【お祭り会場】
いつもは石神さんの忙しさに諦めている花火大会だけど、今年は奇跡的に予定が空いた。
陽が暮れた頃、待ち合わせ場所に石神さんがやってくる。
石神
「ずいぶん早いな」
サトコ
「楽しみすぎて、家で待っていられなかったんです」
約束の時間よりも早めに来た石神さんが、私の言葉に苦笑する。
(どうしよう、苦笑いされちゃってるけど···)
(でも石神さんの浴衣姿、やっぱりカッコいい···)
(明日からどんな厳しい訓練や講義があっても、頑張れる気がする···!)
石神
「どうした」
サトコ
「え?」
石神
「ずいぶんと静かだな。いつもは静かにしろと言っても聞かないくらいだが」
「それに、浴衣だとしおらしく見える」
サトコ
「そうですか···?」
(···ん?『しおらしく見える』ってことは、やっぱり『本当はうるさいのに』ってこと?)
褒められたのか呆れられたのかわからない私の手を取り、石神さんが一瞬だけ笑った。
石神
「冗談だ。よく似合ってる」
サトコ
「ほ、本当ですか···!?」
石神
「行くぞ」
最後の問いかけには答えてくれないまま、石神さんが人混みの中を歩き出す。
普段とは違う “デートらしさ” に、妙にドキドキした。
サトコ
「でもこういうときに限って、だいたい緊急の連絡が入るんですよね···」
石神
「今日はないだろう。追っている事件も膠着状態だ」
「それに、今日は加賀が別の事件で本庁にいる」
サトコ
「ああ···それじゃ、間違っても石神さんに連絡は入りませんね」
石神
「そういうことだ」
【花火大会会場】
そのあと、手を繋いだまま花火大会の会場へとやって来た。
たくさんの人に囲まれながら、見事な打ち上げ花火を堪能する。
サトコ
「すごい···!どれも綺麗ですね!」
石神
「久しぶりに見たが、最近のは珍しいのが多いな」
サトコ
「そうですね。ハートとか、笑顔のマークとか···」
「私も花火大会に来るのは久しぶりだから、見たことないのがたくさんありました」
次々と打ち上がる花火に、クライマックスの予感がする。
ずっと楽しみにしていたので、終わるのはやっぱり寂しかった。
(綺麗だな···また来年、石神さんと一緒に見られたらいいけど)
(仕事や捜査で、無理な可能性の方が高いかも···)
夏が終わるような、もの悲しさを覚えながら、石神さんの隣で空を見上げ続けた。
花火も終わり、周りにいた人たちが変えるために移動を始める。
でも私は、少し腰が重かった。
(まだ帰りたくない···けど、明日は学校だし···仕事もあるし)
そう自分に言い聞かせて、石神さんを振り返る。
離れてしまった手を再び取り、石神さんが歩き出したのは帰り道とは逆方向だった。
サトコ
「どこに行くんですか?」
石神
「いいから、ついて来い」
そのまま、石神さんは私の歩調に合わせてゆっくりと歩き···
【公園】
ついた先は、誰もいない公園だった。
サトコ
「どうして···」
石神
「少し物足りなくてな」
持っていた袋から石神さんが取り出したのは、線香花火だ。
サトコ
「い、いつの間に?」
石神
「お前がたこ焼きに夢中になっている間に、屋台で買ったんだ」
「···よし。ちゃんとマッチもついてるな」
線香花火を私に手渡して、石神さんが火を点けてくれる。
街灯もない中、マッチの灯りが温かく感じられた。
(あんなにすごい打ち上げ花火が、物足りないはずないのに)
(もしかして石神さんも、私と同じ気持ちでいてくれた···?)
線香花火が、微かな花火を散らし始める。
揺らさないように気をつけながら、しゃがみ込んで石神さんと向き合って楽しんだ。
サトコ
「線香花火って、最後まで消えなかったら願い事が叶うって言いますよね」
石神
「お前は本当に、迷信が好きだな」
サトコ
「じゃあ、迷信かどうか試してみましょう」
「来年も、石神さんと花火大会に来れますように」
声に出してお願いする私に、石神さんが苦笑する。
そしてゆっくりと、私に唇を寄せた。
石神
「···それくらい、俺が叶えてやる」
サトコ
「あ···」
唇が重なり、線香花火の火がゆっくりと消える···
灯りがなくてもお互いが見えるほどの距離で見つめ合い、どちらともなく笑った。
Happy End