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カクテルグラス 颯馬

【個別教官室】

5月のある日、颯馬さんのお手伝いで資料整理に精を出していた。

サトコ
「あ、これはもう5月分のファイルに入れていいですよね」

颯馬
ええ、お願いします

私に資料を手渡しながら、颯馬さんがデスク置いてあるカレンダーに視線を向ける。

颯馬
そういえばこのカレンダー、去年のままでしたね

サトコ
「えっ!?そうだったんですか?」
「じゃ、じゃあ新しいカレンダーに変えないと‥余ってるカレンダーあったかな」

颯馬
······

サトコ
「颯馬さん?どうかしましたか?」

颯馬
ウソですよ

サトコ
「へ?」

颯馬
カレンダー、今年のです。ほら、年号も合ってるでしょう

サトコ
「え!?なんでウソついたんですか!?」

颯馬
そういえば、今年のエイプリルフールはあなたを騙せていなかったなと思って

サトコ
「うっ···」

(エイプリルフールと言われると、嫌な思い出が蘇る···)

颯馬
どうしたんですか?

サトコ
「今年の4月1日は、散々だったんです···」

颯馬さんに、あのときのことを話して聞かせることにした···

【居酒屋】

それは4月1日の夜のこと。
黒澤さん主催の飲み会が開かれ、私も教官たちと共に出席した。

加賀
おいクズ、テメェは今日から、俺の奴隷だ

サトコ
「ど、奴隷!?」

加賀
死ぬまでコキ使ってやる。ありがたく思え

サトコ
「ひいいいぃ···」

東雲
ねえ知ってる?成田が寿退社するって

サトコ
「寿退社!?成田教官が!?どういうことですか!?」

難波
おーい、ひよっこ。お前にアメリカのCIAから引き抜きの話があったぞ

サトコ
「引き抜き!?CIA!?」

飲み会では、なぜかやたらと教官たちや室長に話しかけられた。
でもそのどれも、突拍子もない話ばかりだ。

サトコ
「ハッ···もしかして、全部ウソ!?」

東雲
えっ、いま気付いたの?

ウソを見抜けずがっくりと肩を落とす私に、黒澤さんが真剣な顔で耳打ちしてきた。

黒澤
今日、周介さんいないですよね?
実はさっき、女性とお洒落なバーに入るのを見たんですよ

サトコ
「え···」

(そ、そんな···でも今日は、仕事だって)
(颯馬さん、まさか···浮気!?)

後藤
氷川···今のも嘘だ

サトコ
「!!!」

黒澤
あー、後藤さん、なんで言っちゃうんですか
でも周介さんなら、カクテル言葉とかサラッと言って、スマートに女性を口説くんでしょうね

サトコ
「カクテル言葉···?」

黒澤
花言葉みたいに、カクテルにも意味が込められてたりするんです

サトコ
「なるほど···」

黒澤
周介さんの話術は公安随一と言っても過言でもないし
こんなロマンティックな方法で口説かれたらたまったもんじゃないですよ~

(確かに、颯馬さんならやりかねない···カクテル言葉でサラッと女の人落としちゃうとか···)
(い、いや···颯馬さんに限って、そんな···)

