サトコ

「!」

男は躊躇いもなく川の中へと飛び込んだ。

サトコ

「こんな川に飛び込んだら‥!脚だって撃たれてるのに!」

後藤

氷川!男はどうした!?

サトコ

「川の中に!左脚の太腿を撃っています!」

海司

「オレが救助に向かう!そらさん、瑞貴、バックアップを!」

そら

「了解!」

瑞貴

「海司さん、救命胴衣です!」

海司さんたちの連携は見事で、

濁流渦巻き氾濫する中から、あっという間に男の身体を引っ張ってくる。

引き上げられた男の顔は、まるで死んだように蒼白だった。

サトコ

「男は‥」

海司

「‥意識はない。脈も大分弱ってる」

そら

「救急車に乗せて!」

男が生死の境をさまよっていることは、すぐに分かった。

(私の判断が間違っていた‥?)

A国大使を狙った男とはいえ、その命を奪いかけているのだと思うと、その重みに頬が強張った。

後藤

氷川、任務に戻るぞ。他に犯人が潜んでいる可能性もある

サトコ

「は、い」

後藤教官に答える声は喉の奥に張り付いていた。

石神

氷川、大丈夫か

サトコ

「問題ありません。配置に戻ります」

(今はこの任務を遂行することだけに集中しないと‥!)

ともすれば取り乱しそうな気持ちを強引に抑えつけ、私は予定通りの任務をこなした。

【車内】

サトコ

「‥‥‥」

A国大使の車が狙われるという事件があったものの、未遂で済んだ。

容疑者は意識不明のまま搬送され、未だに意識は戻っていない。

サトコ

「‥‥‥」

予定通りの任務を終え、私は一足先に戻された車内で深い息を吐いた。

(あそこで発砲する以外の選択肢は本当になかった?)

(私が追い詰めなければ、男はあそこまで‥)

サトコ

「‥‥‥」

雨に濡れたせいだけでなく、手も足も異様に重い。

固まったまま動けずにいると、外で物音がした。

石神

しばらく二人にしてくれ

(石神さん‥)

車のドアが開き、石神さんだけが中に乗り込んでくる。

石神

そのままだと風邪を引く

隣に座った石神さんからタオルを手渡される。

サトコ

「‥ありがとうございます」

気が付けば濡れ髪から滴る雫が頬を濡らしていた。

頭からタオルをかぶり、それでも手が動かずにそのままでいると沈黙が降りる。

(何か話さないと‥)

<選択してください>

A: このまま黙っている

サトコ

「‥‥‥」

石神

‥‥‥

(ダメだ何を話していいのかわからない)

(取り繕うようなことを言っても石神さんには見透かされるだろうし)

B: 男の容態を聞く

サトコ

「‥男の容態に何か変化はありましたか?」

石神

いや、連絡は入っていない

サトコ

「そう、ですか」

(悪い連絡もないってことか‥)

C: 任務完了を労う

サトコ

「‥お疲れ様でした」

石神

ああ

サトコ

「‥‥‥」

石神

‥‥‥

(この任務、無事に終わってよかったって思っていいのかな)

雨は降り続いていて、車の屋根に打ちつける雨音がやけに大きく響く。

石神

‥‥‥

石神さんの手が伸びて来たかと思うと、私の髪を拭いてくれた。

そしていつの間にか座席に落ちていた毛布を肩にかけ直してくれる。

サトコ

「石神さん‥」

石神

適切な判断だった

サトコ

「‥‥‥」

石神

想定外の出来事は、現場にはつきものだからな

サトコ

「‥はい」

(きっと石神さんには私の悩みも何もかもわかってる)

(それで、今の言葉を‥)

石神さんに肯定されることは、わずかに私の心を落ち着かせてくれたけれど。

それだけで全てが拭えるわけもなく‥私の心は降りしきる雨と同様に重いままだった。

to  be  continued

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