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カクテルグラス 難波



【カフェテラス】

鳴子
「いい男、どこかにいないかな···」

カフェオレのカップをもてあそびながら、ふと鳴子が呟いた。

サトコ
「その感じだと、また合コン空振りだった?」

鳴子
「っていうか、合コンはもう飽きちゃったんだよね~」

サトコ
「え、そうなの?」

(まあ、よく飽きないなってくらいしてたから不思議ではないけど···)

鳴子
「というわけで、一緒に立ち飲みBARでも行かない?」

サトコ
「···いいけど、何で立ち飲み?」

鳴子
「それはもちろん、いい男ハントを兼ねてだよ!」

サトコ
「い、いい男ハント!?」

鳴子
「知らないの?立ち飲みBARは出会いの宝庫なんだよ」

千葉
「!?」

鳴子の言葉に、隣のテーブルにいた千葉さんが驚いたように振り向いた。

鳴子
「ん、なに?どうかした?」

千葉
「い、いや···でも、佐々木はともかく、氷川がそういう場所に行くのは···」

サトコ
「?」

鳴子
「···なにこれ?どういう意味よ」

千葉
「それはほら、そういう所って、ナンパとかすごいって聞くし···」

サトコ
「そ、そうなの?」

鳴子
「大丈夫だって、鳴子さんがついてるんだから!」

鳴子は笑顔で私の肩を叩きながら、もう片方の手で千葉さんを追い払った。

(千葉さん、完全に呆れてる···そりゃそうだよね。そんなナンパ待ちみたいなこと···)

鳴子
「ということでサトコ、今夜さっそく決行するからね」

サトコ
「ちょ、ちょっと待って」

鳴子
「ん?」

鳴子は早くもスマホでお店を調べ始めている。

サトコ
「あのさ、私はやっぱりちょっと···」

鳴子
「どうして?いいじゃん、行こうよー。たまには付き合ってくれてもいいでしょ?」

サトコ
「それはまあ···」

(鳴子としばらくご飯も行ってないし、付き合ってあげたいのはやまやまなんだけど···)
(私には室長がいるし···)

そう思った瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
取り出してみると、室長からのLIDEが入っている。
送られてきたのは、『今夜も残業決定』の文字と泣いているネコのスタンプ。
『頑張ってください!』と返信をして顔を上げると、鳴子がジッと私を見ていた。

鳴子
「···男?」

サトコ
「まさか···!」

鳴子
「じゃあ、立ち飲みBARくらい問題ないよね?」

サトコ
「ま、まあ···」

(ついて行くだけならいいか···ここで変に粘ると、かえって勘繰られそうだし···)

サトコ
「分かった。でも私は、鳴子とご飯を食べに行くだけだからね」

鳴子
「分かってるって!じゃあ、今日はこのお店にしてみようかな~」

(鳴子ったら嬉しそう···)

ノリノリで検索する鳴子を微笑ましく見ていたら、再び千葉さんと目が合った。

サトコ
「ん?」

千葉
「······」

千葉さんはあいまいに笑って目を逸らす。

(千葉さん、何か言いたげな感じだったけど···まあ、いいか)


【BAR】

サトコ
「へえ···いいお店だね」

鳴子
「でしょ?」

(常連っぽい人が多いけど、マスターもいい感じだし、ふらっと来ても立ち寄りやすそう···)

グラス片手に店内を見回していると、アツアツのスペイン風オムレツが運ばれてきた。

サトコ
「わあ、おいしそう!」

鳴子
「私、これ好きなんだよねー」

鳴子は「いい男ハント」と言った割には、さっきからずっと食べる方にばかり集中している。

(鳴子もたまには女同士で飲みたいってことだったのかな?)

私もいつの間にか楽しくなってきて、ついついお酒が進んだ。

ガチャン!

突然グラスの割れる音が響いて、私も鳴子もハッとなった。
店の奥を見ると、二人の男が今にも掴みかかりそうな様子で睨み合っている。

鳴子
「なんか、ヤバくない?」

サトコ
「うん···」

マスター
「ちょっと落ち着いてくださいよ」

間に割って入ろうとしたマスターを、男1が突き飛ばした。

男1
「邪魔すんなっ!」

次の瞬間、男2が胸元に手を差し込んだ。

(もしかして、ナイフ!?)

