カテゴリー

その気にさせてよ、早く 2話

~カレ目線~

【車内】

時刻も22時をまわり、寮へと向かう道すがら。
オレは、コンビニで買ってきた冷却材を彼女に手渡した。

東雲
指、これで冷やして

サトコ
「···ありがとうございます」

彼女が封を切ったのを確認して、できるだけゆっくり車を発進させる。
休日の夜ということもあって、道路は思っていたよりも空いていた。
これなら30分もすれば目的地に着きそうだ。

東雲
どう、指は

サトコ
「大丈夫です。たぶん、ただの突き指ですし」
「それより、すみませんでした。ご迷惑をおかけして」

(ほんとにね)

今から10分ほど前。
彼女は、オレの車のハンドルに手をぶつけて怪我をした。
それも、助手席からオレに抱きつこうとしたせいで。

(ありえない)
(理解不能すぎ)

だいたい、抱きつきたいのなら、外に出てからにすればよかったのだ。
夜景を見に、あの高台に行ったのだから。

(なのに、なんであんなこと···)

思えば、今日の彼女は全般的におかしな振る舞いが多かった。

例えば、映画館に向かう途中ーー

サトコ
「で、デートですから!」
「教官と腕を組みたいなぁ、なんて」

(その割に、腕を組んでから妙に緊張していたし)
(手汗もあり得ないくらいだったし)

さらに、映画上映前に彼女のソフトクリームを数口もらった時は···

サトコ
「ダメーーーッ!」

(···なんだったの、あの叫び)
(情緒不安定なだけ?)
(それにしては、いろいろおかしい気がするんだけど)

【車内】

そうこうしているうちに、車は大きな交差点に差し掛かった。
普段なら直進するところだけど、今日は右にウィンカーを出す。
彼女を、寮まで送らないといけないからだ。

サトコ
「···っ」

なぜか、彼女が何か言いたげにこっちを見た。

東雲
なに?

サトコ
「か···」

東雲
『か』?

サトコ
「·········なんでもありません」

(なにそれ)
(嘘、下手過ぎ)

しかも、似たようなことは数時間前にもあった。

(あれ、映画の上映前だっけ)
(たしか予告編を見ていた時···)

東雲
ふわぁ···

(眠···恋愛映画の予告多すぎ)
(なんで恐竜映画がないわけ?)
(それか「ネオ・ゴジーラ」みたいなやつ···)

内心ゲンナリしながら、オレはポップコーンに手を伸ばした。
そのときだった。

東雲
!?

いきなり、左手をガシッと掴まれた。
掴んだのは、もちろん隣に座っているうちの彼女だ。

東雲
??
なに?食べるなってこと?

サトコ
「······」

東雲
ちょっと···

サトコ
「な···」

東雲
『な』?

サトコ
「·········なんでもありません」

【車内】
(···嘘じゃん、アレも)

絶対、何か理由があったはずなのだ。
なのに、訊ねるとモジモジしだして言葉を濁してしまう。

(ほんと、理解不能)

そもそも、どうして彼女は挙動不審なのだ?
普段から多少そういう一面があるとはいえ、今日のはさすがにおかしすぎる。

(そういえば、その後の居酒屋でも···)

【居酒屋】

サトコ
「はぁぁ···映画、面白かったですね!」
「私、泣きすぎて目が痛いです」

東雲
オレは眠気と戦うのに必死だったけど

サトコ
「えっ、何か言いましたか?」

東雲
······べつに
ていうか、あの映画のどこで泣くわけ?
大学生に感情移入して?

サトコ
「もちろんです!」
「だって、響生くん···」
「じゃなくて、主人公は、あんなに教授のことが大好きなのに」
「『教え子だから』って理由でずーっと拒まれ続けるんですよ?」
「『好き』って気持ちは本物なのに」

(それは、教授としての立場があるからじゃん)
(オレだって最近までいろいろ拒んでたし···)

サトコ
「でも、そう考えると私は幸せ者ですよね」
「『好き』って気持ち、教官にちゃんと受け取ってもらえましたから」

東雲
······

不意打ちだった。
久しぶりに、くすぐったい気持ちになってしまった。

(反則じゃん)
(笑顔で言うとか。そういうこと···)

···と、ここまでは悪くない雰囲気だったのだ。
それまでの挙動不審さがウソのように。

(なのに、このあと···)

サトコ
「ああっ、忘れてた!」

彼女が、たまもやいきなり大声を上げた。
そして、思いつめたような目でオレを見た。

(······え、なに?)

東雲
忘れ物?

サトコ
「·········いえ」

東雲
じゃあ、何?
なんで『忘れた』って叫んだわけ?

