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ふたりの卒業編 石神6話

【地下】

後藤教官が確保した男の声は藤田海斗とは似ても似つかぬ声だった。

本物の藤田陸斗が潜んでいるかもしれない‥

そう思った私が石神さんに連絡を取ろうとした時。

藤田

「ほら、早く中に入れって」

サトコ

「‥っ!蹴らなくても入ります!」

背中に銃を突き付けられ、向かわされた先はオペラホールの地下だった。

(地下なんてあったんだ。随分使われてないみたいだけど)

薄暗い照明とコンクリートの床。

木箱やダンボールに土管‥劇で使う大道具のようなものが置かれている。

藤田

「両手、出して」

サトコ

「‥‥‥」

<選択してください>

A: 素直に従う

(ここで逆らうのは得策じゃない)

銃を持つ犯人相手に勝算なく歯向かうほど愚かではない。

素直に両手を出すと、藤田陸斗はふっと笑った。

藤田

「良い子だね」

サトコ

「ここで逆らうほどバカじゃありません」

B: 舐められたくないので逆らう

(ここで舐められたら、このあとずっと相手のペースで進むかもしれない)

サトコ

「‥‥‥」

断るように顔を背けると、ぐっと顎をつかまれ元に戻された。

サトコ

「‥っ」

藤田

「自分の立場分かってる?ここで殺してもいいんだよ?」

サトコ

「‥‥‥」

(ここで逆らうのは得策じゃない‥か)

私は藤田に両手を差し出した。

C: 聞こえないフリをする

(素直に従うのも癪だし、聞こえないフリをしよう)

サトコ

「‥‥‥」

藤田

「聞こえなかった?」

サトコ

「何の話ですか?」

藤田

「あんまり舐めるなよ。さっさと両手を出せ」

(ここは素直に言うことを聞いておいた方がいいみたい)

私は藤田に両手を差し出す。

私の手には手錠がかけられ、足は麻縄で縛られた。

藤田

「次は携帯」

サトコ

「この手じゃ取れないんですけど」

藤田

「取れるでしょ。刑事が器用なことは知ってるんだから」

「早くして。もう待ちきれないんだ」

藤田陸斗は薄い笑みを口元に浮かべる。

(待ちきれないって何が?楽しむような気味の悪い笑い方をして‥)

私は何とか手を動かしポケットの中から携帯を取り出した。

サトコ

「携帯、どうぞ」

藤田

「どうぞ‥じゃなくて、石神にかけて」

サトコ

「‥どうしてですか?」

藤田

「理由はすぐに分かるよ」

サトコ

「‥‥‥」

(やっぱり、この人の狙いも石神さんなんだ)

(ここで断れば殺される‥今ここで死ぬわけにはいかない)

私は石神さんの携帯を鳴らす。

(気づかないで、出ないでくれれば‥)

石神さんに接触される前に、私の手で藤田を拘束したい。

そう願ったものの‥

石神

どうした

電話の向こうから石神さんの声が聞こえてくる。

サトコ

「氷川です」

藤田

「とりあえず好きに話せば?」

サトコ

「‥後藤教官が捕えた男は本物の藤田陸斗じゃな‥」

そこまで言ったところで、不意に左頬に焼けるような痛みを感じた。

サトコ

「‥っ」

身体が床に倒れたところで、藤田陸斗に頬を張られたのだと気が付く。

(いった‥っ)

石神

氷川、返事をしろ

サトコ

「大‥丈夫です‥」

取り落とした携帯を拾い、私は話を続ける。

サトコ

「後藤教官が捕えた男は偽物です。本物の藤田陸斗は、ここにいます」

石神

今、どこにいる

サトコ

「オペラホールの地下です」

電話の向こうの石神さんの声は冷静で、そのおかげで私も落ち着いて話をすることができる。

(この先は藤田陸斗との交渉が明暗を分ける)

(私も冷静に話を進めていかないと)

