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これが俺の愛し方 後藤1話

【後藤マンション キッチン】

ここ最近きな臭い事件が多く、緊迫した日が続いていた。

(私以上に現場に出ている後藤さんはもっと大変だろうな)

先日、石神班の潜入捜査で、共に政治家主催のパーティーに参加したばかり。

(犯人側の人数が多くて、逃亡中の男たちの捜査はまだ続いていて···)
にも関わらず、後藤さんは別件の捜査も進めていた。

(でも、今日は金曜日···やっと落ち着いてきたって言ってたし)

週末は二人とも非番で、今夜はゆっくり過ごせる予定だった。

(潜入捜査で助けてもらったお礼も兼ねて、今夜は張り切って夕飯の品数も多くして)
(新しく挑戦してみた料理、気に入ってもらえるといいな)

帰る前に連絡すると言った後藤さんからの連絡は、まだない。

サトコ
「何時頃かな。先にお風呂は借りたけど···」

あらかたの支度を済ませると、このあとの時間に意識が行く。
久しぶりに次の日を気にしなくていい夜。
いい雰囲気になるかと思い、新しいブルーの下着を着けてきたけれど。

(ちょっと、あからさま過ぎる?いくら青色が後藤さん好みだからって···)

チラリとシャツの上から覗き込み、今さらながらに恥ずかしくなってくる。

(買った時は気付かなかったけど、いざ着けるとレースで透けてる部分も多いような···)

ひとり服の中を真剣に覗いていると、テーブルに置いていた携帯が鳴る。
ぱっと手を伸ばすと、後藤さんからのLIDEの通知があった。

『悪い。室長につかまって飲み会だ。遅くなる』

サトコ
「飲み会···大変だな、後藤さんも」

(室長に誘われたら断れないよね)
(『わかりました。私のほうは大丈夫なので、気を付けて帰って来てくださいね』···と)

サトコ
「飲み会なら食事も済ませてくるだろうから···これは冷凍しておこう」

後藤さんがひとりでも食べられるようレンジで温めればいいだけにして、個別にパックしていく。
そのついでに自分の夕食も済ませ、後藤さんの帰宅を待つこと数時間ーー

【リビング】

後藤
遅くなって悪かった

サトコ
「おかえりなさい!」

日付が変わるギリギリ前に帰って来たごとうさんに駆け寄る。

後藤
すまない。今夜はアンタと過ごすはずだったのに···

サトコ
「室長が行くなら帰るわけにはいきませんよ。気にしないでください」
「今、お風呂沸かしてますから待っててくださいね」

先にお湯張りボタンを押し、後藤さんの上着を掛けつつお風呂の支度もする。

(バスタオルを用意して、入浴剤はリラックスできるようにラベンダーにしよう)

お酒が入っていることも考えてお湯の温度を確認し、お風呂に入ってもらうことにした。

【寝室】

寝室に入ると、すぐに抱きしめられる。
後藤さんの身体はまだ温かく、ふわっとラベンダーの香りがした。

サトコ
「まだ髪濡れてますよ?」

後藤
すぐに乾く

そのまま寝たら寝癖がつきそうな髪に手を伸ばすと背伸びする形になる。
不意に間近で交わる視線に、頬に手が添えられた。

後藤
早く会いたかった

サトコ
「んっ···」

今日は昼間も教官室で顔を合わせている。
それでも焦れるように触れられていると思うのは気のせいなのか···

後藤
サトコ···

キスの合間に名前を呼ばれながら、そっとベッドへと押し倒される。
いつもなら自然に服に手が伸び、素肌に触れ合うもののーー

(この下着···)

寝室の暗い照明の中で見ると、青に混じって黒のレースもあるせいか、やはり大胆に感じられた。

(でも、せっかく用意したんだし···)
(あああ···だけど、やっぱり恥ずかしい···!)

サトコ
「きょ、今日は後藤さんも疲れてるでしょうから···」

後藤
ん?

サトコ
「今日は早く寝ませんか?」

後藤
あ、ああ···

肌に触れかけた手をぎゅっと握ると、後藤さんは一瞬動きを止めたものの。

後藤
そうだな。早く眠れるときは早く寝よう

微笑むと、私を後ろから抱きしめてベッドに入る。

サトコ
「後藤さん、髪···そのままだと明日爆発しませんか?」

後藤
その時はアンタが直してくれ

サトコ
「ふふ、はい!」

和やかな雰囲気で眠れることにホッとしながら、私はその温もりに身を寄せていた。

【学校 資料室】

後藤さんの部屋に泊まった週末から、数週間後。

(昨日も泊まったけど、何もなかった···)

