(えっ、東雲教官?)
難波
「どうした、歩」
「黒澤への制裁はもういいのか?」
東雲
「兵吾さんが本気出してるみたいなんで」
「それより、これを」
教官は、景品でもらった「ドラゴンの耳」を室長に渡した。
東雲
「これで今日のミッションはクリアですよね」
難波
「ああ、そうだな」
東雲
「それじゃあ···」
「行こうか、氷川さん」
サトコ
「えっ」
東雲
「せっかくのテーマパークに来たんだから、キミを鍛えないとね」
(き、鍛える!?)
サトコ
「すみません、そういうのはちょっと···」
東雲
「遠慮しなくていいよ」
「ひとまず絶叫マシンを制覇しようか」
サトコ
「無理です!」
「フリーフォール系ならともかく絶叫系は···」
東雲
「ハイハイ」
(聞いてない!今の絶対聞き流してた!)
難波
「ほどほどにしておけよ」
東雲
「了解です。ではお先に」
「さ、訓練に行こうか」
(イヤーっ!)
(誰か、助けてーっ!)
サトコ
「きゃあああっ!」
「無理無理無理ーっ」
サトコ
「きゃあああっ!」
(もう···ダメ···)
東雲
「えっ、ちょっと!」
「キミ···!」
真っ暗な視界の中、誰かが髪の毛を梳いてくれる。
サトコ
「う···ん···」
(優しい手つき···)
(気持ちいい···)
サトコ
「誰···?」
「······」
(あれ···どうして教官の顔がすぐ真上に···)
東雲
「···起きた?」
サトコ
「はい···」
(このシチュエーション···なんとなく覚えが···)
サトコ
「!?」
(そうだ、感謝祭!)
(あの時も、途中で倒れて教官に膝枕してもらって···)
(でも、すぐに『退いて』って言われて···)
サトコ
「す、すみません、今すぐ退···」
東雲
「いいよ、このままで」
「まだ顔色よくないし」
(え···)
東雲
「それより飲む?」
(あ、飲み物···)
サトコ
「飲み···ます」
東雲
「どうやって?」
サトコ
「···?」
東雲
「身体を起こす?ストローを使う?それとも···」
「口移し?」
(く···っ!?)
東雲
「冗談。そんな不衛生なことしたくないし」
(それなら言わなくても···!)
東雲
「はい、ストロー」
サトコ
「ありがとう···ございます···」
(なんだろう、この状況···)
(もしかして夢?だから、教官がこんなに優しくて···)
東雲
「···どう?」
サトコ
「あ···その···」
「なんか、甘い···」
東雲
「ふーん···」
ちゅ···っ
サトコ
「!?」
東雲
「ああ、たしかに···」
(違っ···そういう意味じゃ···)
(ていうか不意打ちすぎ···!)
東雲
「なに、慌てて」
サトコ
「······」
逆光の中、教官と目が合う。
その眼差しは、やっぱりいつになく優しげで‥
(どうしよう···なんか直視できない···)
(なにか会話···いつもみたいな感じで···)
(あ、そう言えば···)
サトコ
「脱出ゲーム···」
東雲
「は?」
サトコ
「脱出ゲームで、ライオンと女豹がお姫さま抱っこしたって噂に···」
ゴツン!
サトコ
「痛っ!」
「ひ···ひどいです!いきなり膝枕をやめるなんて」
東雲
「うるさい」
(うう···)
(でも、これこそ、いつもの東雲教官···)
内心ひそかにホッとしていると、「ほら」と手を差し出された。
東雲
「次、行くよ」
サトコ
「えっ、もう絶叫系は···」
東雲
「そっちは十分楽しんだから」
「ここからはキミの番」
サトコ
「!」
東雲
「行きたいとこ、教えて」
「せっかくのデートなんだし」
(え、デート···?)
(あれ···もしかして私、また夢見てる···?)
(でも、ぶつけた頭、ちゃんと痛いし···)
サトコ
「えっと···じゃあ···」
「一緒に乗りたいものがあるんですけど」
【コーヒーカップ】
サトコ
「教官、これです!」
東雲
「え···」
サトコ
「やっぱりデートの定番って言ったらコーヒーカップだと思うんです!」
「ほんとは午前中も一緒に乗りたかったんですけど、教官、乗ってくれなかったから残念で···」
(って、すごい顔···)
サトコ
「あの···もしかして嫌いとか···」
東雲
「当然」
「髪の毛乱れるじゃん」
(女子か!)
(じゃなくて···)
サトコ
「そう言わずに···」
「今日は大丈夫ですよ。女豹のカチューシャしてますし」
東雲
「······」
サトコ
「教官ー!乗りましょうよー!」
「さっきは『キミの番』って言ってくれたじゃないですか」
東雲
「···はぁ」
(ため息ついてるし···)
(これはもう諦めるしか···)
東雲
「いいよ」
サトコ
「えっ、ほんとですか?」
東雲
「ただし···教官って呼ぶの、やめて」
サトコ
「えっ、どうして···」
東雲
「訓練その2」
「卒業後の呼び方の練習」
サトコ
「ええっ」
(さっきは『デート』って言ってたのに!)
東雲
「なに?やめとく?」
サトコ
「い、いえ、頑張ります」
(べつに『東雲さん』って呼ぶの、これが初めてじゃないし···)
(こういうときは、確か色っぽく···)
サトコ
「し···東雲さぁ···」
スタッフ
「すみませーん、そろそろ時間なんですが」
(さえぎられた!?)
