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テーマパーク 石神

(えっ、石神さん?)

難波
どうした、石神
黒澤への制裁はもういいのか?

石神
それについては、加賀と颯馬に任せます
私は用事を思い出しましたので

(そうなんだ···)

すると、石神さんがちらりと私の方を見た。

石神
氷川を借りてもいいですか?

難波
ん?
ああ、好きにしろ···
というか、俺に許可を取る必要はないだろう
氷川はお前のなんだから

石神

難波
ああ···お前の『補佐官』という意味な

石神
···そうですね
では、氷川、ついてきてくれ

サトコ
「は、はい···」

(でも、どうしたんだろう。いきなり『ついてきてくれ』なんて)
(まさか、このまま2人きりでデート···なんて···)

【売店】

石神
商品名は、『ドラゴーン激辛茶漬け』。値段は税込864円だそうだが···

サトコ
「そうですか。お茶漬け···」

(···うん、わかってた。このままデートなんてありえないって)
(石神さん、パークに入るの、一番渋ってたし···)

石神
すまない。付き合わせてしまって

サトコ
「いえ、成田教官から頼まれたんですよね?」

石神
ああ。昼過ぎにメールが入っていた
だが、売店といわれても複数あるからよくわからなくてな

サトコ
「たぶん、このお店なら買えると思います」
「『パン美ふりかけ』もあるくらいですから」

石神
パン美?

サトコ
「女豹のキャラクターのことです。東雲教官が耳を着けていた···」

石神
ああ、あれか···

サトコ
「あ、お茶漬け見つけましたよ。これでいいんですよね」

石神
ああ···間違いない
では、会計を済ませてくる。ここで待っていてくれ

サトコ
「わかりました」

(これで2人きりの時間もおしまいか···)
(仕方ないよね。頼まれたものを買いに来ただけだもん)

【アトラクション出口】

ところが···

サトコ
「みんな、いませんね」

石神
どうやら移動したようだな

サトコ
「私、確認してみます。後藤教官か颯馬教官に···」

(ん、黒澤さんからメールが···)

サトコ
「!」

『オレたちは帰ります。「彼」との2人きりの時間を楽しんでください』···

(だ、だから、なんで黒澤さんにバレて···)

石神
どうした。氷川

サトコ
「い、いえ、その···黒澤さんからメールが入ってて···」
「みんな、もう帰ったみたいです」

石神
···そうか

とたんに、石神さんはキャラ耳を外してしまう。

(···そうだよね。そうなるよね)
(みんなが帰ったって知ったら、石神さんも帰るに決まって···)

石神
せっかくだから、もう少しいるか

サトコ
「えっ」

石神
こういう機会もそうないだろう。なにか乗りたいものはないのか?

サトコ
「でも···」

石神
遠慮することはない
今日は、颯馬の次に楽しそうにしていただろう

(うっ、バレてる···)

サトコ
「じゃあ、1つだけ乗りたいものがあるんです」
「付き合っていただけますか?」

石神
構わない。言ってみろ

サトコ

「それがですね···」

【アトラクション前】

サトコ
「『ドドーン!スライダー』です!」

石神
······

サトコ
「いわゆるフリーフォールタイプのスライダーなんですけど」
「すっごい迫力みたいで、本当は一番に乗ってみたかったアトラクションで···!」

石神
······

サトコ
「でも、後藤教官は青ざめそうだし」
「東雲教官は髪の毛を気にしそうだし」

石神
······

サトコ
「加賀教官には舌打ちされそうだし」
「颯馬教官は、その···賛同してくれるかもしれないですけど」

(その後が怖いし···)

石神
······

サトコ
「···ダメですか?」

石神
いや···構わない

サトコ
「ほんとですか!?じゃあ、並びましょう」

そうして待機列に並ぶこと1時間。
たくさんの人たちの悲鳴を聞いているうちに、期待はどんどん高まって···

(いよいよ私たちの番だ···)

サトコ
「き、緊張しますね」

石神
······

(とりあえず深呼吸をしよう)
(吸って···吐いて···吸って···)

石神
···手でも繋ぐか?

