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ふたりの卒業編 石神 Good End

【面接】

訪れた卒業試験の最終面接。

本番になって分かったことだったが、

面接を担当するのは教官たちではなく警察庁の上層部だった。

(模範回答は全部頭に叩き込んできた。あとは落ち着いて答えるだけ)

面接は順調に進み、いよいよ最後の質問となる。

面接官
「これは訓練生全てにしている質問です」
「あなたが公安刑事を志す理由を教えてください」

模擬面接では答えられなかった質問。

サトコ
「······」

膝に置いた拳を握ると、脳裏に夕陽に染まった石神さんの顔が過る。

同時に思い出す彼の力強い手と、その温もり。

(その答えもすでに出てる···)

サトコ
「私が公安刑事を志す理由はーー」

【電車】

卒業面接の翌日の日中、私は莉子さんと電車に揺られていた。

サトコ
「わざわざ付き添ってもらっちゃって、すみません」

莉子
「私もずっと気になってたから」
「でも今日で通院も終わりだなんて、早期回復できてよかったわね」

サトコ
「ちょっと荒治療でしたけど、この間の事件が効いたみたいです」

再び銃を抜けたことを医師に報告すると、とりあえず今回で治療は終了ということになった。

莉子
「これで秀っちも一安心ね」
「とはいえ、精神的な部分は再発の可能性はゼロじゃないって話だから」
「これからも無茶は禁物よ」

サトコ
「はい。でも···」

私は電車の窓から流れる景色を見つめる。

先程まで明るかった空は徐々にオレンジ色に染まり始めていて、

先日石神さんと見た夕日を思い出す。

サトコ
「もう、大丈夫だと思います」

笑顔で莉子さんを振り返る。

莉子
「···強くなったわね」

サトコ
「もうすぐ一人前の公安刑事ですから」

莉子
「卒業決まったの?」

サトコ
「いえ···でもきっと卒業できるって信じてます」

莉子
「そうね。サトコちゃんなら、きっと大丈夫」

私を見る目を細めた莉子さんが微笑で応えてくれた。

【個別教官室】

学校に戻ると、個別教官室で石神さんを捕まえることができた。

サトコ
「というわけで、今日で通院は終了だそうです」
「ASDはほぼ完治しているとお墨付きをもらいました」

石神
そうか。それはよかったな

頷く石神さんの表情が少し和らいだように見える。

石神
俺からも報告がある

サトコ
「何でしょうか」

(石神さんから報告なんてめずらしい。何だろう?)

石神さんは一枚の紙を差し出してくる。

サトコ
「白紙?」

石神
裏を見てみろ

石神さんの言葉に受け取った紙を裏返すと、そこには “辞令” の二文字。

サトコ
「氷川サトコを警備局公安課に配属する···!」

(ついに正式に公安刑事になれたんだ!)

サトコ
「やりました、石神さん!」

辞令を持ったまま、飛びつくように石神さんに抱きつき喜びを伝える。

石神
おい···

(この二年は無駄じゃなかった!やっと石神さんと同じ場所に立てるんだ!)

石神
やれやれ···

石神さんのため息が聞こえて、ぽんぽんっと私の背が軽く叩かれる。

石神
喜びを全開にするお前は子どもか犬のようだな

サトコ
「ダメですか?」

石神
いや、お前らしい

少し身体を離す石神さんの微苦笑が見えて、私の背に添えられた手から温もりが伝わってくる。

(こんな優しい石神さんの顔、久しぶりに見た気がする···)

教官というよりは恋人として近くにいる時の空気に似ていて、急に落ち着かなくなってきた。

石神
もうひとついい報告をしようか

サトコ
「え?まだあるんですか?」

石神
主席で卒業···

サトコ
「えっ!?」

石神
······は、出来なかったが

(で、出来なかったんだ···まあ、そこまでは望み過ぎだよね)

それでもガックリと肩を落とす私に石神さんがふっと笑う。

石神
いい報告だと言っただろう

サトコ
「あ、そうでした···」

石神
主席での卒業こそ叶わなかったが···
教官らの推薦で卒業式での答辞を氷川サトコに任せることになった

サトコ
「本当ですか!?でも、いいんでしょうか。私で···」

石神
お前の功績が認められた結果だ。訓練生代表として、しっかり役目を果たせ

石神さんの手が私の背から肩へと移り、力強く手を置かれる。

私を見つめる顔には、どこか誇らしさがあるような気がして。

(訓練生として···だけじゃない。石神さんの補佐官としての役目も果たせたんだ)