私と鳴子は目で頷き合うと、緊張を隠してゆっくりと二人の男に近づいていった。

サトコ
「あの、どうかしましたか?」

鳴子
「まさか、ケンカじゃないですよね?」

男2
「何だお前ら···」

鳴子
「みんな楽しく飲んでるんだし、ここは穏便に治めましょうよ」

男2
「うるせえ!女は引っ込んでろっ!」

サトコ
「残念ながら、そういう訳には···」

男が胸から手を引き出そうとするのを押し留め、ポケットからチラリと警察手帳を見せた。

サトコ
「そういうモノをここで出されちゃうと、見逃すわけには行かなくなるんですよね~」

鳴子
「今夜は帰れなくなっちゃいますけど?」

男1・2
「!」

揉めていた男たちは、テーブルにお金を投げ出すように置くと、そそくさと店を出て行った。

マスター
「ありがとうございました···お陰様で助かりました」

鳴子
「いえいえ、当然のことをしただけですから」

サトコ
「大事にならずに済んでよかったです」

マスター
「もしよろしければ、お礼に何か···」

サトコ
「いえ、そういうことは」

鳴子
「立場上、禁じられておりますので」

二人でビシッと言って、顔を見合わせる。

思いがけず、印象深い夜になってしまった。


【街】

数日後。

ようやく時間の取れた室長と、久々にデートすることになった。

(嬉しいな···今も忙しいはずなのに、こうして私のために時間を取ってくれるなんて)

ウキウキしながら待っていると、少し疲れの残る表情の室長が現れた。

サトコ
「あ、室長!」

難波
おお、お待たせ~

室長は軽く片手を上げて微笑みながら、私の前に立った。

難波
お前···

サトコ
「···はい?」

(もしかして、頑張ってオシャレしたの気付いてくれた?)

難波
腹減ってねぇか?

(は、腹?)

サトコ
「はあ···」

難波
じゃあ、ちょっと早いけど飯だな···

室長は呟くように言って、先に立って歩き出す。

(···嬉しくてついつい気合入れてきちゃったけど)
(室長は疲れてるんだから、あまり色々期待しちゃダメだよね)

自分の早とちりに苦笑しつつ、室長の大きな背中を追いかけた。

難波
いやぁ、食った食った

店を出るなり、室長は満足げにお腹を撫でながら、ひとしきり伸びをした。

サトコ
「なんだか、ようやく燃料が入ったって感じですね」

難波
確かに···さっきはちょっと燃料切れてたな
でももう、大丈夫だ

(やっぱりすごく疲れてたんだな。元気になってくれてよかった···)

難波
この後はどうするか···

サトコ
「そうですねぇ···久しぶりのお休みだし、室長がやりたいことをしましょう」

難波
じゃあ、今度はガソリン補給といきますか

サトコ
「ガ、ガソリン?」

難波
酒だよ、酒
実は、お前を連れて行きたい所がある

室長はもったいぶって言うと、軽く私の肩を抱いて歩き出した。

(私を連れて行きたい所って、どこだろう···?)

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【BAR】

サトコ
「こ、ここ···!」

連れて来られたのは、数日前に鳴子と来た立ち飲みBARだった。

難波
ん、どうした?

サトコ
「いえ、いいお店だな~と」

難波
だろ?最近評判らしいんだよ
ワインの品揃えも豊富だな···

室長は興味深げにメニューを見ている。

私はマスターに顔を見られたくなくて、何となく顔を俯けた。

(こういう所に女同士に来たって知られるのも微妙だし···あんなトラブルもあったし···)
(できればマスターには、あの時の警察官だって気づいて欲しくないんだけどな···)

難波
よし、決まった
サトコは?ちゃんとメニュー見たのか?

サトコ
「あ、私は···とりあえずビールで」

難波
すっかりオッサン式だな

室長はおかしそうにしながらマスターに手を挙げた。

マスター
「いらっしゃいませ。あれ···?」

目を合わせないように必死に頑張ったのに、マスターはいきなり私の顔を覗き込んできた。

マスター
「お客さま、先日の刑事さんですよね···?」

サトコ
「あ···えっと···」

(やっぱり気付かれちゃったか···)

難波
ん?先日のって?

室長が怪訝に私とマスターの顔を交互に見る。

サトコ
「あの、ですね···」

マスター
「先日、当店でちょっとしたトラブルがあったんですが」
「お客様がもう一人の刑事さんと一緒にうまくことを治めてくださったんです」

難波
へえ···そんなことが···

サトコ
「そ、そうなんです···」

(よりによって、変な知られ方になっちゃったな···)

私の頭が真っ白になっている間に、室長は注文を済ませたようだった。
いつの間にかマスターの姿はカウンターの奥に戻っている。

難波
ここ、来たことあったんだな

サトコ
「···はい」

難波
ちなみに、もう一人の刑事って誰だ?

サトコ
「鳴子です。同期の佐々木鳴子」

難波
あいつと···
女だけで来たのか?

