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Season2 カレ目線 石神1話

「俺と加賀の類似点」

【校門】

季節は巡る。

それは自然の理であり、時は平等に流れる‥はずだがーーー

(ここ最近、時が経つのが遅く感じられるのは)

(なぜだろうな)

今月に入ってからの日照時間は例年に比べひどく少なく、薄曇りの日が続いている。

公安学校で補佐官を交代してから、数週間の時が経過していた。

【教官室】

マスコミで公安の協力者に関する話が取り上げられたことで、余計な仕事が増えた。

(人権を盾にすれば何でも許されると思っているのか)

公務員批判の記事は受けがいいのか、当分追求が続きそうだ。

(俺たちが労力を割くべき案件は別にある)

(どこかで対応の線引きをしなければ‥)

今後の体制について考えていると···

サトコ
「失礼します!」

颯馬
ええ、ですからその件は···

後藤
石神さん。時間が出来次第、警察庁に顔を出して欲しいそうです

石神
ああ、報告が上がったら···

(サトコか···)

視線を報告書に落としたままでも、その声で分かる。

習慣で顔を上げかけ、今彼女が向かう先は俺ではないと動きを止める。

サトコ
「···加賀教官!」

加賀
でけぇ声出すんじゃねぇ

視線だけを動かすと、加賀の前に立つ彼女の姿が見えた。

サトコ
「あ、あの···何か私に出来ることはありませんか?」
「私、何でもやります!」

石神
······

(戸惑うことも多いようだが‥あいつなりによく頑張っている)

(少し厳しいことを言ったかと、あの時は思ったが‥)

思い返すのは数日前のこと。

【資料室】

石神
いつまでも自分が望むものを与えられると思うな
お前が補佐官を務めるのは、俺じゃない

サトコ
『石神、さん···?』

石神
何のために補佐官が変わったと思っている
いつでもみんなが、お前を見守ってくれていると思うな

【教官室】

(腐らずに自分を立て直していけるのも、またサトコの長所なんだろう)

(だから、加賀の補佐官も務められているのかもしれない)

加賀
チッ···暇ならこれを届けて来い

何だかんだ言いながらも加賀はサトコに仕事を与えている。

(本当に使えなければ、加賀は存在すら認めないからな)

加賀
この時間なら、本庁にいるだろう
とっとと行け

サトコ
「はい!」

はつらつとした笑顔。

離れて客観視できることもある。

(あの笑顔に力があると思うのは、俺の贔屓目か···)

加賀
······

加賀を見れば、その口元に微かな笑みが浮かんだのを見逃さなかった。

石神
······

(そう思うのは俺だけではなさそうだな)

(加賀の下に就くのは、サトコには合わないことも多いだろうが)

(だからこそ、学べることがある)

彼女が様々な壁にぶつかっているのは知っている。

それでも前を向いているのは、前教官である俺の顔を立てたいという気持ちもあるのだろう。

(加賀、お前の目にサトコはどう映っている?)

彼女の努力が結果につながるよう‥祈りながら見守るのが、今の俺の仕事だった。

【廊下】

その日の夕方。

廊下を歩いていると、先に加賀の姿を見つけた。

開いた窓枠に手を掛け、何かに目を留めているようだった。

(珍しいな···あいつが立ち止まって何かを見ているなんて)

理由があるわけではないが、気付かれないように足音を消す。

加賀の視線を追うように窓の外を見ると、そこには駆けてくるサトコの姿があった。

(警察庁からの帰りか)

加賀
ふっ

加賀は一瞬笑うと、再び歩き始める。

石神
······

(加賀、お前は···)

加賀が嘲笑以外で笑うことなど滅多にない。

素のあいつの顔を見たようで、妙な居心地の悪さがある。

(加賀がサトコに特別な感情を抱いている···?)

少し前なら、加賀が女に惹かれるなど一笑に付すことだ。

けれどーー

(女に心奪われるなど考えられなかった俺が変えられた)

(ならば、サトコが加賀の心を揺らすのも···)

想定内と言えば想定内のこと。

驚くほどのことではないと現状を捕える自分がいる。

(加賀の心の動きはある程度察せられる)

(認めたくはないが、俺と加賀は似ているからな)

鏡に映したように正反対なことが多い。

だが根底にあるものが同じだから見えるのだと分かったのは、

出会って比較的すぐのことだった。

石神
······

(ん?)

