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Season2 カレ目線  石神4話

「公安に染まるということ」

【個別教官室】

教官室の机の上。

密閉袋に入った “どんぐり” を眺め、藤田一家のことが思い浮かぶ。

(今回の事件の裏にいるのは藤田海斗の兄・陸斗で間違いはない)

(動いてくることは予測していたが、思ったよりも早かったな)

手口が海斗の時と似てるのは、意識してのことなのだろう。

藤田陸斗が左翼団体に身を潜めながら動いていることが分かった今、

確保までの道はそう遠くはない。

石神
「······」

海斗と陸斗が残した “どんぐり” は藤田親子をつなぐ思い出の品。

それが犯行現場に置かれているのは “復讐” の証。

(海斗を逮捕すれば、陸斗が動くことも予想していた)

(しかし···)

いざ陸斗の事件の裏に陸斗の影を見つけると、複雑な想いが胸を過る。

(陸斗と海斗、二人をこの手で捕えることになるとは···)

(彼らの暮らしを壊したのは他でもない、俺自身だというのに)

感傷に浸るわけではないが、思わず深い息を零す。

その時、ノックもなく教官室のドアが開いた。

加賀
···辛気くせぇ顔だな

石神
ノックくらいしろと何度言えば分かる

加賀
難波さんからの書類だ。やっとけ

いつものことながら、加賀はこちらの話など耳に入れることもなく用件だけを押し付けていく。

(陸斗が動く前に補佐官交代が終わったのは幸運としか言いようがないな)

加賀がデスクに書類を放り、そのまま出て行くのかと思いきや···

こちらを見て、その眉をひそめた。

石神
なんだ

加賀
テメェで決めた方針だろうが

石神
······

加賀の視線は俺の前にある密閉袋に向けられていた。

(こんな時ばかり余計な口を挟む男だ)

石神
何の話だ

加賀
···テメェがそれで済ましてぇなら、それでもいい
だが、卒業試験が絡んでるってこと忘れんじゃねぇぞ

石神
言われるまでもない

加賀
だったら、まずはバカみてぇに自主練してるアレを、どうにかしろ

(サトコのことか···)

撃てないのは変わらないようで、それに抗うように彼女の自主練の時間は日々伸びていた。

(もどかしさを動くことでしか昇華できないんだろう)

(苦しいだろうが、こればかりは自分で乗り越えるしかない)

石神
今の氷川には必要なことだ。あいつなら、きっと自分で這い上がってくる

眠っている間すら甘えることの出来ないサトコ。

その気丈さは恋人としては胸が痛むが、刑事として考えれば評価すべき姿勢だった。

(それに、あいつなりに自分で答えを見つけようと模索している最中だ)

(今の俺に出来ることは···)

加賀
なら、それを言ってやれ

石神
めずらしいな。お前が訓練生のことを気に掛けるとは

眼鏡を押し上げながら加賀を見ると、加賀はいつものように舌打ちをして視線を逸らした。

加賀
アレが受かんねぇと、俺の手駒に出来ねぇだろうが

石神
訓練生を駒扱いするな

加賀
テメェの扱いも大して変わんねぇだろ

(お前と一緒にするな)

(そもそも卒業が決まったところで、サトコをお前の駒にするつもりはない)

加賀が教官室を出て行き、同時にため息が落ちる。

(言葉をかける···か)

今の俺にかけられるのは、どんな言葉だろうかーー

考えたが、すぐに答えは出て来なかった。

【廊下】

黒澤
あれ、石神さんお出かけですか

石神
ああ

教官室を出て最初に出くわしたのは黒澤だった。

黒澤
久しぶりにゆっくり石神さんに会えると思ったんですけど
いや~、残念です

いつものようにヘラヘラと笑いながら黒澤は肩を並べてくる。

石神
お前の行き先はこっちじゃないだろう

黒澤
石神さんが出るなら、お見送りしようと思って。どこに行くんですか?