サトコ
「えっ、いいんですか?」

石神
それでお前が安心できるなら

サトコ
「じゃあ···」

(あ、手···あったかい···)

サトコ
「メガネ···かけたままで大丈夫ですか?」

石神
問題ないだろう。おそらくは
もし外れたら一緒に探してくれ

サトコ
「ふふ、分かりました」

スタートのブザーが鳴り響き、石神さんはまっすぐ前を向いた。

(いよいよだ。3、2、1···)

サトコ
「きゃあああっ」

石神
······

サトコ
「きゃあ‥きゃああっ!」

石神
······

スタッフ
「お疲れさまでしたー」

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

(すごかった···本当にいろいろすごかった···)
(石神さんは悲鳴ひとつあげてなかったけど···)

サトコ
「···ん?」

(すごい人だかり···みんな、何を見て···)
(ああ、アトラクションに乗ってる間の写真かぁ)
(私と石神さんの写真は···)

サトコ
「···あった!」
「石神さん、見てください。あの写真!」

石神
······

サトコ
「ふふっ、すごいですね」
「石神さん、どの写真でも無表情ですよ」

石神
······

サトコ
「あ、でもちょっとだけメガネが浮いて···」

ぐらり、と石神さんの身体が傾いた。

サトコ
「えっ、ちょ···」

ドンッ!

サトコ
「!?」

石神
すまない···少しフラついて···

サトコ
「い、いえ···」

(ていうか、この体勢···)

女性1
「見て、あれ···」

女性2
「うそ···壁ドン?」

女性3
「すごーい···初めて見た···」

石神
······
···なるほど

(えっ、『なるほど』って···)

サトコ
「なにが『なるほど』なんですか?」

石神
···次に行くぞ

サトコ
「な···っ、ズルいです!待ってください!」
「石神さん···っ」

結局、このあとも私たちはいくつかのアトラクションを楽しんで···

サトコ
「どうぞ、ソフトクリームです」

石神
この茶色いのは···

サトコ
「プリン味だそうです」

石神
···そうか。プリン···

2人で並んで歩きながら、ソフトクリームに口をつける。

サトコ
「なんか···この数時間で結構回りましたよね」

石神
テーマパークでこんなに回ったのは初めてだ

サトコ
「えっ、修学旅行とかで行きませんでしたか?」

石神
行くには行った

サトコ
「じゃあ···」

石神
興味のない連中とベンチで読書をしていた

サトコ
「そ、そうですか」

(それはそれで石神さんらしいような···)

石神
···楽しいものだな

サトコ
「なにがですか?」

石神
テーマパークだ。今までくだらないと思っていたが···
案外、『食わず嫌い』ならぬ『乗らず嫌い』だったのかもしれない
もっとも、一緒に行く相手にもよるのかもしれないが

ほろ苦く笑う石神さんを、ついまじまじと見てしまう。

(だったら、また一緒に来てくれるかな)
(他のテーマパークに誘っても、こんなふうに一緒に楽しんで···)

石神
氷川

サトコ
「は、はい···!」

石神
ソフトクリームが溶けかけているぞ

サトコ
「えっ···」
「ああっ」

慌ててコーンに口をつけて、溶けたクリームをすくいとる。

(危なかった。早く食べちゃわないと···)

石神
······

(あっ、今度は反対側が溶けて···)

石神
氷川

サトコ
「はい」

顔を上げたとたん、人差し指できゅっと唇を拭われた。

石神
クリームがついていた

サトコ
「······」

石神
···すまない、事後報告で
俺も、加賀のことを言えないようだな

サトコ
「い、いえ···」

頬に熱がのぼったのが、自分でもわかる。

(だって、ズルい···)
(そんなふうに優しく微笑まれたら、誰だって···)

サトコ
「あの···また一緒に来てくれますか」
「今日少しでも楽しかったなら···」

石神
······

サトコ
「その···今度は最初から2人きりで」

石神
···そうだな。2人きりなら考えてもいい
だが、次は『キャラ耳』は遠慮させてもらう

サトコ
「ふふっ、そうですね」

仕事柄、休日がなかなか重ならないのは分かっている。
私が学校を卒業したら、なおさらそうなるはずだ。

(だからこそ、一緒にいられる時間を大事にしたい···)
(石神さんと、思い出を積み重ねていきたい)

繋いだ手に力を込めると、同じように握り返される。

石神
そろそろ次に行くか

サトコ
「はい。どのアトラクションに···」

石神
そうだな···観覧車はどうだ?

サトコ
「了解です!」

イルミネーションが眩しい中を、私たちは歩いて行く。
新しい思い出を、ひとつひとつ積み重ねていくように。

Happy  End

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