けれども、彼女は答えない。
またもや、ひとりでモジモジするばかりだ。

(······ウザ)

理解不能。
意味不明。

(決めた。放置決定)

彼女の視線を無視して、オレはお品書きに手を伸ばした。
ちょうど、卓上の食べ物がなくなりつつあったのだ。

(最初に食べたソラマメ、悪くなかったな)
(あれなら、かき揚げを頼んでもいいかも)
(それで、追加でピーチネクター···)

コツン···

彼女の、ストッキングに覆われた爪先が、オレの脛に当たった。

(···何?)

コツン···

サトコ
「······」

コツン···コツン···

東雲
···ねぇ
当たってるんだけど、足

サトコ
「知ってます」

東雲
??

(つまり「わざと」ってわけ?)

もしかして抗議だろうか。
何か言いたげだったのを無視したことに対する‥

(あっそう)
(だったら···)

オレは足を伸ばすと、彼女のふくらはぎを擦り上げた。

サトコ
「ひゃ···っ」

東雲
······

サトコ
「な、ななな、なにするんですか!」

東雲
報復
行儀が悪い足への

サトコ
「···っ、だからって、なんでふくらはぎ···」

東雲
感じた?

サトコ
「!!!」

東雲
······

サトコ
「も、ももも黙秘です!黙秘権を行使します!」

【車内】
(···ほんと、分かりやすすぎ)

さすがに「感じた」のは大袈裟だろうけど、相当くすぐったかったのだろう。
真っ赤になって、抗議してきたのだから。

(そもそも、あの夜もそうだったし)
(ふくらはぎに触れた時、妙に反応して···)

東雲
······

一瞬、あの夜の光景が頭を過った。

(やば···)
(これ、運転中に思い出したらダメなやつ···)

しかも、今日はあらかじめ「泊まりはナシ」と伝えていた。
つまり、このまま寮に送り届けなければいけないのだ。

(なのに、なんでこんなこと···)
(そりゃ、時間があるなら連れて帰りたいけど)
(それも、できないわけじゃないけど···)

サトコ
「あ···」

ボタッ、と鈍い音がした。
どうやら、彼女が冷却剤を落としてしまったようだ。

東雲
拾えそう?
ダメなら、どこかでいったん停めるけど

職業柄、運転中にシートベルトは外せない。
一瞬だとしても、誰に見られているか分からないからだ。

サトコ
「いえ、大丈夫···」
「たぶん···なんとか···」

シートベルトに阻まれながらも、彼女はなんとか手を伸ばそうとする。
けれども、そうなると、ささやかながらも強調される部分があるわけで···

東雲
···っ

(いや、べつに···)
(胸とか、そこまで興味ない···)

サトコ
「あっ···」

東雲
!?

サトコ
「や······もうちょっと···」

(·········なに、今の声)
(エロ······)
(って、中学生か!オレは)

サトコ
「よかった···取れました」

彼女の用事が済んだようなので、オレは少しばかりスピードを上げた。
そうすることで、ヘンな気持ちを振り払いたかったのだ。

(バカ)
(なにムラッとしてんの)

そもそも、オレが気にしていたのはこんなことじゃなかったはずだ。
今日の彼女は挙動不審だ、とか。
今日の彼女は情緒不安定だ、とか。

(そういうことだったはずなのに)

それが、シートベルトのせいで。
いや、その前の「ふくらはぎ」のせいで。

(「あの夜」の諸々をーー)

東雲
···っ
だから思い出すなって言ってるじゃん!

サトコ
「きょ、教官···?」

怯えたような視線が、頬に痛かった。
これでは、オレの方が挙動不審だ。

(·········ああ、もう!)

東雲
あのさ!

サトコ
「はい、教官!」

東雲
それ、その呼び方
いつまで続ける気?

サトコ
「!?」

···分かってる。
こんなの、ただの八つ当たりだ。
でも、どうしても頭を切り替えたかった。
これ以上、ふたりきりの空間でムラムラしたくなかった。

サトコ
「あ、その···そのことなんですけど···」
「もう少し、待ってもらえませんか?」

東雲
もう少しって?

サトコ
「その···新年度になるまで···」
「まだ、その···もう少しだけ···」
「教え子気分もいいかな···なんて···」

東雲
······

サトコ
「あ、待って···今のナシ···!」
「そんなドン引きしないでください!」

東雲
···いや、べつに······

引いたわけじゃない。
一瞬、以前抱いていた不安がよぎりそうにはなったけれど‥
たぶん、彼女が言いたいのはそういうことじゃない。

東雲
そんなにいい?教え子って

サトコ
「いい···っていうのともちょっと違うんです」
「ただ名残惜しいっていうか···」
「この2年間は、私にとって宝物のような時間だったので」

東雲
さんざんパシリにされたのに?

サトコ
「···っ、それはそうですけど」
「今日の映画の主人公も言ってたじゃないですか」
「『あなたと過ごした時間のすべてが愛おしんだ』って」

(···なに、そのセリフ)

東雲
あった?そんなの

サトコ
「ええっ、覚えてないんですか?」
「クライマックスのシーンですよ!?」

東雲
覚えてない

サトコ
「でも、そのとき教官が···」

東雲
オレ?

