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お留守番彼氏 難波

【難波マンション】

難波
もしもし、サトコ?

サトコ
『室長、どうしたんですか!?』

久しぶりに掛けた電話の向こうで、サトコの声が華やいだ。
分かりやすく喜んでいる姿が目に浮かび、思わず表情が緩む。

難波
今週末、急に休めることになった

サトコ
『え、今週末ですか···』

今度は分かりやすくがっかりした声音が聞こえてくる。

難波
どうやら、空いてはなさそうだな

サトコ
『すみません···まさか室長がお休みになるとは思わなくて。でも、ちょっと相談してみま···』

難波
いいって。この先、一生休めないわけでもねぇし。気にするな
俺も、たまにはのんびりするよ

サトコ
『そうですか···?』

(そりゃ俺だって、久しぶりにお前に会いたかったが···)

難波
それじゃ、楽しんで来いよ

残念な気持ちを悟られないように、できるだけ明るい声で電話を切った。

難波
そりゃ、若者は休みに予定なしなんてことはねぇよな···
さて、どうするか···



【街】

そしてやってきた休日。
一人の時間を持て余した俺は、何をするでもなく、プラプラと街に繰り出した。

難波
すげぇ人だな、おい···

誰にともなく呟きながら、楽しげな人混みを避けて歩く。
ふと傍らの店を覗き込むと、ショーウィンドウ越しにまばゆい光を放つクマと目が合った。

(これ、サトコがいたら絶対に「キレイ」とか「かわいい」とか大騒ぎだな)

そんなサトコの姿を目に浮かべながら、しみじみとクマを覗き込む。
全身にクリスタルのラインストーンがはめ込まれたクマは、
手のひらサイズでおっさんの俺から見てもかわいらしい。

(サトコに買ってやったらきっと喜ぶな···)

思い立って店の扉に手を掛けるが、キラキラとかわいらしい店内は、
いかにもおっさんには不釣り合いだ。

(ここに一人で入るのはちょっと···)

最後の一歩が踏み出せず、諦めて店に背を背ける。

難波
でもここは···

(サトコの笑顔のために···!)

俺は小さく頷くと、勇気を出して店内へと踏み込んだ。

【ラーメン屋台】

結局あの後も、特に何をするでもないままに、いつもの屋台に流れ着いた。

大将
「はい、お待ち」

難波
どーも

いつものお決まりのメニューをつつきながら、ビールのグラスを傾けた。
安定の味と雰囲気。それなのに、今日は何かが物足りない。

(何だろうな···いつも同じ店すぎて、さすがに飽きちまったってことか?)
(でもなかなか、一人じゃ新しい店には行かねぇよな。サトコがいればともかく···)

また無意識にサトコのことを考えている自分に気付いて、苦笑した。

(さっきのクマの店だって、サトコのためじゃなきゃ絶対いかないしな)
(そもそも今までの俺なら、あんなものいくら光ってても目に入らねぇ···)

サトコが傍にいてくれることで、確実に世界が広がっているのを感じる。

(今頃あいつ、どこで何してるかなぁ···)

大将
「そういやお客さん。今日は、いつものお嬢ちゃんは?」

難波
ん?

(お嬢ちゃんって‥確かに、大将から見りゃそういう歳か···)

改めてサトコとの歳の差を感じされられ、ふと思う。

(大将の目には俺たちのこと、どう映ってるんだ?)
(普通に会社の上司と部下あたりがいい線か?まさか恋人同士だとは···)

難波
今日は休日ですから

答えにもならないような返事をするが、大将もそれ以上は詮索して来ない。

大将
「あの子、いつもいい食べっぷりだよね。こっちも見ていて気持ちいいよ」

難波
確かに···

(サトコは本当にうまそうに食べるよな···)

豪快にラーメンを平らげるサトコの姿を思い浮かべ、思わず一人で微笑んだ。

(あの姿をつまみに2杯は飲めるよな。でもアイツがいないと···)

すっかり進まなくなっているビールのグラスを握りしめる。
さっきから感じていた物足りなさの正体······
それは明らかに、サトコの不在が原因に違いなかった。

(前は充分に一人でも楽しめてたっていうのに···)
(いつからこんなになっちまったんだ、俺は···?)