それは私の喜びでもあり、公安刑事としての一歩を踏み出す私の自信へとつながっていった。

【レストラン】

その日の夜、石神さんは私をホテルのレストランへと連れて来てくれた。

サトコ
「いいんですか?こんな高級レストラン···」

石神
卒業祝いだ

予約してくれていたのか、待たされることもなく一番眺めのいい席に案内される。

(都内の夜景を一望できるレストランでお祝いなんて···)

(こういうストレートに恋人っぽいの、なんだか久しぶりな気が···)

振り返れば最近の私たちは講義、訓練、実習、補習の繰り返しだった気がする。

石神
まずは乾杯だ

黄金色のシャンパンが注がれ、私たちはシャンパングラスを持つ。

石神
卒業おめでとう

サトコ
「ありがとうございます!」

石神
ただ、これからが本番······

(や、やっぱりただのお祝いだけじゃ済まないよね)

(きっとここから公安刑事としての心構えとかをあらためて···)

シャンパンを飲めるのは当分先かもしれない‥‥そう覚悟していると‥

石神
いや、今日はやめておこう

サトコ
「え···」

石神
乾杯

サトコ
「か、乾杯···」

グラスを掲げて、一口飲みながら私はやや上目遣いに石神さんを見る。

サトコ
「いいんですか?これからの心構えとか···」

石神
今は教官としているわけではない

(それって···恋人として一緒にいるって思っていいの?)

注がれる視線も穏やかで優しく、頬が熱くなっていくのを感じる。

(今日は‥甘えてもいいのかな。石神さんの恋人として···)

【部屋】

サトコ
「ん、石神さっ···」

眼鏡を外した石神さんを見るのも久しぶりだった。

部屋に入るなりベッドに押し倒されたので、背中に感じるシーツが冷たい。

石神
今、言葉が必要か?

サトコ
「だって···石神さんがこんな···」

(ベッドに直行するとは思わなかった···!)

石神
お前は勘違いしていないか?

私を組み敷く石神さんが前に零れてきた髪を後ろへと掻き上げた。

その仕草があまりにも色っぽくて、私は小さく息を呑む。

サトコ
「勘違いって···」

石神
刑事であり教官であれば
常に己の欲望は押し殺し状況に合わせた的確な判断をすべきだ
だが、今の俺にその必要があるか?

サトコ
「んっ···」

石神さんの顔が首筋に埋められ、その感触に身体を震わせる。

思わず膝を立てた時、脚に残った傷跡が視界に入った。

(この間の事件の傷···大したケガじゃないけど、見た目は良くないよね···)

サトコ
「石神さん、明かりを···」

スカートの裾で脚を隠そうとする私に石神さんも傷に気付いたようだった。

サトコ
「あの···」

石神
······

石神さんは私の脚を取ると、残る傷痕に口づけを落とした。

サトコ
「石神さっ···」

脚を引こうとすると、グッとその手に力が込められる。

石神
綺麗だから隠すことなんてない

サトコ
「く、勲章ですもんね」

照れ隠しでそう言うと、上目遣いの石神さんと目が合った。

石神
傷があろうがなかろうが、という意味だ

(石神さん···)

石神さんを見つめる視界が滲む。

(こんなにも大切にされてる···)

石神
サトコ···

私の名を呼ぶ優しい音に耳を傾けながら。

私は全てを彼に委ねた。

【教官室】

卒業が決まってから数日後。

東雲
答辞なんてテンプレ使い回せばいいんじゃないの?

サトコ
「さすがにそれはちょっと···」

颯馬
自分の言葉で伝えれば充分いい答辞になりますよ

サトコ
「はい」

(といっても、砕けすぎるのも良くないだろうし)

(例文と自分の言葉を組み合わせて考えていくのがいいのかな)

答辞のためのアルバイトを教官方からもらっていると···

黒澤
聞きましたよ~。サトコさん、卒業おめでとうございます!

サトコ
「ありがとうございます」

黒澤
サトコさんなら大丈夫だと信じてましたけど
模擬面接でつまずいた質問は、どう答えたんですか?

サトコ
「その話、どこで聞いたんですか?」

黒澤
オレの情報網を侮ってもらっちゃ困りますよ~
 “公安刑事を志す理由” ···でしたよね

(な、何か他の教官たちも私のことを見てる?)

