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Season2 エピローグ 石神1話

【講堂】

暖かな春の風が吹くと、例年より早い開花を見せた桜の花が揺れる。

通常よりも遅い卒業式を迎える公安学校は桜に彩られていた。

颯馬
答辞、卒業生代表、氷川サトコ

サトコ
「はい!」

司会を務める颯馬教官の声に私は起立する。

そして教官・来賓席に一礼すると壇上へと向かった。

(いよいよ卒業の時···)

壇上からの景色に不思議と緊張よりも感慨深さが先に立った。

今日、この公安学校を卒業して一人前の公安刑事となる······夢をひとつ達成する瞬間でもある。

サトコ
「本日は私たちのために、このような盛大な卒業式を開いてくださり、ありがとうございます」

答辞を読みながら、視線は教官たちが並ぶ席へと移る。

ひとつ空いた席に座るはずだった人は······

(石神さん···)

そう、この記念すべき会場に彼の姿はなかった。

というのも···

【カフェテラス】

卒業式から遡ること数週間前。

サトコ
「え!石神教官が卒業式に出られない!?」

千葉
「何でも複数の事件を担当してて、その中には長引きそうな事件もあるらしくて」

鳴子
「卒業式には出られないかもって噂になってるよね」

千葉
「氷川のところには、そういう話いってない?」

サトコ
「うん···忙しいのは知ってるけど、そこまでは···」

鳴子
「卒業式も大切だけど、石神教官なら仕事優先は充分に考えられるよね」

千葉
「確かに···卒業式はひとつの区切りに過ぎない、本番はこれからだって思ってる人だからなぁ」

(石神さんなら仕事を優先させるに決まってるよね)

千葉
「残念だね、氷川。石神教官が卒業式に出られなかったら」

サトコ
「仕事なら仕方ないよ。任務が第一っていうのは、私たちも教え込まれたことだし」

鳴子
「卒業式までに事件が片付いてくれることを願うしかないね」

サトコ
「うん···」

窓の外に視線を向けると、そこには蕾を付けた桜の花が見えた。

(この二年の締めくくりとなる卒業式。石神さんと一緒に迎えたかったけど)

諦める覚悟もしておこうと思いながら、私は席を立った。

【廊下】

(あ、石神さんからメールが来てる)

(この添付ファイル···答辞の添削をしてくれたんだ)

石神さんからのメールに気が付き、私は足を止めた。

携帯で添付ファイルを開くと、そこには細かい指導が入っている。

石神
『注意点を参考に見直すように。情景が浮かぶような点は評価できる』
『堅くなりすぎず、この方向のまま直してくれ』

(忙しいのに私の答辞の面倒まで見てくれて、充分気に掛けてくれてる)

(なのに、仕事で卒業式に出られないんですか?···とは聞きづらい···)

今夜は何もなければ石神さんの部屋に行くことになっている。

(その時に聞けそうだったら、聞いてみようかな)

『今日は帰れなくなった』···そんな連絡が入らないことを願いながら、夜を迎えた。

【石神マンション】

何事もなく無事に石神さんの家を訪れた私は、一緒に夕飯を食べることができた。

サトコ
「コーヒー入りました。あと今日買ってきたプリンです」

石神
疲れているところに悪いな

サトコ
「何言ってるんですか。石神さんの方がずっと忙しいのに」
「疲れには糖分ですから、今日は濃厚プリンにしました」

石神
そうか

眼鏡を押し上げてから、石神さんがプリンをじっと見る。

(この流れで卒業式のこと聞けるかも···)

サトコ
「あの···」

石神
卒業式のことだが

サトコ
「え、は、はい···っ」

(心の声洩れてないよね!?)