室長は特に意図があって言ったわけではないかもしれないが、その質問が胸に刺さった。

(こんな所に女だけで来るなんてって思われちゃうかな···)
(室長は束縛とかするタイプじゃないけど、どうなんだろ···?)

サトコ
「ま、まあ···」

心なしか言葉を濁すような返事になった私を、室長は意味ありげに見つめた。

難波
ほー

サトコ
「······」

(「ほー」って何?それだけ?それで終わり···?)

室長の微妙な反応に戸惑っていると、マスターがビールを2つ運んできた。

マスター
「お待たせしました。スペインビールです」

難波
どうも~

室長はいつも通りの感じで答え、手にしたグラスを軽く私のグラスにぶつける。

難波
それじゃ、乾杯

サトコ
「か、乾杯···」

難波
ぷは~、うめーな

何事もなかったようにビールを味わう室長の姿に、私も気を取り直してグラスを傾けた。

サトコ
「うん、おいしいですね」

難波
今度、酒で世界一周でもしてみるか···

サトコ
「なんですか、それ?」

難波
世界中のご当地酒を飲み歩いて、旅行気分を味わうんだよ

サトコ
「いいですね!」
「それって、ガイドブックを見て旅行に行ったつもりになるみたいのと一緒ですよね?」

難波
ちょっと違う気もするが···まあ、そんなもんだな

サトコ
「なんか、楽しそう」

難波
それでは、スタートはスペインからということで

改めてグラスを合わせて、二人で微笑み合う。
いつの間にか、さっき感じた居心地の悪さはどこかに消えてなくなっていた。

(私が思うほど、室長は気にしてなかったのかも···)

ホッとすると、お酒が進む。
室長はそんな私を見つめて微笑んだ。

難波
いい飲みっぷりだな。相手がこうだと、酒がうまいよ

室長は嬉しそうに言って、私の頭にそっと手を置く。
二人の顔の距離がグッと縮まって、胸がドキドキし始めた。

♪ ~

難波
悪い、ちょっと電話してくる

サトコ
「あ、はい」

お酒に酔ったのか室長の醸し出す雰囲気に酔ったのか、いい具合にほろ酔い気分だ。

(でも色々お酒があって楽しいし、もう一杯くらいは飲んでみたいかな···)

サトコ
「うーん、スペインワインもいいかも···?」

メニューを見ながらブツブツ言っていたら、マスターが通りかかった。

マスター
「ウチはカクテルも自慢なんで、是非」

勧められるままにメニューをめくっていると、カクテルメニューは数ページにわたっている。

サトコ
「わぁ、種類豊富ですね~」

マスター
「カクテルには、それぞれにカクテル言葉っていうのがあるんですよ」
「お客さんの中には、オシャレにお酒で気持ちを伝える人なんかもいるもんですから」

サトコ
「へぇ···」

(カクテル言葉か···そんなオシャレな気持ちの伝え方、室長は絶対にしなさそうだけど···)

マスターを見送りながらクスッと一人笑いした瞬間、スッとテーブルにカードが差し出された。

サトコ
「?」

???
「よければこれ、使わない?」

声に顔を上げると、遊び慣れていそうな若い男が立っていた。

サトコ
「あ、いえ···」

若い男
「メンバーズカード、使うと安くなるよ」

サトコ
「へ、へぇ···」

(そうなんだ···って、感心してる場合じゃ···!)

男はいつの間にかさっきまで室長がいたところに立って、一緒になってメニューを覗き込んでいる。

サトコ
「あの、そこは···」

若い男
「いいから好きなの選びなよ。この一杯は俺が奢るから」

サトコ
「!?」

(これって···もしかして、ナンパ?)

酔った頭で状況を理解するのに少し時間がかかってしまった。

(だめだめ、こんなの相手にしてちゃ···!)

サトコ
「あ、あの!」

???
「誰だ、お前?」

(室長···!)

低い声が聞こえて、室長が私の隣に立った。

若い男
「だ、誰って···」

難波
テーブルを間違えただけなら、これ以上何も言うつもりはねぇが···

その声は物静かだが、底知れない威圧感をにじませている。
男は顔を青ざめさせながら、慌てて私たちの目の前から立ち去った。

難波
なんだ、ありゃ···?

サトコ
「よかった~、室長が戻って来てくれて···」

難波
よかった~、じゃねぇぞ
お前、また隙見せてたんだろ

言うなり、室長はムニッと私の頬をつまんだ。

サトコ
「そ、そんにゃんじゃ···!」

難波
じゃあ、どんなんだ?

