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ちぐはぐDarling 後藤

【後藤マンション 寝室】

後藤さんの家に泊まった日。
差し込む陽射しに幸せな気持ちで目を開け···

(後藤さんは、まだ寝てるかな)

彼の寝顔を見ようと身体を起こすと···

見知らぬ男
「······」

サトコ
「!?」

隣に寝ているのは後藤さんではなく、見知らぬ男性。

(だ、誰!?昨日は確かに後藤さんと眠ったはずなのに!)

お酒を飲んでいたわけでもなく、昨夜の記憶ははっきりしている。
けれど、知らない男性が目の前にいるのも事実でーー

( “一夜のあやまち” ···なんて、そんな···)

『あの夜からキミに恋してた』···

なんてドラマチックな文句で片付けられるわけもなく、血の気が引く。

(ど、どうしよう···)

呆然としていると、男性がもぞっと動いた。

見知らぬ男
「サトコ···?」

(名前、知られてる!)

男性の手がこちらに伸びてきて、私の膝に触れ···

サトコ
「さ、触らないでください!」

見知らぬ男
「アンタ···どうした?」

サトコ
「え、『アンタ』って···」

顔も声もまったく違う。
けれど『アンタ』という言い方には既視感がある。

サトコ
「あ、あなたは誰なんですか?」

見知らぬ男
「寝惚けてるのか?」

(何か···変?この人、まるで後藤さんみたいに私のことを知っているような顔してる···)

サトコ
「名前は?」

見知らぬ男
「本当にどうしたんだ」
「後藤誠二、俺の名前を忘れたのか?」

(後藤さんの名前を言うなんて···)

頭の中がますます混乱しながらも、私はとりあえず手近にある鏡を彼に渡す。

サトコ
「あなたは後藤さんじゃありません」

見知らぬ男
「!?」

鏡を見た彼が息を呑むのがわかった。

見知らぬ男
「これは···一ノ宮オーナーじゃないか···」

サトコ
「え?一ノ宮さん?」

見知らぬ男
「バレンタインの頃にショコラティエを開くってイベントがあっただろう」
「その時に俺が配属された店のオーナーがこの人、一ノ宮英介さんだ」

サトコ
「名前は聞いたことあります。確か、一ノ宮グループのトップで···」
「世界的にホテルを展開している大富豪だと···」

(言われれば、こんな顔だったかも)

鳴子にイケメン大富豪がいると見せられた雑誌で一ノ宮さんの顔は見たことはある。

(目の前の人が誰なのか、分かったのはいいけど···)

見知らぬ男
「どうして一ノ宮さんの身体になってるんだ···」

彼は鏡を見たまま、私以上に呆然としている。

サトコ
「···まだ後藤さんだって言い張るんですか?あなたの目的は?」

見知らぬ男
「言い張るも何も、俺は後藤誠二だ。いや、正確には身体は違うが···」
「この状況で信じるのが難しいのは分かる。だが···」

困惑した彼の顔が周囲を見回す。

見知らぬ男
「ここは俺の部屋だ。隣には、昨日一緒に寝たアンタがいる」
「状況証拠から考えれば、俺が後藤誠二である可能性も考えられるはずだ」

サトコ
「それは、そうですけど···」

(ここは確かに後藤さんの部屋。私が昨日一緒に寝たのも後藤さんだし···)
(でも···)

サトコ
「他人と身体が入れ替わるなんて、映画みたいなこと···」

見知らぬ男
「···俺には信じてくれとしか、言えない」

サトコ
「······」

その目を伏せる彼を見ると、なぜか胸が痛くなる。

(何もかも違うのに、話し方だけは後藤さんに似てる···)
(本当に中は後藤さんなの?)

サトコ
「···あなたが一番尊敬している人は誰ですか?」

見知らぬ男
「···石神さんだな」

サトコ
「あなたのライバルと言われてる、SPの彼の名前は?」

見知らぬ男
「ローズマリーこと一柳昴」

サトコ
「わ、私の昨日の下着の色は?」

見知らぬ男
「···青」

サトコ
「ご、後藤さんだ···」

後藤
信じてもらえたか?

サトコ
「信じ難いけど、信じざるを得ないというか···」

戸惑いを消せない私に、後藤さんは小さく頷く。

後藤
アンタの気持ちは分かる。俺だって信じられない

サトコ
「そうですよね···」

(本当に入れ替わってるなら、後藤さんの方が戸惑いは大きいはず···)
(ここは私が前向きに振る舞わないと!)