まさかのタイミングで切り出された話に私は思わず背筋を伸ばす。

石神
抱えている件の突入の日と日程が被りそうだ。その場合は、卒業式に参加できなくなる

微かに伏せられた目を見れば、それだけで石神さんの気持ちが伝わってくる。

(卒業式には出たいって思ってくれてるんだよね。それだけで、私は嬉しい)

サトコ
「残念ですけど、仕事なら仕方ないです」
「石神さんがいなくても、立派に卒業生代表としての任務を果たしてきます!」

石神
そうだな。黒澤が映像に残すだろうから、それを見るのを楽しみにしている

サトコ
「はい」

石神
それで、昼間に送った答辞の直しはできたか

サトコ
「!···一応直したんですが、もう少し調整したいところもあって···」
「石神さんが見てくれるなら、今すぐに···!」

印刷した答辞を取りに行こうと腰を浮かせると‥石神さんが手で制した。

石神
今すぐでなくていい。まだ時間はある

サトコ
「明日には直したものを送りますので。石神さんも忙しいのに、すみません」

石神
それが教官として出来る最後のことだからな

サトコ
「教官···」

(本当にもう教官と補佐官の関係じゃなくなるんだ)

石神さんの言葉に胸を熱くしていると、石神さんがソファの横から大き目の封筒を取り出した。

石神
これを見てくれ

サトコ
「これは···」

手渡された封筒の中を見ると、中にはやけにカラフルな冊子が入っていて···

サトコ
「これって···旅行のパンフレット!?」

石神
今週の三連休、急遽時間が取れた。次の金土日で行くぞ

サトコ
「いいんですか!?石神さん、忙しいのに··· “春満開食い倒れツアー” なんて!」

石神
ああ。この連休は突入に備え、こちらも動きを止める
本部には後藤も颯馬も残るから心配はいらない

サトコ
「後藤教官、颯馬教官、ありがとうございます!」

思わず胸の前で手を組むと、石神さんにふっと笑われた。

サトコ
「すみません、つい嬉しくて···」

石神
いや、手配した甲斐がある

少し照れ臭そうな顔を見せる石神さんに、ますます嬉しい気持ちが溢れてくる。

サトコ
「桜、見られるでしょうか」

石神
どうだろうな。関西の開花予想を調べてみるか
こっちに来い···いや、その前にプリンだったな

サトコ
「そうでした!いただきましょう」

石神
いただきます

サトコ
「いただきます!」

プリンを食べ終わってから、私は石神さんの横へと移動する。

サトコ
「石神さんと新幹線に乗るの新鮮ですね」

石神
この時期の三連休は混むだろうからな。時間通りに移動するためには、電車の方がいいだろう

サトコ
「この新幹線だと、金曜のお昼前には大阪に着きますね」
「 “春満開食い倒れツアー” って、何か特別なプランとかあるんですか?」

石神
大阪の名店で使える食事券がついている。この券があれば、優先的に案内してもらえるそうだ

サトコ
「それは混んでる連休には有り難いですね···!」

石神
この冊子に載っている店で使えるらしい

石神さんが封筒から細長い冊子を取り出す。

サトコ
「どこのお店に行くか、いくつか候補を挙げておいた方がいいかもしれません」

石神
効率的に回るためにも、向こうに着いてから考えるより、目星をつけておいた方がいいな

(石神さんってデートも旅行も計画的だよね)

サトコ
「何が食べたいですか?」

石神
「···一応、黒澤から大阪で外せないリストを預かっているが···見るか?

サトコ
「見ます!黒澤さん、グルメにも詳しいんですもんね」

四つ折りにされたメモを受け取ると、そこにはお店の名前がカテゴリに分けられて並んでいる。

サトコ
「たこ焼きにお好み焼きに串揚げ···スイーツまで網羅されてますよ!」

石神
これを見ると、何のために出張に行っているのかと問いただしたくもなるが···
まあ、今回はいいだろう

サトコ
「リストに載ってるお店もたくさんありますね。最初に食べるのは、やっぱりたこ焼きですかね?」
「でも空腹具合を考えると···あ、新幹線で駅弁って食べますか!?」

冊子からぱっと顔を上げると、私を見つめる石神さんと目が合った。

(石神さん···?)

眼鏡越しの眼差しがやけに優しい気がして徐々に頬が熱くなってくる。

石神
お互いに忙しい時期だ。旅行に行っていいものか迷ったが···行くことにしてよかった
お前の楽しそうな顔を見ると、こちらまで楽しみになってくる

サトコ
「石神さんとの卒業旅行なんですから···まだ卒業前ですけど」
「思い出をたくさん作りたいです」

石神
思い出···か。そうだな、忘れられない旅にしよう

サトコ
「はい!」

(特別なことをしなくても、忘れられない旅になるに決まってる)

(教官でもある石神さんと出かけるのは、きっとこれが最後になると思うから)

【新幹線】

そして週末の金曜日。

私たちは予定通りの新幹線に乗っていた。

(昨日は今日が楽しみで、なかなか眠れなかった···)

(教官室では、東雲教官に疑われるし···)

思い出すのは、昨日の教官室での出来事ーーー

【教官室】

(いよいよ明日は石神さんとの旅行の日···)

(この時間まで中止の連絡はないから、きっと大丈夫だよね)

(帰ったら荷物を確認して···)

サトコ
「♪ ~」

東雲
さっきから気になってるんだけど、その音痴な鼻歌、何とかなんないの?