(どうしよう···)

石神さんに助けを求める視線を送ってみるものの、軽く流されてしまった。

(ですよね······でもここで、あの時の答えを言うのも恥ずかしいし···)

サトコ
「別に特別なことは···普通に模範的なことを答えただけですよ」

黒澤
へぇ···サトコさんが模範的な回答を···?

黒澤さんが意外そうな顔で、その目を丸くする。

サトコ
「どうして、そんなに驚くんですか?」

黒澤
いや、サトコさんなら模範的な回答じゃなくて···ごほん

黒澤さんは咳払いをすると、拳をマイク代わりに口元に運んだ。

黒澤
『私、公安刑事として正義を貫きたいんです!悪は私が全て潰します!日本を守ります!』
···って、偉い官僚たちの前で全力で語ってくれるかと思ってたんですけど

サトコ
「今の私ですか!?」

東雲
似てる、似てる

サトコ
「全然似てないですよ!?」

颯馬
雰囲気は掴んでましたね

サトコ
「なっ···もう、これでも私なりにいろいろ考えたんですから」

後藤
だろうな

助け舟とばかりに後藤教官が深く頷いてくれる。

サトコ
「公安刑事になるために、理由や手段は選んでられないじゃないですか」
「カッコつけたって理想を掲げたって···」
「そこで落とされたらスタートにだって立てないんですから」

東雲
まあ、正論だよね。びっくりするくらい

黒澤
本当に

颯馬
ええ

石神
ああ

後藤
ですね

加賀
チッ

サトコ
「な、何ですか?その意味深な視線の数々は!」

東雲
別に

颯馬
少しだけ大人になりましたね

サトコ
「もともと大人なんですけど···」

加賀
バカが多少の知恵をつけたところで変わんねぇがな

颯馬教官には生暖かい目で微笑まれ、加賀教官には鼻で笑われる。

(な、何だろう、この空気は···合格できたんだから、私の答えに間違いはなかったんだよね?)

後藤
氷川

ポンと肩を叩かれて振り向くと、そこにはめずらしく微笑みを浮かべた後藤教官の姿があった。

(こんな後藤教官の笑顔見たの···初めてかも!?)

後藤
石神さんに少し似て来たな

サトコ
「へ···?」

石神
······

黒澤
ま、待ってください!それって···
サトコさんが石神さんに二年かけて仕込まれて、調教出来上がりってことですかー!?

サトコ
「なっ···ちょ、調教!?」

加賀
クソ眼鏡の調教なんざクソだな

石神
······

書類仕事をしていた石神さんが無言で立ち上がった。

そして深いため息を落とし教官室を出て行こうとする。

サトコ
「あ、私も行きます!」

他の教官たちの視線を感じながら、私は石神さんを追いかけた。

【廊下】

廊下の少し先を行く石神さんの背中を見つめる。

(卒業するってことは、石神さんの教官服もしばらくは見納めなのかな)

(これからは公安刑事として、石神さんの傍に···)

石神
氷川

サトコ
「はい」

不意に立ち止まった石神さんが私を振り返った。

石神
隣を歩け

サトコ
「はい!」

待ってくれたことが嬉しくて、私はいそいそとその隣に並ぶ。

(こんなふうに警察庁の廊下を歩いたりするようになるんだ)

サトコ
「石神さん」

石神
なんだ

サトコ
「私、公安刑事になりましたよ」

石神
知っている

サトコ
「公安刑事のタマゴじゃなくて、本物の公安刑事です」

石神
ああ

サトコ
「もう訓練生じゃないんですよ」

石神
そうだな

(そう、もう訓練生じゃなくなるんだ)

(卒業式が終わったら、公安刑事としての本格的な仕事が始まる···)

サトコ
「私のことも上手く使ってくださいね」

石神
 “も” ···?

サトコ
「え?あー、ええと、石神班に配属されたいって意味です」

石神
どうだろうな。卒業生の配属先に関しては、俺も何も知らない

サトコ
「答辞で配属先の希望を言ったら考慮してもらえますかね?」

石神
まず違う班に配属されるだろうな

サトコ
「はは、そうですよね。心の中で願ってます。石神さんも願ってくれますか?」

石神
そうだな···考えておく

他愛のない会話でも、石神さんが歩幅を合わせて付き合ってくれているのが嬉しくて。

私たちは肩を並べて歩くーー

これからの日々を、重ねるように。

Good  End

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