石神

藤田陸斗に電話を代われるか

サトコ

「聞いてみます。藤田さん、石神さんがあなたと話をしたいと言ってます」

藤田

「いいよ。スピーカー通話にしたら」

通話を切り替えると、石神さんの声が薄暗い部屋に響く。

石神

藤田陸斗、お前の狙いは何だ。このオペラホールに爆弾を仕掛けたのも、お前の仕業か

藤田

「爆弾を仕掛けたのは組織の連中で、俺にはどうでもいいこと」

「大量殺人なんて興味ないよ」

(声だけじゃない。話すときの仕草も藤田海斗によく似てる)

藤田

「俺の目的は海斗と同じ。お前だ、石神」

石神

目的が俺ならば、こんなやり方をせず直接俺を狙ったらどうだ

藤田

「こっちもいろいろ考えてるんだ」

「左翼団体に所属したのも、使えるものが多くなるからね」

「改革だの大量殺人だのに興味はないけど」

「お前に復讐するためなら、どれだけ人が死んだって構わない」

「一番効果的な方法を探ってるんだけどね‥」

石神

‥‥‥

藤田の視線が私に向けられる。

藤田

「可愛がってるみたいだね。氷川サトコ‥お前の部下で恋人、だっけ」

石神

氷川は部下だ

藤田

「それで守ってるつもり?カッコイイね~」

藤田が喉の奥でクッと笑うと、私の腹部に足の爪先を強く埋めてきた。

サトコ

「ぐっ‥」

藤田

「もっと大きい声出していこ?そうじゃないと、石神に聞こえないよ?」

「助けてって叫ばないと。助けに来て欲しいんでしょ?」

石神

‥‥‥

みぞおちに入った爪先が深く腹部をえぐってくる。

(いっ‥苦しい‥っ!でも。ここで声を上げたら藤田を図に乗らせるだけ‥)

藤田

「‥つまんない女」

石神

氷川は優秀な刑事だ。貴様の思惑通りに事は運ばないと思え

俺は彼女を信頼している

藤田

「うるさい!」

揺さぶりに動じない石神さんにしびれが切れたのか、藤田が通話を切った。

(これからどうするつもり?)

藤田の足が離れ、呼吸が楽になる。

藤田は目をすがめ、こちらに視線を向けてきた。

藤田

「海斗の言う通り、弁だけは立つっていうか都合のいいことばかり言う男だね」

「俺の親父のことも、こうやって騙したのかな」

サトコ

「‥あなたは石神さんの何を知ってるんですか?」

藤田

「石神は自分が良ければ、それでいいと思ってる最低野郎だろ」

(石神さんに対して思っていることは藤田海斗と同じ‥か)

思い出すだけで胸が痛むような時間が頭の中に蘇ってくる。

あれは石神さんと藤田海斗が対峙したとき‥‥

石神

‥止めろ。これ以上罪を重ねるな

藤田

『今さら止められるわけねぇだろ?』

『俺はずっと、復讐する機会を待ってたんだ‥!』

サトコ

『復讐‥?』

藤田

『ああ』

『アンタらに利用されて死んだ親父のな!』

サトコ

「‥海斗さんから、あなたたちが石神さんを恨む理由は聞いてます」

藤田

「へえ?だから、なに?」

藤田陸斗は軽くその眉を上げた。

藤田

「海斗はお前たちに何を話した?」

サトコ

「海斗さんはあなたたちの生い立ちと‥」

目の前の藤田陸斗の声と、記憶の中の藤田海斗の声が重なる。

一度思い出すと、あの時の記憶が一気に蘇ってきた。

藤田

『親父は確かにヤクザだった。傍から見たら、底辺みたいな存在だろうよ』

『だけど俺にとっては、優しくて頼りがいがあって‥何よりも大切な存在だったんだ』

石神

‥‥‥

藤田

『親父が死んで、身寄りがなく施設に引き取られて‥』

『施設でも親父のことを悪く言う奴ばかりだった』

『俺がどんな思いで生きてきたか、お前らに分かるか?』

『何で俺がこんな思いをしなきゃいけない?俺も親父も、何も悪くないのに‥!』

(藤田海斗は石神さんが彼の父親を利用して、無駄死にさせたと思ってて)

(でも、それは違う‥)

石神

‥君の父親が、何故我々に協力していたと思っている?

