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あの夜をもう一度 後藤2話

【教官室】

黒澤さんが持ってきた、ある交番に預けられていた手紙。

(この手紙の差出人は、私と誠二さんが助けたおばあさん?)

黒澤
この警官っていうのが、後藤さんのことじゃないかと思うんですよね

サトコ
「どうしてですか?」

黒澤
無愛想な無造作ヘアの若いイケメン警察官への手紙だと聞いて
無愛想無造作ヘアといえば、後藤さんかな···と

サトコ
「それだけの情報で···」

黒澤
あとはオレの鋭い勘ですね★

(その勘が当たってるところがスゴイんですが···)

これが公安刑事の能力だと思うと恐ろしい。

黒澤
差出人は今でも律儀に交番を訪れてるって話ですよ。手紙が届けられたかを聞くために

サトコ
「その方がいつ来ているか、わかりますか?」

黒澤
ええと···毎月第三木曜日だって言ってましたね

サトコ
「第三木曜日っていうと···」

(明日!)

黒澤
···これはオレからより、サトコさんから渡した方が良さそうですね

黒澤さんは手紙を私の手の上に乗せる。
手紙に心当たりがあることは伝わっているようで、黒澤さんは優しい眼差しでこちらを見ていた。

サトコ
「ありがとうございます!」

黒澤
お役に立てれば、何よりです
あ、石神班に配属された折には、石神さんからオレを守ってくださいね

冗談か本気かわからないことを言いながら、黒澤さんは教官室を出て行った。

そして、その数十分後ーー

後藤
黒澤が手紙を持ってきた?

サトコ
「はい。これなんですが···」

手紙を渡し、目を通した誠二さんもハッとした顔をする。

後藤
この手紙の差出人···アンタが助けたおばあさんか?

サトコ
「多分···誠二さんもそう思いますか?」

後藤
書かれている内容と日付から考えても、おそらく間違いないだろう
あの前後に他に通り魔が出たという話は聞いていないしな

サトコ
「おばあさん、今でもこの手紙が届けられたか交番に通っているそうなんです」
「毎月、第三木曜日に」

後藤
···明日か

サトコ
「はい」

私たちはおばあさんからの手紙を見つめる。

(『お陰さまで孫の入学式を見ることができました』って···丁寧に気持ちが綴られていて···)

毎月足を運んでくれているのかと思うと、届いたことを伝えたい。

サトコ
「明日、会いに行きませんか?」

後藤
会いたいのは山々だが···今の俺たちでは···な

サトコ
「あ···」

後藤
当時の俺はただの警察官で、アンタも学生···だが、今は違う
簡単に素性を明かす訳にはいかない

サトコ
「そうですよね···」

(あの時とは立場が違う。夢には手が届きそうだけど、だからこそ手に入らないものもあるんだ···)

想いを受け取っておきながら、何も出来ない···
心苦しく思いながら手紙を見つめていると、肩に手が置かれた。

後藤
会うことが出来なくても、伝える方法はある
手紙の返事を書いて、その交番に預けておけばいい

サトコ
「なるほど!」

後藤
詳しい素性は明かせなくとも、気持ちを書くことは出来る

サトコ
「そうですね!手紙の返事を書きましょう!」

私たちは頷き合うと、さっそく一緒に内容を考えて返事を書くことにした。


翌日、非番の誠二さんと一緒に、おばあさんがやってくるという交番の近くまで来た。

サトコ
「何年もお待たせしてしまって、申し訳なかったですね」

後藤
こんなふうにつながることもあるんだな
黒澤がどうやって、この話を耳にしたのかは、後で聞くが···とりあえずは感謝しておく

サトコ
「そうですね。黒澤さんにも、あとでお礼したいです」

【交番】

交番が見えてくると、誠二さんが足を止める。

後藤
···先を越されたか

サトコ
「あの時のおばあさん!」

年月は経っているけれど、その姿を見ればわかる。
駆け寄って声をかけたい気持ちを抑え、交番の隣にある細い路地に身を潜めた。

おばあさん
「手紙の子たちは、まだ見つからないかねぇ」

交番の警官
「毎月来てもらって悪いんだけどね。今は個人情報の取り扱いも厳しいし」
「あの事件に関わった警官のことも、あの時の女の子が何をしているかもわからないんだよ」

おばあさん
「警察官さんの方だけでも、わかってくれるといいんだけど」

交番の警官
「毎月言ってるけど、警察官の数だって膨大なんだよ」
「そろそろ諦めた方がいいよ、おばあちゃん」

おばあさん
「そうかねぇ···でも、どこかでご縁がつながってるか、わからないしねぇ」

(ちゃんとここにつながってます!)

