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カクテルグラス 石神

【バー】

非番の日、私は久しぶりに長野から出てきた友人と1日を過ごしていた。

女友達
「東京は夜でも明るくて驚くね」

サトコ
「私もしばらくは慣れなかったなぁ。長野なら夜は真っ暗だもんね」

女友達
「そうそう。長野や松本の駅前はお店増えたけど、少し離れれば真っ暗だよ」
「サトコはもう、ずっとこのままこっち?」

サトコ
「うーん···まだそこまでは···仕事が上手く続けば、ずっとこっちかもしれないけど」
「おばあちゃんになる頃には、また長野に帰ってたいなぁ」

女友達
「それは遠い話過ぎ。ま、結婚とか出産とかで女は変わるからね~」

サトコ
「そうだよね~」

(今は目の前のことでいっぱいいっぱいだけど···それより先の将来か)
(石神さんとずっと一緒にいたいってことくらいしか考えられないなぁ)

女友達
「そういえば、夏美が婚約しそうだって」

サトコ
「え、ついに?」

共通の友人の近況話に話を咲かせていると···

バーテンダー
「あちらのお客様から、お二人にとカクテルを承っているのですが···いかがしますか?」

サトコ
「あちらのお客様?」

少し困った顔のバーテンダーが視線を向ける先には、二人組の男性。
私を見るとニコリと笑ってくる。

(ナンパ···?)

サトコ
「いえ、そういうのは···」

女友達
「注文されたカクテルって何ですか?」

バーテンダー
「アイ・オープナーでございます」

女友達
「アイ・オープナー···それじゃ、代わりにブルームーンを彼らに出してください」

バーテンダー
「なるほど···かしこまりました」

女友達の提案にバーテンダーさんは納得した様子で微笑んで、カクテルを作り始める。

サトコ
「今のって?アイ・オープナーにブルームーンって···」

女友達
「ああ、あの人たちカクテル言葉使ってナンパしてきたみたいだよ」

サトコ
「カクテル言葉?」

女友達
「花言葉みたいに、カクテルにも意味づけされてるのがあるの」
「アイ・オープナーには “運命の出会い” 。で、ブルームーンは “出来ない相談” 」

サトコ
「そっか、それで断ったんだ!」

カウンターの先にいる彼らを見ると、バツの悪そうな顔ですごすごと帰っている。

(カクテルで返事するなんて、カッコイイ!)

女友達
「たまーにいるよね、ああいう男。東京でもダサいものはダサいね」

サトコ
「はは···そうかもね」

(私はカクテル言葉自体、全然知らなかった)
(ナンパに使われると残念な感じだけど···何だか面白そう)

【カフェテラス】

次の日のお昼。

ランチを済ませた私はスマホでカクテル言葉について調べていた。

(お酒って勉強すると奥が深いって聞いたけど、カクテル言葉だけでこんなにたくさん···)
( “あなたは魅力的” って···へぇ、カシスソーダにはそんな意味があったんだ)

使いどころがありそうな言葉と、どこで使うの?というような言葉を見て楽しんでいると···
ガタッと私の近くのイスが一斉に引かれた。

(え?)

黒澤
お隣失礼しまーす

颯馬
カクテルについて調べているんですか?

後藤
今、酒が関わるような事件あったか?

サトコ
「黒澤さんに教官方···」

黒澤
オレも教官方の中に入れてもいいですよ。いずれ教官になる予定なんですから

サトコ
「そうなんですか?」

後藤
予定は未定だ

黒澤
う···その言葉、今のオレにはスクリュードライバーがぴったりですね

サトコ
「え、どうして?」

黒澤
サトコさん、カクテル言葉見てるんですよね?
スクリュードライバーのカクテル言葉は、『油断大敵』です

サトコ
「なるほど···黒澤さん、カクテル言葉知ってるんですか?」

黒澤
少しだけなら。こういうことは颯馬さんの方が得意ですよね?