サトコ
「···ことは絶対にない、とは言えない気が···」
「って、そうじゃなくて···みなさん、騙すなんてひどいですよ!」

加賀
よくあんなくだらねぇウソに騙されるもんだな

東雲
もうちょっと人を疑った方がいいんじゃない?
でもまあ、キミはその
バカ
正直なところだけが取り柄だしね

サトコ
「今、ものっすごく “バカ” を強調しましたよね···」

【個別教官室】

サトコ
「···ということがありまして」

颯馬
なるほど。でも貴女はその浅はか···
···素直なところが、かわいいんですよ

サトコ
「···颯馬さん、今、浅はかって言いましたよね」

頭を撫でられながら、ふてくされてみせる。
颯馬さんは微笑ましそうな顔をしながら、私の頭を撫で続けた。

颯馬
···他人に警戒しないところは、考えものだな

サトコ
「え?なんですか?」

颯馬
いえ、なんでもありませんよ

その笑顔の奥に潜む “ある企み” に、この時の私は気付かなかった···

【颯馬マンション】

数日後の休日、颯馬さんの部屋にお呼ばれして、のんびりDVD鑑賞していた。

サトコ
「この映画、ずっと気になってたんです」
「怪しいと思った人物を見抜いて、どんどんダウトしていくなんて、爽快ですよね」

颯馬
そうですね···ただ、ウソを見抜くにはそれなりの洞察力と推理力が必要ですが

サトコ
「洞察力···」

映画では、騙されそうになりながらも主人公はテンポよく相手のウソを見抜いていく。

サトコ
「うーん···私には難しそうです」

颯馬
エイプリルフールのターゲットになるくらいですからね

サトコ
「それは言わないでください···」

目を細めて私を見ていた颯馬さんが、顔を覗き込んできた。

颯馬
4月1日は悔しい思いをしたようですから、今日はそのリベンジをしてみましょうか

サトコ
「リベンジ?」

颯馬
ええ。他人のウソを見抜けるように、特訓をしなければと思っていたところです
私がウソをつきますから、貴女はそれを見抜いてください

サトコ
「そ、颯馬さんのウソを見抜く···!?それは、私にはハードルが高い気が···」

颯馬
刑事としての資質向上の訓練、だと言っても?

サトコ
「刑事としての、資質向上···」

(確かに、騙されてばかりじゃ取り調べもできないよね)
(颯馬さんのウソを見抜ければ、教官たちに騙されることもなくなるかも···!)

サトコ
「わかりました···やります!」

颯馬
それでこそサトコさんです
そういえば、明日休日出勤だって連絡、後藤から聞きましたか?

サトコ
「えっ?」

颯馬
今まで公安が追っていた組織の組合員の目星をつけたそうです
明日、その男を追い詰めるそうですから、準備しておいてください

サトコ
「は、はい。わかりました!」

颯馬
······

サトコ
「でも、準備って···私も行っていいんですか?」

颯馬
······

張り切る私に、颯馬さんが驚いたような視線を向ける。

サトコ
「···颯馬さん?」

颯馬
すごいですね···ウソをつくと言ったばかりなのに、まったく疑わないとは

サトコ
「え!?今の、ウソだったんですか!?」

(すごいのは颯馬さんの方じゃ···)
(今、呼吸をするようにサラッとウソついたよね···)

でも早々と騙されてしまったことに、しょんぼりと肩を落とす。
私の腰を抱き寄せて、颯馬さんが色気のある笑みを浮かべた。

颯馬
あまり落ち込まないで。私は、そういう貴女が好きですから

サトコ
「本当ですか···?嫌になったりしませんか?」

颯馬
まさか
そういえばこの間、千葉くんに貴女との交際を知られてしまいました
この際、付き合っていることを公言しましょうか

サトコ
「···え!?」

顎を持ち上げられて、まるで世間話をするように重要なことを告げられる。
迫ってくる颯馬さんの綺麗な顔と、付き合いを知られたこと、どっちに動揺していいかわからない。

サトコ
「ちょ、ちょっと待っ···ほ、本当ですか!?」

颯馬
ん?

サトコ
「本当に、千葉さんに私たちの付き合いが···」

颯馬
ウソですよ

サトコ
「!!!」

(この短時間で、ウソふたつ目···!?)

颯馬
貴女には、誰かを疑おうとする気持ちがないようですね
それは魅力的ですが、刑事としてはちょっと···

サトコ
「ち、違うんです···!颯馬さんが、ウソをつくのうますぎるんですよ!」
「アレです!環境を···ステージを変えたら、きっと見抜けますから!」

颯馬
そうですか?あまり変わらない気がしますけど

サトコ
「だって、ここは颯馬さんの部屋だから···言うなれば、ホームじゃないですか!」
「すなわち、私にとってはアウェイ!」

颯馬
その理屈はよくわかりませんが···いいでしょう、たまには外でデートしましょうか

(で、デート···!?やった···!)
(って···喜んでる場合じゃない!必ず、颯馬さんのウソを見抜いてみせる···!)