室長は試すような表情で、頬をつまんだまま私の顔を覗き込む。

サトコ
「そ、それは···」

(またそうやって意地悪言うんだから···)

わざと困らせようとしているのが分かって、室長を軽く睨み返す。

サトコ
「とにかく、やめてくだひゃいよ」

難波
いいんだって、これくらい面白い顔の方が

サトコ
「どういう意味れすか、ほれ···」

何とか室長の手から離れようと、ヒールで室長の足をちょっと踏んでみた。

難波
おいおい···俺の足、踏み踏みすんなって
わかった、わかったから

室長は苦笑しながら手を離すと、
その手をそのままマスターの方に挙げた。

難波
マスター、モスコミュール2つ

サトコ
「え···」

難波
ん?

サトコ
「まだ何飲もうか迷ってたのに···」

つままれた頬をさすりながら、思わず未練がましい声が出る。

難波
いいだろ、別に
お前、いつも長々と迷う割に定番にいくし

サトコ
「それはまあ、そうなんですけど···」

(そりゃ、室長の言う通りなんだけどね)
(もちろん、室長の選んでくれたものはイヤじゃないけど···)
(どれにしようかなって、迷うのも楽しいのにな)

さっきのちょっと意地悪な言動もあって、
いつもなら気にならないはずのことが微妙に心に引っかかる。

(どうしちゃったんだろう···やっぱり今日は、何となくかみ合わない気が···)

マスター
「お待たせしました」

難波
ああ、どうも
それじゃ、乾杯

室長はさり気なくグラスを合わせると、そのまま黙って飲み始めた。

難波
モスコミュール、久しぶりだな~

努めて明るく振る舞おうとしてくれている室長の気持ちが分かって、
私もなんとか笑顔を作る。

サトコ
「私もです。おいしい···」

難波
だろ?こういう時は、モスコミュールなんだよ

サトコ
「こういう時って···?」

思わず素朴な疑問を口にすると、室長はちょっと困ったような気まり悪そうな表情になった。

難波
なんというか···その、スッキリしたい時だな

サトコ
「確かに、スッキリした味ですよね」

難波
ま、そういうことだ

室長はグイッとお酒を飲み干すと、再びマスターを呼んで会計を済ませた。

難波
それじゃ、行くか

サトコ
「あ、はい」

慌てて後を追おうとする私を、マスターが呼び止める。

マスター
「あの、ちょっといいですか?」
「モスコミュールにもカクテル言葉があって、もしかしたらなんですけど···」

サトコ

「?」

【店外】

サトコ
「室長!」

店から走り出た私は、叫びながら室長の背に抱きついた。

難波
なんだ、なんだ?
心臓に悪いから、あんまりオッサンを驚かすなよ~

サトコ
「カクテル言葉···」

難波
ああ~

サトコ
「モスコミュールは、『その日のうちに仲直りしましょう』って意味だって」
「私、全然知らなくて···マスターが···」

難波
······

サトコ
「私の方こそごめんなさい。これで、仲直りでいいですか?」

難波
野暮なヤツ···そういうのは、口にしちゃ台無しなんだよ

そう言って指で私の額を軽く弾くと、室長はちょっと照れくさそうに微笑んだ。

サトコ
「本当にごめんなさい」
「今日はなんだか室長とかみ合わないなって、ずっとモヤモヤしてて···」

難波
分かってたよ
でもあの場で仲直りしようって言っても、ひよっこはすぐに元に戻れないだろ

サトコ
「···ですね」

(室長はやっぱりよく分かってるな、私のこと···)

室長が全てを分かった上でああいう解決法を選んでくれたことに、温かな愛を感じた。

サトコ
「室長、やっぱり大好きです···!」

難波
ははは、なんだ、そりゃ

私は照れ笑いを浮かべる室長に構わず、ぎゅうぎゅう抱き着きながら室長の胸に顔を押し付けた。

難波
ほらほら、そんなことしたら、せっかくかわいくしてんのに頭ボサボサになっちまうぞ

サトコ
「え···」

(室長、ちゃんと気付いてくれてたんだ···)

呆然となる私を微笑んだ見つめながら、室長はそっと私の髪を直してくれる。
その優しげな手つきに、胸の鼓動が高まった。

(室長はいつだって、誰よりも私を見ててくれる。今だって···)

見つめ合ったまま、二人の顔が少しずつ接近する。

難波
······

サトコ
「······」

ピピッ

あと少しのところで小さな電子音がして、室長が腕時計を覗き込んだ。
時刻はちょうど、「0:00」

難波
どうやら、間に合ったみたいだな

室長は満足げな笑みを見せると、今度こそ、お酒の香りのするキスを落とした。

Happy  End



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