「兵吾さんとしりとり」
【教官室】
東雲
「はあ···」
深夜の教官室に、何度目かのため息が響き渡った。
オレと兵吾さんが担当している捜査が難航して、徹夜での待機を余儀なくされたからだ。
(眠···限界···)
(仮眠···)
でも、近くのデスクで仕事をしている上司はしっかり起きている。
仮眠を取りたいのはやまやまだが、さすがに上司を差し置いては気が引けた。
(兵吾さんも寝てくれればいいのに···)
(あの人、体力オバケだからな···三日間くらい寝なくてもいつも通りだし)
東雲
「はあ···」
加賀
「歩、うるせぇ」
オレよりもさらに寝ていない兵吾さんは、すこぶる機嫌が悪い。
さっきから、近くにいなくてもそのイライラが伝わってくるようだ。
加賀
「···きのこ」
東雲
「は?」
オレを見ながら、兵吾さんがボソッとつぶやく。
意味が分からず問い返すと、兵吾さんの表情が険しくなった。
加賀
「どう考えても、しりとりだろうが」
東雲
「いや、そんなのわかるわけないし···」
加賀
「いいから、さっさと続けろ」
(しりとりって···)
(今、明らかにオレの頭見て言ったじゃん)
どうやら、兵吾さんなりの眠気対策らしい。
(めんど···)
(でも、そんなこと言ったらなおさら不機嫌になるな、あの人···)
“きのこ” に続く言葉を考えて、ぽつりと口にした。
東雲
「湖畔」
加賀
「······」
東雲
「 “こはん” 」
加賀
「テメェ、ふざけんじゃねぇぞ」
いきなり “ん” のつく言葉でしりとりを強制終了させたことに、兵吾さんが静かに怒る。
だから、わざと笑ってみせた。
東雲
「負けを認めるんですか? “ん” から始まる言葉なんて、いくらでもありますよね」
「ンビラとか、ンドレ、とか」
加賀
「なんだそりゃ」
東雲
「 “ンビラ” は楽器で、“ンドレ” はカメルーン料理です」
「他にも···」
加賀
「チッ···相変わらず、かわいげのねぇガキだ」
舌打ちしながら、兵吾さんがタバコを持って立ち上がる。
どうやら、眠気覚ましにタバコ休憩に行くらしい。
(はあ···やっとひとりになれた)
(まあ、あの人のことだから、オレが限界だってわかってたんだろうけど)
だからあえて、退室したのだろう。
それでもようやく、ずっと願っていた仮眠の時間が訪れたことには違いない。
(それにしてもあの人、よく寝ないでいられるよ···)
(すごいとは思うけど、真似したくはない)
デスクに突っ伏して、目を閉じる。
兵吾さんが戻ってくる束の間の時間、眠りに身を委ねた。
Happy End