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お留守番彼氏 石神

【教官室】

近頃、捜査や本庁直々の仕事があったせいで、公安学校から足が遠のいていた。

(サトコの顔も随分見ていないな)

人に言えばそう長い期間ではないのだろうが、こればかりは個人の尺度だ。

(この時間では、もう残っていないか)

久しぶりに夜遅くの教官室を訪れると、そこには颯馬の姿があった。

石神
遅くまで残っているんだな

颯馬
石神さん···今日は早く終わったんですか?上との会議

石神
ああ。会議とは名ばかりの腹の探り合いだ。無駄な時間はなるべく減らしたい

課題の添削をしていたのか、書類をまとめた颯馬がフッと笑う。

颯馬
石神さんが戻ってくるんだったら、もう少し手伝いお願いしておくんだったな

石神
何の話だ?

颯馬
サトコさんですよ。ついさっきまで私の仕事を手伝ってくれてたんです

石神
そうか

(少し前まで、サトコがここに···)

居ないことはわかっていても、その姿を探すように視線を動かしてしまう。

颯馬
石神さんがいない間は他の教官の補佐を···と、よく動いていましたよ

石神
休むことを知らない奴だからな

颯馬
確かに、彼女は動いている方が性に合っているようですね。ですが、今回は···

颯馬が意味深な視線を送ってくる。

颯馬
誰かのために頑張っているように見えますが···

石神
······

(察しがいいのは相変わらずだな)

石神
最後は俺が閉めて帰る。お前もそこそこで上がれ

颯馬
ええ

颯馬の微笑を居心地悪く思いながら、個別教官室へと入った。

【個別教官室】

ここに入るのは間が空いているというのに、空気は籠っていない。
デスクの上には整理された書類が並んでいて、部屋に彼女の存在を感じる。

(俺の目がなくとも、ここまで出来るようになったか)

その成長を嬉しく思いながら、積まれた書類に目を通そうとすると···小さな付箋が指に触れた。

『お疲れさまです。今日、石神教官が好きなお店でプリン買ってきたので食べてください!』
『万が一賞味期限までに食べられなそうなときは、私が食べちゃいますね』

(プリン···)

備え付けの冷蔵庫の中にはラルムのプリンが入っていた。

石神
せっかくだからな···

有り難く食べることにすると、普段以上にその甘さが染みる気がする。

石神
······

(一言残しておくか)

『プリン、ありがとう。しっかり勉強と訓練に励むように』

色気に欠けるメッセージだと自分でも思い···付箋の端に小さなプリンを書き添えた。

翌日の夜。
長引いた会議で遅くに教官室を訪れると、今日はメモが残されていた。

『遅くまでお疲れさまです。お茶でも飲んで、たまにはリラックスしてくださいね』

メモの端にはお茶を飲むネコの絵が描かれている。
そして添えてあるのはユズ茶のティーバッグ。

石神
サトコらしい

思わず笑みがこぼれながらも、まったく寂しさを見せないサトコに苦笑が込み上げる。

(あいつはどこまで我慢が好きなんだ)
(···いや、好きなわけじゃない。我慢させているのは俺か)

明日には諸々のことが一段落する。

(明後日なら時間が取れそうだ)

メモで残そうかと考え···手にしたのは少しでも早く伝えられる携帯だった。

『明後日、食事でも行くか?』---というメールを送ると、すぐに返信が来る。

(早いな···『いきまさ!!』···)

石神
 “まさ” ···か

どれだけ急いで返信をしたのかが、その一文からうかがえて。
ふっと笑うと、1日の疲れも抜けていくようだった。

【廊下】

次の日の夜、最近にしては早い時間に学校の廊下を歩いていると···

黒澤
あれ、石神さん。今日って学校来る日でしたっけ

石神
その言葉、そのままお前に返す。教官面で歩くな

後藤
俺もいつもと言ってるだろう。ここは遊びに来る場所じゃないと

黒澤
ハハッ、お二人に同時に小言言われるの久しぶりだな~
最近、石神さん全然顔見せてくれないし

石神
俺が何をしていたかは、お前も知っているだろう

黒澤
石神さん、あんまり教えてくれないからな···。で、何を急いでたんですか

石神
···急いではないが?

黒澤
え、そうですか?

後藤
俺の目にも急ぎ足のように見えましたが···

石神
······そうか

特に今日渡さなくても構わない書類を手に、教室や資料室を回っていた。

(サトコを探して足早になっていたというのか?)

黒澤
それに何か楽しそうですけど···
あ、オレに会えたからですね!

後藤
やっと落ち着いたんだ。お前が石神さんを疲れさせるな
石神さん、お疲れさまでした

石神
ああ

後藤が黒澤の首根っこをつかまえて去っていく。

石神
······

(明日のことを考えて浮かれているのだとしたら···)

らしくないと、誰に見られている訳でもないのに気恥ずかしくなる。

(とりあえず、教官室に戻るか)

これ以上あちこち探し回るのもどうかと思い、一旦教官室に戻ることにした。

【個別教官室】

(今日はもう帰ったのかもしれない)

明日会えるのだから、急く必要もない···そう自分に言い聞かせながら個別教官室のドアを開けると···

サトコ
「······」

石神
サトコ···

ソファで横になったサトコが静かな寝息を立てている。

(自惚れるわけではないが···)
(そんなところで寝ていたら、俺のことを待っていたのかと思うだろう?)

陽が落ちた教官室の空気は思ったよりも冷えていて、ジャケットを脱ぐとそっと掛ける。

サトコ
「ん···」

そのまつ毛が震えて徐々に目が開く。

(起こしたか···)

悪かったと思う反面で、その声を聴けることを嬉しく思っている自分がいる。

サトコ
「石神さん···?」

石神
どうした、こんなところで

サトコ
「ええと···」

起き抜けに顔を覗かれている事態がつかめないのか、
彼女は何度か瞬きをしてからその目を丸くした。
そんな仕草がひどく愛おしい。

サトコ
「その、報告書を提出しようと思って···すみません!教官室で居眠りなんて」

髪を直しながらソファから降りたサトコが、デスクにある報告書を手にして渡してくる。

石神
···期限は週明けのものだな

サトコ
「え、あ、はい···」

石神
······

(急がなくてもいいものを、わざわざ···報告書は建前ということか)

それがわかったところで口にしていいものか迷っていると···

サトコ
「明日会えるのが、待ちきれなくて···」

消え入るような声で先に口を開いたのはサトコだった。

サトコ
「どうしても、石神さんに会いたくて···」

(言わせてしまうなんて、俺はダメだな···)

真っ赤になって伏せた顔を上げさせる。

サトコ
「石神さん···?」

その髪を梳くように手を差し入れ、ゆっくりと耳元に顔を寄せるとーー

石神
···一緒だな

サトコ
「!」

触れた頬がカッと熱を持つのを感じながら、その耳に小さなキスを落とした。

Happy End

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