(オレが、何?)

サトコ
「······やっぱり、なんでもないです」

東雲
いや、よけい気になるんだけど。中途半端な情報提供って

サトコ
「べつに情報提供ってわけじゃ···」

東雲
だったら説明しろ

サトコ
「······」

東雲
サトコ

サトコ
「···っ」

彼女が、身体を縮こまらせたのが分かった。
そのくせ、オレの質問に答えるつもりがないことも。

(···ああ、ダメだ)

ひとまず、次の交差点を左折して幹線道路から外れた。
案の定、道がガラガラだったのでウィンカーを出して車を停めた。

サトコ
「···教官?」

東雲
なんなの、今日のキミ
挙動不審すぎ
情緒不安定すぎ

サトコ
「···っ」

東雲
帰せないんだけど、このままじゃ

サトコ
「だ、だって···」

東雲
言い訳無用
言って。ちゃんと聞くから

ほら、と促すように彼女の目尻を親指でこすった。
みるみるうちに、彼女の目に水の膜が張った。

サトコ
「ズルいです···それ···」
「覚えてないくせに···」

東雲
···は?

サトコ
「映画館で···」
「クライマックス···で···」

【映画】


『教授はそう言いますけど、俺は後悔していません』
『あなたは決して応えてくれなかった』
『俺を相手にしてくれなかった』
『それでも、あなたに出会えて共に過ごしたこの4年間は···』
『俺にとって、すべて愛おしい時間です』

【車内】

サトコ
「あのとき···私、泣いてたら···」
「教官···涙···拭ってくれて···」

(···え?)

サトコ
「今みたいに···親指でキュッて···」
「それ···嬉しくて···」
「なんか···キュンときて···」

東雲
······

サトコ
「でも、教官···覚えてないんですよね?」

東雲
···まあ···

正直、覚えてない。
この子の涙を拭ったことなんて。

(映画は退屈だし)
(そのくせ、女教授のセリフは、ところどころグサグサくるし)

【映画館】

けれど、ふと隣を見た時。
うちの彼女は、まっすぐスクリーンを見ていて···

(きれいだ、って思った)
(彼女の瞳が)

薄い水の膜に覆われて···
そこからポロポロ涙が零れ落ちて···

(ああ···だから拭ったのか)

たぶん、無意識のうちに。
それを自分の手にとどめておきたくて。

【車内】

サトコ
「···教官?」

濡れた瞳に、オレが映っている。
自然と、その目に吸い寄せられてしまう。

サトコ
「教か···」
「···っ」

(しょっぱ···)

サトコ
「や···っ」
「なんですか···今のキッス···」

東雲
······さぁ?

サトコ
「『さぁ』って···」

(言えるか、バカ)

だから、かわりにキスを贈る。
まつげに、目尻に、軽く唇をあてて吸い上げる。

サトコ
「あ······や···っ」
「くすぐったい···」

彼女が、むずがるように身体をよじる。
それを追いかけるために、邪魔なシートベルトをすぐさま外した。

東雲
こっち向いて

サトコ
「あ···」

久しぶりに味わう唇。
オレにとっては特別に甘い、誘惑に満ちた果実のようなもの。

(やば···)
(そろそろやめないと···)

けれど、止まらない。
身体がいうことをきかない。

サトコ
「ん···」
「んん···っ」

(ダメだ···もう···)
(ほんと···いい加減にしないと···)

理性を総動員して、ようやく唇を引き剥がした。
彼女は、苦しそうに息を漏らすと、涙目でオレを睨んできた。

サトコ
「ずるい···教官ばかり···」
「私···失敗したのに······」

(···「失敗」?)

サトコ
「私だけ···ドキドキして···」
「教官···全然···だったのに···」

東雲
···?

(何言ってるの、この子。さっきから)

性的欲求より、知りたい欲求が勝った。
しっかり身体を離すと、オレは彼女の目を覗き込んだ。

東雲
どういう意味、今の
『失敗』とか『全然』とか

サトコ
「!!!」

とたんに、ぼんやりしていた彼女の目が、大きく見開かれた。

サトコ
「い、いえ···その······特に深い意味は·········」

東雲
誤魔化すな

サトコ
「で、でも、ほんとに···」

(あっそう。だったら···)

サトコ
「ひゃ···っ」

左のふくらはぎを、軽く撫で上げた。

サトコ
「イヤです、そこ···っ」

東雲
······

サトコ
「ダメですってば!」

東雲
じゃあ、話す?

膝裏に手を添えて、答えを迫った。
彼女は、軽く息を弾ませながら何度も頷いた。

サトコ
「話します!話しますから···っ」

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする