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あの夜をもう一度 石神3話



~カレ目線~

【石神マンション 寝室】

眠ったのか眠っていないのか···それもわからないほどの浅い眠り。
意識を完全に引き戻したのは、彼女の寝返りだった。

(よく眠っているようだ)

江ノ島から戻り、水槽の入れ替えをしたのは数時間前の話。
背を向けた彼女の髪が流れ、その首筋が見える。
部屋の薄い明かりに照らされた白い肌に誘われるように触れても、
その眠りが妨げられることはないようだった。

(寝ているとあどけない···先程までとは、まるで別人のようだな)

指先に触れた温もりに誘われるように、その髪にキスを落とそうとすると···

サトコ
「んん···」

くるっと再び寝返りをうったサトコが俺の胸に顔を埋めてきた。

石神
······

(寝ているか···)

丸まるようにしながら身を寄せている彼女を見る。
軽く握られた手は開かせれば素直にギュッと握ってきて、そんな仕草に安堵を覚えた。

(ずっと眺めていても飽きなさそうだ)

頬に零れた髪を後ろに流すと幸せそうに目尻が下がるのが分かった。
どんな夢を見ているのかは知らないが、穏やかな寝顔を見るとほっとする。

(ちゃんと愛してやれているか···)

人を愛するということを理論でしか知らなかった。
彼女に出会い、大切だと、大事にしたいと願っても、それが上手く出来ているのか···自信がない。

(一緒に過ごせるのは、今日が最後。3日など、あっという間だった)

明日になれば、サトコは帰る。
このまま居てもらっても自分は構わないが、彼女が遠慮するだろうことは目に見えていた。

(この休みで、いろいろやりたかったが···)

過ぎてみれば、今回も共にした時間はひどく少ないような気がして。
彼女が来た日に記憶を遡らせた。



【会議室】

後藤
すみません。休みのところ呼び出してしまって

石神
構わない。大麻所持で確保した男と、参考人がつながったか

颯馬
ええ。政治家秘書という仕事柄、ガードは堅かったですが···ようやく綻びが出そうです

石神
手を打たれる前に、こちらから動く。今日中に片をつけるぞ

後藤・颯馬
「了解」

(長く膠着状態だった件が、今日になって動くとは皮肉なものだな)
(俺に休息など似つかわしくないという点からのメッセージなのか···)

そんならしくないことを考えるくらいには、彼女との時間を心待ちにしていたらしい。

(早く片付ける他ない)

事件解決という目的のためにも、自身のためにも、普段以上に任務に集中した。

【石神マンション】

(結局、日をまたいでしまった)

解散になったのが0時過ぎ。
すでに休んでいる可能性を考えれば連絡することも出来ずに、家まで帰って来た。

(さすがに寝ているか)

静かな部屋に入ると、リビングのソファに彼女の姿を見つけた。

(サトコ···)

スッタニパータを手に眠っている姿を見れば、帰りを待ってくれていたことは一目瞭然だった。

(呼びつけておいて、待たせて···悪かった)

彼女が我慢強いことは、よく知っている。
それだけに我慢させないように···そう思っているのに、現実はなかなか上手くいかない。

石神
···ただいま

耳元で小さく囁くと、気のせいかもしれないがその口元が緩んだ気がした。

(こんなところで寝たら疲れも取れないだろう)

そっと抱き上げると寝室へと運び、戻ってくる。
水を飲もうと冷蔵庫を開ければ、そこには食事の用意とプリンが入っていた。

(作ってくれたのか···プリンまで、わざわざ···)

バランスを考えながら好物を作ってくれているのが伝わってきて、胸が温かくなる。

(ここまで用意して待っていたのに···)

連絡ひとつできずにいた自分を悔いても、後の祭り。
彼女の優しさを感じながら食べる食事は、ひとりでも不思議と寂しさは感じなかった。

(プリンの腕前も随分と上がった)
(どんな店のものよりも、お前が作るプリンが一番好きになりそうだ)

片付けを終えシャワーを浴びてベッドに向かおうかと思い···寝室を覗いて、入らずに閉める。

(ぐっすり寝てるところを起こすわけにもいかない)

寝室を眠るサトコを思いながら、ソファに横になる。

(明日···というか、もう今日だが···今日はずっとサトコと一緒にいよう)



【リビング】

そう思いながら眠りにつき、数時間後ーー
小さな物音で意識を覚醒させると、傍に気配を感じた。

(起きたのか)

目を開けようとして強い視線を感じ、何となく機を逸してしまった。

サトコ
「秀樹さん」

石神
······

待ちわびていたような声。
それだけで胸が締め付けられ、髪に触れた手を思わず掴んでしまった。

石神
······

サトコ
「ぁ···」

(狸寝入りを気付かれたか?)