石神
拘置所だ

黒澤
ああ···藤田陸斗への面会ですか

石神
···どこで聞いた

黒澤
いや、ちょっと小耳にはさんだだけですよ

(いつものことながら、どこで話を拾ってくるのか···)

笑っていない黒澤の目をチラリと見て、公安に向いているのは、こういう人間なのだと思う。

(俺たちでさえ、お前の真の顔というのは知らないんだろうな)

黒澤
あの、石神さん···

石神
なんだ

黒澤
そんなふうに見つめられると照れます···そんなに俺に会いたかったんですか?

石神
······

黒澤
ちょ、まっ‥ほっぺ、つねらにゃい!

(お前のような奴もいれば、サトコのように裏のない奴もいる···)

(だからこそ、成り立つ組織になるのかもしれない)

頬をさする黒澤を残し、俺は藤田海斗との面会に向かった。

【拘置所】

海斗
「お前···っ」

石神
久しぶりだな

海斗
「面会なんつーから、誰かと思えば···チッ」

こちらの予想通り、海斗は悪態をついて顔を背ける。

(陸斗に関する情報を何か得られれば···奴がコトを大きくする前に確保できる可能性もあがる)

(海斗が今の陸斗の状況を知るはずはないだろうが)

石神
たまに様子を見に来るくらいいいだろう
どこまでも俺を憎みたがる兄弟だな

海斗
「兄弟···?」

こちらの予想通りの単語に引っかかり、海斗がこちらに顔を向けた。

海斗
「なんで陸斗の名前が出てくんだよ」

石神
お前がそれだけ俺を恨んでいるなら、陸斗も言わずもがなだろう
それをいつ表に出すか···だけの差じゃないのか

海斗
「······」

海斗がこちらを注視する。

その視線を受け止め続けると、何かを察したように視線を外した。

海斗
「···まあ、陸斗だって俺と似たようなもんだ」
「俺が過ごした時間は、いわば陸斗が過ごした時間···考えることも感じることも、そう違わない」

石神
双子とは、そういうものか

海斗
「双子ってくくりで話せることなのか、わかんねぇけど···」

海斗がその目を細め、過去に思いを馳せるような顔をする。

海斗
「あの親父だからな···ろくでもねぇって、思うことが多かった」
「でも、何でだろうな···いざいなくなると、思い出すのはどっちかっつーと良いことばっかなんだ」

(つまり、陸斗も同じ思いでいるということか)

(父親の思い出を抱え、ゆえに俺への憎悪が募る···)

(海斗を先に捕えてる分、その恨みはより深いかもしれない)

より警戒しなければならない相手なのだと気を引き締める。

石神
思い出というのは、往々にしてそういうものじゃないのか

海斗
「···あんたが言うと感傷も何もねぇな」

石神
···そうか

海斗
「そういう奴だってのは、わかってたけどよ」

海斗はふと思い当たるような顔で、こちらに身体を向けた。

海斗
「そういえば、あの女刑事···氷川、だっけ?」
「あんたって自分の女にも、そんな感じで話すの?」

石神
···だったら、何だと言うんだ

(急に話の矛先を変えて何のつもりだ)

海斗
「あの女って、そういう趣味?」

石神
意味が分からない

海斗
「だから、あんたみたいな鉄仮面に冷たくされるのが好きな特殊な趣味を持ってるのかってこと」

石神
······

(俺を選ぶのは特殊な趣味だと言いたいのか?)

反論したいところだが、俺のような男を選ぶ女が物好きだと言うのは自分でもわかっている。

海斗
「顔に出ない分、わかんねーこと多いんだろうなぁ」
「あ、もしかして彼女、ネゴシエーター志望とか?」

石神
なぜ、そういう話になる

海斗
「顔見てわかんなきゃ、気持ちなんて想像するしかない」
「あんたみたいな男が相手って、相当大変そー」

石神
そういう話が出来るということは、お前も大分まともになったということだな

海斗
「あんたよりずっと早くまともになるかもな」

石神
···また顔を見に来る

海斗の最後の言葉を否定は出来なかった。

(確かに、お前の言う通りかもな)

(お前には更生の可能性があるが···俺がまともに戻ることは、もうない)

公安として生きていくとは、そういうことなのだから。

to  be  continued

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