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加賀兵吾の再調教 3話

【牢屋】

サトコ
「足首、見てもらえませんか···?」

看守
「······」

ドレスの裾を持ち上げて、看守に肌を見せる。
探り合うような視線が交わると、ゴクリと唾を飲み込んだ看守が檻の中へと入ってきた。

看守
「し、仕方ないな···どこだ?」

サトコ
「この辺なんです。擦れて、赤くなっちゃって···」

下心見え見えの看守がギリギリまで近づいた瞬間、
ダン!と腕を取って床にねじ伏せる。

看守
「ぐっ···」

首の動脈を強く押して一瞬酸欠状態にすると、看守が気絶したのを確認して手を緩めた。

(急がないと···!誰かが来たら終わりだ!)
(加賀さんは確か、看守から鍵を受け取っていた···この人が持ってるはずだ)

急いで看守の身体を調べると、衣服のポケットから鍵が出てきた。
足枷を外してさらに調べると、上着の内側に不自然な感触。

(紙が入ってる···?でも、ポケットなんてない)
(···もしかして)

思い切って看守の衣服の内側を破ると、中から小さく折りたたまれた紙が出てきた。
そこに書かれていたのは、意味を成さないような数字の羅列だ。

(これ···もしかして、乱数表?)
(どうして看守が、こんなもの···)

行きつく答えは、ひとつだ。

(看守が、工作員だった···!?)
(そうじゃなくても、仲間の可能性が高い!)

サトコ
「···加賀さんに知らせなきゃ!」

でもしばらく走っていなかったせいか、床を蹴った瞬間、脚がふらついた。

(だけど···一刻を争う!)

靴を履いてない脚で必死に走り、檻を出た。

【廊下】

檻は地下にあり、階段を昇ってそこを出ると、長い廊下が広がっていた。

(どこかの屋敷···?加賀さん、どこにいるの?)
(闇雲に探してもダメだ。まずはどこかに隠れないと)

警備員
「おい、お前」

サトコ
「!」

警備員
「まさか··· “商品” か!?」

(しまった!見つかった···!)

咄嗟に、逆方向に走る。
警備員に追われるまま、近くの部屋へと飛び込んだ。

そこは、見覚えのある部屋だった。
加賀さんに連れられて、大富豪に会わせられたあの部屋だ。

大富豪
「ん?なぜ “商品” がここにいる?」

サトコ
「!」

組織幹部
「おい!誰が檻から出した?私は許可してないぞ!」

それは、パーティーで加賀さんと話していた主催者らしき男だった。

(しまった···!よりにもよって、こんなところに飛び込むなんて···!)
(どうしよう···!?捕まったら、きっともう逃げられない!)

組織幹部
「おい、誰か捕まえろ!大事な商品を逃がすな!」

サトコ
「っ······」

咄嗟に、踵を返して部屋の扉へ向かう。
でも入ってきた誰かにぶつかり、逃げ道を阻まれた。

(そんな···!)

加賀
どこ行くつもりだ?

サトコ
「!」
「加賀さ···」

後藤
全員、動くな!この屋敷は包囲した!

後藤教官の声と同時に急に廊下が騒がしくなり、大勢の人がなだれ込んできたのがわかる。
私の肩を抱き寄せた加賀さんが、持っていた銃を主催者たちに向けた。

加賀
ここで人生の幕を閉じるのと、全部吐くのと、どっちがいい

組織幹部
「まさか、お前···!」

大富豪
「おい、どういうことだ!私の商品は!」

加賀
この状況を見て、まだそんなこと言ってやがんのか
今すぐ選べ。死ぬか、生きるか

石神
加賀!無茶は···

加賀
百も承知だ

サトコ
「加賀さん···!あの看守が工作員です!」
「乱数表を持ってました!檻の中で気絶してますから、早く確保してください!」

加賀
······

銃口を主催者たちに向けたまま、加賀さんが私に視線をよこす。

加賀
···上出来だ

これまでの冷たさが消えて、いつもの加賀さんの笑みに戻っている。
その瞬間、ようやく、心から安心できたのだった。

【教官室】

石神
お前は、訓練生を何だと思ってるんだ!

例の人権団体、そして看守に成りすました工作員は全員、無事に確保できた。
私もあれからすぐに病院へと運ばれ、傷の手当と点滴を受けた。

(本当に、一時はどうなることかと思った···)

シャワーを浴びて、やっと人間に戻ったような気がする。
そんな私の横で、加賀さんは帰って来てからずっと、石神教官の怒号を受けていた。

加賀
······

石神
またいつもの単独行動かと思いきや、今度は氷川まで···
間に合ったからよかったものの、そうでなければどうするつもりだった!?

加賀
たらればの話なんてしてねぇ。結果がすべてだ

石神
そういう問題ではない!お前は、何度言えば···

(···今回の私の監禁は、完全に加賀さんの単独行動)
(あの団体の本来の “商品” である東洋人女性が、事故で亡くなってしまって···)

慌てた主催者は、あの大富豪の信用を失うことを恐れた。
そのため、パーティーに来ていた一般客から “商品” を見繕うと言い出したらしい。

(一般人と巻き込むのを避けるため···それに、私とあの看守との接点を作るため)
(急きょ、加賀さんが私を “商品” にして監禁した···)

石神
こういうことは、綿密な計画を立てて遂行するものだ!
安全を確保した上で、現場と連携を取り···

加賀
ギャーギャーうるせぇ。マニュアルサイボーグが

石神
お前は···少し反省しろ!

加賀
チッ

あまりにも急な話だったため、加賀さんは私に伝える時間もなかったらしい。

(それなのに、計画を実行するって···)
(今思い出すだけでも、成功したのが信じられない···)

東雲
それにしても、本当に檻に入れられるとか、笑えるよね

サトコ
「この前も言いましたけど、笑えませんから···」

後藤
加賀さん、看守が工作員だと気づいてたんですか?

加賀
何となくな
暗号が書かれた手帳は見つけたが、乱数表がどこにもなかった
そんなもんをそこら辺に置いておくようなヘマはしねぇだろ

颯馬
なるほど、だからサトコさんを看守に近づけて、乱数表の回収に当たらせたんですね
ああいうものは、本人が肌身離さず持ってる可能性が高いですから

サトコ
「あの···私、加賀教官からそんな指示はされてないんですけど」

恐る恐る発言すると、石神教官以外の教官たちが私から目を逸らした。

後藤
それは···まあ、加賀さんの信頼の証だ

サトコ
「 “信頼” っていう言葉で、誤魔化されてるような気がします···」

難波
まあ加賀も、もうちょっと氷川に計画を伝える努力くらいはなー

加賀
しましたよ

サトコ
「それ、看守のことですか···?」
「会話の中に二度も看守の話が出てきたから、おかしいとは思ったんですけど」

東雲
よくそれだけで気付いたね。普段は壊滅的に鈍いキミが

石神
今回は奇跡的に成功しただけだ。二度とこんな真似はするなよ
奇跡なんて言葉に頼るのは、刑事の仕事じゃない

加賀
喚くんじゃねぇ。脳内プリン野郎が
工作員の確保と人身売買、まとめてカタがついたんだからいいじゃねぇか

石神
だからお前は、もう少し反省を···!

(···本当に、綱渡りだった)
(加賀さんのおかげで、事件は解決したけど···)

石神教官のお小言は、まだまだ続きそうだった。

【加賀マンション 寝室】

ようやく石神教官のお怒りから解放され、くたくたになって帰ってきた。

サトコ
「石神教官、まだ怒ってましたね···」

加賀
あのサイボーグ野郎、プリンのくせに頭が固ぇ

ネクタイを緩め、加賀さんがジャケットをソファに放り投げる。
いつもの加賀さんの様子を見ていると、無性にホッとして瞼の裏に熱い涙がぐっと溜まってゆく。

(もう、事件は解決したんだ···あの檻に戻らなくていい)
(それにしても、悪夢みたいな事件だったな···)

一歩間違えば、あの変態大富豪に売られるところだった。
絶対に加賀さんが助けてくれると信じていたけど、考えただけで恐ろしい。

加賀
······

考え込む私を見つめ、加賀さんがこちらに歩いてくる。
その手が伸びてきて、私の首に触れそうになった。

サトコ
「っ······」

首輪をつけられていた時のことが蘇り、無意識のうちにきつく目を閉じて身を固くする。
それに気付いたのか、加賀さんが眉間に皺を寄せた。

加賀
······

サトコ
「あ、あの···すみません、反射的に」

何も言わず、加賀さんが再び私の首に手を伸ばす。
微かな金属音が聞こえたかと思うと、胸元に見覚えのある感触が触れた。

(これって···)

それは、あのとき壊れて落ちた、加賀さんからプレゼントされたネックレス。

サトコ
「直ってる···ど、どうして」

加賀
こっちが、テメェの本来の首輪だからな

サトコ
「あ、ありがとうございます!てっきり、もうダメになったかと思ってました」

加賀
······

事件が終わって、初めて心から笑えた気がする。
私の笑顔から、加賀さんが目を逸らした。

サトコ
「加賀さん···?」

加賀
礼言うとこじゃねぇだろ

聞こえた呟きは、加賀さんらしくないほどの小ささだった。
なんだか、いつもの加賀さんではないような気がする。

サトコ
「···加賀さん」

加賀
······

サトコ
「もしかして···き、気にしてる···とか···?」

思えば、事件が解決したというのにどこか浮かない顔だ。
でもじろりと睨まれて、慌てて首を振った。

サトコ
「そ、そんなはずないですよね!すみません!」

加賀
······

サトコ
「あれは仕事だし、加賀さんの私への扱いが酷いのは今に始まったことじゃ···」

加賀
······

(···ダメだ、余計なことを言うと墓穴掘る···)

でも、今日の加賀さんにはいつもの勢いがない。
それに否定の言葉もないところを見ると、あながちはずれではないらしい。

(そんなの気にするなんて、加賀さんらしくない···)
(事件が解決したのは、加賀さんのおかげなのに)

サトコ
「···すごく怖かったし、加賀さんが何を考えてるのかも全然分からなかったですけど」
「加賀さんを信じてよかったです。だから、気にしないでください」

思ったことをそのまま伝えると、加賀さんが私の本心を見透かすように見つめる。
でも私も、目を逸らすことはなかった。

加賀
···テメェは、バカだな

サトコ
「わかってます」

加賀
あんなことがありゃ、普通は···

言いかけて、加賀さんが言葉を止める。
それ以上は態度で示すように、ゆっくりと唇を重ねてくれた。

(···正直、少しだけ不安になったりもした)
(でも、やっぱり最後は‥絶対に加賀さんを信じようって気持ちが強かった)

唇で唇をなぞるように、加賀さんが優しいキスをくれる。
もどかしくて吐息を零すと、濡れた舌が滑り込んできた。

(このキス···なんだか···)

まるで教え込まれるような丁寧なキスに、必死に応える。
髪の中に指が入って来て、掻き抱くように深く求められた。

サトコ
「加賀、さ···」

加賀
···テメェは、誰のもんだ

サトコ
「加賀さんの、です···」
「···ですよね?」

思わずそう尋ねると、加賀さんが口の端を持ち上げて笑った。

加賀
当然だ

サトコ
「!」

加賀
俺がいなきゃ、テメェは野良犬になるだろ

サトコ
「でも私はきっと、野良になってもずっとご主人を想い続けますよ」

クッ、と小さな笑い声が聞こえて、加賀さんに目を覗き込まれる。
そして、試すように囁かれた。

加賀
ずいぶんな真似してくれたじゃねぇか

サトコ
「え···」

加賀
主人に噛みつくとは、まだまだ躾が必要らしいな

サトコ
「あ···!」

(もしかして、あのキスの時、舌を噛んだこと···)

サトコ
「で、でもあれは、あの状況じゃ仕方ないというか···!」
「加賀さんの真意が分からなくて、私も戸惑ってたと言いますか···」

加賀
犬は、黙って飼い主を信じてりゃいい
···そうすりゃ、飼い主も犬を裏切らねぇ

サトコ
「······!」

それは、私が加賀さんを信じている限り、加賀さんも私を信用してくれるという意味に聞こえた。

サトコ
「···私、今回のことで、改めてわかりました」
「何をされても、どんな扱いを受けても···加賀さんが好きっていう気持ちは、変わらないって」

加賀
······

サトコ
「きっとこの先何があっても、加賀さんを信じられます」
「だって私は、加賀さんにだけの忠実な犬ですから」

加賀
上等だ

ゆっくりと顔が近づき、唇が触れ合いそうになる。
でもなぜか、加賀さんはギリギリのところでキスをくれない。

サトコ
「ど、どうして···」

加賀
欲しけりゃ、ねだってみろ

サトコ
「え···!?」

(ね、ねだるって···!)

躊躇してる間に、加賀さんに顎を持ち上げられた。

加賀
テメェは俺の、何だって?

サトコ
「ちゅ、忠実な犬です···」

加賀
なら、できるだろ

サトコ
「犬には難易度が高いですよ···!」

加賀
なら、お預けだ

いつまでも触れない唇が寂しくて、恨めしさに加賀さんを睨む。
上目遣いにシャツを少しだけ引っ張ると、愉しそうに笑われた。

加賀
それでハニートラップでも仕掛けたつもりか

サトコ
「加賀さんにハニートラップが通用しないことは知ってます···」

加賀
······
···今日だけ、合格にしといてやる

いつも以上に優しいキスが落ちてきて、加賀さんの唇に夢中になった。

加賀
ようやく、忠犬らしくなってきたじゃねぇか

サトコ
「ん、っ······」
「加賀さん···好き···」

加賀
······

返事はなかったけど、どこか嬉しそうに加賀さんがさらに深いキスをくれる。
その夜は、まるでイチから教え込まれるように、加賀さんに隅々まで愛された。

【学校 廊下】

加賀
テメェの脳みそはお飾りか?あ?

サトコ
「申し訳ございません···」

加賀
何度言えば覚えるんだ、駄犬が

バサーッと廊下に捨てられる書類を、どこか懐かしい気持ちで見つめる。

(前にもこういうことあったな···)
(あと、ついこの間ようやく『忠犬』って言われたのに、また駄犬に戻った···)

加賀
わからねぇなら、その身体に叩き込んでやる

サトコ
「け、結構です···!書き直します!」

慌てて書類を拾いながら、心の中で首を傾げた。

(あの夜の加賀さんは、幻···?)
(一度優しくされたくらいで、加賀さんにそれを永続的に求めるのは間違ってたか···)

ふと目の前が陰り、顔を上げると加賀さんがそこにいた。
私の顎をつかんで上を向かせ、自分と向き合わせる。

サトコ
「!?」

加賀
またイチから躾けて欲しいなら、そう言え

サトコ
「······!」

加賀
テメェが満足するまで、いくらでも付き合ってやる

あの夜を思い出して動揺する私を鼻で笑うと、加賀さんが立ち上がる。
結局書類を拾うのも手伝ってくれることなく、その場を立ち去った。

(ず、ずるい···!そんなふうに言われたら、一生躾けて欲しいって思っちゃう···)
(···あれ!?私、なんか間違ってない!?)

確実に加賀さんの色に染められている自分を自覚して、なぜか照れてしまう。

(これからも、何があっても加賀さんについていく)
(あの背中を追いかけて···追いつくまで)

サトコ
「加賀さん!待ってください!」

加賀
待たねぇと何度言えば分かる

加賀さんらしい言葉を聞きながら、急いで書類を拾い集めて、その広い背中を追いかけた。

Happy  End

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