諦めた方がいいと言われ、悲しげな顔をするおばあさんに心の中で叫んでしまう。

(こんなに会いたがってくれてるのに、あとで手紙を渡すことしか出来ないなんて···)

自分の立場を考えれば、手紙を渡せるだけでも充分なのはわかっている。
それでも再会を願い続けてくれているおばあさんの顔を見れば、飛び出したくて仕方がなかった。

後藤
···行ってこい

サトコ
「え···?」

誠二さんの手が軽く私の背中を押した。

サトコ
「でも···」

後藤
アンタは配属前だ。訓練生でもない今は···ただの警察官。それなら、問題ない

サトコ
「誠二さん···」

後藤
俺の分まで話してきてくれ
ただし身分は明かすな。偶然、再会した一般人として会って来い

サトコ
「はい!」

大きく頷くと、私は交番へと向かう。

(ええと、どんなふうに声をかけよう。偶然を装うにしても限度があるだろうから···)
(通り魔事件の話で、その時の学生を探してるって話を聞いたって言った方がいいかな)

頭の中で話す内容を決めてから声をかけた。

サトコ
「あの···」

考えた通りの話をすると、交番の警察官もおばあさんも目を丸くする。

交番の警官
「本当に、その時の子なのか!?」

サトコ
「はい。偶然、今日近くの地蔵尊に参拝したら、こちらに来ているおばあさんの話を聞いて···」

おばあさん
「まあまあ、会う人会う人に話していた甲斐があったよ。お地蔵様のお導きだねぇ」
「確かに、あの時のお嬢ちゃんだよ。優しそうな可愛らしい子だったんだ」

おばあさんは潤んだ目で私の手をぎゅっと握った。

おばあさん
「あの時は本当にありがとうねぇ。あなたのおかげで、孫が大きくなる姿を見せられてるんだよ」

サトコ
「お元気そうで良かったです。ずっと捜していただいていたそうで、すみませんでした」

おばあさん
「そんなこと···こうして会えたんだから、あたしは本当に幸せ者だねぇ」
「警察官の人には会えなかったけど、この声が届きますように···」

祈るように手を合わせるおばあさんに、私はさり気なく誠二さんに視線を流す。

後藤
······

(おばあさんの声、ちゃんと届いてますよ)

サトコ
「きっと、あの時の警察官の方も、おばあさんが元気で喜んでいると思います」

おばあさん
「あなたがそう言ってくれると、そんな気がするから不思議だねぇ」

おばあさんの顔に笑顔が戻り、私も晴れやかな気持ちで交番を後にすることが出来た。

【公園】

交番を離れたあと、私たちは帰り道にあった小さな公園に立ち寄った。

後藤
ミルクコーヒーでよかったか?

サトコ
「はい。ありがとうございます」

見つけたベンチに座ると、缶コーヒーを買ってきてくれる。
隣の誠二さんはいつものように無糖の缶を手にしていた。

サトコ
「さっきは、ありがとうございました。おかげで晴れ晴れとした気持ちです」

後藤
礼を言うのは、俺の方だ。アンタのおかげで、俺の気持ちも落ち着いた

(今は配属前だから···そんなふうに判断してくれたのが、また誠二さんらしくて)
(今も昔も私が目指すのは誠二さんの背中なんだ)

夕日に染まる横顔を見つめていると、その目が細められた。

後藤
アンタに始めてキスしたのも···こんな夕日の中だったな

吹いた風が彼の髪を揺らす。
オレンジ色の日差しを透かす髪には、確かに思い出深いものがあって···

【ホーム】

後藤
夏月の前でも言ったが、夏月はずっと俺の相棒だ
だが···それは他の相棒を持たないという意味でもないし
誰も好きにならないという意味じゃない
俺にはアンタが必要だ