家族との生活を‥君を守るために公安に協力したんだ

藤田

『綺麗ごとを言うな!』

『どうせ公安様は、協力者を捨て駒くらいにしか思っていないんだろう?』

石神

‥確かに俺は、君の父親のことを最初はただの協力者としか見ていなかった

だが、君と接している藤田を見て尊敬の念すら抱いていたんだ

自分とあまり変わらない年齢の藤田が

危険だと分かっていながらも家族のために協力者になる‥

そんな藤田に、尊敬の念すら抱いていた

(石神さんは藤田さんを切り捨てたわけじゃない)

(けど、そう言っても藤田陸斗には届かないかもしれない。藤田海斗に届かなかったように‥)

サトコ

「何で‥こうなるんでしょうね」

藤田

「何の話?」

サトコ

「本当にわかりづらい人なんですよね。相手のこと、本当はちゃんと考えてるのに」

「なのに、なかなか伝わらなくて‥っ」

(近くにいる私だって石神さんの優しさを見失いそうになる時がある)

(進路の相談をした時に “他人の人生” って割り切った石神さん)

(でも、あれは突き放したわけでも見放したわけでもなかった)

(石神さんは真剣に考えてくれていた)

サトコ

「口では合理的で理性的なことしか言わない人ですけど」

「おでん作ったり、動物園に連れて行ってくれる優しい人なんですよ!」

藤田

「何をひとりでブツブツ言ってる!」

サトコ

「あなたに言ってるんです!」

「石神さんは、あなたたちのお父さんを利用して切り捨てた訳じゃない!」

藤田

「お前に何が分かる!?」

サトコ

「そういうあなたこそ、石神さんの何が分かるんですか?」

「それにあなたの行動も不自然ですよ」

藤田

「なに?」

核心に迫る話をし始めると、藤田陸斗の顔にも様々な感情の揺れが見えるようになった。

(このまま話していけば、こっちのペースに乗せて隙が出来るかもしれない)

(それに石神さんも動いてくれてるはず)

(ここはとにかく話を引き延ばして時間を稼ぐしかない!)

サトコ

「さっき石神さんも言ってましたけど」

「復讐したいなら、もっと彼に絞って狙った方がいい」

「それなのに、わざわざ “どんぐり” を送りつけたり、テロ予告を出したり‥」

藤田

「‥‥‥」

サトコ

「あなたのやってることはまるで構って欲しい子どもみたいですね」

藤田

「ふうん‥」

藤田の顔から薄い笑みが消えていく。

藤田

「まあ、そうだね。まどろっこしいことをしていたのは本当だ」

「お前を痛めつけても石神は堪えない。それなら‥」

藤田が暗がりに向かうと、小さなプラスチック製の箱を手に戻ってきた。

その側面にある時計らしきものに、それが爆弾だと推測できる。

(ここにまだ爆弾があったの!?これは計算外だった‥)

藤田

「さすがに部下が爆死すれば、あいつにも効くだろ」

「さっき撤去されたモノよりは劣るけど、人が死ぬには充分な火薬だ」

藤田は私の近くに爆弾を置くと、起動させた。

5:00の数字が表示され、カウントダウンが始まる。

(あと5分で爆発する!)

藤田

「ははははっ!お前と一緒にあいつの人生も壊してやる!」

サトコ

「誰が‥っ!」

一緒に死ぬつもりなのか、藤田は近くの土管の上に座った。

(手錠だけでも外れれば、爆弾を止められるかもしれない!)