颯馬
どうでしょうね。さりげなく断る時に使うのに便利かもしれませんね

(笑顔でカクテルでお断り···颯馬教官ならやりそう!)

後藤
カクテル言葉?何だ、それは

黒澤
後藤さんは知らないですよね~。カクテルにも花言葉的にメッセージを潜められるんですよ
恋人たちのデートには、なかなかいいスパイスになるんじゃないですか?

後藤
···一柳あたりが好きそうな話だな

自分には縁がないとばかりに後藤教官が遠い目をする。
その時、ちょうど後藤教官の背後に···


「オレの話か?お前らも暇だな」

サトコ
「一柳教官!」

颯馬
久しぶり、昴


「お久しぶりです。周さん」

後藤
何の用だ


「お前には関係ねーけど、用があるから来てんだ。それくらい言わなくても分かれよな」

後藤
言えないくらい、くだらん用と言うことか


「確かに、お前ら公安はくだらねぇことばっか言ってくるな」

後藤
何を?


「何だよ」

(相変わらず丁々発止な空気···)
(例えばだけど、今の一柳教官と後藤教官に贈るカクテルがあるとしたら···)

サトコ
「アイスブレイカー!」

昴・後藤
「は?」

黒澤
なるほど。いいですね~

颯馬
「 “高ぶる心を静めて” ···ですか


「カクテル言葉の話か?」

サトコ
「あ、一柳教官はやっぱり知ってるんですね」

いつの間にやら賑やかな時間を過ごしながら、私の頭には石神さんの顔が浮かんでくる。

(石神さんはカクテル言葉、知ってるかな)
(今度のデートの時、私の気持ちを込めてこっそり贈ってみるのは、どうだろう?)

恥ずかしいけれど、やってみたくもあり···私はそのあともカクテル言葉を調べていた。

【資料室】

その日の夕方。
ひと通りの課題を終わらせた私は、またカクテル言葉のページをスマホで見てみる。

(石神さんのイメージに合ったカクテルを贈るか、自分の気持ちを込めて贈るか···)
(話のネタにするならイメージのカクテルだけど、デートならやっぱり甘い言葉で···)

サトコ
「うーん···」

石神
そんなに難しい問題に直面しているのか

サトコ
「わ、石神さん!」

(いつの間に···!)

石神
悩みでもあるのか

サトコ
「い、いえ、そういうわけじゃなくて。ちょっと考え事をしていただけなんです」
「長野の特産品は野沢菜と蕎麦、どっちかなーって」

石神
俺はお前の実家から送られてくる奈良漬が好きだ

サトコ
「本当ですか?それを聞いたら、おばあちゃん喜びます!」

(誤魔化せた···?)
(ここでカクテルの話をしちゃったら楽しみがなくなっちゃうよね)

サトコ
「石神さんは資料室に用事ですか?」

石神
お前を探してた

サトコ
「何か忘れてることありましたっけ!?」

(言いつけられている用事はなかったと思うけど···)

慌てた顔を見せると、石神さんは小さく首を振った。

石神
補佐官のお前を探していたわけじゃない

サトコ
「それじゃあ···」

石神
明後日は午後から休みだと言ってたな

サトコ
「はい。講義が休講になったので休みです」

石神
俺も夕方から休みが取れた。夜、食事にでも行かないか

サトコ
「行きます!」

嬉しさのあまり勢いよく立ち上がると、ガタッとイスが倒れかける。
それを支えた石神さんが苦笑いを浮かべた。

石神
浮かれすぎだ

サトコ
「すみません···つい···」

石神
食べたいものはあるか?

サトコ
「石神さんと一緒なら何でも!立ち飲みでも大歓迎ですよ」

石神
せっかく二人で出かけるんだ。少しはそれらしい店にさせろ
店は俺が選んでいいんだな?

サトコ
「もちろんです。楽しみにしてますね」

石神
ああ

(夜から出かけるってことは、ちょっとお洒落した方がいいのかな)
(まだ着てないあのカットソーとか···)

私は部屋に戻ると、さっそく着て行く服選びに取り掛かった。

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【街】

そして待ちに待った休日。

(余裕を持って出られるはずだったのに)

(直前でお母さんから電話が掛かってきてギリギリになちゃった!)

