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Season2 カレ目線 石神3話





【大使館】

霧雨だった雨は、いつの間にか本降りに変わっていた。

瑞貴
「容疑者の搬送、終わりました」

桂木
「ああ。海司の方はどうだ?」

海司
「オレは問題ないっスよ」

そら
「濁流の中でも楽々泳げるって、さすが海司だよな~」


「救命胴衣着けて飛び込んだんだろ?」

海司
「当然です。体力に自信はありますけど、現場での過信は命取りですからね」

石神
······

聞こえてきた桂木班の会話に、彼らの堅実さを感じ一流のSPである理由が分かる。

(現場での過信は命取り···まったくもってその通りだ)

(今回は桂木班のチームワークに救われたな)

秋月たちの素早い判断と動きがなければ、容疑者の命は既に失われていたかもしれない。

(そんな事態になったら、あいつは···)

眼鏡を濡らす雨粒を鬱陶しく思いながら、少し離れたところに停まっているワゴンに視線を移す。

(容疑者を撃った後···平静を装っていたが、予想外の行動に出た容疑者相手に動揺していた)

(今は落ち着いているといいが···)

桂木
「石神、後処理は任せていいか。俺たちは引き続き大使の警護を続ける」

石神
ええ。こちらの報告書が揃い次第、共有するようにします

捜査員たちが慌ただしく動くなか、雨に打たれているワゴンに向かっていく。

捜査員
「お疲れ様です!」

石神
ああ。氷川はここか

捜査員
「はい」

石神
しばらく二人にしてくれ

ワゴンのドアを開けると、サトコは緩慢な動きで顔を上げた。

石神
······

(酷い顔だ)

雨で濡れたせいもあるのかもしれない。

座席に座るサトコはひどく小さく見えた。

石神
そのままだと風邪を引く

濡れ髪が頬に張り付いている。

手近にあったタオルを渡すと、それを頭からかぶり、再び固まった。

サトコ
「···ありがとうございます」

零れた声は強張っている。

髪を拭うこともできないのか、サトコは両手を膝に置いたままだった。

(撃った自分を責めているのか)

石神
······

その横顔をじっと見つめる。

それはただ悔いて恐れているだけの顔ではなかった。

(刑事として取った行動に間違いはなかった···状況から判断して、そう思う気持ちもある)

(だが犯人が意識不明の重体となった事実が、判断の是非を問いかけて来る···といったところか)

頭に乗せられたままのタオルに手を伸ばし、その髪を拭いてやる。

肩から落ちていた毛布を掛け直すと、やっとサトコがわずかに顔を上げた。

サトコ
「石神さん···」

石神
適切な判断だった

サトコ
「······」

石神
想定外の出来事は、現場にはつきものだからな

サトコ
「···はい」

言葉は多少の慰めにしかならない···それはよく分かっている。

だが、これは教官としての適切な評価だ。

サトコ
「······」

再び沈黙が降り、雨の音だけが耳に届く。

容疑者の “死” を意識して、ここまで憂う彼女の姿は、

おかしな言い方だがある意味新鮮だった。

(俺たち公安は国家のために多少の犠牲はやむを得ないと割り切っている)

(だが、これが人として当然の、あるべき感情か···)

いつの間にか、そんな心は失ってしまった。

それは俺だけではない···俺の周囲にいる捜査員たちも、すでに “命” の重さの量り方が違う。

(サイボーグと揶揄される由縁も、この辺りにあるんだろう)

(しかし公安刑事になるためには必要なことだ)

石神
···ひとりで戻れるか

サトコ
「はい。大丈夫です」

あまり長い時間、ここにいるわけにもいかない。

その肩に軽く手を置いて立ち上がり···一瞬、動きを止める。

(···こんなに小さかったんだな)

普段それを意識させなかったのは、周囲に負けたくないという彼女の強さだったのだろう。

(いや、今でも負けたくないという気持ちはあるはずだ)

