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ふたりの卒業編 石神4話

【動物園】

久しぶりの休日。

家に籠り、じっくり自分自身と向き合うはずがーー

サトコ

「わ、サイって大きい!」

石神

インドサイは陸上ではゾウに次ぐ巨大動物だ

この身体からヨロイサイと呼ばれることもある

サトコ

「ヨロイサイ‥確かに装甲車みたいな身体ですね」

(石神さんが動物園に連れて来てくれるとは思わなかったな)

石神

サイに関する有名な言葉を知ってるか?

サトコ

「え、サイに関する有名な言葉?何かありましたっけ?」

突然のサイクイズに私は答えに詰まる。

石神

『サイの角のようにただ独り進め』‥

仏教の経典『スッタニパータ』に出てくるブッダの言葉だ

サトコ

「ブッダの言葉‥!それって、どういう意味なんですか?」

石神

簡単に説明をすると、孤独でも頑張って修行をしろ‥ということだ

(孤独でも頑張って修行する‥何だか、私の私にピッタリの言葉‥)

(もしかして、それを伝えるために動物園にまで連れて来てくれたんじゃ‥!?)

(‥って、考え過ぎ?)

ものすごく遠回しだけれど、石神さんなら充分考えられる。

石神

インドサイの一本の角や単独行動するという生態が比喩の対象になったと言われている

まあ、もっと知りたければ、今度『スッタニパータ』を貸してやろう

サトコ

「は、はい。ぜひ!」

石神

‥次はどこに行く?

サトコ

「そうですね‥」

石神さんと一緒に園内マップを広げると、互いの距離が縮まる。

石神

来たからには、すべて見て帰るつもりなんだろう?

サトコ

「え?」

石神

顔が遠足に来ている子どもたちと同じだ

サトコ

「もう、また子ども扱いするんですから‥」

石神

なら、時間がかかる “ふれあいコーナー” には行かなくていいか

サトコ

「 “ふれあいコーナー” !?そこは先に押さえるべき場所ですよ!」

石神

ふっ、わかった。まずは、ここから‥だな

(あ、つい‥こういうこと言うから、子ども扱いされるのかも‥)

顔を赤くした私の手を引いて、石神さんが “ふれあいコーナー” に向かって歩き始めた。

【ふれあいコーナー】

サトコ

「‥石神さんだけズルいです」

石神

俺は何もしていない

形だけ唇を尖らせながらも、私の頬は完全に緩みかけていた。

というのも‥

(※クリックで拡大)

(まさか石神さんがウサギまみれになるなんて‥!)

石神

いったい、このウサギは俺を何と勘違いしてるんだ?

サトコ

「普通に懐いているだけじゃないですか?動物は人の本質を見抜くって言いますし」

「石神さんの優しさに惹かれてるのかも」

石神

口でそれらしいことを言いながら、カメラを向けるのをやめろ

サトコ

「待ち受けにしようかなと‥」

石神

‥‥‥

次々と集まってくるウサギに諦めたのか、石神さんは小さくため息を吐く。

そして次の瞬間、私の手首を掴んでぐっと引っ張った。

サトコ

「わっ‥石神さん!?」

石神

ふれあいコーナーなんだから、お前も触れ合え

石神さんの腕の中に倒れ込むような態勢になると、私の上にもウサギが乗ってくる。

(石神さんと二人でウサギに囲まれるなんて‥)

日頃の公安刑事としての顔を思えば考えられない状況に、私は小さく微笑んだ。

動物園の半分くらいを回ったところで、私たちは園の目玉になっているパンダ舎の前に来た。

サトコ

「少し並んだけど、いよいよ見られますね!」

石神

パンダを見るために並ぶことになるとはな

サトコ

「双子の赤ちゃんがいるからだと思いますよ。あ、見えてきた!」

列が進み、ついにパンダの双子が見られる場所に着いた。

サトコ

「可愛い!コロコロしてて‥わ、転がった!」

石神

ぬいぐるみのようだな

サトコ

「この子たちの名前、この間決まったばかりみたいですよ」

「ええと、 “ガミガミ” に “ヒョンヒョン” ‥?」

石神

‥‥‥

(何だか石神さんと加賀教官みたい!?)

石神さんの沈黙からも、彼が同様のことを思っているのがわかる。

石神

「ガミガミとヒョンヒョン、どちらが可愛い?

サトコ

「えっ!」

(こ、ここでその質問を投げてくる!?)