その時は大人しく目を開けようと思っていると、手の甲に柔らかな感触が触れる。
それが彼女の頬だと分かったのは、一拍遅れてから。
募る愛おしさに、寝たふりを出来る時間も長くはなかった。

石神
どこに行くつもりだ?

サトコ
「あ···すみません、起こしてしまって···」

顔を見れば案の定、昨日先に寝たことを彼女は謝ってくる。

(謝らなければいけないのは、俺の方だというのに)

昨日の埋め合わせをしたくて江ノ島に出かけることを提案すると、躊躇う顔を見せた。

サトコ
「でも、秀樹さん疲れてるでしょうし···駅ビルのホームセンターでもいいんじゃないですか?」
「あとは家でゆっくり過ごした方が···」

(お前は本当に俺のことばかり気遣って、自分のことは二の次だな)

それを本人は我慢だとは思っていないだろうが···

(もう少し我儘になれ)

石神
ならば、話は決まりだ。出かける支度をしろ。朝食は出先で適当にとろう

いささか強引に決めると、江ノ島に向かって車を走らせた。

【龍恋の鐘】

江ノ島の熱帯魚ショップで水槽を買った後。
恋人の丘に足を運ぶと、サトコは軽くその目を見張った。

石神
またいつでも連れてきてやると言っただろう

サトコ
「あ···」
「覚えててくれたんですか?」

石神
約束は守る

(あの日は俺にとっても、忘れられない日だ)

彼女があの時に今を重ね、時折意識しているのは伝わってきていた。
そして、それが伝わり合ったのはーー


【石神マンション】

石神
···今夜も “抱きたい” 」

サトコ
「秀樹さん···」

(あの夜と同じだ。二人で水槽に魚を入れたあと···)

思い出す、彼女の熱に初めて触れた夜。

グラミーを理由に彼女を部屋に呼ぶ日が来るとは思わなかった。

(もう少しマシな言い方もあっただろう)

そう思えど、具体的な代案が思いつくわけでもない。
潮風を言い訳に泊まらせた。
帰ろうと思えば帰れるなかで、それを選ばなかった彼女の答えを心中探る。

(触れていいのか···)

視線を合わせると、潤んだ瞳が見つめ返してくる。
顔を近づけていくと、伏せられた目が誘っているように思えた。

【寝室】

キスを繰り返しながら寝室へと向かう。
他人の温もりを感じることを、今はまだどこか冷静に捉えていた。

(本当に···俺でいいのか?)

ベッドに押し倒してサトコを見下ろす。
そそっかしく頑固のところもあるが、芯の通った綺麗な心を持った女性だ。

(欲しいという気持ちに嘘はない)
(だが、俺には自信がないんだ。上手く人を愛せる···)

サトコ
「···石神さん?」

石神
······
···今ならまだ止められる

この先、彼女を傷つけてしまうかもしれない。
それが触れる手を鈍らせる。

石神
···ずっと触れたいと思ってたのに、いざこうしてみると戸惑う

サトコ
「それって···」

留まった方がいいという理性と、触れたいという衝動の狭間で。
揺れながらも求める手を止められない。

(理性が意味を成さないことがあるとはな···)

眼鏡を外し、上着を脱ぎ落とす。
考えと行動が一致しない経験などほどんどなく、そのちぐはぐさに戸惑う。

(大事にしたい。だがその分、触れたい···)
(この相反するアンビバレンツな気持ちこそが、人を愛するということなのか···)

石神
自分で思っていた以上に、サトコのことが大事らしい

サトコ
「!」

心中の戸惑いを隠しきれないと思い、
自嘲気味に告げると彼女の潤んだ瞳が真摯に見つめ返してくる。

サトコ
「···充分過ぎるくらい大事にされてます」
「ちゃんと伝わってます」

石神
······

サトコ
「それに、もしも石神さんに傷つけられるようなことがあっても、嫌いになんてなりません」
「···なれるわけがないんです」

(駄目だな···俺ともあろうものが、見透かされている)
(誤魔化すことも出来ない···か)

彼女の瞳が、絡む指先が···想いを伝えてくる。
触れることを赦すように、全てを包み込むように。

石神
サトコ···

所詮男など、情けない生き物だ。
赦されたと思えば急速に欲望が膨れ上がってくる。

(抑えろ···大事にすると決めただろう)

細く、深く···息を吸わなければ整えられないほど乱れた心。
これまで心地良くしか感じていなかった彼女の肌の匂いにも煽られる。

石神
···愛してる

行き場のない熱が溢れるように···こぼれた言葉は自分でも驚くほど喉に張り付き、掠れたものだった。

サトコ
「···っ」

目をギュッと閉じ、浅く呼吸を繰り返しているサトコも精一杯なのだろう。
少しでもその緊張を緩めたくて、右手は繋いだまま彼女の深い熱へと触れていく。

サトコ
「石神、さ···っ」

石神
ああ

泣き声にも近い弱い声に、自分でも知らなかったような部分を刺激される。

(もっと、その声が聞きたい···)

幼い頃から感情を剥き出しにすることなんてなかった。
だからこそ一度露わになった欲望は暴走しそうなまでに、心を揺さぶってくる。

(全てが···サトコ、お前の全部が欲しい)

サトコ
「!」

石神
···っ

こんなふうに自分の想いを誰かにぶつけたのは生まれて初めてだった。
抑えの効かない自身を恥じながらも、溺れるように抱くと···しっかりと抱きしめ返してくる細い腕。

サトコ
「好き···です···っ」

(サトコ···)

欲しいと思い、全てを奪ったような気でいながら···
何もかも奪われているのは俺の方だと、その一言に気付かされたのだった。

昨日の出来事に始まり、初めての夜まで思い返した頃には、サトコは再び寝返りをうっていた。
こちらに向けられた背中に、今度こそその髪にキスを落とす。

(思えば···『愛してる』なんて口に出したのは、あれが初めてだな)

一生口にすることはないと思っていた言葉。
それが込み上げるように零れ落ちることがあるとは考えてもいなかった。

(物心ついてから、ほとんどのことを予測し、その通りに事を運んできた)
(それを出来なくさせるのが、お前だ。サトコ···)

背中から抱きしめ、感じる温もりが心地良い。
回した腕で手を重ねながら、肌で感じられる安堵も、彼女に初めて教えてもらったのだと気が付く。

(お前が俺に人間らしい感情を与えてくれる)
(出逢わなければ···それこそ、俺はサイボーグと言われても反論も出来ない男になっていただろう)

人の心をわかった気でいるだけで、本当のところは何もわかっていない男になっていた。
それはきっと仕事の上でも、いつか致命的なことになったのでは···と今なら思える。

(かけがえのない存在···こういう気持ちを表す言葉は···)

石神
···愛してる

サトコ
「私もです」

石神

腕の中でくるっと反転したサトコが無邪気な笑顔を見せた。

石神
···起きてたのか

サトコ
「ふふ、たまには秀樹さんの真似をしてみようと思って」

石神
いつからだ?

サトコ
「ええと···気付いたら秀樹さんの胸に顔埋めてました」

(起きたばかりということか)

まだ重そうなまぶたが愛おしい。

サトコ
「寝てる時に言うのはもったいないです。危うく聞き逃すところでした」

石神
···そう言うな。一生口にしないと思っていた言葉だ。ハードルは高い

サトコ
「え···一生って···」

その髪を梳き、頬から耳に顔を寄せるとくすぐったそうに身体を動かす。

(たまには···いいか)

石神
愛してる

サトコ
「!」

びくっと肩が跳ね、みるみるうちに耳から顔が赤くなっていく。

サトコ
「は、反則ですっ」

石神
それを言うなら···

俺にとっては、お前という存在そのものが反則だーーと心の中で呟きながら。
世界でただひとりの愛おしい彼女を抱きしめた。

Happy End



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