もはやサトコ無しでは違和感を持つほどに、
俺の中でサトコの存在が大きくなっているようだ。

(会いてぇな、サトコに···)

サトコの存在の大きさに気付いた途端、会いたくて仕方がなくなった。
こんな風に、俺から誰かを激しく求めるなんてこれまでにはなかったことだ。

(すっかりやられちまってるな···俺をこんなにするとは、まったく大したひよっこだよ)

我慢しきれず、サトコに電話を掛けてみた。

(たとえ会えなくても、声ぐらい聞きてぇな)

でも、いくら待ってもサトコは応答しない。

(今日は諦めろってことか···)

難波
大将、お勘定

想いを断ち切ろうと、屋台を後にする。
このモヤモヤを消し去るには、さっさと家に帰って寝ちまうのが一番だ。

難波
さて、帰るか···

でも言葉とは裏腹に、足が逆方向に向いた。

(何してんだ、俺···)

このまま進めば、サトコの暮らす寮の方向だ。

(身体は正直だよな···)

俺は立ち止まって、ひとしきりアゴを撫でた。
休日だけに、無精ひげがいつもよりも微妙に伸びている。

(今日は会わねぇつもりでヒゲも剃ってないが、ちょっと顔を見に行くだけなら構わないか)

何かと言い訳をして会いに行こうとする自分に思わず苦笑いしつつも、

俺は寮に向けて歩き出していた。

暮らしをおトクにかえていく|ポイントインカム

【公園】

もう少しで寮に着くという所で、向かいから歩いてくる人影に気付いた。

(まさか···)

難波
サトコ?

人影がビクリと立ち止まる。

サトコ
「···室長···ですか?」

難波
ああ

信じられない気持ちで頷きながら、サトコに近づく。
サトコも驚いたように、俺をじっと見つめていた。

サトコ
「室長!」

まるで花が開くかのように、サトコが笑った。

サトコ
「どうしたんですか?」

難波
サトコこそ···こんな時間からどこかに行くのか?

サトコの手には、長細い紙袋が握られている。
サトコはそれを軽く持ち上げて、もう一度笑った。

サトコ
「おいしいお酒をもらったので、室長にプレゼントしようと思って···」

難波
なんだ···それなら、何もこんな時間に出て来なくても

サトコ
「だって···」

サトコは困ったように、ちょっと目を伏せた。

難波
だって?

サトコ
「···どうしても室長に会いたくなっちゃったから」

難波

(なんてかわいいことを言うんだ、こいつは···)

嬉しさが込み上げるが、何となく気恥ずかしくて仏頂面を作った。

難波
でもさっき、電話したのに出なかったろ?

サトコ
「え、電話?」

サトコは慌ててごそごそバッグの中を探った。
スマホを取りだし、画面を確認する。

サトコ
「本当だ···すみませんでした。私、一刻も早く会いに行こうと思って、バタバタと···」

難波
ひどいヤツだな。お前の声が聞けなかったから、俺まで会いに来ちまったじゃねぇか

サトコ
「え···それじゃ、室長も私に会いにここまで···?」

難波
こんな休日に、お前以外のヤツらの顔を見に行く趣味はない

サトコ
「なんだ···じゃあ、私だけじゃなかったんだ···」

難波
······

俺たちは、互いを見つめて微笑み合った。

(気持ちが通じ合うって、嬉しいもんだな)

俺はサトコの手を取り、傍らの公園のベンチに並んで座った。

難波
実はな、俺もお前にプレゼントがあるんだ

サトコ
「本当ですか!?」

驚くサトコに、俺は手のひらサイズの箱を手渡した。

サトコ
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」

難波
もちろん

サトコは嬉しそうに微笑むと、丁寧にリボンを外し、包みを解いていく。

サトコ
「わぁ、かわいい···!」

難波
だろ?

サトコ
「すごくキレイ!めちゃくちゃかわいいです!」

難波
よかったよ、喜んでもらえて

想像以上の感激ぶりに、かえってこっち恥ずかしくなってしまうくらいだ。

サトコ
「大切にしますね。どこに置こうかな~」

クマを手の平に乗せて、嬉しそうにじっと見つめるサトコ。
その瞳にクリスタルの輝きが映り込み、キラキラと美しい。
俺は思わず、その姿に見とれてしまった。

難波
ったく、参ったな···

サトコ
「え?」

難波
降参だよ、お前には

俺は堪らず、サトコをギュッと抱きしめた。
輝く俺の宝物。
その輝きをひと筋も手放したくなくて、俺はいつまでも、強く強くサトコを抱きしめ続けた。

Happy  End

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