<選択してください>

A: ガミガミが可愛い

(パンダの顔の違いって、あんまりわからないけど‥)

サトコ

「ガミガミの方が可愛いんじゃないですかね?何となく‥」

石神

ガミガミの方が知性溢れる顔をしているな

B: ヒョンヒョンはかっこいい

(冗談で言ってるんだよね?なら、ここは冗談で返した方が‥)

サトコ

「ヒョンヒョンはかっこいいですね」

石神

‥‥‥

サトコ

「や、やっぱりガミガミの方が可愛いかな~」

石神

パンダの個体差は人間には分かりづらいな

サトコ

「で、ですよね!」

C: 双子だから顔は同じ

(無難な答えは‥)

サトコ

「双子だから、顔は同じじゃないですか?」

石神

このパンダは一卵性か‥確かにその個体差を見分けるのは素人には難しそうだな

人間の視線を気にしているのかしていないのか、双子のパンダはじゃれ合って遊び始めた。

サトコ

「そういえば、パンダってよく双子で生まれますよね」

石神

古くはクマの仲間だからな。しかし、自然では双子の片方しか育てないことが多い

その点、動物園では安心だ

サトコ

「こんなに似てて可愛いのに、どちらかしか育てられないんじゃ可哀想ですよね」

「そういえばパンダにも一卵性とか二卵性とかあるんでしょうか?」

石神

さあな‥ただ人間の一卵性の双子は声の周波数まで似ているらしい

パンダにも当てはまるのかどうかは、わからないが

サトコ

「へぇ、そうなんですね」

「私、一卵性の双子の知り合いっていないんですけど、石神さんは‥」

石神

列が伸びてきた。そろそろ行こう

サトコ

「あ、はい!」

混んできたこともあり、私たちはパンダ舎をあとにした。

【カフェ】

パンダ舎を出たあと、私たちは園内のカフェで休憩していた。

(次はどこを回ろうかな。効率のいい周り方を考えると‥)

石神

泉河に会ったそうだな

サトコ

「はい。‥って、え、あの‥っ」

ホットコーヒーを飲みながらサラッと切り出された会話に、私は言葉を詰まらせてしまった。

(いきなり、ここで泉河さんの話!?)

サトコ

「ええと、その‥」

<選択してください>

A: 知らないフリをする

(勝手に面会したって知られたら怒られるかも!)

サトコ

「な、何の話ですか?」

石神

隠せると思っているのか

サトコ

「う‥無理ですよね‥」

石神さんの鋭い視線に観念する。

サトコ

「勝手なことして、すみませんでした」

「きちんと報告しようとは思っていたんですけど‥っ」

B: 素直に認める

(石神さん相手に隠せるわけないよね‥)

サトコ

「ちょっと用事があってあとできちんと報告しようとは思ってたんです!」

「ただ、何となく機会を逸していて‥」

C: 動物の話に逸らせる

(ど、どうしよう‥報告はするつもりだったけど‥っ)

サトコ

「そ、それより動物園に来てるんですから、動物の話をしませんか?」

石神

人間も動物だ

サトコ

「う‥」

(これは誤魔化せない‥)

サトコ

「ちゃんとあとで報告しようとは思ってたんです!ただ、機会がつかめなくて‥っ」

心の準備ができておらず、しどろもどろな私に対して石神さんは冷静なままだ。

石神

面接でのことも聞いている

泉河に会った理由は大方、公安刑事を目指した理由でも聞いたといったところか?

(石神さんには全部見透かされてるみたい‥)

サトコ

「‥はい」

石神

あいつは何と答えた?

サトコ

「泉河さんは‥」

石神さんに問われ、私は泉河さんと面会した時のことを思い出す。

【拘置所】

泉河さんは脚を組み直すと‥過去に思いを馳せるように、その目を閉じた。

泉河

「俺が公安刑事になった理由は、地位だよ、地位」

「試験に落とされてからは石神に対する意地でしかなかったけどな」

泉河さんから語られる理由は模範回答でない分、納得のいくものだった。

泉河

「公安に入って、本当に国を守りたいなんて思ってるヤツが何人いるかって話だ」

「金と地位と名誉‥それが目的な連中が実際ほとんどだろ」

(そうなのかな‥少なくとも教官たちは、そんな風に見えないけど)

けれど、それが目的の人がいるだろうことも真実だった。

【カフェ】

サトコ

「地位のため‥だと」

「落とされてからは、石神さんへの対抗心からだと言っていました」

石神

だろうな。犯罪を未然に防ぎ、日本を守ることこそが公安の目的だ

その適性が泉河にはなかった。その答えを聞けば言わずもがなの話だ

(‥国を守る覚悟が決まっていなければ、もちろん公安刑事になれないってこと、だよね)

サトコ

「なら、私にも適性なんてないかもしれませんね‥」

石神

何か言ったか?

サトコ

「‥いえ。何でもありません」

首を振ると、私はコーヒーについていたパンダクッキーを口に運んで笑う。

(腐った言い方、聞かれなくてよかった。公安は国を守る‥それは当然のこと)

(私だって、これまで公安刑事の仕事にやり甲斐は感じていた。でも‥)

石神

このパンダクッキー‥土産に買って帰るか

サトコ

「はい」

パンダクッキーを見つめる石神さんを私は見つめる。

(私はもともと刑事課の刑事を希望していた。それが今、公安で頑張りたいと思うのは‥)

尊敬する石神さんに認めてもらいたいーーーそれが一番の動機かもしれなかった。

【寮 自室】

動物園から帰ってくると、随分と久しぶりに長野時代の上司・富岡部長から電話があった。

上司

『そろそろ卒業が決まった頃かと思ってな』

サトコ

「今、卒業試験の真っ只中です」

上司

『そうか~。卒業できそうか?』

サトコ

「このまま上手くいけば、何とか‥」

(そう、上手くいけば‥)

ASDで躓いていることは話せず、私は言葉を濁した。

上司

『いや~、氷川の夢を応援したい一心で履歴書を盛りに盛りまくってしまったが‥』

『無事に氷川が卒業してくれれば、その甲斐もあったってことだ!』

サトコ

「苦労しましたよ。最初は‥」

(大変だったよね‥知らなかったとはいえ、裏口になっちゃって)

(でも入学したからにはやり遂げたいと思って頑張ってきたんだっけ)

サトコ

「‥‥‥」

上司

『氷川?どうした』

サトコ

「いえ、無事に卒業できるように頑張ります!」

電話を切って、私はその場に座り込んで天井を見上げた。

サトコ

「ここまで頑張ってきたんだ‥もう少し、頑張りたい‥」

進路の答えは出なくても。

もう少し頑張りたいーーーそれは揺るぎのない本心だった。

【射撃場】

それから数週間後。

通院を続けながら自主練も続けていると、やっと震えずに銃を持てるようになってきた。

サトコ

「はっ‥はあっ‥」

(すごい汗かいてる‥)

訓練が終わる頃には、これまで以上に疲労困憊になる日々が続いていた。

サトコ

「でも、あの少しで戻れるかもしれない。‥いたっ」

不意に手に痛みを感じて視線を落とすと、手の甲にあった傷は増え血が滲んでいた。

(いつの間に‥そういえば莉子さんからもらったクリームも全然塗ってなかった‥)

石神

手を貸せ

サトコ

「え?」

突然後ろから降ってきた声に振り返ると、そこには石神さんが立っていた。

サトコ

「石神さん!いつから、そこにいたんですか?」

石神

その前に手当てが先だ

私の前に屈んだ石神さんが手を取って手当てをしてくれる。

石神

この手の傷は油断していると化膿して治りづらくなる。甘く見ない方がいい

サトコ

「‥はい」

石神さんの長い指が傷口を消毒して絆創膏を貼ってくれる。

伝わってくる温もりにドクドクと早まっていた鼓動が落ち着いてくるのがわかる。

石神

卒業試験の最終課題が決まった

サトコ

「最終課題は実地試験‥ですよね」

石神

ああ。先日狙われたA国大使に再び殺害予告が出た

サトコ

「!‥犯人に関する情報は‥」

石神

‥藤田海斗を覚えているか?

石神さんの口から藤田の名前が出て、ドキッとする。

(藤田はかつての石神さんの協力者の息子で、石神さんを恨んでいた人)

(石川前長官を誘拐したことで、今は拘置所に入ってるはず)

サトコ

「はい。その藤田が何か‥」

石神

今回のA国大使襲撃事件の裏には

藤田の双子の兄である藤田陸斗の存在が確認されている

サトコ

「双子の兄‥」

私の頭に浮かんでくるのは、先日石神さんのデスクで見た “あるもの” の存在。

(あの “どんぐり” を見た時、藤田のことを真っ先に思い出した)

(けど、まさか双子の兄がいたなんて‥)

動物園でパンダの双子を見た時、石神さんが一卵性の双子の話をした理由が今になって分かる。

石神

A国大使がオペラを観劇することになっている

その現場に向かい、藤田陸斗の犯行を未然に防ぐことが試験課題だ

任務に当たる刑事たちが

訓練生の現場での動きを見て “実際に使えるかどうか” を評価する

サトコ

「そんな重大なことが卒業試験だなんて‥」

石神

公安刑事になれば、試験だから‥という失敗は許されない

卒業試験には “訓練生” としてではなく

ひとりの “公安刑事” として挑むということだ

サトコ

「‥はい」

(この試験‥私に乗り越えられる?失敗は許されない)

(覚悟を決めて挑まなかったら、取り返しのつかないことになる)

私の迷いを感じ取ったのか、石神さんが視線を上げて私を見つめてくる。

石神

お前がこの試験を受けず、この二年を水泡に帰すというならば、それも選択だ

サトコ

「‥‥‥」

石神

だが俺がこの二年、お前の傍にいたのには理由がある

期待をかけない人間に、俺は厳しいことは言わない

(石神さん‥)

私が目を合わせると、少しの間を置いて視線を逸らせたのは石神さんだった。

石神

万全の態勢で試験を迎えるには、時には休むことも必要だ

あまり根を詰めるなよ

サトコ

「‥はい」

石神さんは軽く私の肩を叩くと射撃場を出て行く。

石神さんが手当てしてくれた手を見つめ、私の口元には苦笑が浮かんでいた。

サトコ

「あんなふうに言われたら、逃げられないよ‥」

(石神さんはまだ私に期待をかけてくれてる。なら、その期待に応えたい)

そう思いながらも、先日の石神さんの言葉が頭の中に蘇る。

石神

犯罪を未然に防ぎ、日本を守ることこそが公安の目的だ

(石神さんの期待に応えるために卒業試験を受ける私は間違ってるのかな)

(でも‥)

石神さんと過ごしたこの二年を無駄にはしたくなかった。

to  be  continued

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