サトコ
「!···すみません!」

(うっかり鼻歌出てた···浮かれてるなぁ、私···)

今年度で必要なくなる書類を分別しながら、鼻歌を止める。

東雲
そんなに浮かれるほど良いことあったの?

サトコ
「え、ええと···卒業前なので、つい浮かれちゃうんです」

(石神さんとの旅行が楽しみとは言えないよね···)

誤魔化すように笑って答えても、東雲教官の冷ややかな視線は変わらなかった。

東雲
それで騙せると思ってるなら、もう一度最初からやり直した方がいいね

サトコ
「騙すなんて、そんな···」

颯馬
まあまあ···楽しみを心の中で噛み締めるくらい、いいじゃありませんか

後藤
最近、寒さも緩んだしな。意味もなく浮かれることもあるだろう

東雲
フォロー、わかりやすすぎるんですけど···。ま、いいよ
お土産期待してるから

サトコ
「···はい」

(東雲教官のことだから、絶対に今回の旅行の情報手に入れてるよね)

(お土産は最初から買って帰るつもりだったし···)

【新幹線】

(そうだった!お土産のことも忘れないようにしないと!)

石神
どうした。急にガイドブックをめくりだして

サトコ
「お土産のことすっかり忘れてて。東雲教官にさりげなく催促されちゃって···」

石神
律儀に買って帰るのか

サトコ
「お土産は最初から買って帰るつもりだったので」
「加賀教官には大福ですよね。名物の大福とかあればいいんですけど」

お土産のページをペラペラとめくっていると、ひょいと石神さんの手がガイドブックを取った。

石神
お土産は向こうで考えればいい
しばらく学校のことは忘れろ

石神さんはガイドブックをしまい、私の手をぎゅっと握る。

その手の強さに私はコクリと頷いた。

(そうだよね。せっかく石神さんと二人で遠出するんだから、恋人気分を満喫しないと!)

サトコ
「考えたら久しぶりですね。仕事を忘れて二人きりで過ごせるの···」

石神
そこでひとつ提案があるんだが···

サトコ
「なんでしょうか?」

考えるような口調で話を切り出す石神さんに、私は顔を上げる。

石神
卒業すれば、仕事上では完全に上司と部下になる
仕事の時と区別をつける意味でも、そろそろ敬語は止めないか
お前は呼び方も堅苦しいからな

サトコ
「え···」

石神
俺の名前、忘れたか

サトコ
「い、いえ!石神···秀樹さん、です···」

石神
ああ、それでいい

(突然の敬語なしと名前呼びって···!)

固まる私に石神さんはその眉を微かに上げる。

石神
何かおかしなことを言っているか?

サトコ
「い、いえ、言ってることはもっともだと思うんですけど」
「でも、それができるかと言われれば、別問題で···」

(石神さん相手に敬語なしで話すなんて考えられない···)

石神
この先もずっと敬語で話し続けるつもりか?

サトコ
「そうですよね···」

(仮に、このまま結婚までいったりしたら···いや、気が早いのは分かってるけど!)

(いつかは敬語じゃなくなるのが当たり前なのかな···)

石神
初めはやりづらさもあるだろうが、話しているうちに慣れるだろう

サトコ
「た、確かに···最初さえ乗り越えられれば何とかなるかもしれません」

石神
さっそく敬語だが?

サトコ
「え、あ···何とかなる、かも···」

(ここで切るって落ち着かない!)

石神
まだ丸二日以上ある。この旅行の間に慣れればいい

サトコ
「はい···じゃなかった!うん、ひ、秀樹···さん···」

石神
ああ

(こんなに照れ臭いなんて!)

真っ赤な頬を押さえる私を石神さんは微笑ましく見ている。

この大阪旅行が忘れられないものになるのは、すでに確実なことだった。

to  be  continued

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