一夜を共にし、交わしたのは “おやすみのキス” と “おはようのキス” だけ。
それが悪いというわけではないのだけれど。

(下着の件で断った夜から、一度もキス以上のことはしてない)
(心なしか抱きしめたりキスしたりする回数も減ってる気がするし···)

サトコ
「やっぱり、あの夜のことが···」

きっかけなのは、おそらく間違いない。
けれど日頃からポーカーフェイス気味の後藤さんの顔からは、
彼の考えを窺い知るのは難しいことだった。

(拒んだって思われた?だとしたら困る。そんなつもりなかったのに···)
(だけど···女から抱きしめてもらえないのが寂しいなんて言ったら···)

大胆な下着以上に引かれてしまうかもしれない。

(ああ、もうどうしよう···いや、その前に資料探しを片付けないと!)

そぞろになりそうな気持ちを抑え、レポートに必要な資料を集めていく。

サトコ
「最後の一冊は···一番上か」

脚立に乗って手を伸ばした、その時···

後藤
誰かいるのか?

サトコ
「え?」

後藤
氷川?

サトコ
「え、わ···ご、後藤さん!」

さっきまで頭を悩ませていた事柄が事柄だけに、動揺してバランスを崩してしまう。

後藤
危ない!

サトコ
「···っ」

脚立から落ちかけた私を後藤さんが抱き留めてくれた。

後藤
大丈夫か?

サトコ
「すみません···」

顔を上げると、彼の顔が目の前にある。
抱き留めた状態のまま腕も回っていて、まるで抱きしめられているようで···

後藤
······

サトコ
「あ、あの···」

(今なら言えるかもしれない!言葉に出さなければ伝わらないんだから!)

サトコ
「この間のことなんですが···」

後藤
ん?

サトコ
「だから、その···」

(う···事態を説明するには、断った理由を言わなきゃいけないよね)
(『下着がセクシー過ぎて断った』なんて言える訳ない!)

後藤
この間が、何だ?

サトコ
「い、いえ···」

真っ直ぐに見つめられると言葉はぐっと飲み込まれてしまう。

後藤
アンタ···

私の気持ちを推し量るように後藤さんの目が細められる。
どこか切なさを宿すような瞳に視線が絡み、時間が止まったように感じられーー

黒澤
後藤さん、ここですかー?

後藤

サトコ
「!」

聞こえてきた声にパッと身体を離そうとしても一拍遅かった。

黒澤
これはこれは···シャッターチャンス!ですかね
放課後の密会なんて痺れます!

サトコ
「ち、違うんです。これは···っ」

後藤
脚立から落ちたところを支えただけだ。携帯を向けるな、馬鹿

黒澤
いたっ

立ち上がった後藤さんが黒澤さんの頭をペシッと叩く。

黒澤
冗談ですって。オレはお二人の味方ですからね
「 “恋のキューピッド” が必要な時は、この黒澤透にご用名を★

後藤
······

黒澤
後藤さん、だから耳引っ張らない!そのうち尖って妖精になっちゃいますよ

黒澤さんを引っ張るようにして後藤さんは資料庫を出て行く。

(結局、話せなかった···)

ひとり残った私はモヤモヤした心を逃すようにため息を吐くことしかできなかった。

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【公園】

その日の夜。

(何をしてても後藤さんのことが気になって手に付かない···)

まずはこの問題を解決しなければと、考えがてら散歩に出た結果。

(この手の話は顔を見ると話せなくなるから···とりあえず、電話でひと息で説明しよう!)

後藤さんの反応を見るのは、必要なことを話してからだと覚悟を決め、携帯を鳴らす。

プルル···
プルルル······

(後藤さんはまだ学校かな)
(伝えるのは、『あの夜断ったのは、下着のせいなんです』ってこと)

頭の中で伝えるべきことを繰り返していると···

(ん?)

背後に気配を感じた。
ざっという砂を踏む音が聞こえた時には、本能的に危険を察知する。

サトコ
「!」

降り返った瞬間、空を切る鋭い “何か”
公園の灯りで光るそれがナイフだと分かる。

フルフェイスの男
「チッ」

(明らかに私を狙ってる!)

男はすぐに態勢を立て直し再び切っ先を向けてくる。

(仕事柄、狙われる理由はいくらでもあるけど···)

サトコ
「···っ」

フルフェイスの男
「······」

(周りは暗いし、男の身体も大きい。凶器を持っていることを考えれば、避けるのが精いっぱい···)
(だけど···)

サトコ
「はっ、はあっ」

相手の動きを読み避けるのにも限度がある。

(このままじゃ消耗するだけ。何か方法を考えないと···)

サトコ
「っ!」

顔ぎりぎりをナイフが通り過ぎ、大きく背を反らせると足がもつれる。

(この態勢じゃ、まずい!)