スタッフ
「そちらのお2人は乗られますか?」
東雲
「ええ、乗ります」
(そんなあっさりと!?さっきまで散々渋ってたのに!?)
スタッフ
「かしこまりました。では···」
「あちらのキノコのカップにどうぞ」
東雲
「えっ」
(キノ···コ···?)
サトコ
「う···うわーすごいですねー」
「このカップ、ハンドルもキノコ···」
東雲
「······」
サトコ
「ぐ、偶然ですよ。ちょうどこれしか空いてなかったから」
東雲
「べつに気にしてないし」
(絶対に嘘だ!目つきがさっきまでと違ってるし!)
東雲
「それより、ハンドルだけど···」
「オレが握ってもいいよね」
サトコ
「え···」
東雲
「なんかさー」
「むしゃくしゃするんだよねー」
(これは···マズイ気が···)
軽やかなメロディーが流れて、コーヒーカップが回り出す。
サトコ
「きゃあああっ」
(ターンが···ターンが早すぎ···っ)
サトコ
「きょ、教か···」
「じゃなくて東雲さん···っ」
「もうちょっとゆっくり···」
「!?」
(うそっ···髪型が···)
(東雲教官の髪が、広がりすぎてシイタケに···っ)
東雲
「あーあ、髪がボサボサ···」
サトコ
「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと元通りになりましたから」
(ていうか、さっきのはなに?)
(遠心力?遠心力でカサが開いたってこと?)
東雲
「で、次に乗りたいのは?」
サトコ
「え、えっと···そうですね···」
プルル···
サトコ
「あ、ちょっと待ってください」
(電話だ。誰から···)
(えっ、黒澤さん?)
サトコ
「もしもし」
黒澤
『お、おつかれさまです···公安期待の新星···く、黒澤です···』
サトコ
「はい、おつかれさまです···」
「ちょっと小声で聞き取りにくいんですが···」
黒澤
『ダメです、大きな声は出せません』
『あの···歩さんは、そこに···』
サトコ
「えっ、教官は···その···」
(どうしよう。いいのかな、『いる』って答えても···)
ちらりと隣を見ると、教官の口が「誰?」と動く。
サトコ
「黒澤さんです···」
そのとたん、教官は「貸して」と私のスマホを取り上げた。
東雲
「もしもし、透?」
「うん···おつかれー」
「今日はありがとう。見事に巻き込んでくれて」
「え?電話かけた?あ、OFFにしていたから気づかなかったなー」
(な···なんか教官の笑顔がどんどん物騒な感じに···)
東雲
「んー『助けて』?」
「ごめんごめーん」
「オレ今、『訓・練・中』だから」
「それじゃ」
ブツッ!
サトコ
「あの···黒澤さんはなんて···」
東雲
「なに?気になるの?」
サトコ
「だって、さっき『助けて』って···」
東雲
「ああ、あれ···」
「大丈夫だよ、放っておいて」
「兵吾さんと颯馬さんに遊んでもらってるだけだから」
(そ、それってとんでもなくマズいんじゃ···)
東雲
「それよりキミさー」
「さっき、約束破ったよね」
サトコ
「えっ」
東雲
「『教官』って言った」
サトコ
「えっ、いつ···」
東雲
「透と話している時」
サトコ
「あれは、教官との関係がバレないように···」
東雲
「ほら、また言った」
(ああ···っ!)
サトコ
「すみません!でも次からは気を付けて···」
東雲
「ま、中途半端だからね」
「『東雲さん』って呼び方」
サトコ
「そ、そんなことは···」
東雲
「いっそさー」
「『歩さん』にしようか」
(ええ···っ···)
サトコ
「そ、そんな、いきなり···」
東雲
「訓練だから」
サトコ
「でも···」
東雲
「言えよ、ほら」
「『歩さん』って」
(うっ、ここまで言われたら···)
サトコ
「あ···あゆ···」
東雲
「······」
サトコ
「歩···さん···」
東雲
「······」
「···キモ」
(ええっ!?)
サトコ
「ちょ···ちょっと待ってください!ひどいじゃないですか!」
東雲
「······」
サトコ
「歩さん!歩さん歩さん歩さん!」
東雲
「連呼するな。名前の価値が下がる」
(価値···!)
サトコ
「でも、呼べって言ったの、歩さんで···」
東雲
「うるさい」
「それ以上言うな」
振り向きざま、乱暴に唇をぶつけられる。
サトコ
「···っ」
(な、なに今の···口封じ的な···?)
東雲
「やっぱり『教官』でいい」
「それか『東雲さん』で···」
(教官···)
サトコ
「だ···だったらちゃんと口封じ···してくれないと···」
東雲
「は?」
サトコ
「また『歩さん』って···呼ぶかも···」
東雲
「···生意気」
それでも私は知っている。
こういうときの教官は、ちゃんとキスしてくれるって。
(私のエビフライを勝手に食べたり···)
(『訓練』なんて言って、絶叫マシンに乗せたりするような人だけど···)
唇同士が触れ合って、様々な気持ちが流れ込んでくる。
優しさや照れくささ、それから···
(好きって気持ち···)
東雲
「···なんかムカつく」
サトコ
「すみません。でも、約束はちゃんと守ります」
「東雲さん」
東雲
「······」
「···58点」
サトコ
「えっ、その中途半端な点数は···」
東雲
「普通すぎ」
サトコ
「そんなぁ···」
訓練なのかデートなのか、もはや分からないけど。
今の私は、間違いなく幸せな気持ちで満たされていたのだった。
Happy End