ここで特別扱いされることはサトコも望んでいない。

石神
報告書、忘れるなよ

サトコ
「はい」

他の部下の時と同様に接しながらも、彼女の肩から離した手に視線を落とす。

石神
······

触れていた濡れた髪の温もりは、離れるとすぐに冷たさへと変わる。

彼女の心も同じように冷えているのだろうと思ったけれど‥今、傍にいることは出来なかった。




【石神マンション 寝室】

容疑者を重体へと追い込んだ一件は想像以上にサトコを追い詰めていた。

(急性ストレス障害を引き起こすほどのことだったか···)

彼女の気持ちを察し理解したつもりでも、気持ちには寄り添えないのだと痛感する。

(一度麻痺した感覚というのは、頭で理解することはできても感情は追いつかない)

(そもそも俺は、感情は理論で制御できると思っているクチだからな)

そのバランスがとれなくなることがあるのは、唯一サトコのことだけ。

今夜もこうして感情が彼女を引き止めた。

石神
······

サトコ
「······」

ひとつのベッドに入り、腕枕をするとサトコがその視線を上げてくる。

サトコ
「腕···重くないですか?」

石神
負担はかかるかもな

サトコ

「じゃあ、もう···」

頭を移動させようとするサトコをもとの位置に戻す。

(俺ももう少し言い方というものを考えるべきだな)

石神
······

サトコ
「い、石神さん?」

さすがに今のはなかった‥と思いながらも、上手い訂正の言葉が思いつかず目を閉じる。

石神
おやすみ

サトコ
「えっ···」

戸惑う気配が伝わってきたのも一瞬。

サトコは胸の前で手を合わせると、丸まるようにして身を寄せてきた。

(お前の気持ちをもっと汲むことが出来れば···な)

彼女がすぐに眠りに落ちるのが分かる。

目を開けて寝顔を見ていると、サトコの手が何かを求めるように動いた。

(どうした?)

サトコの手が俺のシャツをつかみかけ···

サトコ
「···っ」

何かを堪えるように眉間にシワを寄せたサトコは、

手を硬く握ると再びそれを自分の胸に抱え込んだ。

石神
······
···夢の中でも甘えるのが下手だな、お前は

苦笑しながらも、やるせない気持ちが胸を締め付ける。

石神
寝ている時くらい、我が儘になれ

胸に抱えている手を取り、そっと広げて握ってやる。

サトコ
「······」

眉間に刻まれていたシワが徐々に消え、空いている方の手で額に触れてから俺も目を閉じた。

(先程の俺の判断は間違っていたか···?)

思い出すのは、つい先程のサトコとの会話。




【リビング】

サトコ
「あそこで犯人を止める必要はあった。でも、もっと他の選択もあったんじゃないか···」
「そう思い悩んでしまう私は···公安刑事には、向いてないでしょうか?」

石神
それを俺に聞くことに、意味があるのか?

サトコ
「え···」

石神
他でもないお前の人生の決断に、他人が口出しするべきではない

サトコ
「······」




【寝室】

石神
······

冷たい答えだったと自覚はある。

(『何かを吐き出せる胸くらいは貸してやれる』そう言ったのは俺だ)

(だが吐き出させるだけで、その先の面倒はみない···そう思われても仕方のない答えだな)

指を絡ませるように手を握り直す。

この細い指で拳銃を握っている···彼女が見ている世界と俺が見ている世界は、やはり違うのだろう。

(だからこそ、俺がお前の道を決めることは出来ない)

(公安に入るかどうかは、お前のこれからの人生を変えるといっても過言ではない)

(この判断だけは···悔いを残さないためにも、お前自身が下さなければいけない事柄だ)

今ここで無理に公安に引っ張ることも出来るだろう。

しかし、それがサトコにとって好ましいことなのかどうか···

俺には判断はつかないし、つけるべきことではないと思う。

(いや、公安は無理をして就けるような仕事ではない)

(迷いがあれば、それは死を呼び寄せる)

頭の中で俯く小さな彼女の姿を思い出せば‥簡単に諦めるな、などとは言える訳もなかった。

to  be  continued







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