次は避けられない···そう覚悟し、なるべく傷を浅くする態勢を考えた時だった。

後藤
何をしている!

フルフェイスの男
「!?」

サトコ
「後藤···さん?」

尻餅をついた私に襲いかかろうとしていた男。
後藤さんは私を飛び越え、その男の腹に蹴りを入れて大きく薙ぎ払う。

フルフェイスの男
「ぐあっ!」

後藤
何者だ

倒れた男の動きを拘束するように馬乗りになった後藤さんが、まずは手からナイフを落とす。
そして間髪入れず男のヘルメットをとった。

後藤
お前は···

サトコ
「この間の潜入捜査先で見かけた男!」

後藤
仲間を逮捕された仕返しに、あの場にいた警官を狙ったということか

フルフェイスの男
「くそっ!女なら狙いやすいと思ったのによ!」

(すごい···後藤さんが男を取り押させて手錠をかけるまで一瞬だった···)

どう連絡がいったのかはわからないけれど、すぐにパトカーが駆けつけ後藤さんは男を引き渡した。

後藤
大丈夫か?

サトコ
「は、はい、すみません。後藤さんの手を煩わせてしまって···」

尻餅をついたままだった私を抱き起してくれる。

(危なかった···後藤さんが来てくれなかったら、間違いなく一撃は受けてたと思う)

ホッとすると同時に今さらながら恐怖を感じ、口の中が渇く。
それを気付かれないように胸に押し込め、なるべくいつもと変わらぬ声で口を開いた。

サトコ
「どうして、私がここにいるってわかったんですか?」

後藤
電話だ

サトコ
「あ!そういえば、携帯!」

地面に放り出した携帯は後藤さんの携帯につながったままだった。

後藤
電話の向こうから聞こえてくる音で只事じゃないとわかった
居場所は学校のGPSシステムを使わせてもらった

サトコ
「そうだったんですね···おかげで命拾いしました!」

後藤
···本当に間に合ってよかった

サトコ
「ありがとうございました。このあとって···とりあえず帰って大丈夫なんでしょうか?」
「それとも、事情聴取とか···」

後藤
明日に回してもらう。今日は···帰せない

サトコ
「え?」

手を握られ、その力がかなり強いことに気が付く。

(後藤さん···)

私以上に私のことを気遣ってくれているのが伝わってきて。

後藤
行こう

サトコ
「はい···」

強がって見せたものの···
全身の強張りがまだ解けないこともあり、後藤さんの気持ちに甘えさせてもらうことにした。

【後藤マンション】

後藤さんの部屋に着いた時。
無理が利かず、どちらの顔も強張ってしまっていたと思う。

後藤
風呂で温まれ。まだ気が張ってるだろ

サトコ
「ありがとうございます」

この間とは反対に、後藤さんがお風呂の用意をしてくれている。

(後藤さんがいなかったら···)

受けるのは一撃で済まなかったかもしれない。
場所が悪ければ、さらなる状況の悪化だって考えられる。

(無事でいられてよかった)

後藤さんの家に帰って心底安心したのかもしれない。
安堵と同時に全身の力が抜けそうになり、私は目の前にある後藤さんの背に縋った。

後藤
···どうした?

サトコ
「本当に···ありがとうございました。突然襲われたからって、あんな対応···」
「もっと訓練頑張らないとダメですね」

後藤
現場に出れば訓練通りに運ぶことの方が少ない。厳しい言い方だが、こういうことも場数だ

サトコ
「···はい」

後藤
俺たちの仕事は恨みを買いやすい。いつどこで命を狙われるかもわからない
だから···日々後悔しないように、俺はサトコと向き合っていたい

サトコ
「はい···」

失ってからでは遅いーーそれを誰より知っている後藤さんの言葉は重くて。

(失いたくないし、後藤さんを悲しませるようなこともしたくない···)

私はぎゅっとそのシャツを握ると背中に顔を押し付ける。

後藤
サトコ···

その手が私の手に重ねられる。
抱きしめた手をそっと剥がし、向き合おうとする後藤さんに私は腕に力を込めた。

後藤
サトコ?

サトコ
「······」

(後藤さんの温もりを感じられる、この時間は決して当たり前じゃない)
(伝えられる時に伝えておかなきゃ···)

明日、何が起こるかわからないーーそれを先ほど再確認させられた。

(でも、ここで顔を見たら、また···)

言えなくなってしまうかもしれない···
そう思った私は背に顔を押し付けたままくぐもった声を出した。

サトコ
「···行きませんか?」

伝えたいことを伝えるために···私は自分から、彼を寝室へと誘った。

to be continued

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