サトコ
「今日が休みでよかったですね。これから、どうしましょうか?」

後藤
俺が一ノ宮さんになってるってことは、一ノ宮さんが俺になってる可能性が高い
とりあえず、あの人に会いに行こう

サトコ
「それが良さそうですね。何も食べずに出かけるのもあれなんで、何か朝ご飯作ります」
「後藤さんが好きなもの···で、いいんですよね?」

後藤
他人の身体になると味覚まで変わるのかはわからないが···アンタの飯なら、なんでもいい

サトコ
「本当に話してることは後藤さんなのに···」

目の前の彼が後藤さんでないことが切なくて、思わずその手に触れると···
パッと手を引かれてしまった。

サトコ
「あ···」

後藤
他の男の手だ

サトコ
「そ、そうでした···」

その手を見ると、拳銃を構えることで出来る痕も傷もない。

(綺麗な手···後藤さんの手じゃないって、こういうことなんだ)
(後藤さんを感じるのに、触れることも出来ないなんて···)

もどかしさに胸が塞がれる思いだった。

【トレイスペード スイートルーム】

一ノ宮さんがいるという、トレイ・スペードホテルを訪ねると···

剣先
「朝から姿が見えないので心配しておりましたが、お戻りになられてよかった」

後藤
あ、ああ

剣先
「本日は、トレイ・スペードクルーズの件で打ち合わせが入っておりまして···」

後藤さんに書類の束を渡すのは、トレイ・スペードの支配人だという剣先さん。
ホテルに入った途端、一ノ宮さんである後藤さんにはオーナーとしての仕事が降ってきている。

(周りは彼のことを一ノ宮さんだと疑わない···やっぱり身体は一ノ宮さんのもので間違いないんだ)

剣先
「船に飾るアンティーク家具の件で、お電話が」

後藤
「···わかった

仕事の電話に、後藤さんは一瞬躊躇うものの電話を取る。

(急に他の仕事の電話なんて、大丈夫なの!?)

ハラハラしながら見守っていると···

後藤
その件に関しては、一度詳しい者に確認してから折り返します。ええ···では、また

後藤さんはそつなく電話を終えていて、他の件でも剣先さんが訝るようなことは一度もなかった。

(さすが潜入捜査のプロ···!あらゆる状況に対応できるなんて···)

剣先
「本日、お伝えすることは以上です」

後藤
ああ、わかった

剣先
「差し出がましいことと存じますが···先程からいらっしゃる、こちらの女性は···」

剣先さんの視線が私に移る。

(当たり前のように一緒にいたけど、一ノ宮さんが連れてる女になるんだ!)
(どう答えよう···)

サトコ
「あの、私はその···」

後藤
新しい事業のために、意見を聞く者だ。気にすることはない

剣先
「左様でしたか。失礼致しました」

私の代わりにサラッと後藤さんが答えてくれて、事なきを得る。
そして剣先さんが部屋を出て行くと、どっと疲れが襲ってきた。

後藤
参った···ホテルの仕事なんて、俺にはロクにわからない

サトコ
「でも、後藤さんすごかったですよ!剣先さん、全然疑ってなかったじゃないですか」

後藤
長く続けばボロが出る。ここに来れば、すぐに見つかるかと思ったが···

(今のところ、後藤さんになってる一ノ宮さんは見つけられてない···)

サトコ
「腹が減っては戦は出来ぬですし···力をつけるために、何か食べに行きませんか?」

後藤
そうするか···コーヒーも飲みたいしな

私たちは一旦、ホテルのレストランで食事をすることに決めた。

【レストラン】

後藤さんの外見がホテルオーナーのため、何を言わずとも一番いい席に通されてしまう。

スタッフ1
「本日のメニューでございます」

後藤
ああ

サトコ
「ありがとうございます」

メニューを受け取り広げてみると···その値段の高さに軽く目を見張った。

(高級ホテルのレストランとはいえ‥前菜でも数千円から···)

どうしようかと向かいに座る後藤さんを見ると···

後藤
「···高いな

スタッフたち
「!」

後藤さんが落とした一言に、周囲のスタッフたちが青ざめるのがわかった。

スタッフ1
「すぐに全メニューの価格見直しだ!」

スタッフ2
「シェフを呼びます!」

後藤
いや、これは···

サトコ
「ち、違います!聞き間違いです!今のは···そう、『高菜がいいな』って言ったんです!」
「ですよね?ごと···一ノ宮さん!」

後藤
ああ、そうだ

スタッフ1
「高菜でございますか···すぐに高菜を使った料理ができるか確認してまいります」

何とか事態が収まり、ホッとしたのも束の間ーー

英介
「不味い、こんなものを客に出す気か」

(この声···!)