時計は待ち合わせの1分前を指している。

(なんとか···!)

サトコ
「お待たせしました!」

石神
この時間に全力疾走か

サトコ
「出掛けに母から電話がかかってきてしまって···」

石神
遅れそうなときは連絡1本入れればいい。訓練じゃないんだ

サトコ
「あ、そうですよね···」

息を整える私に石神さんの手が伸びてくる。
頬にかかった髪をそっと耳にかけられ、距離が近くなった。

(気合入れてお洒落にしてきたつもりなのに、走ったことで台無しに!)
(今夜は大人っぽい女性を見せたかったのに···)

石神
お前···

サトコ
「はい?」

石神さんの視線が注がれる。

(もしかして口紅の色を変えたのに気付いてくれた?)

サトコ
「あの···」

石神
···いや、何でもない。行こう

石神さんがさりげなく腕を出してくれる。

(腕組んでいいってことなのかな)

チラッと石神さんの様子をうかがいながら腕を絡めると、正解というように歩き出す。

石神
その靴で転ばなかっただけ上出来か

サトコ
「最近、訓練のおかげかバランス感覚が養われてる気がします」

少し高い靴で歩く石神さんの隣。

(最初は慌ただしかったけど、大人っぽい夜になりそうな予感)
(これなら “カクテル言葉” を試す機会もあるかも···?)

【バー】

石神
めずらしいな。お前が少し飲んで帰りたいというのは

サトコ
「明日は私も石神さんも非番だから、いいかなと思って」

石神
そうだな。たまにはいいだろう

高級レストランでのディナーの帰り道。
莉子さんと三人で飲んだことがあるバーに、石神さんを誘った。

(ここで “あの” カクテルを···)

いろいろなカクテル言葉を調べ、石神さんに贈ろうと思っているカクテルがある。

石神
何にする?

サトコ
「ええと···」

(最初から目的のカクテルを注文するより、ちょっと飲んでいい感じになってからの方がいいよね)

サトコ
「季節のオススメカクテルって何でしょうか?」

石神
聞いてみよう

季節のオススメカクテルは、このバーオリジナルのカクテルらしく、それを注文してみる。

サトコ
「ミント系の爽やかなカクテルですね」

石神
食事のあとに飲むのにちょうどいいな

サトコ
「はい。口の中がスッキリして、このあといろいろ試してみたくなりますね」

最初の一杯の口当たりがよかったおかげで、普段より早いペースで飲んでしまう。

石神
いつもより飲んでるようだが、大丈夫か?

サトコ
「大丈夫です。何だか気分が良くて、石神さんとゆっくり夜を過ごせるの久しぶりだから」

石神
そうだな···なら、もう少しペースを落としてもいいんじゃないか?

サトコ
「それもそうですね」

(そろそろ “あの” お酒を···)

サトコ
「次はシェリーをお願いします」

石神
いつもは飲まない酒だな

サトコ
「これは···」

(私が石神さんに贈りたいお酒‥カクテル言葉は “振り向いてください” ···)
(恋人になったあとも、追いかけるような恋心を伝えたいなって)

バーテン
「お待たせしました」

サトコ
「それは石神さんに」

石神
俺に?

サトコ
「カクテル言葉っていうの知ってますか?花言葉みたいにカクテルにも意味があって···」

石神
ほう···

サトコ
「それで、このお酒のカクテル言葉は···」

石神さんの顔がこちらに向けられ、照れくささもあって視線を下に向けると···

(ん?)

服の襟のところにタグが見える。

サトコ
「え···」

(ウソ···この服、前と後ろ逆に着てた!?)

石神
···やはり逆だったか

サトコ
「!···き、気付いてたんですか!?」

石神
いや、会った時に少し違和感を覚えた。だが、確証がなかったからな···

石神さんが軽くその眼鏡を押し上げる。

(待ち合わせ場所で会った時、石神さんが私のことじっと見てたの···)
(この服のことが気になってたからなんだ!)
(口紅の色に気付いてくれたのかも‥なんて恥ずかしすぎる!)

サトコ
「···き、着替えてきます···」

石神
ああ。まあ、タグを見なければわからないくらいのデザインなんだ
そう気にするな

サトコ
「はい···」

(慰めてくれるのは嬉しいけど···大人っぽい夜をなんて恰好つけてたくせに)
(格好悪すぎる···着たことのない服なんて着て来るんじゃなかった)

アルコールのせいだけでなく、頬が真っ赤になるのがわかる。

(お店の中が暗くてよかった···)

赤い頬を隠しながら、私は化粧室へと向かった。

サトコ

「お待たせしました」

石神
ああ

テーブルには先程注文したシェリーが残っている。

(もうカクテル言葉どころじゃないよね)
(今さら言っても恥の上塗りになりそうだし、このままなかったことに···)

石神
マスター、あれを

バーテン
「かしこまりました」

石神さんが声をかけると、私の前にスッと赤いカクテルが出てくる。

サトコ
「カシスソーダ···」

石神
これの意味を知っているか?

サトコ
「え···」

照明を弾く綺麗な赤から石神さんに視線を移すと、穏やかな彼の瞳と出会った。
その瞳を見つめながらカシスソーダのカクテル言葉を思い返す。

(確か···)

サトコ
「 “君は魅力的” ···?」

石神
服の前後など大した話じゃない

サトコ
「石神さん···」

口調こそ普段と変わらないものの、その優しさを感じて胸が熱くなる。

サトコ
「カクテル言葉、知ってたんですか?」

石神
多少はな。たまに気取った犯人が酒を使ってメッセージの伝達をすることがある

サトコ
「なるほど···それじゃ、シェリーの意味も···」

石神
···お前は時々、驚くほど大胆なことをするな

サトコ
「え···?」

スッと私から視線を逸らした石神さんの目元が微かに赤いように見える。

石神
酒のせいか?

サトコ
「大胆って···シェリーのカクテル言葉は “振り向いてください” じゃ···」

石神
なに···?

こちらに顔を戻した石神さんが、その眉を軽く動かした。

石神
それはアプリコットフィズのカクテル言葉だろう

サトコ
「え!そうでしたっけ。それじゃ、シェリーのカクテル言葉は···」

石神
···自分で調べてみろ

サトコ
「は、はい‥」

(口に出来ないようなカクテル言葉なの?)
(···って、“今夜はあなたに全てを捧げます” !?)

サトコ
「あ、あの、こ、これは···ちょっとした手違いで···」

石神
そそっかしいのも、程ほどにしろ

サトコ
「すみません···!」

石神
まあ、俺の前だけなら構わないが···

サトコ
「え?」

石神
手違いとはいえ、この酒でもそう問題はないだろう?

サトコ
「!」

シェリーのグラスに口を寄せながら微笑む石神さんは、どうしようもなく色っぽい。

(こ、こんな顔を見せられたら、何て答えたらいいのか···)

サトコ
「···次はXYZで···」

石神
なら、俺からはポートワインを

サトコ
「!」

XYZは “永遠にあなたのもの” 、ポートワインは “愛の告白” 。

(男性から贈られたポートワインを女性が飲めば、カップル成立になる)
(今夜の私の答えは···)

私はワイングラスに口をつけると、一口飲む。
すると石神さんが私が飲んだワイングラスの縁を指差した。

石神
その口紅、よく似合っている

サトコ
「え···これにも気づいてくれてたんですか···?」

石神
お前が思っている以上に、俺はお前のことを見ている
覚えておけ

耳元で囁かれ、石神さんはそのまま私の手を取った。

石神
···行こう

石神さんが席を立つ。
触れた手はアルコールのせいか、いつもより熱く感じられて···
その手と同じように熱い夜が私を待っていた。

Happy  End

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