サトコ
「私···」

堪えきれなかった涙が溢れてしまう。

サトコ
「好き···です。私も後藤さんと一緒に生きていきたいです···!」

後藤
よかった···

安心したような後藤さんの声。


涙で濡れた目で見上げると···今までで一番優しい表情で私を見つめてくれている。

後藤
サトコ···

後藤さんの顔が近づいて来て、ゆっくりと唇が重なる。
目を閉じる前に、その肩越しに見えたのは綺麗な夕日。

【公園】

後藤
あの時、サトコがおばあさんを助けなければ、俺たちが出逢うこともなかった
つまり···今の俺があるのは、アンタのおかげだ

そう呟いた誠二さんが目を伏せ少し自嘲的な笑みを浮かべた。

後藤
その件に限らず、今、こうしていられるのはサトコのおかげだけどな

サトコ
「誠二さん···」

痛みが滲むような表情にベンチの上にある彼の手に触れた。
想像よりも冷えている指先に包むように手を重ねる。

後藤
大丈夫だ

こちらを向いた誠二さんは穏やかな笑みを浮かべていた。
その笑顔にほっとすると、ぎゅっと手を握られ引き寄せられる。

後藤
サトコと過ごした時間をかたちにして残すのは難しいが···ちゃんとここに残ってる

その胸に頬を預けるかたちになり、彼の鼓動が聞こえてくる。
伝わる心音は彼が生きることを選んでくれた証···重ねた時間は、こんな所でも感じられた。

(誠二さんの言う通り、かたちで残さなくても···心に刻まれてる)

顔を上げ視線を交わす。
言葉にせずとも想いが伝わり合っているのが嬉しかった。

後藤
休みの間、ずっと俺の部屋で過ごすか?

サトコ
「出来ればそうしたいですけど、引っ越しの準備もあるので···」

後藤
そうだったな

額をコツンと合わせて誠二さんが苦笑する。
さすがに外でキスするわけにもいかず、近い距離に心臓だけが早くなっていく。

後藤
けど、今夜は一緒だ

サトコ
「はい」

触れているところに宿った熱を持て余すようにしながら、誠二さんの部屋まで帰った。

【後藤マンション 寝室】

後藤
もし刑事を目指していなかったら···何になっていたんだ?

そっとベッドに誘いながら、そんなことを聞かれる。

(誠二さんが “もしも” の話をするのって、めずらしいかも)

性格ゆえか職業柄か···あまり仮定の話はしたことがない。

サトコ
「そうですね···普通に会社員になっているか、長野に戻って公務員か···」
「あ、農業をしていたかもしれません」
「ブドウとかお米とか···今でもちょっと興味あるんですよね」

後藤
そうか。その方が平和な人生だったかもしれないな

私の顔の横に手を突き、見下ろす顔はどこか切なさを孕んでいる。
いつもの表情の読めない深い瞳···けれど、今は彼の考えが分かる気がした。

(私の人生を変えるきっかけになった、誠二さん···)
(それで本当に良かったんだろうかって···きっと思っているんですよね?)
(優しい人だから···)

サトコ
「誠二さんに会えない人生なんて嫌です」

後藤
サトコ···

その両頬を包み、しっかりと見つめ返して言うと軽く目が見張られた。
今でこそ近くに感じられるようになった彼だけれど。
不意に抱えてきた陰に飲み込まれそうになることがあるのを知っている。

(さっき、公園で見た横顔も···過去に触れると、どうしてもいろいろ考えてしまうんだろうな)

サトコ
「私は誠二さんと一緒に生きていくんですから」

後藤
······

頬から首へと腕を回し、引き寄せると腕が背中に回った。
苦しいほどに抱きしめられる。

後藤
そうだったな···俺もそうしたい

サトコ
「今すぐには無理ですけど···誠二さんの背中を守れる刑事を目指しますから」

後藤
サトコなら、きっと出来る

顔を上げた彼の瞳に、先ほど落ちていた陰りはなかった。
穏やかな色と、奥に秘められた熱が揺らぐ。

後藤
···出逢ってくれて、ありがとう

耳元に顔を伏せ、落とされた言葉に私のほうが泣きたくなる。
誠二さんがひとりで繰り返していた真っ暗な朝と夜。

(今の誠二さんは未来を見てる。だから、思い出も作れる)

共に振り返ることの出来る時間があることが嬉しくて。

(これからも、たくさん増やしていきたい···)

重ねるひとつひとつの夜も忘れ難いものにしたくて、時間を惜しむように手を伸ばし合った。

to be continued

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