聞き覚えのある声に、ハッと背後を振り返ると···
そこには偉そうにふんぞり返った後藤さんが脚を組んで座っていた。

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【スイートルーム】
英介
「身体が入れ替わるだけで、こんなに不便なものだとはな」
「どうなっているんだか···」

(この人が一ノ宮さん···)

外見は後藤さんだけれど、雰囲気がまったく違うせいで後藤さんに見えない。

(一ノ宮さんな後藤さんにも違和感あったけど、その比じゃない···)

???
「英介さんが英介さんじゃなくなったって?」

???
「身体が入れ替わるなんて本当にあるの?」

部屋に二人の男性が入ってくる。

英介
「馬場さん、桜汰···何の用だ」

馬場
「面白そうな話を聞いたからさ」

桜汰
「え?これが英介さん?へえ···じゃあ、こっちの英介さんの見た目の方は?」

後藤
ショコラティエをやっている時に世話になった後藤だ

桜汰
「へぇ···偉そうじゃない英介さん、初めて見た」

英介
「それは俺じゃない」

(何となくわかる···)
(この馬場さんって人と桜汰さんって人は、人のトラブルを面白がるタイプの人だ!)

時折感じる教官方の好奇の視線を、目の前の二人に重ねる。

桜汰
「何で入れ替わっちゃったの?誰か変なクスリでも飲ませた?」

馬場
「世の中には人間の理解を超えた超常現象もあるからね~」
「夢の中で会ってた子と···」

桜汰
「もしかして、入れ替わっちゃってる~!?···とか?」

サトコ
「笑い事じゃないですよ!」

桜汰
「そういえば、この子誰?」

後藤
俺の連れだ

馬場
「なるほど、つまりごっちんの恋人ってこと?」

サトコ
「ごっ···?それは···まあ···」

桜汰
「彼氏の身体が入れ替わっちゃったなんて一大事だよね」

馬場
「こういう時は、やっぱりアレじゃない?恋人からのキスで元に戻すのが定石でしょ」

サトコ
「キスっていっても···」

(どっちにキスをすればいいの?)

外見は一ノ宮さんの後藤さん。
外見は後藤さんの一ノ宮さん。
二人を交互に見ていると···

後藤
それはダメだ

スッと立ち上がった後藤さんが案自体を却下する。

桜汰
「焦り顔の英介さんって、新鮮」

馬場
「身体が別の男でも、心が別の男でもダメか···」
「お嬢さん、愛されてるね♪」

サトコ
「は、はは···」

後藤
そもそも一晩寝たら、こんな状態になっていたんだ
ここはもう一度寝てみるのは、どうだ?

英介
「まあ···そうだな。それが妥当な選択だろう」

ソファの肘置きに腕を置き、頬杖をついた後藤さん···というか、一ノ宮さんを見つめてしまう。

(後藤さんなのに、後藤さんじゃない‥事情を知らずに、この後藤さんに会ったとしても···)
(私は後藤さんと思わないか、潜入捜査中だと思いそう)

後藤
明日、また顔を合わせよう

立ち上がろうとした後藤さんを一ノ宮さんが片手で制す。

英介
「その姿で勝手なことはさせられない。今夜は、ここで過ごせ」

後藤
アンタは···

英介
「ここは俺のホテルだ。部屋などいくらでもある」
「俺の身体だということを忘れるなよ」

(後藤さんの顔で、こんな偉そうなことを言うなんて···)

サトコ
「一ノ宮さんの方こそ、後藤さんの身体だって忘れないでくださいよ!」

英介
「お前···」

桜汰
「うわ、やっちゃった」

馬場
「まだ若いのに···最悪オークション行きかな···?」

サトコ
「え?」

立ち上がった一ノ宮さんが私の前までやって来る。

英介
「もう一度言ってみろ」

(後藤さんに、こんなに冷たい目で見下ろされるなんて···)

中身は後藤さんじゃない‥わかっているのに、全身が強張るとーー

後藤
俺の女に手を出さないでもらおうか

桜汰
「あ、今の英介さんっぽい!」

英介
「こんな女に興味はない」

(う、後藤さんの外見で言われると結構堪える···!)

