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離れるの禁止! 後藤



【学校 廊下】

後藤さんが長期出張で不在にしている、ある平日。
私は報告書を携えて教官室へ向かった。

(後藤さんは···多分まだ帰って来てないよね)

忙しい合間を縫って毎日メールはくれるけど、それもどんどん短いものになってきている。

(後藤さんってすぐ食事や身の回りが疎かになるし、体調とか崩してないといいんだけど···)

【教官室】

コンコン、ガチャッ

サトコ
「失礼します。報告書を···」
「···後藤さん!おかえりなさい」

後藤
久しぶりだな、氷川

自席から後藤さんが振り返る。
どこか疲れの残る顔だったけど、それでも私はホッとした。

(よかった、帰ってきたんだ)

サトコ
「出張、お疲れ様でした」

後藤
ああ

心から再会を喜んでいると、東雲教官がボソッと呟く。

東雲
飼い主が帰ってきた室内犬って感じだね

サトコ
「!?」

颯馬
ああ、確かに。尻尾を振っているのが見えるようです

難波
補佐官に慕われているのはいいことだ、うんうん

加賀
グズの分際で俺を待たせるとはいい度胸じゃねぇか、氷川

サトコ
「っ、すみません!」

(そうそう、加賀教官に報告書を提出しに来たんだった)

サトコ
「先日の事件の報告書です。よろしくお願いします」

加賀
ったく、浮かれやがって

文句を言われながらも報告書を渡して、そっと振り向く。
再び後藤さんの姿を目にして、更にテンションが上がった。

(久しぶりだからかな。前より更にカッコよく見えるよ···)
(でもまだ仕事中だから、あまり顔に出さないようにしなきゃ)

加賀
···チッ。及第点だ

サトコ
「ありがとうございます」

(ん?及第点なのに舌打ち···?)
(いや、あまり深く考えないようにしよう···)

後藤さんが段ボール箱を手に立ち上がった。

後藤
資料室の整理に行ってきます

サトコ
「あっ、私も手伝いましょうか?」

後藤
そうだな···。氷川の手が空いてるなら頼む

(後藤さん、片付けとか整理とか苦手そうだもんね)

颯馬
さしずめ、飼い犬の散歩という感じでしょうか

東雲
そんなカワイイものですかね

後藤
資料室にいます。何かあれば連絡を

難波
おー、サボらずしっかり頼むぞ

サトコ
「了解です。失礼します!」

教官たちの声を背にして、私たちは教官室を出た。


【資料室】

事件後の処理が終わって校内で閲覧可能になった報告書や、新規に手に入れた捜査資料の書籍。
それが後藤さんの持っていた段ボール箱の中身だった。

サトコ
「書籍が15冊、報告書が8通···」
「じゃ、先に書籍だけシステム登録してきますね」

書籍をまとめて取り出すと、後藤さんが目を細めた。

後藤
アンタが手伝いを申し出てくれて助かった

サトコ
「いえ、これくらいいつでも···。そうそう、出張はどうでした?」

後藤
手こずったが、無事に終わった
···これ以上は言えない。悪いな

サトコ
「いえ、大丈夫です。分かってますから」

公安の仕事はたとえ相手が同僚や家族でも言えないことが多い。
後藤さんの直属の上司である石神教官も、後藤さんがいない間は普段通りの態度を崩さなかった。

(それが出来てこそ公安刑事、だよね)

後藤
アンタは?俺のいない間、何か変わったことはあったか

サトコ
「加賀教官と颯馬教官の課題に追われてました···」

後藤
あの2人は厳しいからな
それで、無事に終わったのか

サトコ
「はい、何とか。さっきの報告書でひと通り」

後藤さんはポンと私の頭に手を置いた。

後藤
そうか。お疲れ

サトコ
「はい···後藤さんも」

久しぶりの近い距離がくすぐったい。

サトコ
「···少し、痩せました?」

後藤
測ってないが、多分な···
栄養はそれなりに取っていたつもりだが

サトコ
「何度も言いますが、カロリーブロックは栄養じゃないです!」

後藤
じゃあ、またアンタの料理を食べさせてくれ。ついでに味噌玉も補充してもらえると助かる

サトコ
「野菜たっぷりの味噌玉、いっぱい作っておきますね」

後藤
ああ

後藤さんの顔が、更に近づく。

後藤
···ただいま

サトコ
「お帰りなさい···」

自然と噛み締めるような言い方になる。
後藤さんは穏やかに笑った。

(私、後藤さんの帰る場所になれてるのかな。そうだといいな···)

後藤
今日はこれが済めば時間が作れる。アンタは?