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【街】

早速外に出たものの、颯馬さんは相変わらず顔色ひとつ変えずにウソをつき続けた。

サトコ
「もう、無理ですよ‥颯馬さん、表情が変わらすぎます···」

颯馬
このくらいでヘコたれていては、立派な公安刑事になれませんよ

サトコ
「すみません···でも颯馬さんの話、ものすごく本当っぽくて···」

颯馬
8割の事実の中に2割のウソを混ぜると、相手に疑われることが減るんですよ
詐欺の常套手段ですから、覚えておいて下さい

サトコ
「詐欺···」

(でも、そうか···犯罪を見抜くには、犯罪者の立場になることが大事だし)
(私も颯馬さんを見習って、もっと勉強しないと)

考え込む私の肩を、颯馬さんが突然抱き寄せる。

サトコ
「······!」

颯馬
ふふっ、自分の至らなさに気付くうちは、まだ伸びしろがあるということです
前向きに考えましょう

サトコ
「颯馬さん······」

(びっくりするほど簡単にウソついたりするけど、こういうところがあるから颯馬さんはずるい···)
(ウソつきながらも、簡単に私を夢中にさせるんだよね···)

くすぐったさと気恥ずかしさを覚えながらも、颯馬さんに寄りかかりながら歩いた。

その後もまったく颯馬さんのウソを見抜けないまま、夜になってしまった。

(ダメだ···颯馬さんの言葉の中でおかしいところがないか、気にしてるのに)
(まったく見抜ける気がしない···これは私が悪いのか、颯馬さんのウソが上手いのか···)

颯馬さんに連れられてやってきたのは、オシャレな店構えのバーだった。

サトコ
「ここは‥」

颯馬
割とよく来るんです。カクテルの種類が豊富で

(よく来るって、ひとりで?)
(もしかして、協力者と来たりとか···そしてそれは女性とか···)

聞きたいけど、そんなこと聞けるはずもない。
そんなことを考えていると、颯馬さんが口を開いた。

颯馬
貴女が初めてですよ
女性をここに連れて来たのは

サトコ
「!」

(え!?いま私、声に出てた!?)

颯馬
貴女が何か言いたそうな顔をしていたので、そんなところだろうなと
違いましたか?

サトコ
「いえ、ご名答です···」

(何を考えているか、隅から隅までバレてる···は、恥ずかしい···)
(でも、私が初めて、か···本当かな)

黒澤
周介さんなら、カクテル言葉とかサラッと言って、スマートに女性を口説くんでしょうね

思い出すのは、黒澤さんの意地悪な言葉だ。

(···そうだよね。さっきの、きっとウソだよね···)
(行きつけのお店に、百戦錬磨の颯馬さんが女性を連れて来ないわけがない)

今日初めて、颯馬さんのウソを見抜けた気がする。
でもそれと同時に、少し落ち込んでる自分がいた。

(こんなウソ見抜いても、喜べないな···)
(でも颯馬さんは大人だし、そんなこと言ってたらキリがないよね)

お店へと歩き出した時、私の前で立ち止まった颯馬さんが手を差し伸べてくれた。

颯馬
ここ、段差になってるから気を付けて

サトコ
「は、はい」

手を取る私を、颯馬さんは優雅な仕草でエスコートしてくれる。

店のドアを開け、私を先に入れてくれた。

【バー】

落ち着いた雰囲気のバーのカウンターに到着すると、颯馬さんが上着を脱がせてくれた。

サトコ
「ありがとうございます」

颯馬
いいえ

笑顔を浮かべ、顔なじみらしいマスターと一言二言会話してメニューをもらう。
その慣れた仕草に、思わず見惚れてしまいそうだった。

(さすが、女性の扱いには慣れてる···)
(エスコート上手だし、ほんとに大人···)

颯馬
今日はお疲れさまでした

二人分のカクテルを注文すると、颯馬さんが追加でチーズなどの軽食を頼んでくれる。
すぐにドリンクが運ばれてきて、ふたりで乾杯した。

サトコ
「はい···でも結局、颯馬さんのウソ、全然見抜けませんでした」

颯馬
それが、貴女らしさなのかもしれませんけどね
そういえば以前、ここでキレイな女性とふたりでいる黒澤を見かけましたよ
どうやら、結婚を前提に付き合ってるとかで

サトコ
「え!?黒澤さん、彼女いるんですか!?」

思わず身を乗り出す私に、颯馬さんがニッコリと笑う。

サトコ
「あ···ウソ!?」

颯馬
本当に騙し甲斐がありますね
女性といたのは本当ですけど、捜査中だったみたいですよ

サトコ
「また、事実8割ウソ2割···」

(そしてそれに気付かない、学習しない私···)

颯馬
騙したお詫びに、カクテル言葉を教えましょうか

サトコ
「カクテル言葉···そういえば黒澤さんもそんなこと言ってたような」

颯馬
ええ。花言葉のようなものが、カクテルにもあるんです

頼んだカクテルを飲み終わる前に、颯馬さんがバーテンダーを呼んだ。

颯馬
彼女に、“キール” を

バーテンダー
「かしこまりました」

サトコ
「もしかして、それにもカクテル言葉が?」

颯馬
ええ
キールのカクテル言葉は、“最高のめぐり合い” 

運ばれてきたカクテルを眺めながら、颯馬さんが微笑む。
その言葉と笑みに、胸の高鳴りを覚えるーーー

(···いや!?もしかしてこれは···)

訝しげな表情を浮かべる私に、颯馬さんが苦笑する。

颯馬
まさか、これをウソだと貴女は疑っているのでしょうか

サトコ
「でも、そうですよね?」

颯馬
さあ、どうでしょうか
······でも、そこを疑われるのは、少し寂しいな

サトコ
「っ······」

(じゃあ、ほんとに?いや、でも···)

颯馬
ふふ···本当に素直ですね。貴女は

サトコ
「だって、颯馬さんはこういう大人の駆け引きに慣れてるかもしれませんけど···」

颯馬
そうですね···でも

私がカクテルグラスに口をつける様子を、颯馬さんは目を細めて眺めている。

颯馬
初めてですよ。女性にカクテル言葉を贈るのは

サトコ
「え···」

颯馬
意外と緊張しますね

サトコ
「う、ウソですよね?もう騙されませんよ」

でも、颯馬さんは微笑を浮かべたまま何も言わない。
じっと見つめていると、ふと、いつもの颯馬さんにはない違和感を覚える。

(···ちょっとだけ、耳が赤い)

もしウソなら、きっといつものようにスマートに言うだろう。
でも、無意識のうちにこうして、照れた様子が見え隠れするということは‥

(じゃあ、もしかして···)

サトコ
「本当、なんですか···?」

颯馬
 “われわれは理性によってのみではなく、心によって真実を知る” 

サトコ
「へ?」

颯馬
パスカルという学者が遺した名言です

サトコ
「えーと、つまり···?」

颯馬
ウソか本当か、貴女の信じたい方を取ればいいんですよ

改めて乾杯すると、颯馬さんは感情の読めない笑みを浮かべる。

(そんなふうに言われると、本当に初めてなんだと思いたい···)

グラスに口をつけながら、こっそり颯馬さんを盗み見る。
でもやっぱり、その表情からは本当なのかウソなのか、うかがい知ることは出来なかった。

サトコ
「はあ···今日も颯馬さんに翻弄された一日でした」

颯馬
私の楽しみですからね
でも···そういう顔は俺以外には見せないで

サトコ
「え?」

颯馬
他のヤツらに、サトコの可愛い顔を知られたくない
 “これ” は、俺だけのものだから

颯馬さんの手が伸びてきて、私の頬を指先がかすめていく。
心地よい鼓動と頬の熱を覚えながら、颯馬さんの視線を受け止めた。

(翻弄されるのはいつものことだけど···でもなぜか、あまり悔しくない)
(颯馬さんの “初めて” をもらったのは、本当な気がするから)

結局その答えはもらえないままだったけど、それでも幸せな私だった。

Happy  End

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