後藤
行くぞ、サトコ

サトコ
「は、はい」

一瞬戸惑った後、私は後藤さんの身体に背を向け、一ノ宮さんの背中を追いかけた。

【部屋】

ペントハウスに泊まる後藤さんに付き合って、同じ部屋に私も泊まることになった。

後藤
俺はこっちで寝る

後藤さんがリビングのソファを指差す。

サトコ
「こんな時こそ、一緒に···」

後藤
いや···朝は不可抗力だったとして、これは一ノ宮さんの身体だからな

サトコ
「そうですね···」

(後藤さん以外の男の人と一緒に寝るってことに変わりはないから···)
(朝も『他の男の手』だって、手を引かれたっけ)

後藤さんにも様々な葛藤があるのだと納得しつつ、その分彼の愛情を感じて胸が熱くなる。

後藤
おやすみ

サトコ
「おやすみなさい···」

私に背を向ける後藤さん。
背中は一ノ宮さんだけれど、私には後藤さんの姿が見える気がして···

(外見は後藤さんじゃなくても、後藤さんを励ますことはできる···)

私は枕を持つと、リビングに向かった。

【リビング】

後藤
アンタ···

やって来た私に後藤さんがソファから身体を起こす。

サトコ
「まだ眠くないので、眠くなるまでお話ししましょう」

後藤
「···少しだけな

内容は他愛のない学校や教官たちの話だけれど。
言葉の選び方や間の取り方が後藤さんそのもので、段々と後藤さんと話している気持ちになる。

後藤
アンタもこっちに···

そう言いかけた後藤さんが言葉を止めた。

後藤

「···そろそろ寝た方がいい

サトコ
「後藤さん···」

あえて一ノ宮さんである後藤さんの目をしっかりと見つめる。
見慣れない怜悧な目元だけれど、その瞳には後藤さんに見るのと同じ温かな色が見えて。

サトコ
「何があっても後藤さんは後藤さんですから」
「この先、どうなっても私は傍にいますからね」

後藤
アンタ···

後藤さんがその目を見開き···その後、嬉しいような困っているような複雑な顔を見せる。

後藤
元の姿に戻ったら、すぐにアンタを抱きしめる

サトコ
「待ってます。絶対、明日には戻れてますよ!」
「おやすみなさい」

後藤
おやすみ

名残惜しさを感じながら、私はベッドへと向かった。

そして翌朝ーー

サトコ
「後藤さん!」

後藤
身体は···

起き上って自分の身体を見た後藤さんと顔を合わせる。

サトコ
「戻ってます!」

後藤
ああ

嬉しくて飛びつこうとすると、ペントハウスのドアが開いた。

英介
「戻ったようだな」

後藤
ああ。1日で何とかなって良かった

英介
「まったくだ。あんな格好では仕事にならない」

サトコ
「あんな格好って···っ」

後藤
サトコ、まあいい

英介
「これで用は済んだ。迎えは用意してあるから、さっさと出て行け」

後藤
言われずとも長居するつもりはない

一ノ宮さんが部屋を出て行って、私たちも帰る支度をする。

サトコ
「こんなところ1分1秒でも早く出て行きましょう」

後藤
そう焦るな

サトコ
「でも一ノ宮さんに、これ以上···」

好き勝手言われたくない···その言葉は伸びてきた後藤さんの腕に止められた。
きつく抱きしめられ、後藤さんの温もりと匂いを胸いっぱいに感じる。

後藤
昨日、言っただろう。すぐにアンタを抱きしめると

サトコ
「ゆ、有言実行ですか···」

後藤
早々追い出しはしないだろ。これぐらいの時間はもらっておく

一ノ宮さんの言葉を意に介していないのが、また後藤さんらしくて。

(後藤さんなら、何でもいいけど···)

やっぱりいつもの後藤さんが一番だと、思い切りその胸に顔を埋めた。

Happy  End

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