サトコ
「私もこの後は空いてます」

後藤
じゃあ早く終わらせよう。アンタさえ良ければ、ウチに来てくれ

サトコ
「···はい!」

書類をあるべき場所にしまって、登録を済ませた書籍は書架に差し込む。

サトコ
「···こっちは終わりました!後藤さんは?」

後藤
こっちも終わった。思ったよりも早く済んだな

2人で顔を見合わせ、ふふっと笑う。

(この後一緒に過ごそうって決めてから、一段とスピードアップしたんだよね)

後藤
お疲れ。じゃあ、行くか

サトコ
「はい。···あっ」

出口へと歩く途中、何かにつまずいてしまった。

サトコ
「いたた···あれ?」

後藤
大丈夫か。どこかケガでも···

サトコ
「いえ、私は何ともないんですけど···」

つまずいた段ボールを目で示す。
中には古ぼけた手錠がいっぱいに詰まっていた。

後藤
『廃棄予定』と書いてあるな。なんでこんな所に···

サトコ
「もしかして、置き場所が見つからなかったんですかね···?」

後藤
大方そんな所だろうな
だがこのまま放置しておくと盗まれる可能性もある。置いた人間を探した方がいい

サトコ
「そうですよね。手錠が悪用されたら大事ですし」

何かヒントは無いかと、後藤さんと手を突っ込んで探る。
冷たい金属をかき分けて底をかき回していた時、不穏な音がした。

ガチャリ

サトコ
「···え」

後藤
······

嫌な予感がする。
ゆっくりと引き上げた手首には、やはり手錠。
···その先を目で辿ると、もう片方の手錠···
と、後藤さんの手首が。

(うそっ)

後藤さんは困惑した顔で手錠を見つめていた。

後藤
後先を考えずに手を突っ込んだのは、さすがに不用心だったか···

サトコ
「う···すみません」

後藤
いや、アンタが謝ることはない

(後藤さんの優しい言葉は嬉しいけど···)

サトコ
「···そうだ、カギ!手錠ならカギがあるはずですよね?」

後藤
このタイプは古すぎて、すでに現場では使われてない
だからカギも、すぐには見つからないかもしれないな

サトコ
「で、でも···何か工具があれば外せますよ。最悪、錠の部分を切断するって手もありますし」

後藤
···そうだな

サトコ
「ここにいても埒が明きませんし、まず工具を探しに行きませんか?」

後藤
ああ。だが、誰かに見られると面倒だ。人目は出来る限り避けよう

【廊下】

廊下につながるドアをソロソロと開ける。

(よかった、誰もいない···)

ホッとした瞬間、角の向こうから室長が現れた。

難波
よっ。整理終わったか

サトコ
「っ、はい!全部終わりました」

難波
そうか、ご苦労さん

慌てて後藤さんの背中に隠れて手錠を隠す。

後藤
書籍の登録も全部済ませました。確認願います

難波
あーいいよ、いいよ。お前らが入力したんなら間違いねぇだろ

一度資料室に入りかけた室長が、ひょこっとドアから顔を覗かせた。

難波
今から、手ぇ空いてるか?ちょっと使いを頼みたいだが

後藤
ええ。何でしょう

難波
なに、桜田門に書類を届けてもらいたいだけだ。終わったら直帰していいから

(えっ)

室長は封筒に入った書類を後藤さんにポンと渡す。

難波
じゃあ頼んだぞ~

後藤
···了解です

(こんな時にお使いって。しかも警視庁に···!?)


【警視庁】

さすがに『手錠がかかってますからいけません行けません』とは言えず、
後藤さんの運転する車で桜田門へ出向く。
不自由な手での運転を終えて、後藤さんは少しグッタリしていた。

サトコ
「運転をお願いしちゃってすみません···」

後藤
いや

(位置的に、後藤さんが運転席に座るしかなかったんだよね···)

後藤
後は打ち合わせ通りにしてくれ

サトコ
「分かりました」

後藤さんのポケットに手を入れて手錠を隠す。
段ボールを運ぶフリや、ハンカチを巻いて隠すなど試したものの上手くいかず···
最終的に、手錠のことを知られるよりは、
不自然でもポケットに隠した方がまだマシ···という結論に落ち着いたのだ。

(こんなの誰かに見つかったら絶対に引かれる···)
(後藤さんに迷惑かけないうちにさっさと終わらせなきゃ!)

こんな大胆なことが出来るのも、私が警視庁で顔を知られてないからだ。
とはいえ頻繁に出入りしている後藤さんにとっては噂の種でしかない。

後藤
最短で終わらせて帰るぞ

サトコ
「はい!」

周囲に目を光らせながらロビーを進む。
幸運にも、この時間の警視庁は人通りが少なかった。

(よかった···あとは急いで外に出るだけ···)

受付に書類を預けてさっさと帰ろうとした時、後ろでからかうような声がした。

???
「何だ、挨拶もなしか?」

(この声は···)

恐る恐る振り返る。
案の定、そこには一柳教官が立っていた。

サトコ
「お、お疲れ様です···」


「よ、お疲れ」

小声で挨拶する私の隣で、後藤さんは鼻で笑った。

後藤
知らなかったな。ここに来るとお前に挨拶する必要があるのか


「人の縄張りでコソコソしてるチキンに言われてもな」

後藤
俺はしかるべき場所で用事を済ませていただけだ
お前こそ、自分の縄張りを守るのに随分躍起になってるようだが
日本一忙しいSP集団とやらは、実は相当ヒマなんだな


「ヒマじゃなく、単なる偶然だ」
「自分の足で書類を届けるお前の方が、よっぽどヒマそうじゃねーか」

後藤
お前と一緒にするな

言い合いを続ける後藤さんの背後にそっと隠れる。

(うう、居づらい···早く解放して···!)

身を縮めて鞄でポケットを隠していると、急に一柳教官の声音が変わった。


「···ん?」
「お前ら···」

サトコ
「···!?」

恐る恐る顔を上げると、一柳教官の視線が後藤さんのポケットに向けられている。
その眉間に皺が寄るのを見て、私は思わず震えあがった。

(ひー!)

一柳教官は呆れたように後藤さんを見やる。


「お前なぁ···」

後藤
······

後藤さんは表情を消して一柳教官を見返していた。


「このムッツリめ」

小さく吐き捨てて、こちらに腕を伸ばしてくる。

サトコ
「!?」

何事かと身構えたけど、思いがけなく優しい手が触れた。


「一応隠してんなら、外ではやめとけよ」

私の髪をくしゃりと撫でる。
そのまま背を向けて、一柳教官は去って行った。

(な、何とか切り抜けた···?)

後藤
···あの野郎

サトコ
「そんな、きっと見逃してくれたんですよ···。よかったです」

後藤
······
氷川、ちょっとこっちを向いてくれるか

サトコ
「?」

後藤さんは自由な手で私の髪を直してくれた。
不器用ながらも丁寧な手つきに、状況を忘れてキュンとする。

後藤
···これでよし

サトコ
「ありがとう、ございます···」

その時だった。

黒澤
あっ、後藤さんにサトコさん!

莉子
「珍しいじゃない。2人ともどうしたの?」

サトコ
「!?」

開いたエレベーターから、莉子さんと黒澤さんが出てくる。

(1人やり過ごしたと思ったら、また次から次へと···!)
(関係者だらけの場所だし、それも当たり前だけど)

焦る私とは対照的に、後藤さんはサラッと答えた。

後藤
室長に頼まれて届け物に来ただけだ

莉子
「あら、そうなの···。あら?」

黒澤
あれ?あれあれあれー?

2人の声が、からかいの色を帯びる。
その視線の先には、不自然に膨らんだ後藤さんのポケットが。

(や、やばい油断した···!)

莉子
「大胆ね。本庁で昼間からラブラブつなぎ?」

黒澤
いや~、いいなぁ。青春ですね!

2人の声が更に高くなる。

(このままじゃ人が集まっちゃう)
(それに、私も莉子さんと黒澤さんの知り合いだってバレちゃう···!)

下手をすれば、私も警察関係者だとバレてしまうかもしれない。

(そしたら、協力者だったとかいう言い逃れはできない···)
(で、学校でも『後藤教官と氷川が警視庁でラブラブつなぎ』って噂になっちゃうかも···!)

そうなるくらいなら、事故で手錠が掛かってしまったと打ち明けた方がまだいい。

サトコ
「ちっ、違うんです。これは事情が」

咄嗟に引き抜こうとした手を、ポケットの中でぐっと握られる。

サトコ
「···?」

後藤さんはゆっくり口を開いた。

後藤
このポケットの中にはカイロがある

莉子
「···は?」

何を言い出すのかと、私も後藤さんの横顔を見つめる。

後藤
カイロは1つしかない。だが、氷川も俺もカイロが必要だ
という次第で、合理的に暖を取っているだけだ

淡々と言い切って、じっと2人を見つめる。

(この時期にカイロ···後藤さん、それはあまりにムリがありますよ···!)

そこは後藤さんも分かっているようで、ぐっと低い声で続ける。

後藤
···何か問題でも?

(何だろう。『無理を通せば道理引っ込む』みたいな···?)
(2人ともよく知ってる人だし、こういえば深く突っ込んでこないと踏んだのかな)

莉子さんも黒澤さんも、何かを飲み込んだ顔になった。

黒澤
今日はちょっと寒いですしね。オレもカイロ欲しいです~

莉子
「私も居室に戻ってあったまらなきゃ。またね、2人とも」

後藤
ああ

サトコ
「しっ、失礼します!」

莉子さんが私に耳打ちする。

莉子
「今日のことろは見逃してあげる」
「今度、真相教えてね」

うろたえる私に華やかな笑みを向け、莉子さんは軽やかな足取りでエレベーターへと歩いて行った。
隣で後藤さんがボソッと呟く。

後藤
後で本当のことを伝えるのも面倒だな···

(今の、聞こえてたんですね···)

サトコ
「って、そこまで考えてなかったんですか?」

後藤
とりあえず、この場を凌げればいいだろ

(後藤さんってこういう所がたまに雑というか、大胆というか···)

後藤
これ以上誰かに見つかったら面倒だ。行こう


【個別教官室】

お使いを無事にこなし、
またしても不自由な手で運転してもらって、ようやく学校に戻ってくることが出来た。
倉庫で漁って工具を引っ張りだし、後藤さんの教官室で手錠を切断する。

後藤
そのまま動かないでくれ

ガシャッ!

サトコ
「ありがとうございます!」
「後藤さんのも外します、貸してください」

お互い自由の身になって、ようやくひと息つく。

後藤
古い型だったから簡単だったな

(そういえば後藤さん、最初からそんな焦った様子でもなかったっけ)
(あれは簡単に壊せるって分かってたからだったのかな)

サトコ
「はい。それにしても···大変でしたね、色々」

ようやく後藤さんに会えたと思ったのに手錠が掛かったと気づいた時の焦りや、
教官たちに会ってしまった時の動揺。

(思い出すだけでもグッタリだよ···)

後藤
まあ、確かに面倒ではあったが···

サトコ
「?」

後藤
思いがけず、サトコと一緒にいる時間が増えた。悪いことばかりでもない
何しろ、顔を見るのも久しぶりだったからな

サトコ
「後藤さん···」

言われてみれば確かにその通りだ。
そう気づくと、手錠が外れた今の距離がなんだか物寂しくなってしまう。

サトコ
「···もうちょっと、近寄ってもいいですか?」

そう言うと、後藤さんは私を優しく引き寄せた。
当たり前に唇が重なって、待ちかねたみたいに深くなっていく。

(···あれ?私···)

久しぶりのキスだから、つい応じてしまったけれど。

(ここ、学校···!)

にわかに生まれた背徳感から後藤さんの身体を押し返す。

後藤
どうせ誰も来ない
···来たとしても、ドアを開けなければいい

サトコ
「···っ」

首筋に唇が触れても、まだほのかな後ろめたさが消えない。
じりじりと後ずさると、背中が壁にぶつかった。

サトコ
「あ···」

脚に後藤さんの膝が触れ、ゆっくりと割られる。

サトコ
「っ···」

後藤
···数週間ぶりだ
もう少しだけ、こうさせてくれ

熱いものを秘めた声が鼓膜をくすぐって、身体の奥に火が灯る。
抵抗をやめた私を、後藤さんは心ゆくまで翻弄したのだった。

Happy  End



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