私は自分の手首が痛むのも構わず、コンクリートの床に手錠を打ち付ける。

サトコ

「外れて!壊れて‥!」

藤田

「悪あがきだ。諦めろ」

サトコ

「諦められるわけない!私だって死にたくないし‥」

「石神さんの人生に、そんなかたちで残るなんて冗談じゃない!」

皮膚が裂け血が滲んでも、私は手錠を打ち続ける。

サトコ

「あんたなんかに‥っ!石神さんの人生は渡さないんだから!!」

ガンッと全力で手を床に叩きつけると全身が震えた。

その衝撃で周りの音が一瞬遠のいたかと思うと、ザッと近くで靴音が聞こえて‥

???

「気色の悪いことを言うな」

サトコ

「!?」

聞き慣れた凛と涼やかな声が耳に流れ込んでくる。

石神

俺の人生は誰のものでもない。俺のものだ

サトコ

「石神さん!?」

藤田

「石神!」

石神さんが来るとは思っていなかったのか、藤田もその腰を上げた。

藤田

「思わぬ登場だが、タイミングはぴったりだ」

石神

‥‥‥

藤田が爆弾に視線を送る。

(あと1分で爆発する!)

藤田

「お前も道連れだ。仲良く心中といこうじゃ‥」

石神

黙れ

大仰に手を広げた藤田に石神さんがその懐に飛び込んだのは一瞬のことだった。

藤田

「ぐっ、う‥っ」

石神さんの膝蹴りが腹部に深く入り、藤田が白目を剥いた。

石神

お前と話してる暇はない

さっと藤田に手錠をかけ石神さんは私の傍に駆け寄る。

サトコ

「爆発まで、あと30秒しかありません!」

<選択してください>

A: 石神さんだけでも逃げて!

サトコ

「石神さんだけでも逃げてください!」

石神

お前を見殺しにするために来たと思っているのか

サトコ

「でも、このままじゃ二人とも!」

B: 足の縄を切って!

サトコ

「足の縄を切ってください!」

石神

縄を切ってから逃げたところで間に合わないだろう

サトコ

「でも、このままじゃ‥!」

C: 爆弾を放り投げて!

サトコ

「爆弾を遠くに放り投げてください!」

石神

ここで投げられる距離など限られている。無駄だ

サトコ

「でも、このままだと‥!」

石神

逃げられないのなら、爆発させるまでのこと

サトコ

「けど、ここで爆発したら‥」

(私も石神さんもただじゃ済まない‥!)

額に汗をかく私とは反対に、石神さんは表情ひとつ変えることなく爆弾を手にした。

そして立てられている土管の中に爆弾を入れる。

石神

少し堪えろ

サトコ

「え‥」

私の傍に戻ってきた石神さんが私の両耳を塞いだ、次の瞬間‥‥

ドオオォォォンッ!という爆音が地下室の空気を揺らした。

サトコ

「‥っ!?」

爆発は大砲のように上に向けられ、天井の一部を破壊しただけの被害におさまった。

すぐに火災報知器のベルが鳴り響く。

(すごい音‥!)

石神

行くぞ

サトコ

「え、い、石神さん!」

石神さんはいとも簡単に私の手錠を外し、足を拘束していた麻縄を切ると立たせてくれた。

石神

歩けるか

サトコ

「は、はい。何とか‥」

石神

‥‥‥

それはわずかな間だった。

石神さんの親指が私の腫れた頬に触れ、一瞬その顔に安堵の色が見えたような気がした。

(言葉にされなくても、石神さんの瞳は雄弁に彼の気持ちを教えてくれる)

(藤田兄弟だって、もっと石神さんときちんと向き合えば‥)

藤田

「終わりだと‥思うな‥」

サトコ

「!」

石神さんの後ろで這うように動く藤田が見えた。

手錠をかけられた手で藤田が取り出した物は‥

(銃‥!)

銃口は真っ直ぐに石神さんに向けられていた。

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