もう一度、窓の外を見るとサトコがこちらに大きく手を振っていた。

石神
······

その笑顔に思わず手が挙がりかけると‥

颯馬
彼女の笑顔は公安学校に咲く花のようですね

石神
颯馬···

いつの間にか横に立った颯馬がサトコに手を振り返していた。

(颯馬の気配の消し方も大したものだ)

別のことに気が行っていたとはいえ、気が付かなかった。

颯馬
石神さんも手を振ってあげましょうよ。ほら

石神
······

颯馬に催促されると、先ほど振りかけた手を挙げる気にもならない。

(こういうところが俺と加賀は似ている)

苦いものを覚えながら、サトコから視線を外す。

石神
柄でもない

颯馬
柄でもないことに女性はキュンとするものですよ

(こいつも相当食えないな)

冷たい視線を送ったところで笑顔を返してくるのが颯馬の質の悪さだ。

(だが本来の公安は、こんな食えない奴らばかりが集まる場所‥)

(その中でサトコ、お前は‥)

どんな居場所を見つけるのか‥それもこれからの彼女の課題になるだろう。

【資料室】

講義後、心あらずだったサトコが気になり資料室を訪れると‥彼女はまだ作業を続けていた。

(その量···加賀からも積まれたか)

石神
サトコ

サトコ
「あ、石神さん···お疲れ様です」

(甘やかすわけじゃない。効率を上げるために手伝うくらいいいだろう)

石神
······

(···いや、ここで自分に言い訳したところで仕方がないか)

(サトコの様子が気になって見に来たんだからな)

サトコ
「あの···」

石神
2人でやった方が早く終わる

サトコ
「そ、そんな、悪いです!」
「これは私の仕事ですし···」

石神
というのは口実で、俺がお前といたいだけだ
···今はこんな理由でもないと、一緒にいることすら出来ないからな

サトコ
「石神さん···」

サトコが嬉しそうに微笑み、こんな空気になるのが随分久しぶりなのだと気が付く。

(補佐官交代から仕事のことばかり考えていたが‥)

(恋人としてなら、誰に遠慮することもなく二人になってもよかったのか‥?)

未だにその線引きは難しく、教官として距離を取っている以上、恋人としての距離も難しい。

サトコ
「······」

サトコの顔を見ていると、少しずつその笑顔が消えていく。

迷いの色がその目に浮かぶのがわかった。

石神
···どうかしたか?

サトコ
「いえ···」

(それで誤魔化すつもりか)

心に溜まっているものを話すように促していくと、決意したようにサトコが口を開いた。

サトコ
「···石神さんに話そうか、ずっと迷ていたことがあります」
「昨日、寮監室に行った時のことですが···」

石神
······

(加賀と一晩過ごした···か)

事件に関するようなことではなくほっとする一方で、

心の奥底に妙な澱みが生まれた。

サトコ
「軽率でした···すみません」

石神
···いや、怒っている訳ではない。仕方のない状況だったからな
しかし···
······

(加賀と二人きりになるな?いや、そんなことは不可能だし言うべきことではない)

(一晩過ごすな···というのも、言わずともわかっているだろう)

(俺は何を言おうとしている···?)

生まれた澱みが口から出ようとしているのがわかる。

だが、それを言語化することが出来ずに苛立ちにも似た歯痒さを覚えた。

(何だ、これは···)

サトコ
「?」

石神
···いや、なんでもない

(加賀がサトコを補佐官として扱っているのはわかる)

(介抱したということは、それなりに頑張りを認めてもいるんだろう)

石神
加賀の行動には辟易させられることばかりだが‥あんな奴でも、学べることはたくさんある
何が自分にとってプラスになるのか、お前なら見極められるはずだ

サトコ
「石神さん···」

公安学校の教官としてあるべきことを言っている‥それは充分にわかりながらも。

言葉にされなかった “何か” が胸の奥底に沈んでいくのが分かる。

石神
······

ふと窓の外を見ると‥今日も空には薄く雲がかかっていた。

to  be  continued

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